十二月三十一日、年の瀬だ。
さすがにこんな日にダンジョンに潜っているような奴はいないだろうという事で、俺とマーズはアパートからちょっと離れたホームセンターにやって来ていた。
「だからさぁ、簡易トイレがあった方がいいと思うんだよね」
「いいけどさ、掃除はトンボがしてよね」
「それが課題だな……あ、昨日の空気変換器だっけ? 匂い対策に使えない?」
「えぇ~! そんな事に使うの? 高級品だよ? 匂いが染みて臭くなったらどうするのさ」
「そしたら交換に出しちゃえばいいじゃん」
「トンボって思い切りがいいのか悪いのかわかんないよ」
「あ、これいいじゃん。一回一回袋に密封してくれるんだってさ」
俺はハイテク簡易トイレの注文札を取り、ポケットに入れた。
正直、結構強い空気の流れがあるのが原因なのかわからないけど、ダンジョンの寒さは凄いからな。
トイレに関しては俺も何度か危ない日があったから、対策が必要だと思ってたんだよ。
「ああ、あと灰皿買っといた方がいいんじゃない?」
「うん。あといちいちライター渡すのめんどくさいし、灰皿に一個括り付けちゃうか」
真っ赤な缶の灰皿と、それを持ち上げるためのスタンドが売っていたので購入。
あとは衝立に、どうせならゆっくり座って弁当が食べられるようなスペースも……
「ああ、金が足りない」
「トンボ、やっぱりトイレはいらないって」
「いやトイレはいるんだって。とりあえず休憩所は安い銀マットで済ますか……」
「そんなんダンボールでいいと思うけど」
「たしかにそうだけどさ、どうせお金払うなら特別感はほしいじゃん」
「地下の底であったかい弁当食べれるだけで十分特別だと思うよ」
それもそうか。
銀マットとはいえ、量を買えばそこそこ値段もするしな。
「冒険者の皆ごめん、銀マットはお金ができてからで……」
「お金ができたら銀マットじゃなくて椅子買ってやんなよ」
それもそうだ。
俺達はトイレや灰皿と共にビニール袋等の消耗品を買い込み、無料サービスの段ボールを大量に頂いてホームセンターを後にした。
こういう時に手ぶらで帰れるのは本当に最高だ。
スキル様様だな。
迷歴二十一年はピザ屋のバイトで走り回っているうちに終わり、迷歴二十二年がやってきた。
世界中に迷宮が現れた二十年前に西暦から迷暦に暦が変わったから、今年二十一歳の俺は実は迷歴元年世代だ。
迷歴元年なんてのはそれまでの常識や平和がぶっ壊れた年だったわけだから、全くプレミアム感ないけどね。
そんな混沌からも二十年経てばそれなりにみんな順応するもので……
今や神社の初詣でも、異世界人やその子ども達が手を合わせる姿が見られるようになっていた。
綺麗に二礼二拍手一礼をするオーク族の子供の隣でぎこちなく参拝する俺を、猫のマーズはなんだか不満そうな顔で見つめていた。
「ねぇトンボ、なんでこんな夜中に寺に来るわけ? 寒いよ」
「神社だよ、神社。初詣っていうんだよ」
「トンボって何かの宗教の教徒だっけ? お祈りしてるとことか見た事ないけど」
「いやこの神社に詣でるっていうのは……なんていうのかな、日本人という共同体の一員である事を確認する儀式というか……」
「じゃあ日本人教って事?」
「…………うーん、いや、どうなんだろう?」
振る舞いの甘酒を飲みながら、左右に出店が出ている参道を歩いていく。
黒髪の日本人達に混じって、カラフルな頭の異世界人や、動物頭の異人種達が賑やかに行き交っている。
日本の神様も、初めて異世界の人達が参拝に来た時はさぞかし面食らった事だろう。
「あ、そういえばマーズは何か信じる神様とかっているの?」
「銀河じゃあ魂魄の流転が確認されてからはそういうのは下火だね。現代の魂魄学じゃあ前世が誰かまでわかっちゃうからさ」
「え!? 前世までわかるの?」
「地球でもDNA鑑定ぐらいはやるでしょ? それと一緒だよ。魂魄もパターンが解明されてるから特定できるの。夢がないって言う人もいるね」
自分の前世まで特定できるなんて、よく考えたらあんまり嬉しくないかも。
しょーもない人間だったらブルーになるだろうし、あんまり凄すぎても「それにひきかえ今の俺は……」ってなるかもしれないからな。
「マーズの前世は?」
「知らない、俺ポプテだもん。死んだポプテは同じ毛皮のポプテに生まれ変わる。ポプテの世界はそれでいいんだよ」
マーズは何でもなさそうにそう言って、手を上にあげて伸びをした。
たしかに、それぐらいが丁度いいのかもな。
前世の自分が何をしてくれるわけじゃなし、逆に負債があったらあったで……あれ?
「マーズ、前世の自分が借金踏み倒したりしてたらどうなるの?」
「どうにもなんないよ、でも相手が生きてりゃ恨みは買うかもね」
そう言って、猫のマーズは悪そうな顔で笑った。
やっぱり前世なんか知るもんじゃなさそうだな。
びゅうびゅうと吹く冷たい風がどこからともなくいい匂いを運んできて、バイトですっからかんになった腹がグウッと鳴った。
「マーズ、出店で何か食べてかない?」
「さっき高いから駄目って言ってなかったっけ?」
「いいんだよ。金はまた明日稼げば」
マーズは俺の顔を見て、なんだか面白そうに笑ってから出店の方へと歩きだす。
俺はかじかんだ手を息で温めながら、歩く毛皮の後ろ姿を追ったのだった。