アイダと僕と爆弾をめぐる小話
「できたんだよ」
「何が?」
「革命大爆弾だ」
とうとう本格的にイカれてしまったのか、目の前で得意げな表情をしているアイダを見る。
「なんだって?」
「革命大爆弾だよ、ドカンと一発、それで全部良くなる」
「べつに僕は不満なんかない」
「嘘つけ」
呆れたような素振りをして、ニヒルに笑うアイダから僕は目を逸らした。
アイダは変なやつだ。
入学式以下、式典やら集会やらを無意味な集まりだと言って憚らず、アイダがそういった類いのものに出席したのを、ついぞ見た事がない。
授業にも出たり出なかったり、成績だって赤点周辺を常に低空飛行している。進級も危ういと、生徒の間でひそかに噂されている。でもアイダは全然平気そうに、へらへらと笑いながら赤ばかりのテスト用紙を丸めてくずかごに捨てた。
そのくせアイダは読書家で、いつも「スマホもネットも便利だけど、本だって読まなきゃダメだ」と熱弁を奮っていた。
それより学校の勉強をしろよ、ほんとに進級できなくなるぜ、と反論すれば「学校の勉強なんて何になる?いい大学に行っていい会社に就職して人生幸せなのか?それは本当の幸せなのか?」という哲学的な演説を語って聞かせ、僕はその度に苦笑するのだった。
教師も当然アイダに手を焼いていた。こんこんと説教をしてみたり、反省文を書かせようと努力してみたようだが、説教にはうわの空、反省文も『反省することなどありません』の一文のみとなっては教師も親を呼ぶしかない。その度に親に引き摺られ学校を後にするアイダを見かけ、次の日顔にアザを作って来たアイダを心配すると「慣れてるから、よゆー」と、歪んだ顔を更に歪ませてへらりと笑っていた。
「決行は今夜、隣町の運動公園で」
有無を言わさずそう宣言すると、アイダは弾むような足取りで学校を後にした。
お前も来いということなのだろう。家から隣町の運動公園まで自転車で30分、塾から行けば15分で着く。
仕方がないので言われた通り、塾帰りに運動公園へと向かい入口の駐輪場へ自転車を停めた。公園に人気はなく、ただ蛍光灯の白い光だけが辺りを照らしている。
アイダは入口近くの噴水の縁に座っていた。
「よう」
声をかけるとアイダはいつものへらりとした笑い方をしながら
「ほんとに来ると思わなかった」
とだけ言って立ち上がる。
お前が誘ったんだろ、僕はアイダの背中を軽く小突いた。
運動公園の子ども広場にある大きな砂場に、暗くて良くは見えないが筒状の何かが、ぽつんと置いてある。
「あれか?大爆弾」
「〝革命〟大爆弾だ。映画で見たんだ、大抵の家庭にあるもので爆弾は作れるって。まぁ流石に家にあるもんだけじゃ無理だったけど。色々調べてさ、苦労したんだぜ、材料とか、作る場所確保すんの」
そう自慢げに喋りながら、アイダは背負っていたリュックからアナログ時計に何やら色々な線を巻き付けた物体を取り出す。
「これ、発火装置」
とこちらにその物体を掲げる。
アイダはそのまま筒状の物体へと近づき、発火装置を取り付けた。
「これで完成」
そう言って、アイダはその場でぴたりと止まってしまった。かち、かち、とアナログ時計の音が静寂の中に響いている。
「…アイダ?おい、何してんだよ、こっち来いって」
アイダは動かない。
かち、かち、かち、かち
「アイダ!おい、冗談キツイぞ!」
かち、かち、かち
「ほんとは爆発なんかしないんだよな!?おいっ!アイダ!」
かち、かち
思わずアイダのほうに走っていた。
屈んでいたアイダを思い切り蹴飛ばす。
かち
…革命大爆弾はぴくりともせず、そのまま砂場の中心に佇んでいる。
僕はへなへなと腰を抜かして砂場にへたりこんだ。隣に倒れていたアイダの肩が、震えている。
アイダは泣いていた。微かなしゃくりの音が夜の公園に響いた。
「…もう、嫌だ、学校、も、家、も」
しゃくりで途切れ途切れになりながら、アイダが絞り出すように呟いた。
僕はアイダの肩に手を置く。
____なぁアイダ、直接言ったことはないけど、僕、お前といるの好きなんだ。楽しいんだ。お前の話すことは僕の知らないことばっかりで、他のやつが話すアニメとか、ゲームとか、テレビとか、芸能人とか、学校のこととか、勉強とか、将来とか、お前と話してると全部がどうでもよくなってくるんだ。
…でもきっと、お前は違うんだろうな。
アイダならぜんぶ全然平気だ、いつものへらへらした笑顔でいてくれるんだって思ってた。でも違うんだ。アイダはひとりで苦しんでたんだな。
僕はお前からもらってばっかりだった。お前の苦しみを見て見ぬふりして、自分のことしか頭にない、ずるい奴だった。
だから、今からでもいい。僕もお前に何かしてやりたいんだ。救うことはできなくても、何か、助けたり、癒したり、そういうことがしたいんだ。だけど、僕は全然、お前のこと、アイダのこと、全然、ぜんぜん、知らないんだ。どうすればお前を助けられるのか、癒せるのか、ぜんぜん、分からないんだ。
言葉にしたいこと、しなければならないことは山ほどあった。でも結局それは言葉にはできず、代わりに涙が溢れていた
「ごめん、アイダ」
「な、んで、お前、があや、まるん、だよ」
アイダが泣き腫らした顔を上げる。
そしてそのまま起き上がって僕の頭を、まだ震えている自分の肩に押し付けた。
そのまま、互いの肩に顔を押し付けて、二人とも静かに泣いた。
散々泣いた後、僕は周りが少し明るくなっていることに気付いた。先ほどまで空に無かった月が、ぽっかりと浮かんでいた。
「このまま夜が終わんなきゃいいのに」
ぽつりと呟くと、アイダが泣き腫らした顔を歪めてへらりと笑った。
僕は初めて、アイダと通じ合えたような気がした。アイダの本当の笑顔を、見れたような気がした。