「ねえ司令官、私海水浴に行きたい」
「何言ってんだお前。毎日言ってるだろ」
「あれは海水浴とは言わないわ。立ってるし、服も着てるわ」
「あ、そう。じゃあ今から行って来いよ。ほら、この柵越えれば海だぞ」
「私は飛び込み選手じゃないのよ司令官。ちゃんと砂浜でゆっくりと海に入りたいわ」
「注文が多いな」
「海水浴なんだからそれぐらい当たり前でしょ」
「分かった分かった。じゃあ行くか。」
「うん」
バルコニーにいた二人は部屋に戻った。無線機から声がする。『こちら哨戒部隊。敵空母機動部隊を発見しました。こちらだけでは対処しきれません。至急援護求を求めます」
「…海水浴は後な。出撃」
「誰連れて行けばいいの」
「ここに居る全員だよ。そんなだれか選ぶ余裕はない」
「了解」
暁は一人部屋を出て、一階にいる面子に声をかけた。
「みんな、出撃」
「了解した」
一人はすぐに立ち上がった。だがほかの三人はテレビゲームに夢中のようだ。
「聞こえてないの。出撃」
「…面倒くせぇな」
「代わりに行って来てくれませんか」
「……」
「殺すわよ」
暁はキッチンの包丁を取り出し近づいた。顔色一つ変えずその眼はひどく冷たかった。それに唯一すぐに立ち上がったグラーフ・ツェッペリンが止めようと彼女の手をつかんだ。
「お、おいやめろ。仲間だろ」
「命令を聞かない仲間はいらないわ。…じゃああなたが言って聞かせなさい。そっちの方が楽」
暁は包丁をグラーフに預け一人出撃しに向かった。ガレージで艤装を背負い、家の前にある簡易的な桟橋に向かった。そこで足に艤装をつけていると。グラーフが三人を連れて艤装を付けた状態で来た。
「あら、本当に連れて来てくれたの。どうやったか教えてくれないかしら」
「簡単だ。”刑期が伸びるぞ”と言ったらすぐに来た」
「ああなるほど。それはいいわね。参考にするわ」
待つこと数分。全員が海の上に立ち出撃準備ができた。暁を含め全員が無線機の電源を入れ司令官と通信を開始する。
「…こちら暁。出撃準備完了」
『すぐに行ってくれ。哨戒部隊が30km南で敵機動部隊を発見した。お前らは至急援護に赴きこれを撃滅しろ』
「了解。懲罰部隊出撃」
出撃してから十分後、摩耶がかったるそうに口を開いた。
「空母機動部隊とか死んで来いって言ってるようなものじゃねえか」
「そう言ってるんですよ」
摩耶の弱音に秋月が反応した。そのことが気に食わなかったのか摩耶は食ってかかった。「んだとてめぇ、先にお前から沈めてやろうか」
「はっ、やれるものならやってみてくださいよ、ほら」
秋月は手を広げ摩耶を挑発する。まさに一触即発、摩耶が主砲を秋月に向けた。本当に撃つつもりだ。
「おいやめろ!秋月も挑発するな」
グラーフが間に入った。摩耶をなだめようと秋月の前に立つ。しかし秋月がグラーフの背中から声をかける。「どうせみんな沈むんですから、言ってることは間違いないでしょう。事実を言ってなんで怒るんです」
「おい、挑発をするな。そんなことをしても意味はないだろう。仲間なんだから」
「仲間ねぇ。味方を殺しておいて仲間と言えるのか?」
今まで黙っていた暁がその一言に反応した。後ろを向き摩耶をにらみつける。
「摩耶、次それ言ったら殺すわ」
「あぁ、そういや旗艦様は確か妹を沈めちゃったんでしたっけ?これは失礼しましたっ」
摩耶はばかにするように体を突き出し、嘲け笑いながら言った。暁は俯き手を後ろに伸ばし摩耶に近づく。
「おいばかやめろ!暁、落ち着け。今はとりあえず仲間を助けに…」
グラーフが必死に暁を止めようとしたが時すでに遅かった。暁は艤装についていた錨を摩耶の顔めがけてフルスイングした。
「っった…、て、てめぇ、何しやが、っ!」
血だらけの顔を見せた摩耶は、暁に喉元をつかまれ、押し倒された。暁はそのまま錨を摩耶に振り続ける。
「っあ、がはっ、おい、やめ、やめろ!わ、悪かっ、悪かった!あ、あやま、謝るから!」
摩耶がなんと言おうと彼女はその手をやめない。だんだんと摩耶の顔はその原型がなくなっていき、暁にも返り血がおびただしい量飛んでいく。
「おい、暁!いい加減やめるんだ!摩耶は謝ると言っている!だからっ、聞くんだ!」
グラーフが暁の腕をつかみ力づくで自分の体に引き寄せる。そこでやっと暁は落ち着いた様子を見せる。お呼吸は荒いがその顔に怒りといった表情は見えず、返り血も相まってかなり不気味な様相を見せた。
『どうした。喧嘩か』
無線から司令官が問いかけてきた。どうやら聞こえていたらしい。その問いにグラーフが応える。
「摩耶が挑発して暁がそれに乗じてしまった。顔を殴られてな、重症だ」
『…そうか。処罰は帰ってからだ。とりあえずその二人の距離を開けておけ。間にはお前が入ってろ。摩耶はどうだ、戦えるか』
「了解した。聞こえたな。摩耶は私の後ろだ。暁は元の位置に戻れ」
「旗艦に命令するのかしら」
『暁、これは俺からの命令だ。いいな』
「…わかったわ」
グラーフは摩耶の様子を見る。顔は当然血だらけ、殴打されたせいで顔が腫れている幸い目が潰れたりはしてなさそうだ。
「どうだ摩耶、目は見えるか」
摩耶は頷く。口がうまく閉まらないのかよだれが垂れた。
「話せるか」
口はぱくぱくさせるが声が出ないらしく顔を振る。
「提督、摩耶は目は見えるが喋ることはできなさそうだ」
『身体には影響ないか』
「殴られたのは顔だけだ」
『ならいい、そのままいけ』
「了解した」
艦隊は再び隊列を組む。暁を先頭として初雪、グラーフ、摩耶、秋月と縦に並んだ。秋月がそーっと後ろから寄り添う。
「ダメですよあんなこと言っちゃ。私だってあれは言いません。でも災難でしたね。流石に少し同情します。」
摩耶は秋月の顔を見るが何も言えないのでそのまま顔を戻した。
「そろそろグラーフは直掩気を上げてちょうだい。他のみんなも砲雷撃戦用意」
皆今度は素直に命令を聞いた。さっきのを見て仕舞えば自分も同じ目に遭うかもしれない。素直に従うのが吉だと学んだ。グラーフが攻撃隊と直掩機を上げる。目的海域まであと10km。電探には既に敵影らしきちらちらと波形が写っている。それよりも大きな波形が写っているがこれはおそらく敵の艦載機か。もうこちらを発見した。あいも変わらず高性能だ。無線の周波数を合わせて哨戒していた2人に声をかける。
「睦月、夕立、聞こえるかしら。こちらは本隊よ。援護に来たわ」
『あ、暁さんですか!?た、助かった』
「夕立、敵編成伝え忘れたでしょ。今言って」
『え、あ、はい。ヲ2へ2ホ1イ1です!』
「了解、グラーフ、攻撃隊を軽巡に私は空母に突撃するから援護。秋月も対空しながら一緒に突っ込んで。後の3人は睦月と夕立の援護。分かったわね。艦隊グラーフの最大戦速に合わせて」
全員が暁の号令に応じ、編成を崩す。秋月は前の四人を抜き暁の真横に来た二人で先に突撃を敢行する。
「二人とも周波数をこっちに合わせて私の指揮下に入りなさい」
『り、了解』
『了解にゃしい』
「損害は」
『睦月は小破で夕立ちゃんが中破にゃしい』
「了解、よく生き残ったわね」
『睦月たちはこんなところで絶対死んでやらないにゃしい』
『結構』
睦月と話していると向こうから夕焼けに照らされて黒い点が見えた。敵艦載機、電探員もそう言っている。先にグラーフの直掩機が向かったはずだがそれを抜けてきたか。数は少数そこまでの脅威じゃない。
「総員対空戦闘用意。秋月、私たちに来るやつだけで良いわ。スピードを上げるわよ」
「直ちに」
秋月が長10cm砲を掲げる。秋月の主砲は自立しているため、本人が特に何もしなくても勝手に動いてくれる。2人は先行し敵艦載機群を強行突破する。近づくにつれ、いくつかの編隊がこちらに向かってきた。長10cm砲が対空戦闘を開始する。数秒単位で発射される砲弾が、次々に機体を落としていく。数個しか来なかったためあっという間に壊滅した。しかしあの弾幕をも通り抜けた数機がすでに攻撃態勢に移っている。ここまで通したならよけた方が砲弾の節約になる。
「すいません数機通り抜けました」
「いや上出来よ。あれぐらいよけれるわ。落とした瞬間に2秒速度を落として再び加速」
「了解」
通り抜けたのが左右に一機ずつ。二人でそれをにらみ合う。
「左、落とした」
言われた通りに二秒速度を落とし、再び加速する。
「暁さん、右のやつ様子がおかしいです。魚雷を投下しません」
「ん…反跳爆撃ね。秋月、あいつ落として。あれはよけられない」
「り、了解」
秋月は急ぎ対空戦闘を再開する。しかし、高射装置の演算が間に合わず手探りでの弾幕では全く当たらない。
「やばいです。来ます」
秋月に明確な焦りの顔が浮かび上がる。歯を食いしばらせ体も右に向いて両門で撃っている。暁はちょうど目の前で魚雷がすれすれに通過するのを見届けると、背中の主砲を敵機に向けた。すでに200mもない。慎重に狙いを定める。
「一回撃つのやめて」
「え、で、ですが」
「いいから」
秋月が砲撃をやめた。その瞬間、撃った。彼女の砲弾は見事敵機を打ち抜き、爆弾ごと破壊した。
「よし、じゃ行くわよ」
「まじですか…」
走ること数十分後、遠くの方で黒い影が飛び回っているのが見えた。あそこが戦場だ。後ろを見るとそう遠くない位置で3人の姿が見えた。どうやらあの空襲は耐え抜いたらしい。
「損害報告、暁、秋月はともに損害なし」
『こちらグラーフ、私が至近弾と機銃掃射を食らった以外はいずれも小破未満だ』
『睦月が小破で、夕立は中波です』
「了解、作戦に変更なし。暁、秋月両艦にてグラーフの支援の下敵空母に突撃を敢行。夕立と睦月は3人の元まで後退して敵僚艦を撃滅せよ。それでは作戦開始」
『了解』
グラーフが艦載機を上げた。暁と秋月は戦場に向けて直進する。睦月と夕立にこちらの位置を教えるのと敵の注意を引き付けるために威嚇射撃を行う。それからわずか数分後、二人の姿が確認できた。その後ろには当然敵の姿も見える。ただ空母はいない。後ろで艦載機を上げるのに注力しているようだ。グラーフの攻撃隊が頭上を過ぎ敵へと向かう。
「いい、なるべく空母以外は受け流すのよ」
「分かってますよ。新人じゃないんですから」
「いつまでも新人の心を忘れないのも大事よ」
「ここが懲罰部隊じゃなかったら心に響いたんですけどね」
「暁さん!」
向こうから誰か近づいてくる。哨戒を行っていた夕立と睦月だ。二人はやっと来た援軍に笑顔で向かってきたがこちらに近づくたびにその顔は曇っていった。
「夕立よく頑張ったわね。あとは私たちに任せなさい」
「あ、えっとはい。ありがとうございます…。えっと私たちはこのまま退避で?」
「いや、後ろにいる三人に加勢なさい。あなたたちが引き連れたやつを殲滅するのよ」
「了解にゃしぃ…」
「帰ったら歓迎会だからね。生き残りなさいよ」
「分かったにゃしい!」
歓迎会という言葉を聞いてあからさまに睦月の顔が明るくなった。二人はそのまま後ろの艦隊に向かって行った。
「…ねえ、援軍なんだしもう少し喜んでもいいと思わない?」
「……暁さん、恰好、恰好が」
「恰好…?あー、はいはい…」
秋月に指摘されて自分の体を確認すると、さっきの喧嘩の返り血が服にしっかりしみ込んでいた。おそらく顔も血みどろだろう。きっとこの姿を見てあんな態度になってしまったのだろう。弁解しようにもすでに行ってしまったし、後で何とか言おう。
「散々でしょうね。来てすぐに哨戒任務。それで空母機動部隊と出会うなんて」
「誰かさんたちのせいであの子達が行く羽目になったからね」
「……いやでも、もともとこの辺り滅多に出ないじゃないですか。予想外ですよ予想外」
「それもそうね」
「ていうか歓迎会って何するんですか」
「いつものあれをするだけよ」
「あれを歓迎会と呼びますか。あれ私嫌なんですけど、暁さんもあれは…て、まさか処罰で逃げる気じゃありませんよね」
「さてどうかしらね。来るわよ」
グラーフの空襲で生き残ったやつが2人に襲い掛かる。砲撃を躱し、突撃を受け流す。目標は依然として敵空母。躱した相手がまだ後ろから追ってくる。
「ちょっと、ヘイト取れてない」
『すまない、今どうにかする。摩耶』
返答後、すぐに後ろから砲撃が飛んできた。しかしそれは追ってくる敵艦よりもさらに後ろから。摩耶がこちらに牽制射撃を行ったらしい。敵艦はヘイトを後ろに移すが未だ1隻だけ追ってくる。空母は必ず死守するという構えか。
「後ろ、まだ一隻います」
「あなたが対処なさい」
「了解」
秋月は急旋回を行い砲塔をすべて向ける。飛行機よりも圧倒的に大きな的。外すどころか全弾当ててやる。追ってきていたのは軽巡だったが、秋月の発射レートは軽巡程度軽く凌ぐことができる。
「全門砲撃開始」
長10cm砲が火を噴く。砲弾は相手の装甲を削り、貫通していく。すぐに青色の体液が全身から吹き出しはじめあっという間に敵軽巡は穴だらけの浮かぶ骸と化した。一分にも満たない所業。秋月は敵が完全に沈黙したと確認すると再び旋回し暁を追う。