紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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司令官レベル91にもなって海外艦が一隻もいないとは一体……ウゴゴゴ


軋轢

 司令官に追い払われた後、彼女達は他の艦娘と話すことなどなく公園に戻っていった。また各々がやりたいことをする。いつもと違う場所で違う生活を広々とした場所で行っているせいか、どことなく気分がいい。とても静かで時折風によって揺らぐ葉の音が聞こえる。日差しはあるので多少暑い気もするが日陰で十分涼しく思う。

 漫画を一冊読み終わった彼女は椅子から立ち大きく背伸びをした。なんとなく次の巻を読む気になれなかった彼女は辺りを散歩することにした。前にこの場所は十分に回ったがあれからそこそこ時間も経っているし、どこか変わっているかもしれない。材料を集めたときには回らなかった部分を彼女は歩いた。

「あー。疲れたわ」

 誰もいないというのに彼女は一人声を出した。果たしてそれは自然による解放感のせいか。こんなにも明るいともう一人の彼女は出てこない。だから当然返事をする者は一人もいない。公園の裏手は林になっており、木々が乱雑に生えている。今がどういった季節なのかはわからない。こっちに移ってからすっかり季節なんて感じなくなった。一年を通して暖かいこの場所は彼女から時間の概念を少し奪った。流石に昼夜はわかるし、補給日のおかげで日付感覚もそこまで失われていない。ただもし、今ここが最前線でなければとても良い観光地だっただろう。実際にここは深海棲艦が現れる前までは観光地だったのだから。ぜひ深海棲艦が生まれる前にこの地に出会いたかったものだ。いやだが、深海棲艦が現れなければ艦娘は生まれなかったのだから、ある意味深海棲艦のおかげでもあるのか。そう思うとなんだか複雑な心境だ。深海棲艦を良くいうのはなんだか癪に触るので、彼女は考えるのをやめた。

「なんだかやになっちゃうなあ」

「何が?」

 なんて事ない独り言。その一言に答える声が聞こえた。暗くないのにもう一人の自分が答えたのだ。

「え、なんで…」

「別に暗くないから出ないことはないもん」

「そう、だったの?」

「そうだよ。ね、少しお話ししましょ?」

「え、えぇ、いいわよ?」

「えへへ、じゃあねえ…………

 

 山の天気は変わりやすいと聞く。同時に暗くなりやすいとも。すっかり雑談に熱中してしまって、辺りは暗くなっている。いつの間にかもう一人の自分はいなくなってしまった。遭難する前に戻った方がいいということで、彼女は自分の来た方向へ戻った。公園に戻ると林よりもまだ明るかったが、夕焼けはあまり地面を照らしてくれていなかった。秋月達が焚き火をつけようと色々している。グラーフと夕立も暗くなったせいか稽古をやめて秋月のそばにいた。

「お、戻ってきたか」

「気づいたら暗くなってたわ。山は暗くなるのが早いって聞いたことがあるけどかなり早かったわね」

「山?山なんてあったか」

「ここの裏手よ」

「あそこはただの林だぞ」

「比喩よ、比喩。あそこが山じゃないことぐらいわかってるわよ」

 彼女が文句を垂れていると焚き火に火がついたようで、ふと眼の端が明るくなるのを感じた。見ると焚き火に火が灯っており、熱を感じられた。あまり照らせるわけではないが何もないよりかは随分とましだろう。初雪もテントから出てきた。

「ゲームはもういいの?」

「暗くて何も見えない」

「あ、そう」

「今何時くらいだ?」

 摩耶が聞いてきた。それと同時にこの場に時刻を知らせるものがないのに気づいた。太陽の沈み加減ではあまり参考にならない。

「時計がないわ」

「すっかり失念してました。誰か持ってきてる人はいますか?」

 声を上げる者はいない。誰も時計の類は持ってきてないらしい。そも私物の類を一切持ってないものが半分で、数少ない私物の所持者である暁や初雪、グラーフが持ってないならそれはもうないのだ。

「ご飯を食べる時間がわからないにゃしい!」

 睦月が深刻そうに叫ぶ。

「いや大体でいいでしょ。普段からそんな時間が決まってたわけじゃないし」

「まあ、皆さんのお腹次第ですね。とりあえず私はまだ大丈夫です」

「夕立もまだお腹は空いてないです」

「睦月はお腹空きました!」

「じゃあまだいいわね」

 睦月がなぜ、という顔で暁を見るが彼女はそれを無視して椅子に座った。もう漫画は読めない。よって暇を潰すものがなくなった。誰かと話すのにも適切な話題が思い浮かばない。彼女はひたすらに焚き火を眺めることにした。火の粉がちらちらと舞い、薪である枝が灰へと変わっていく。それによって体制を保てなくなり倒れた。そのせいで上に積まれた枝も支えをなくし落ちた。見ていて思ったが、かなり燃焼が早い。枝もそこそこの本数を持ってきたが、あれでは足りないだろう。同じことを枝をつっこんでいた秋月も思ったらしい。

「…これ枝だけじゃすぐ無くなっちゃいますよ。もっと太いものがあったほうがいいです」

「これじゃダメなんですか?」

 睦月が木炭の段ボールの一つを指差す。

「炭は長く燃えるけど火が出ないわ」

「そうなんですか?」

「誰か太い奴持ってきてくれませんか」

 秋月が頼み込むも誰も声をあげない。公園ですらもう薄暗いというのに林は何も見えないだろう。ちなみに懐中電灯の類はない。それに何よりも面倒だという気持ちがあった。誰も行こうとしないことに気まずくなったのか夕立が手を上げて私がいく、と言った。

「私も行こう。一人だと危ない」

 グラーフも後に続いた。この後には誰も続こうとしなかったため、二人が薪集めにでた。あっという間に二人の姿は闇に消え、その後暁があることを思い出した。

「あ、探照灯」

 そういえば暁の艤装には探照灯がついていた。彼女が艤装をつけていけばあかりの心配は全くなかっただろう。このことに気づいたのは暁だけのようであるし、その呟きも誰にも聞こえていなかったようなので彼女は黙ったままでいることにした。

 艦娘はいわゆる人造人間であるから、艤装をつけていなくても人間よりも身体能力は高い。加えて夕立は駆逐艦であるから艦娘の中でも夜目が効くだろう。艤装をつけていなくても多少は見えるはずだ。実際暁も暗い方を見てもなんとなく風景が見える。艤装をつければはっきりとまではいかなくとも薄暗い程度には周りが明るく見える。

 結局二人は何事もなく太い枝を持って帰ってきた。二人とも両手にいっぱい持っている、これなら無くなる心配はない。

「ただいま」

「あ、お帰りなさい」

「どうでしょう。これなら足りますかね」

「あー、それなら大丈夫でしょう。ありがとうございます」

 二人はバラバラと秋月のそばに薪を置いた。秋月は早速数本太いものを火に突っ込んだ。燃え尽きるスピードが落ち着いたようで秋月は火のそばを離れた。

「そろそろご飯…」

 睦月が申し訳無さそうに聞いてきた。

「え、まだ良くない?」

「…私もそろそろお腹が空いてきたな。どうだ、そろそろ食わないか」

 睦月に同情したからだとはわかる。だからそこまでしなくてもとは思ったがまあいいかと、どうでも良くなり彼女も夕食を食べることに賛成した。彼女が声を上げるとその他の人もじゃあ、と腰を上げた。初雪も声さえ上げなかったものの集団に近づいたので食べるつもりだろう。

 食事といっても全てレトルトを温めるだけで、世間で言うようなキャンプ飯と言える代物ではない。飯盒にご飯を詰めて焚き火にほっとく。5分かそこら放置していると、飯盒の中には熱々のご飯がある。ただいつもと同じメニューでもちょっと場所や調理方法が違うだけで、おいしさが全然違うものだと思った。

「なんだかいつもより美味しいですね」

「楽しいにゃしい」

「キャンプをしたことがないから分からないがこう言うものなんだろうな。不自由を楽しむと言うものだろう」

 いつもの食事も会話が盛り上がっているが今日は人一倍盛り上がっているような気がする。そも夕立達がきてから家の中が騒がしくなったような気もする。火を囲んだ食事は普段よりも会話が弾み時間もどんどん進んでいった。ぼちぼちと食べ終わるものが出る。飯盒をほっぽり椅子でボケッとしていた。

 ふと、誰かがこちらに近づいているような足音が聞こえてきた。夕立と睦月、摩耶は気づいていないようだった。対話していたグラーフが急に黙ったので夕立は何事かと尋ねた。

「誰か来ている」

「え、誰かって」

「分からん。ただ司令官の足音ではないな」

 全員が息を呑んで足音の主を待った。やがて暗闇から誰かが姿を現す。金髪の背が高い女性。顔つきを見るに日本人には見えない。知っている人ではない。誰だ、と顔を合わせた。するとグラーフがふと呟いた。

「ビスマルク…」

「え、あの人が?」

 ビスマルク、確かグラーフが庇った相手だと昔聞いた。暁や秋月、初雪は名前を聞いたことはあったが、海外艦自体グラーフしか知らなかったため、ビスマルクという艦娘を見るのも初めてだった。

 なぜそのビスマルクがここにいるのか。本土から来た艦娘が懲罰部隊に何の用か。大体、お互いに接触は禁止だ。あちらさんにもその話は伝わっているはずだ。ビスマルクの目はキツく、歩も真っ直ぐしている。

「…たの、あ……のせ……」

 小声でぶつぶつと呟いている。何をいっているのかと耳を澄ませていると突然叫んだ。

「貴方のせいでっ!」

 一目散に突進してくる。全員が身構えた。しかし1番彼女に近かった初雪には目もくれずむしろ体がぶつかり初雪は突き飛ばされた。次々と追い抜かされ、とうとう標的がグラーフだとわかった。初雪が突き飛ばされてからグラーフが標的なのだと気づいた間に1秒もなく誰も反応しきれずに、あっという間にグラーフはビスマルクに馬乗りにされた。

「貴方のせいで!私は!私は!」

 ビスマルクはグラーフを殴った。突然のことで誰も止めようとしなかった。グラーフもなぜ殴られているのかわからず、辛うじて拳を腕で防いでいた。数秒経ってようやく事態を理解した暁達は急いでビスマルクをひっぺがしにかかった。しかし駆逐艦が束になっても彼女の体は動かない。せめてと夕立と睦月が彼女の腕を掴んだ。流石に腕に巻きついた駆逐艦は払えないようで、腕を押さえられたまま身をよじっている。しかし口は止まらず依然として「貴方のせいで!何で庇ったのよ!」と叫び続けた。摩耶の力で何とか彼女をひっぺがし、少し離れたところで話した。少し落ち着いたのか息は荒くてもまた襲いかかることはなく、その場に立ち尽くした。目は未だグラーフを睨みつけていた。

「どうしたどうした」

 摩耶がビスマルクを宥め、話を聞こうとする。しかし彼女は何も喋ろうとしない。

「あなたグラーフに庇ってもらったんでしょう?何でこんな恩を仇で返すような…」

「恩ですって!?そんなもの全く感じなかったわよ!」

 今度は暁にくってかかった。また暴れ出しそうな雰囲気を察知したのか摩耶が身構えた。しかしビスマルクは襲いかかることはなくその場で言葉を捲し立てた。

「私はこいつのせいで鎮守府中から白い目で見られたわ!こいつが私なんかを庇ったせいで尚更に!こいつは悪人を庇った英雄、私は罪のない艦娘に罪をなすりつけた悪人、もう何年もよ!?いつまで経っても誰も私を許そうとはしないわ!もう私には居場所がないのよ!こんなことなら私は庇われたくなかった!あなた達がこの場にいるように、私もこの場にいるはずだったの!」

 ビスマルクはそう言って黙り込んでしまった。グラーフは押し倒されてから体を起き上がらせた状態で俯いている。両者共に動く気配がない。どうにかしようとも、どうともできないので取り敢えずビスマルクにはお帰り願おう。この現場が司令官に見つかるとお互いに地位が危ない。

「…とりあえず、帰ってくれないかしら?あなたも知ってるはずだけど私たちがあなたと会うこと事態本来は禁止なの。バレたらどっちも終わりなの。私たちはまだ生きてたいから、ね」

 ビスマルクは黙って指示に従った。踵を返し、闇に消えていく。その直前ふと呟いた。

「私はもう生きていたいなんて思ってない」

 彼女が消えてから数分、夕立がグラーフを起こした。

「大丈夫ですか?」

「あ、ああ…」

 声に色がなく、顔色も若干悪そうだった。立ち上がることはできたがどこかフラフラとしている。

「…少し、一人にさせてくれないか」

 そう言って彼女もまた暗闇にフラフラと消えていった。

「さて、どうしましょう」

「どうったって、何もすることないじゃない」

「わ、私ちょっとグラーフさんが心配です…」

「一人にして欲しいっていうんだから一人にさせときなさい。グラーフなら大丈夫でしょ。私はもうテントに籠るわ。やることないし」

「そうだな。まあ大丈夫だろ。夕立もそんな心配すんなって」

 暁がテントに入っていく。初雪も無言で入って行き摩耶や秋月も入っていった。夕立はやはりグラーフが心配なのか、彼女が去っていった方向を見つめていた。睦月はそんな夕立を心配していたがやがてテントに入り、結局夕立もグラーフを信じてテントに戻って行った。




グラーフは自分が庇うことは正しいことだと、友人を助けることだと信じて止みませんでした。周りがそれをどう思うのか、助けられた本人が本当に救ってくれたと思っているのか、その他諸々『他人』がどう思うかは一切考えず自分の正義だけを信じての行動でした。
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