紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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邂逅

 深海棲艦が襲ってこないとは言ってもその理由がわからない限り油断ならない。そのため大和に乗艦する方法を調べる組と深海棲艦を見張る組に分かれた。

「…これ乗れるんですか?」

 彼女達の目の前にあるのは世界最大の戦艦。直下から見上げてもたったの一部分しか見えない。軽く一周したところ何か甲板に上がれるようなものはなかった。よってこちら側から何かしらのアクションを取る必要がある。

「…一つあるにはあるのよね」

 暁がこぼした。それは何かと秋月が聞く。

「これをね、上に引っ掛けるの」

 そう言って彼女が手にしたのは、錨。彼女の艤装についている武器で比較的巨大なものだ。

「…引っ掛けてどうするんですか」

「巻き取る。そしたら多分私の体が持ち上がると思うの」

「それだと暁さんしか出来ないじゃないですか」

「そうね」

「姫級相手に一人は暁さんでも危険ですよ」

「でもこれ以外に上に上がる方法がないわ。貴方が何か思いついてるのならそれでいいけれど」

「…それは」

「なあ」

 秋月は何も返せなかったが、代わりに摩耶が口を出した。

「あら、何かあるのかしら」

「船体に穴を開けるのはダメか」

「あーなるほど。それなら確かに……ていや無理でしょ。大和の装甲なんて戦艦でも難しいわよ」

「そうか…すまんあたしは何も思いつかない」

「ん。それじゃみんな何も無いのね。私一人で行ってくるわ」

「くれぐれも気をつけて下さい」

 暁は錨に繋がれた鎖を持ちゆっくりと回しだす。やがてそのスピードは増し、残像が見え出した。空を切る音もし、暁は投げの体制に入った。狙いは錨を落とすための穴の部分、そこに引っ掛ける。姿勢を低くして勢いよく戻すと同時に手を離した。錨は真っ直ぐ飛んでいき見えなくなった。たるんでいる鎖を引っ張るとズルズルと下がっていくがやがてそれは止まりピンッと張った。何度か引っ張りちゃんと引っかかているのを確認する。

 艦娘の足は船で言うところの船底である。そのため潜水艦を除いて海面に強くくっついているような状態で、よっぽどのこと、それこそ船をも持ち上げるような力がなければ足が海面から離れることはない。足を上げるには艤装の機能を止めるしか無い。

 暁はゆっくりと錨を巻き取る。すぐに巻取りが留まり引っ張られるような感覚が暁には伝わった。足の艤装の機能を止める。瞬間に浮力がなくなり、他の艤装というお守りをつけた彼女は沈みだす。しかし、それもすぐに引っかかった錨によって止まった。錨の巻取りを続ける。やがてふわりと暁の体が持ち上がった。そのまま暁は浮上を続ける。背中からひどく軋む音がする。錨よりも遥かに重いものを釣り上げているので機構が悲鳴をあげているのだ。暁が上に上がり切るのが先か、機構が壊れるのが先か。

 持ち上がる際に周りを見ると広がる深海棲艦の様子が見える。水平線近くで争っている様子がかろうじて見えるので、本土の艦隊はあそこにいるのだろう。そうだ、目標に近づけたことを報告しなくてはならない。暁は通信機に手を当てた。

「暁よ。目標に近づいたわ」

 しかし答える声はない。ノイズが永遠と流れている。こんな時に故障してしまったのか。仕方なく下で様子を見ている二人に代わりを頼むことにする。

「ねえ。通信機が壊れちゃったみたいだから代わりに司令官に報告してくれる?」

「分かりました」

 通信は共用のため、秋月の通信も暁に聞こえる。一瞬ノイズが入り秋月が報告する声が聞こえた。おかしなことに秋月の声は明瞭に聞こえて壊れている様子はない。しかしその後に聞こえるのはノイズのみだ。どうやら通信機が壊れているわけではなく、向こうからの声が上手く受信できていないらしい。

「ダメです。上手く受信できないみたいです」

「そう見たいね。仕方ないから報告は終わってからにしましょう」

 再び上を向き残りの距離を確認する。あと少しだ。背中の機構はもういつ壊れてもおかしくない。帰ったら整備が必要だろうがどうすればしてもらえるだろう。そう考えていると、もう手を伸ばせば届きそうな位置にいた。その瞬間背中から何か壊れた嫌な音がした。勢いよく鎖が落ちていく。あわや暁も一緒に落ちるところだったがすんでのところで穴に引っかかっていた錨に捕まることができた。ほっとしている間も鎖がどんどん落ちていく。今までどれだけ伸びるのか分からなかったから、その限界を知るのにちょうどいいかもしれないなんて呑気なことを暁は考えていた。下からは暁を心配する声がする。

「おい!大丈夫か!?」

「ええ、大丈夫よ。このまま上がるわ」

 吊り下がった状態から持ち上がるのにはひどく苦労するが、そこは艦娘。人間よりも圧倒的な腕力でよじ登った。甲板に登った頃には出続けていた鎖も止まっていた。やはり巻取りの機構が壊れてしまったようだ。このままでっぱなしでは邪魔だ。あまり壊したくはないが仕方がない。暁は手に届く範囲から背中の鎖を錨で叩き切った。

 甲板には一人の少女がいた。一糸纏わぬ裸の少女だ。しかし近づくとそれが人型ではあるが人間ではないことに気づいた。おおよそ人間の少女にあるはずの特徴はなく真っさらで、よく見れば腕などに球上関節が見える。その姿を見て暁が抱いた印象は人形であった。姫級といえば特定の艦娘とにた身体的特徴があるはずだ。しかし、奴にはそれがわからない。まだ見ぬ艦娘の可能性もあるが、奴は今大和の甲板上にいる。ということは奴は大和なのか。いや、大和にしては身長が低い。

「あなたが新型の姫級ね」

「あなたが艦娘か」

 少女は流暢な言葉で声をかけた。既知の通り姫級以上の深海棲艦は人語を話す。しかしそれはどこか聞きにくい。それが特徴であったはずなのにこの姫級はすっきりとした音質で、まるで普通の人間が話しているようだった。そして奴は暁に対して質問を返した。暁は警戒しながらもその質問に答える。

「ええ、そうよ。あなたは深海棲艦よね、姫級の」

「あなた達がそういうのであれば私は深海棲艦である」

「…なんでこんなことをしたわけ」

「私はただ大和に乗って来ただけ。あいつらは勝手についてきただけ」

 どこか掴みどころのない様子に警戒心が揺らぎそうになる。深海棲艦の動力源は恨みであるはずだが、奴はそういうわけではないらしい。全てが前例のないことで、もう何が何だかわからない。

「ふーん。乗って来たの。よくこんなデカ物に乗ってここまで気づかれずにやって来たわね」

「海の中を進んだから」

「なるほどね。ーともかく私はあなたを沈めるわ。この大和も」

「艦娘はそれが役目か」

「そうね。私たちはあなた達深海棲艦を沈めるのが役目よ」

「……私は自分の役割が分からない。何をすればいいのか分からない。ただこの船を沈めてはいけないことだけは確か」

「じゃあ、どうするの?戦う?」

「うん。私はあなたとたたk…

 先手必勝。暁は言い切る前に主砲を撃った。砲弾は奴目掛け放たれ、着弾した。いささか距離が近すぎたため爆風が彼女まで届いた。爆風が収まり顔を抑えた腕を退けると奴がいた場所には白い欠片が無数に落ちていた。暁は恐る恐る近づき、欠片の一つを拾った。スベスベしていた。

「…お人形さんみたい」

 暁が欠片をいじっていると、突然欠片の山から黒い何かが飛び出した。その何かは急速に広がり暁を囲んでしまった。それは外から見れば繭のように見えただろう。暁は逃れようとしたが、黒い何かは弾性があって弾き飛ばされあっという間に閉じ込められてしまった。

「ちょ、ちょっと何これ!?」

 どれだけもがこうと逃れることができない。そのうちだんだんと意識が遠のいていく気がした。きっと黒い何かのせいだが、分かったところで何も対抗できない。立っていられなくなり、その場に倒れ込んだがその感覚さえなくなっていた。

 

 次に気がついた時、暁は海の中にいた。寝ぼけたような感覚で一瞬理解ができなかった。ハッとしたがすぐに自分が海の中で呼吸できていることに気づいた。きっとこれは幻覚だろう。上を向けば少数の魚と日に照らされた海面があった。

 暁の目の前には一体の人形が倒れていた。その他には何もない。その人形がさっきまで対峙していた新型であることにはすぐに気づいた。暁はその人形に触れようとしたが彼女の手は人形をすり抜けてしまう。やはり自分が今見ているのは幻覚だからだろうか。仕方なくしばらくその人形を眺めていた。すると、いつのまにか一本の黒い影が近づいていることに気づいた。その影は一本から二本、二本から三本とどんどん数を増やしていく。やがて無数に伸びたその影は、人形を覆うようにして一つの繭のようなものを形成した。そこからさらに様子を伺っていると繭が収縮を始めた。それは人形よりも小さくなり、頭や足がはみ出して来ていた。最終的に黒い繭は人形の胸の中に消えるようにしてその姿を消した。

 繭が姿を消したのち今までびくともしていなかった人形の手が動いたかと思うと、まるで眠りから覚めたかのように上半身を起こした。そのまま立ち上がり、辺りを見渡す。明らかに暁と目が合ったが、彼女に気づく様子はなかった。

「私は一体……」

 奴は呟き再び動かなくなってしまった。再び動き出すまでの間、暁はずっと奴を観察していた。動きがないこの海の中、いずれ時間感覚はなくなりいったいどれほどの時間が経ったのか全く分からなくなる。もしかしたら永遠に近い時間を過ごしたのかもしれないし、刹那のことだったのかもしれない。

 ある時、奴は突如動き出した。後ろを振り返り、暁の基へ歩いて来た。暁はじっとしたまま奴を向かい入れた。予想していた通り、奴は暁とぶつかることなく彼女を通り抜けた。奴は真っ直ぐ歩いていく。暁はその後ろをついて行った。奴が海底を歩くと、その跡から深海棲艦が生まれた。足跡から黒い塊が生えたかと思うと、だんだんと形を成し様々な深海棲艦となって浮かんでいった。二、三歩に一体生まれるので、上を向けば数多くの深海棲艦が確認できた。その全てがノーマル艦であったのでやはりここ最近の異常はこの人形の仕業だったようだ。

 そのまま後ろをついていると、奴はある場所で歩を止めた。周りの風景に変わりはなく、何か特別なものがあるわけでもなかった。ただ奴の目の前には何かがあるようで、暁からはそれがよく見えない。仕方なく暁は横にずれて一体何があるのかを確認しようとした。一歩、二歩横にずれていくとそれがなんなのかだんだんと見えてくる。足、人か。さらにずれたところで暁は固まった。見覚えのある服装をした少女が三人倒れていた。ありえない。これがいわゆる幻覚だというのは分かる。だがこの幻覚はあの人形の過去ではないのか。この三人を見せてくるなんて、明らかに暁に見せるためのものだ。

「何を、したいの。なんで見せるの」

 暁は答えるはずのない幻覚に問いかけた。当然人形は何も答えない。じっと倒れている三人を眺めている。

「ねえ、なんで……なんでそんなもの見せるの。何がしたいの」

「これは私の記憶にあなたの記憶が影響されてできたもの」

 どこからか聞こえた声。周りを見渡すも声の発生源となるものはない。前を見ると先ほどまで三人を眺めていた、幻覚であるはずの人形がこちらを向いていた。

「影響……?」

「あなたの中にある強い怨嗟、それが私の記憶に影響を与えた。この三人はあなたが自身に見せているもの」

「なんで」

「分からない。誰かを取り込んだのは初めてだから」

「どうして私を取り込んだの」

「それは手伝ってもらうため」

「何を手伝うっていうの」

「私の、役割を見つけてほしい」

「なんで私が敵の手助けをしなきゃいけないの」

「私は突然生まれた。あの者達のように艦娘に対する敵意もない。だから私は何をすればいいのか分からない。艦娘と戦えばいいのかも」

「そんなこと私には関係ない。早く私を帰して」

 奴は諦めたかのように目を伏せた。すると視界がぼんやりとして来た。奴の姿や三人の姿も輪郭がぼやけ、原型もとどめなくなってしまった。あたりの風景と同化して青一色に塗り替えられて行った。

 

「……さん。あ……き……。あかつ……ん! 暁さん!」

 気がつくと先ほどまでの光景はなくなり、目の前には秋月が立っていた。さらに周りにはグラーフ達が暁を囲うように立っている。

「あれ、みんなどうして」

 まだ意識がぼんやりしているが、やがてさっきの幻覚を思い出し、さらにその前に大和の甲板上にいたことを思い出した。みる限り大和姿はなくあの深海棲艦の群れもいなくなったようだ。

「突然大和が沈み出しまして、それと同時に深海棲艦も湧きが止まり、残っていたやつも沈降していきました。暁さんは大和が沈み切った後そのまま立ってて、ぼーっと立っていましたから何度声をかけても全く反応しなかったから心配したんですよ?」

「ああ、そうなの」

「先ほど通信が回復して一連の出来事を報告しました。帰還命令が出ています。日がかなり沈んでいますから急ぎましょう」

 秋月の言う通り、日は水平線と接し空は赤紫色に染まっている。暁は依然ぼんやりとした意識のまま帰路についた。




暁は現在かなり気が強いですが妹のことになると絶対に取り乱します。むしろ心の中ではいつも妹に対する罪悪感があるのでそれを隠すためにあの性格になったんですね。生きるという彼女の目標も罪悪感からきています。
実は暁の今の言動は彼女に棲まう者の影響が強いのですがそれは本編でお話しします。
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