紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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帰還

 帰港する途中司令官から別の場所から上陸するように言われたが、なぜかすぐにいつもの場所に戻った。加えて家に入るようにも言われた。恐らく大本営のお偉いさんにも報告するためだろう。さっき報告をしたが、それだけでは収まらなかったので帰ったらまた詳しく報告すると言っておいた。

「結局新型は撃沈できたんでしょうか」

「多分できてないと思うの。駆逐艦の主砲一発で倒せるはずないもの」

「でもその本体っぽい奴は一発で粉々になったんだろ?」

「ええ、まあ」

「その人形が本体ではなかったのかもしれないな」

「人形の深海棲艦とか聞いたいことないですからきっとそうですよ」

「どんなお人形さんでした?」

「え、あー……人形にしては大きかったかしら。私と同じくらいあったし。あとは、関節の部分もちょっと変だったわね。なんか球見たいのがあったわ」

「球体関節人形という奴だな」

「きゅーたいかんせつ?」

「丸い球を関節にした人形のことだ。そこそこリアルな造形も特徴的だ」

「そういえば結構人間ぽい顔してたわね。うわ、なんだかそう考えると怖くなって来た」

「え、お人形さんとお話しって羨ましいですよ?」

「いや、いやいや、私も昔そんなこと思ってたけどあれは無理。なんだか限りなく人間に近い人間じゃないやつって不気味で怖いわ」

「えーそうですか?睦月は素敵だと思うなあ。お人形さんとの会話」

「限りなく人間に近い人間じゃないやつ……私たちのことですかね」

「そういや私たちもそうね。まあでも私たちは限りないどころか見た目は人間と同じだし」

「ポジティブですね」

「睦月を見習ったわ」

「私ですか?」

 空はもう暗い。月も高く上がっている。帰ったらもう真夜中かもしれなかった。

 

 鎮守府に戻ると案の定司令官が彼女達を家に入れた。そのままお偉いさんのもとで報告をするように言われた。彼女達はありのままを全て答え、暁は大和の甲板上で起こったことも全て答えた。ただ幻覚のことは話さなかった。幻覚だなんて不確かなことをいえば司令官が許さないだろうし、幻覚で確信したノーマル艦騒ぎも大和の周りの現象で十分話がつく。

「新型の姫級を撃沈できたかどうかは分からないということか」

「撃破は確実か」

「話を聞く限りまだ不確定な要素は多いな」

「撃沈が確実でない限り今後また現れる可能性は多い。大和が攻撃を行う可能性もある」

 彼女達の報告を受け取ってお偉いさんが会議を始めてしまった。早く退出したいが許可なしに退出は許されない。元帥がいる以上、司令官も指示を出せない。しばらく会議を聞いていると元帥がこちらに気づいたようですぐに退出するように促してくれた。

「すまんすまん。もう退出しても良い。しっかり入渠して次に備えてくれ。装備も整備はしっかりするように」

「失礼致します」

 退出したあと、司令官に入渠するように言われたので風呂場に行こうとすると、そっちじゃないと止められてしまった。かつてないほどの艦娘が集まっているので家にある入渠場だけは足りなかったらしい。

 彼女達は家の外に案内された。そして連れてこられたのは近くの浜辺で、そこにはテント群が設置されていた。

「ここで入渠しろ。あと装備の損害も報告しておけ」

「あら優しい。そんなのしてくれないと思ったわ」

「元帥殿が仰ったからな。逆にしないと俺が罰を喰らう。元帥殿に感謝しろ。あと分かってると思うが無駄な会話はするな。必要最低限だけだ」

「はいはい」

 彼女達はテント群に向かって歩き出した。入り口を思われるところには受付のようなものが設置されており、他の艦娘はそこから入っているようであった。彼女達も見習って受付に続く列に並んだ。今回の作戦、被害は少ないものと予想されていたがあの深海棲艦の大群というイレギュラーのせいか重傷を負っている艦娘が多い。彼女達の損害が少ないのはある意味奇跡的なことだったか。

「あ! 暁ちゃん! やっと見つけたのです!」

「もう探したのよ」

 列に並んでいると、どこからか暁を呼ぶ声がした。その声に彼女は身をこわばらせ辺りを見渡した。幻聴ではなかった。現にもういるはずのない彼女の妹達が三人こちらに走って来ている。

「姉さん。一人でどこかに行かないでくれ」

「い、いや……わ、わ……」

 私はあなた達のところの暁ではない。そう言いたいが上手く言葉が出てこない。想像もしなかった再会。この三人はあの時の三人ではない。艦娘は人造人間であるから全く同じ個体が存在する。だから今暁の目の前にいる三人も個体は違えどそれ以外は全くもって同じなのである。いやでも強制的に当時の記憶が蘇る。一緒に暮らした時の、楽しい記憶や、悲しい記憶、いろいろな思い出が蘇った。そしてあの日、三人を失った記憶のことも。暁は制御が効かなくなりパニックになりかけていた。三人に会えたことへの喜びと罪悪感が彼女の中を渦巻いていた。

「すみません。うちの暁はあなた達の鎮守府所属ではないです。人違いですよ」

「え、そうなの!?」

「はわわわ! ご、ごめんなさいなのです」

「すまない。迷惑をかけた」

 秋月が代わりに対応すると三人は謝ってまた姉を探しに走って行った。秋月が後ろから声をかける。

「大丈夫ですか」

「うん……ありがとう」

「気にしないでください」

 深呼吸をして落ち着かせる。……もう大丈夫だ。グラーフが摩耶達から見えないように立ってくれたらしい。余計なお世話だ。

 

 しばらく並んでいると、ようやく受付までやって来た。前にいる艦娘は受付に自身の所属と損害報告と艤装を渡している。暁の番になってので彼女も習う。いざ言おうと思った時、自分の所属の正式名称を知らないことに気づいた。『懲罰部隊』というのは通称のことで正式名称ではない。さっきの艦娘は恐らく正式名称で所属を言っていた。どうしようかと悩んだが結局懲罰部隊で通した。

「懲罰部隊の暁です。損害は小破未満」

「懲罰部隊?」

「ここの部隊です」

「あ、ああ。はい。分かりました。大本営所属第一特務部隊の暁さんですね。艤装を預かってもよろしいですか」

 なんと、正式名称はそんな名前だったのか。それに本当に大本営所属だったとは。

 受付の艦娘は暁がここの例の部隊だと知ると少し顔を強張らせた。僅かな変化だったが暁はそれを見逃さなかった。やはりここの部隊ということで少し奇異な目で見られるようだ。

 暁は受付から使用する入渠のブースと艤装の受け取り時間を知らされた。みると預けた艤装には妖精が数多くおり、かなり早い時間で損害を確認しているようだった。尚、暁の艤装は明日の夕方に受け取りに来るよう言われた。

「え、それは困るわ。明日も朝から出撃しないといけないのに。明日の朝までになんとかしてくれない?」

「それは無理です。整備しなきゃしけない艤装はたくさんあるので。あなたの司令官には報告しておきますので」

 それならまあいいか、と暁は引き下がった。

 指定されたブースを隣の地図で確認する。そんなに遠くはない。野外の入渠場は初めてだ。暁が指定された場所は海から近かった。だが囲いのせいで海が見えることはない。

 開いているブースを見るとドラム缶があった。ドラム缶風呂ということか。まあ、野外なのだからドラム缶あたりが限界だったのだろう。

 指定された場所についた。ドラム缶に湯が入っており湯気が立ち込めている。妖精がドラム缶のそばでサムズアップをしていた。脱衣所がなかったのでドラム缶の隣に服を脱ぎ捨てた。全て脱ぎ去り入ろうとするがそのままだとドラム缶が高くて入りにくい。裏に回るとちゃんと足場があった。ついでにおそらく服を入れるためだったかごも見つけた。すでに彼女の服は砂浜に接地しており砂がついてしまった。暁はしかたなく服をはたき砂をある程度落としてからかごに入れ直した。

 足場からドラム缶風呂に入る。案外湯加減はいいものだった。ため息をつきながら湯に浸かる。全てが浸かった瞬間、入り口の上についていたタイマーが作動し42分の数字が出て来た。小破未満でも暁の練度だとまあまあ時間がかかる。

 入渠で治すのはもちろん傷である。練度が高くなるほど治るのに時間がかかるのは訳がある。記憶を保管するのは脳であるが、戦闘経験は脳だけでなく全身の筋肉や細胞も記憶している。所謂体が覚えているというやるだ。情報量が多いものを治すのには時間がかかる。たとえかすり傷であってもだ。

 暁は湯に浸かりながらあの幻覚のことを思い出していた。あれはあの姫級の記憶だったのだろう。人形みたいだと思ったが本当に人形から生まれたらしかった。もう何十年も戦争が続いているが深海棲艦のことは分かってないことが多い。出自もそうだ。否、厳密にいえば薄々怨念が実体化したものとみんなが思っている。しかし現代においてなかなか怨念が実体化したものなどとは結論づけ難いものであり、今も化学的に深海棲艦の出自を調べようと躍起になっている。しかし暁が見たあれは正に怨念と言えるものだろう。人形に怨念が移って生まれたもの。ああ、そういえば妖精はどうなのだろう。彼女達の出自もよく知らない。暁が横をみると、妖精はその小さな体躯で一生懸命に湯の温度を保とうとしている。

「まあ、いっかー」

 なんだか可愛らしかったので考えるのをやめた。大体自分が考えたって意味がないのだ。餅は餅屋だ。

「暇だな……」

「じゃあ私とお話ししましょ?」

「また出て来たの」

 どこからか聞こえてくる自分の声。もう真っ暗じゃないと出てこないなんてことはなくなった。一人じゃないと出てこないというのは……妖精は含まれないのかもしれない。

「嫌だった?」

「いや別に」

「じゃあいいでしょ? 一人前のレディーとお話しできるだから断るはずがないんだもの」

「何そのとってつけたようなレディー」

「う、うるさいわね。で、何お話しするの」

「何話そうかしら……ああ、今日ねおかしなやつに出会ったの」

「変なやつ?」

「そう、なんだか新型の姫級だったけど色々変なやつだったわ。深海棲艦のくせにやけにはっきり発音するし。あ、報告するの忘れてたわ、はっきり話すの。ま、別にいいかしら」

「へえ、確かに変わったやつね」

「それでね、なんだか一発撃ったら粉々になっちゃって、黒い変なのに捕まっちゃって」

「……へえ。ねえ他の話とかないの」

「他に?」

「レディーにふさわしいお話がいいわ」

「レディーにふさわしいって何よ。そうね……」

 

 もう一人の自分と会話していると、ふとタイマーが鳴った。いつのまにか入渠時間を迎えていたらしい。暁がそのタイマーに気を取られると同時にもう一人の気配は消えてしまった。

「……自分勝手なんだから」

 文句を言っても帰ってはこない。

 風呂から上がり、着替えてからブースを出る。この後はもう自由に行っていいらしいのでこのまま直接公園へと向かった。

 

 公園には先に初雪が戻っていた。一人焚き火もつけずに座っている。

「ゲームしてないなんて珍しいわね」

「暗くてできない」

「焚き火つければいいのに」

「つけても暗い」

「じゃなくてもつけてればいいじゃない。こんな暗いのに」

「……つけかた知らない」

「えぇー、それぐらいマッチか何かで……どこ」

 時刻はすっかり真夜中で辺りは明かりがなく真っ暗だ。艤装も預けてしまったので探照灯も使えない。いくら駆逐艦で夜目が効くとはいえ限度がある。その中でマッチのような小さいものを探そうとしても全くわからない。昨日火をつけたのは秋月だったので彼女なら場所を知っているだろうがまだ戻って来ていない。仕方なく初雪と一緒に手探りで探し始めた。

「どこ置いたのよ〜」

「……ない」

「どこかにはあるはずなの」

 探し始めて十分ほど経ったところで誰かがこっちにくる足音がした。待っているとそれは秋月だった。

「あ、秋月。マッチどこ置いたの」

「え、いたんですか」

 秋月は小走りでやって来て、マッチを持ち出し手早く火をつけた。あっという間に小さな火は大きくなり、周囲を明るく照らし出す。

「いや、真っ暗だったので私が最初かと思いました」

「マッチどこ置いてたのよ」

「ここですよ。この椅子の上です」

「そこだったのね……」

 焚き火がつきひと段落した三人はそれぞれ椅子に座り残りの四人を待っていた。次にやって来たのは摩耶だった。そのすぐ次に夕立が戻って来て、それからしばらくしてグラーフも戻って来た。

「睦月はまだなのね」

「睦月ちゃんは一番被害が大きかったので結構かかってるんですよ」

「あー、中破だったかしら」

「いえ、大破です」

「え、そんなに」

「ノーマル艦如きで大破なんてザマァないな」

「中破してた奴が何言ってんのよ」

「暁と初雪はよくかすり傷で済んだな」

「あれぐらい……いやまあ、あれは流石に運が良かったわね」

「本当に。アレに突っ込んで死人が出なかったなんて奇跡ですよ」

「他のところは出てたりするのかしら」

「さぁ?話は聞いてませんね」

「あ、そ」

 その後も睦月を待ち続けたが結局彼女は全然戻ってこなかった。睦月が戻って来た頃には全員が就寝し、焚き火も消えてしまっていたため彼女は夕食を食べることができず泣く泣く床に就くのであった。

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