紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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軋轢

 その晩、暁は夢を見た。暗い曇天の空だった。海は少し波が出ている。水平線しか見えないその上に3脚の椅子と一つのテーブルが置いてあった。すでに2脚は埋まっており、自分の姿をした者と今日見た人形のような深海棲艦が座っている。暁はそれらから少し離れたところに立っていた。

「こっちよ」

 もう一人の自分から誘いを受ける。暁の前には丁度椅子があった。暁はそのまま空いている椅子へと座る。テーブルには紅茶と茶菓子が一緒に置いてあった。

「揃ったわね」

 もう一人の自分はそう言って紅茶を一口飲んだ。それに続き人形もティーカップを口につける。暁も少し遅れてそれに倣った。甘味はあんまり無いが不味くはなかった。

「これは夢?」

 暁はふとそう呟いた。

「そう、これは夢よ」

 もう一人の自分は言った。暁は納得した。だから人形がここにいるのかと。人形は紅茶を一口飲み、茶菓子を一つ摘んでから言った。

「ここはあなたの中。私はあなたの中から色々見させてもらった。あとあなたのことも」

 暁はどう返せばいいかわからなかったので生返事をした。

「あなたは不思議な艦娘だ。他の艦娘とは違う」

「本当に? 私の中にしか入っていないのだから他にも同じ艦娘はいるかもしれないわよ?」

「いや、入らなくても分かる」

 人形ともう一人の自分が会話している。暁は紅茶の入ったティーカップを持ちながらその会話を聞いていた。遠くで雷の音がした。

 人形は唐突に暁の方へ振り向き尋ねた。

「暁、あなたは生きたいと思ってる?」

 突然のことで反応が一瞬遅れた。それに突拍子もない質問だったので彼女はティーカップを口に近づけたまま小さく頷くしかできなかった。

「あなたは確かにそう思っているのかもしれないけど本当は死にたいと思っているんじゃないの?」

「え……?」

「何言ってるの。暁は生きたいって思ってるんでしょ」

「やっぱりあなたが感情を上塗りしているのか」

「さっきから何。適当なこと言ってるばかりなら追い出すわよ」

「私は暁に質問している。いちいちあなたが反応する必要はないはず」

「私だって暁よ」

「あなたは暁だけど暁ではないよね。そろそろ解放してあげてもいいと私は思う」

「は?生まれたばかりのやつに言われる筋合いはないわ。もうあったまきた。あなた追い出すわ」

 もう一人が指を鳴らした。すると人形の足が透け出した。それは段々全身に広がっていった。透けた足はその姿を消していく。人形は狼狽えることなく逆に冷静に暁に声をかける。

「一度よく考えてみるといい。今のあなたは本当に生きたいと思っているのか。安心して、私はもう気づいている。すぐにでもあなたを解放してあげるから」

 そして人形は消えてしまった。席の空いた一脚の椅子がそのまま残っている。

「はぁ全く。せっかく泊めてあげたのに」

「私は、死にたいの?」

 暁は先ほど人形にかけられた言葉を反芻していた。いままで疑いもしなかった生きたいという願い。本当に自分は生きたかったのか。あんなことをしでかして自分はなおも生きたいと思ったか。あの時ばかりは死にたいと思ったはず。ならばそれが生きたいと願うようになったのはいつだったか。自分でない自分の声が聞こえだしたころだっただろうか。

「気にしなくていいのよ。あなたは生き続ければいいわ」

「でもあの人形は」

「なんで部外者を信じるの? あれは私たちとは何の関係もないの。なんで自分を信じられないの?」

 彼女は椅子に座りながらも暁に問いかける。その圧に暁は何も答えられなかった。しばらく無言でいると彼女はあきらめたように息を吐いた。

「こんなはずじゃなかったんだけどなあ。本当はもっとお話ししたかったのよ? 折角初めてあなたに姿を見せてあげようと思ったんだから。でも仕方ないわね。ほら、もう起きなさい。朝よ」

 

 

 

 テントの壁が目についた。はっきりとその色や模様が目に映る。外は明るく、鳥の鳴き声が聞こえた。数秒ぼーっとしたのち、かったるい体を持ち上げる。

「起きなきゃ」

 テントの入口を開け、外に這いずり出た。太陽の光が暁を照らす。そのまぶしさにすぐに残っていた眠気は消えた。

 すでに秋月とグラーフが起きていて椅子に座っていた。

「あ、おはようございます」

「おはよう」

 暁も挨拶を返しながら軽く背伸びをする。少し背中が痛い。地面が固いせいか寝心地が良くないのだ。

「いたたた。早く家に戻りたいわ。体が痛くて寝た気になれない」

「私はもう慣れましたよ」

「うそー。私一生慣れる気しないわ」

「作戦が終わるまでの辛抱だ」

「その作戦がいつ終わるのか分からないのだけど」

 やになっちゃう、と文句を言いながら暁も椅子に座った。ふと空を見上げ、寝ていたはずの時に見た変な光景のことを思い出す。夢なのかもしれない。だが艦娘は夢など見ない。あれは一体何だったのだろう。それにあそこにはほかに二人いたような気がするし、何か言われたような気もする。しかし両者の顔はもちろん姿かたちもぼんやりとしていて思い出せない。かけられた言葉も全く思い出せない。ただ誰かに話しかけられた事実だけを記憶していた。

 静かな時間が流れる。お互いに何も話そうとしない。それは単に話題がないから、そして暁のように何かしらの思考をしているからである。側から見れば、まるで不仲であるような光景だった。

 暁は首だけを秋月に向けた。彼女は焚き火跡をじっと見つめていた。座っている椅子に背もたれがないため若干体が前に傾いている。それでも姿勢がよく感じられるのは無意識によるものか、それとも彼女がそうしているのか。暁はそんな暇をしていそうな秋月にそばに置いておいておいた漫画を一冊差し出した。

「これ読む?」

「いや、いいですよ。私は」

「そう? グラーフは読んだわよ」

「え、そうなんですか?」

「ああ、なかなか面白かったぞ」

「そ、そうなんですか。グラーフさんが読んだんだったら」

 秋月は渋々漫画を受け取った。ページを一枚、二枚とめくる。最初は訝しげな表情をしていたが、しばらくして満更でもない顔に変わった。一方で暁は手元にある漫画を読もうとはしない。すでに手持ちの漫画は読み切ってしまった。もう一度読み返す気には中々なれなかった。

 

 暇な時間を過ごし続けていると、睦月以外の全員が起きて来た。睦月は昨日結局戻って来たのだろうか。

「あれ睦月ちゃんは?」

「さあ、まだ寝てるんじゃないか?」

「あいつは結構入渠かかってたしな」

「じゃあ起こすのはやめといたほうがいいですか?」

「まあ、出撃も睦月は今日は無理だろうからいいんじゃない」

 暁も夕方まで修理が終わらないので、睦月の艤装はそれ以上だろう。下手したら数日は無理かもしれない。

「今日はみんなゆっくりできるんじゃない?」

「だといいな」

「ええ、本当に」

 それぞれが好きなように動く。辺りを散歩するものや、椅子に座ってくつろぐもの。起きて早々にゲーム機に手を伸ばすものや朝ごはんの準備をするものもいた。

 

 

 

 彼女は同じ場所で目覚めた。暁に撃たれたあの場所で。粉々になったはずの体はすっかり元に戻っており傷ひとつない。大和は恐らく海中に沈んでしまっている。

 彼女には今、唯一と言える目標ができた。それは暁を殺し、彼女に憑いているものから解放することだ。今までなぜ自分が生まれたのか、いったい何をすればいいのかわからなかった彼女にとって初めてできた目標、役割だ。恩返しも含めて何としてでも達成しなければならない。

 彼女は次に、どうやって暁を殺すか考えた。彼女がまたここまでやってくるのを待つか。いや、彼女のことを思うのであればこちらから近づくべきだ。しかし彼女は強い。彼女が数年前に体験したらしい激戦のおかげもあるだろうが、彼女に憑くものが暁を死なせないようにちょっとしたサポートを行なっている。本人がそう言っていた。暁が反応しきれなかった攻撃に対して彼女が無理やり暁の体を動かしたりするそうだ。彼女の生に対する執着は厄介なものだ。加えて彼女のところに行くには大量の艦娘を相手しなければならない。大和で海上をのこのこ航行していては暁に出会う前に沈められてしまう。出来るだけ海中を進もう。

 彼女は水中へと潜った。思った通り大和は海底に鎮座していた。甲板に立ち大和を動かす準備をする。タービンを回すために缶を温め始めるが時間がかかりすぎる。今すぐにも発進したいのにひどく焦ったい。

「待ってて、あなたを必ず解放して見せる」

 缶が温まるまであと十数時間、それまで彼女はひたすら作戦を練り続ける。一つ浮かべては捨て、また一つ浮かべては捨てを繰り返す。初めて考える作戦はどれも幼稚で、ただ強引に突撃することしか考えられていない。だが何度も考えるうちにそれは段々計画性を帯びてくる。きっと発進できる頃には十分が作戦が出来上がっているはずだ。何もいない海域の底で、巨大な災禍が生まれようとしていた。

 

 

 

 暁達は依然として暇な時間を過ごしていた。彼女達の思った通り今日は出撃が無さそうだ。誰も出撃しない日が来るなんてここに来た当初は全く思わなかった。だからこそ、こうした暇な時間をどう過ごせばいいのか分からない。もちろん全くというわけではないが、それでも自由は少しだけだったので隙間時間の過ごし方は分かるのだが、こんな一日中暇な時間は全然ない。加えて野外のためゲームをして過ごすなんてことも……いや、それは可能か。初雪からゲームを借りればいい。

「ねえ、ゲーム貸して」

「ん、好きなの持ってって」

 初雪は自身のテントを指差した。暁が中に入ると数個の携帯ゲーム機が置いてある。その横にはカセットも置いてあった。適当に筐体とカセットを選び外に出た。

 キャンプ群の外れではグラーフと夕立が稽古として手合わせを行っている。せっかくの休日なのだから休んでも過ごしてもいいと思うが、有意義な時間と考えるとああいう過ごし方を言うのかもしれない。二人を横目に暁はゲーム機の電源を入れた。少し昔のゲームらしく音質も画質も時代を感じる。

 

「ありがとうございました」

 ゲームをしていると秋月が借りていた漫画を返して来た。

「どう。面白いでしょ」

「まあ、そうですね」

「今度新しいの仕入れようと思うわ」

「……お願いします」

 堕ちたな、暁は確信した。にやけ顔を晒しながらゲームプレイに戻る。昔のゲームとはいえ、今のものよりも単純が故に慣れるのが早く楽しみ方を知るのも早い。あっという間に暁はのめり込んでいった。

「あの新型、やっぱり倒せてないですかね」

 誰に聞いているのか分からない以前に暁はゲームに集中しているのでその質問に返す余裕がない。自分に向けたものではないと信じて無視する。

「暁さん?」

 ああ、自分であった。仕方なくメニュー画面を開いて中断する。

「なに」

「いや、暁さんは新型の姫級を倒したと思ってるんですか?」

「倒せたんじゃない?」

 さっさとゲームに戻りたいので適当にあしらう。

「でも暁さん言ってたじゃないですか。倒せた気がしないって」

「いいじゃない。新型が脆いなら私たちにとって百利あって一害なし」

「それをいうなら百害あって一利なしでしょ」

「どっちでもいいわよ。とにかく、相手が弱いならそれに越したことはないの。もしまた出て来たならもう一度倒せばいいだけよ」

「いやでもあの新型の攻撃方法は厄介ですよ。いくらノーマル艦といえどあの物量ではフラッグシップ艦隊かそれ以上の脅威があります。それにあの時は動いていませんでしたけど大和自体が攻撃を行う可能性だってあるんですから確実に撃沈させる必要があります」

「だーうっさいわね! そんなに心配なら司令官に直接言ってくればいいでしょ!? 何で私に言ってくんのよ!」

「今のところ本体を見たのは暁さんだけなんですよ? 大和の甲板に登る術を持ってるのも暁さんだけなんですから、暁さんにはその重要性を知ってもらわなきゃいけないんです。確実に撃沈してもらわないと」

「はあ? 自分じゃ何もできないから私に丸投げって、もっと自分も攻撃できる方法でも考えたら?」

「それなら暁さんだってもっと考えてくださいよ。何をそんなに楽観的なことばっかり考えてるんですか。元々ここが死地だってこと忘れてるんじゃないですか?」

「何それ。私の頭がお花畑になってるって言いたいの?」

「別にそんなこと言ってないですよ。でも、暁さんが自分でそう思ってるならそうなんじゃないですか?ああ、でも暁さんて無謀な突撃ばかりしてますからどっちかというと筋肉じゃないですかね?」

「ははは! 面白い冗談ね。いいわよ、あなたがそう言うなら認めてやろうじゃないの。じゃあ私があなたを殴っても文句はないわね?」

「は? 何でそんな結論になるんですか。本当に頭筋肉なんですか。そうやって暴力でしか解決しようとしないから妹沈めちゃうんじゃないんですか?」

「おうちちょっとこっち来んねえ。一度くらしちゃる!」

 暁は立ち上がり、秋月の方へ歩き出した。その顔は明らかに激怒しており、一方で秋月は見下すかのような嘲笑を浮かべて迎えている。一触即発どころかもう手遅れ一歩前の状況騒ぎを聞いてに近くまで来たグラーフがすかさず間に入った。

「おいおい喧嘩はよせ! お前達が喧嘩したって何の意味もないだろう。秋月それは、それだけは言っちゃいけないことだ。自分でも分かってるだろ。暁も挑発に乗るんじゃない」

「……気分悪い。私はもう寝るわ」

「は、一度頭を冷やしたほうがいいですよ。ほら、たまには筋肉も休めてあげないとね」

「秋月!」

 暁はその挑発に乗りはしなかったものの、押さえ込むかのように椅子を蹴り飛ばしてからテントに入って行った。

 のんびりとした穏やかな空間はたった二人の数分の口論によって殺伐とした空気へと変わってしまった。




最初は喧嘩させる気はなかったんですけど、何故か喧嘩が始まってしまったんです。すみません
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