紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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思考

「秋月、お前あれはどういうことだ。暁に姉妹のことは禁句だと知ってるだろう」

「ええ、ですから陥れるのにはかなり有効ですよ」

「お前、自分も姉妹を失ってるというのによりにもよってそれで陥れるなんて艦娘として終わってるぞ!」

「だからこそですよ。姉妹を失う気持ちはよーく分かります。だからそれがどれだけ心に響くか知っている。使い方を熟知してるんですよ」

「お前っ……!」

「説教ですか。グラーフさん、そもそも何で禁句なのか覚えてます? 手がつけられなくなるからですよ。暴れまわりやがって。それが、どうですか。さっきはあいつにしては耐えれたじゃないですか。いい傾向ですよ。段々理性がついてる」

「だとしてもあれはよくないだろう! あの言葉遣いは本人どころか姉妹すらも侮辱している!」

「何ですか、また独りよがりの正義ですか? とりあえず自分の価値観を押し付ける前に自分の言動が相手にどんな影響を与えるのか考えたほうがいいですよ」

「そ、それは……それは今は関係ないだろ」

「そうですね。今、禁句がどうのこうのは関係がないことです。私はあの新型が撃破に過ぎないということを話していたんです。ですよね」

 秋月は最初から傍観していた摩耶に声をかけた。摩耶は突然のことに狼狽したが首を縦に振った。

「ほら、摩耶さんも言ってます。ですからグラーフさんの説教も関係がないことなんです。自分の正義に囚われ過ぎずに、口を出すならちゃんと根本のことから言ってくださいよ」

 グラーフは何も言い返せなかった。沈黙を通すグラーフに秋月は嘲笑を送り彼女から離れた。そして一人歩き出す。

「おい、どこに行くだよ」

 摩耶の呼びかけに秋月は筋肉馬鹿と一緒の空間にいたくないと言って去ってしまった。

 

「ふあぁ〜おはようございますぅ〜」

 明け方近くまで入居していた睦月は昼頃になってようやく起きて来た。しかしどういうわけか空気が殺伐としている。会話もなくみんな下を向いていた。

「あれ、どうかしたんですか?」

「ああ、睦月か。おはよう。大したことは起きてないよ」

「暁と秋月が喧嘩しただけだ」

「えっ、喧嘩!?」

「摩耶」

「別にいいだろ。どっちみち言わなきゃいけないんだから」

 睦月は夕立に訳を聞いた。夕立はことの顛末を睦月に教えた。

「えー、あの二人が喧嘩ですか。それでお二人の姿が見えないのですが?」

「暁はふて寝、秋月はどっか行っちまった」

「大丈夫なんですかね」

「心配はないだろう。ここ最近は全然だったが昔は口論が絶えない二人だったから今回もいつのまにか仲直りしているはずさ」

「そうなんですか? あー、でもそう言われると何だか分かる気がします」

「だからほっといていいだろう。今日が出撃じゃなくてよかったよ」

「え? 今日出撃ないんですか?」

「みんな艤装を預けているからな。睦月もそうだろう」

「はい。なんか四日かかるとか?」

「結構時間かかるんだな」

「そうなると明日は一人で留守番かな」

「え、睦月一人ですか」

「いや、あたしも明日は留守番だな。二日かかるって言われたよ」

 

 暁はテントの中で天井を見つめていた。左右から狭まった布が真ん中で一直線に縫われている。その縫い目をただ見つめていた。外からは声が聞こえてくる。秋月とどうのこうの聞こえてくるが、暁は全く耳に入っていなかった。何も考えられない。ずっとさっき言われた『妹を守れない』という言葉が彼女の中で反響していた。

 自分は妹を守れなかった。それは自分が弱かったからだと思った。肉体的にも精神的にも。レディだの何だの言って、それでは妹を守れないんだと思った。今思えばそもそもレディに関係のないことだが、ともかくあの日を境に自分は変わったのだ。今の自分は強くなった。もうあの時の自分ではない。逃げるしかなかった自分ではない。もう主砲や魚雷を撃つのに躊躇することも無くなった。今の自分ならきっと妹を守れたはずだ。なのに守れないと言われた。なぜだろう。どうして今の自分を否定されたんだろう。そんな戸惑いが彼女の中にあった。

「そんなこと気にしなくていいわよ。どうせただの軽口なんだから」

 さも当たり前のように声がかかった。それに心まで読まれている。

「あ、いま心読まれたって思ったでしょ。当然よ。私はあなたのことなら何でも知っているのよ」

 気力のなかった暁はその声に答えず目を瞑った。

 

 

 

 海底にて、彼女は依然として作戦を考えていた。何度も、多種多様な作戦を考えた。

 まず最優先目標は暁を殺すこと。そこから逆算し、ぶつかるはずの障害を乗り越える。最大の壁は暁に取り憑くあの思念である。あのせいで実質暁が二人いるような状態だ。暁が反応しきれない攻撃でもあの思念によって無理やり避けられてしまう。それを防ぐには思念もろとも暁の行動を制限する必要があると考えた。だが都合よくそんなことが思いつくわけもなかった。結局何も思いつかなかったので、どうにかなるだろうと未来の自分に対策を任せることにした。

 次の壁はあの大量の艦娘だ。直接殴り込みに行く以上どうしてもあの艦娘達を相手しなければならない。残念ながら自身の体に戦闘技能は全くない。ただの人間と同じだ。ならばこの戦艦大和を使うのはどうか。否、この大和では的の小さい艦娘は狙いにくいし、単艦では相手しにくい。勝手に生まれてくる深海棲艦はどうか。否、深海棲艦は生まれてから動くまで時間がかかるし、どうやら自分の生み出す深海棲艦は弱いらしい。時間稼ぎにすらならないかもしれない。ならばどうするか。答えは単純、こちらの戦力を増やせばいい。幸いこの海域には船が大量に沈んでいる。ここからいくつか動かせばいいだろう。この際多少の遅延は仕方がない。しっかりと準備した上で確実にことを成さなければならない。これは自分の役割を作り出してくれた人への恩返し、失敗は許されないのだ。

 彼女は早速随伴させる船を探し始めた。ここら一体には残骸がたくさんあるが、どれがどの船かわからない有様になっている。ほとんどが原型をあまり残しておらず、元の姿が全く分からない。彼女は沈んだ船を元の状態に直すことができる。現に大和はそうして使っている。しかし、振り返ってみると恐らく、元に戻すにはその船の少なくとも半分を占める残骸が必要だと思う。まだこの能力を使ったのは一度だけで把握できてないが、実際に適当にそこらの残骸を元に戻そうとしても何も起こらない。つまりは、状態のいい残骸を探さなければならないのだ。

 そしてもう一つ、どういうわけか状態のいい残骸を見つけても元に戻せるものと戻せないものがあることに気づいた。それは数隻ほど復元できていた時のことだった。彼女は船底に穴の空いただけの実に状態のいい残骸を見つけた。彼女が復元を行おうと集中するが何も起こらない。もしかしたら彼女の見えないところの損傷が酷いのかと、裏に回ってみたが特にそういうわけでもない。仕方なく、彼女は復元を諦めて別の残骸へと向かった。

 

 意外に復元できた船は少なかった。集めれたのは五隻、一艦隊分でしかない。駆逐艦三隻に軽巡が二隻、重巡が一隻のみ。これだけであの大量の艦娘を相手出来るだろうか。いや、あくまでも目標は暁の殺害だから時間稼ぎをしてもらいさえすればいい。

 最後の船の缶を温め始めたところで彼女は大和の元へ戻った。大和は依然として暖機を行っている。もしかしたらこれだけ時間が立っていても駆逐艦と同じくらいかかるかもしれない。しかしそんなことは全く関係ない。一番の問題は彼女の作戦がうまく行くのかどうかということ。彼女の中ではこれ以上ないぐらいの完璧な作戦で、失敗するビジョンはない。しかし少しでも戦略というものを考えたことがある人ならその作戦はただの力押しに過ぎないことは一目瞭然だろう。何せ、彼女の考える作戦というのは艦隊と深海棲艦で多くの艦娘の目を引き、その間に暁を殺すというもの。大雑把すぎるし、それこそ暁を探す時間を稼げるのかすら確実ではない。強いてこの作戦のいい点をあげるとすれば、彼女はできるだけ見つからないように海中を進む方法をとったということだろう。彼女は自称完璧な作戦を前にただひたすら準備が整うのを待っていた。

 

 

 

 気がつくとテントの中は薄暗くなっていた。体には寝起き特有の倦怠感がある。どうやら寝っ転がっているうちに本当に寝てしまったらしい。倦怠感を押し殺して起き上がり外に出た。すでに焚き火はつけられていた。

「起きたか。お前艤装取りに行かないといけないんじゃないのか」

「え?」

 起きて早々グラーフに声をかけられた。寝ぼけている頭で思い出してみると、確かに昨日そんなことを言われた気がする。

「あー、うん。そうね」

 暁は生返事で艤装を受け取りに向かった。

 

 受け取りに向かう途中で思考がスッキリして来た。昼の口論のことも思い出してしまって気分が悪くなってしまった。ふと暁は艤装をどこで受け取ればいいのだろうと思った。場所は確か言われなかった。昨日受付した場所に行けばいいのだろうか。しかし昨日艤装を受け取った艦娘はいなかったと思う。悩み続けたが結局昨日と同じ場所に行ってみることにした。違うならその時にまた聞けばいい。

 野外の入渠場には今日も艦娘が並んでいた。ただ昨日よりも数は少ない。昨日は激戦だったし、その代わり今日はあまり出撃していないのかもしれない。列に並ぶがあっという間に暁の番が回って来た。受付の艦娘は昨日と同じだった。

「お疲れ様です。損害の報告と艤装をお預かりします」

「あの、昨日艤装を預けたのだけど」

「ああ、受け取りですか? それでは所属とお名前をお願いします」

「えっと、だいー、第一特務部隊ぃの暁です」

「第一特務部隊の暁さんですね。少々お待ちください」

 受付の艦娘は席を外して裏に回った。少しすると艤装を持った妖精たちを引き連れて戻って来た。

「こちらで間違いないですか?」

「ええ」

「はい、ではどうぞ」

 暁は艤装を受け取り、その場を離れた。案外簡単に受け取ることができた。用はこれだけなのでさっさと帰るとしよう。昨日みたいにまた人違いが発生すると困る。帰りは探照灯をつけながら帰った。いくら夜目が効くとは言え、明るいに越したことはない。ただやはり探照灯は懐中電灯ではないので、明るすぎる気はするがまあこれもないよりはマシだ。

 

 何事もなく戻ることができた。起きた時は気づかなかったが、グラーフ達は先に艤装を受け取っていたらしく外れに置いてあった。

「みんなはもう貰ってたのね」

「おい、眩しいぞ。何つけてるんだ」

「あ、ごめんなさい」

 探照灯を切るのを忘れていた。暁は慌てて探照灯を切った。暗闇が再び訪れ周りが見えにくくなってしまった。

 暁は空いている二つの椅子の内の片方に座り、傍に艤装を置いた。

 誰も何も話さない。焚き火から爆ぜる音がする以外には虫の声がするだけでとても静かだった。誰も話さないので暁は少し不思議に思ったが、かと言って何か振れる話題があるわけでもないので特に何か声を発することなく焚き火を見つめていた。そして同時に明日のことを考えていた。明日からまた掃討が再開されるはずだ。昨日の出来事のおかげであの異常な湧きが新型の姫級の仕業だと分かった。本体らしき人形は破壊できた。ならばもうあれ以上湧くことはないはずだ。速やかに掃討は終了するだろう。しかし、もし撃沈できていないのであれば深海棲艦は生まれ続ける。だがこの可能性を暁は考えたくなかった。それはつまり今朝の口論において自分が謝っていて、秋月が正しかったということになる。それだけは嫌だった。

 そのことで気づいたが、この場に秋月がいなかった。テントの中で何か揉めているのは聞いたがどこかに行った様子だしあれから戻って来てないのだろうか。暁は秋月の行方を聞こうとしたが、口を開きかけたところでやめた。心配していると思われるのが嫌だった。結局あいつのことなど知るか、と不貞腐れ椅子の肘置きに肘をついて頬杖をついた。

 

 

 

 秋月は一人誰もいない海岸に立っていた。ゴロゴロとした岩の上に立ち、ただずっと海面を眺めていた。波が岸壁に当たり時折飛沫が足元まで飛んでくるが彼女はそんなことは気にしていなかった。あの後あたりをぶらつき、艤装を受け取ってからこの場所までやってきた。ここは広場よりも明るく、水平線が見える。沈む太陽を横目にしてオレンジと黒のグラデーションが見えた。

「はあ、どうしましょう」

 秋月はグラーフに対して挑発してしまったことを後悔していた。暁にはともかくグラーフにまであんなことを言うつもりはなかった。ただちょっとイライラが持続していたが故に思わず言葉にしてしまった。そんなこんなで広場に戻るのもなんだか気まずく、こうして一人黄昏ていた。

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