紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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 その日、秋月は広場に戻ってくることはなかった。一同は一人欠けた夕食を取った。夕食を用意する時も食べている時も会話がない。暁達や睦月や夕立は以前の環境のこともあってかそれほど苦にはしていなかったが摩耶は明らかに挙動不審でずっと辺りをキョロキョロしていた。そして意を決したように暁に話しかけた。

「……な、なあそんな気にすんなって」

「は、なんのこと?」

「嫌だからさ、暴言吐かれて気分悪いのはわかるけど、そんないつまでも不貞腐れてもつまらんだろ?」

 暁は困惑したが、摩耶が今朝の口論のことを言っているのだと気づいた。

「突然何を言い出すのかと思ったら、私は気にしてないわよ」

「そ、そうか?ならいいんだけどよ」

「あなたこそさっきからずっとキョロキョロしてどうしたのよ。挙動不審よ」

「いやだってよ、誰も喋んねえからさ。気まずいったらありゃしねえぜ」

「それは誰も話すことがないからじゃない?」

「いくら話すことがないからってこんなずっと黙ってるなんてこたないだろ。みんなお前に気を使ってるのかと」

「そうなの?」

 暁は四人に向かって聞いてみた。

「いや暁の言う通り話すことが特になかっただけだ」

「右に同じ……」

「二人は?」

「へ、いや、まあピリピリした空間は慣れてますので……」

「睦月はとても気まずかったです!」

「ね、みんな気にしてない」

「あたしだけかよ。心配して損したぜ」

 摩耶は落ち着いたらしく黙って夕食を食べ始めた。暁を気にかけての行動じゃないとお互いにわかったのか空気も少し和んだようで、静かではあるがそれもまたいい夕食になった。

 

 食べ終えた後も各々好きなように行動するがやはり話すことが何もないらしく、睦月は夕立についていったがそれぞれ散っていった。暁も早々にテントの中に入り寝袋に転がった。寝っ転がると自発的に今日一日の記憶が呼び起こされるがマシな記憶がなかった。それにほとんど寝ていたような気がする。不貞寝をしたのが昼前で起きたのが夕方、本当に寝てしかいない。全然充実した休日を過ごすことができなかった。

 そう言えば秋月はどうしたのだろう。あれからずっと姿を見ていないが今頃どこにいるのだろうか。暁はそう思ったがはっとしてすぐに考えるのをやめた。

「ヤダヤダ、あんな奴のことを心配するだなんて。ふん、あいつのことなんて知らないわ」

 彼女ことを考えないようにしようとするほど、余計に今朝の口論のことを思い出してしまう。そしてまたあの妹を救えなかったと言う言葉が暁に覆い被さってくる。暁はそれを必死に否定して眠りの世界に逃げ込もうと強く目を閉じた。

 

 寝る瞬間というのがどういった感じなのか、暁はずっと気になっていた。しかしどうしてもその瞬間を感じることができない。

 暁が気がつくと昨日の夜と同じ場所に立っていた。今日はこれが夢なのだと気付いた。

「あれ、なんで私夢見てるんだろう」

 艦娘は夢を見ない。だから眠りに落ちればすぐに朝がやってくる。

 暁が困惑していると、後ろから自分と全く同じ声が聞こえた。

「いらっしゃい」

 暁が振り向くと、そこには自分と同じ姿をした少女が見覚えのある椅子に座って紅茶を飲んでいた。同時に、この光景が昨日夢で見たのと同じものであることも思い出した。

「あなたは確か……」

「そうよ、私はずっとあなたに話しかけてきた声の正体」

「ずっと私の中にいたの?」

「そりゃあもちろん。だってあなたが私を作ったんだもの」

「私があなたを……」

「ねえ、せっかく椅子があるんだから座ってお話ししましょ?」

「う、うん」

 暁は目の前に置いてあった椅子に座った。この場には二人しかいないと言うのに、もう一つの椅子は少女と隣り合うように置かれていた。そのため彼女の対面にあるスペースが不自然に空いていた。昨日ここには誰かいたような気がする。

「ねえ、ここ、昨日誰かいたわよね」

 暁が少女に聞くと、彼女の顔は少し強張りそしてぶっきらぼうに答えた。

「ええそうね。お人形さんがいたわよ」

 人形と聞いて暁が思い浮かんだのはあの新型の姫級だった。

「お人形さんって言うと、あの新型の……」

「ええ、そうよ」

「やっぱり沈んでなかったのね」

「勿論。駆逐艦の主砲一発で沈む姫級がどこにいるのかしら。ノーマル艦じゃないし、何よりあなたは自分で言ってたのにね」

 今朝の秋月を思い出させるような口ぶりに暁はイラッとしたが、それを抑え込むように彼女から目を逸らし、怒りを飲み込むように置かれていた紅茶に口をつけた。昨日と同じ味がした。

「夢なのにはっきりと味がするのね」

「これは夢じゃないわよ」

 彼女は平然と言った。あまりにも平然と言うので、暁は一瞬固まったがすぐに聞き返した。自分で声に出してみてもよくわからない。夢じゃない、自分はテントで眠ったはず。ここは少なくとも現実ではないはず。眠ってからみる現実ではない場所、それすなわち夢ではないのだろうか。

「ここは一体」

「ここはね私の部屋なの。わかりやすく言うならあなたの心の中と言えばいいかしら」

「夢とはどう違うの」

「私がいる」

「どういうこと」

「夢の人物はその人の記憶から作られた映像。私は記憶じゃない。感情から生まれた。実体は、あるとは言い難いけどあなたになり変わることができる。極論を言ってしまえば私とあなたは同一人物でありながら他人同士でもあるの」

 暁は彼女を見つめたまま動かない。さっきから難しい話ばかりでそれを理解するので精一杯だった。ここが夢ではないということしか理解ができない。

「私はどこにいるの」

「私の部屋」

「あなたが私を入れたの?」

「違う。私は何もしてない。あなたが勝手に入ってきた」

「私が勝手に……?」

「昨日は私が招き入れたけど、そのせいであなたはここに来る方法を知ってしまったから」

「そうなの」

「なんであなたはここにきたの」

「知らない。気づいたらここにいたから」

「無意識でここに来たっていうの?」

「多分」

「ふーん」

 彼女はそれっきり黙ってしまった。暁も何も話すことなく椅子に座っていた。上を見ると厚い雲が空を覆っており、遠くの方ではここよりも暗くなっている。遠くからは時折雷の音がした。

「あなたいつまでここにいるつもり。外はもうすぐ朝なのだけど」

「もう朝なの?まだここに来て30分も経ってないと思うのだけど」

「だってここと外の時間の進み方は違うもの」

「夢みたい」

「夢じゃないのだけどね。それはいいから、あなたもう起きたほうがいいと思うわよ」

「でも私どうやって起きたらいいのか分からないわ。ここは夢じゃないみたいだし、そのせいか意識がはっきりしてるの。寝てるとは思えないぐらい」

「そういえば無意識に来たんだっけ。しょうがない、私が戻してあげるわ。ほら、目を閉じて」

 暁は彼女の言う通り目を閉じた。暗闇の中で波の音がした。しかしそれはすぐに収まり、目を開けるように言われた。暁が目を開くとそこにはテーブルのかわりに木製のドアがあった。

「これは?」

「ここから出るためのあなたを起こすためのドア」

「どうしてドアを出すのに私が目を閉じなきゃいけないの」

「それはあれよ。あなたにドアを出す方法を知られたくないから。それにレディは一つぐらい秘密を持っているものでしょう?」

 どちらの言い分もよく理解できなかった。そのことを察知したのか彼女は苦虫を噛み潰したような顔をし、さっさとくぐりなさいよ急かしてきた。しかたなく暁はそのドアノブを回し、開いた。するとそこには真っ暗闇が広がっていた。

「……ここ?」

「そうよ。怖いかもしれないけど」

 暁は彼女に諭され、仕方なく暗闇に向けて一歩踏み出した。しかし彼女が思い描くような空間ではなかった。床がなかったのだ。床があると思っていた暁は一歩踏み出した側から落ちていき、一回転しながらドアを潜っていた。

「なるべく意識はすぐに手放すようにね」

 彼女の助言が暁に届いたのかは分からないが、暁が落ちてすぐにドアは閉まった。

 

 暗闇に落ちて暫く、暁は静寂しかないと思われたこの空間から何かしらの声を聞いていた。それは自責の言葉や懺悔、そして自分への恨み言だった。

聞いてていいものでは全くない。耳を塞いでいても隙間から流れ込んでくるその言葉はどんどん暁の心を蝕んでいく。空中にいながら彼女は体を丸め込んだ。こうでもしなければ自分を声から守ることができない。しかしそれでも声は容赦なく暁を襲う。そのうち暁は気づいた。こうやってジリジリと苦しめられるのなら、いっそ早く壊れてしまった方が楽なのではないかと。

 暁は恐る恐る耳を覆っていた手を退けた。刹那、怒涛の声が暁に入ってくる。色々な恨み言、懺悔、自責が暁の心を壊しにかかってくる。最早再び耳を覆うことなどできなかった。その声の圧力に対して暁は恐れながら受け止めるしかなかった。そのおかげか限界は早く訪れた。怒りや悲しみ、哀れみなど全ての感情がごちゃ混ぜになった暁の意識は全てを抱えきれなくなり、意識を飛ばした。

 

 

 

 暁は飛び跳ねるようにして起きた。呼吸が荒く寝汗をかいている。何か恐ろしいものを見たような気がするが、全く記憶がない。そもそも艦娘は夢を見ないのだから、記憶がないのは当たり前か。

「どうしたんだろ」

 暁は疑問に思いながらも数分かけて呼吸を落ち着かせた。外に出るとすでに何人か起きていた。そのまま残りを待ち、それから朝食を食べる、至って普段と変わりない行動だ。ただ一人いないことを除けば。

 

 暁たちは出撃の命令が下るまで待機していた。全員が出撃不可だった昨日と違って、今日は依然として二人出撃できないものの五人が出撃可能状態にあるのだから間違いなく出撃させるだろう。

 彼女たちがその時を待っているとついに司令官がやってきた。更に彼の後ろには秋月がついてきていた。司令官は彼女たちに向けていった。

「お前ら出撃だ。今回は少し特殊な任務になる。ただの掃討作戦ではなく新型姫級の捜索だ」

「捜索?なんでわざわざ捜索なんか」

「暁の報告から新型は撃破に過ぎないという判断になった。そこで一番近づいたお前ら、特に唯一姿を見た暁を中心に捜索をしてもらう」

「確実な撃沈でも求めてるのか」

「そうだ。お前らも体験した通り、ヤツの攻撃能力は大変に危険だ。が、その力ゆえ我々は新型の数は一体と考えた。なので奴を探し出し、発見し確実に撃沈、もしくは撃沈した証拠を持ち帰ってこい」

彼はそこで一度区切った。そしてあと、と続けた。

「これが一番重要だが今作線は他の鎮守府との混合部隊で行う。だからお前らも他の部隊と一緒に行動するわけだが、絶対に問題を起こすなよ。いいか、絶対だぞ」

 彼は最後の部分を暁を見ながら言った様だった。暁はその視線に気づいたようで彼に文句を言った。

「なんで私を見ながら言うの」

「お前が一番問題を起こしそうだからだ。わかったならさっさと行くぞ」

 彼はそう言って彼女たちに背を向けて行ってしまった。秋月もそのまま彼についていく。彼女たちは急いで艤装を持ち出し少し遅れながら彼についていった。

グラーフは二人に追いつくとずっと黙っていた秋月に尋ねた。

「秋月、昨日どこにいたんだ」

「い、いや、ちょっと海岸に」

「あ、お前昨日いなかったのか?」

 何故か司令官が二人の会話に入ってきた。

「散歩に出てたんじゃないのか。おい勝手に集団から離れるんじゃねえよ。面倒なことになるだろうが」

「す、すみません」

 彼はそれだけ言ってまた前を向いた。秋月はバツの悪そうな顔をしている。

「なんで昨日帰って来なかったんだ。心配したんだぞ」

「それはその……です」

「なんだって?」

「気まずかったからです」

「なんだそんなことか。別に気にしなくてよかったんだぞ」

「いやでも、グラーフさんには色々言ってしまいましたし……」

「もう気にしてないよ。まあ、また姿を見せてくれただけでも良かった」

 グラーフはそう言って秋月のもとを離れていった。一方で暁とは話そうとはしなかったし、近づくこともなかった。

 

 家に来ると普段とは違ってまだ多くの艦娘がいた。彼女達はその中を突っ切り桟橋にやってきた。そこには一つの艦隊がいた。戦艦大和を旗艦とした空母一駆逐艦二潜水艦二の通常ならありえないような編成で、瞬時に今回のための特別な編成だと分かった。

「お前らは今回この呉の部隊と一緒に動く。そのためお前らも呉の所の指揮下に入ってもらう。いいか、くれぐれも迷惑はかけるんじゃないぞ。それではよろしくお願いします」

 彼は桟橋に立っていた男に敬礼をした。彼はこちらの司令官よりも体躯がよく醸し出す雰囲気も少し物騒なものを感じた。

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