紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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彼女なりの闘い方

 一方暁は、空母を追っていたがまだ姿が見えない。駆逐艦のほうが速度は速い。逃げていたとしてもすぐに追いつくはずだが、相手は相当慎重だったらしく、かなり後方に空母を置いたようだ。そのためか、相手に十分な迎撃準備の時間を取らせてしまった。前方から編隊がやってくる。衝突は避けられない。暁はすべての砲門を稼働させ、之字運動をする。

「グラーフ、編隊が来たわ。迎撃」

『既に向かわしている。安心しろ』

「そっちは迎撃できたの」

『もうすぐ終わる』

「了解」

 上を見ると飛行機が一機見える。翼に日の丸が見えるのでグラーフが飛ばしていたものだろう。

 主砲の射撃圏内に入った。直掩機も来ている。彼女に対空射撃をする気はない。あくまでも最優先は空母の撃滅。対空戦闘で時間を取られ空母を見逃してしまえば目も当てられない。射撃は必要最低限に抑える。

 編隊が上下に分かれた。艦攻と艦爆、艦攻が多い。爆撃で気を取らせ、魚雷で沈めるつもりらしい。暁はそんなことお構いなしに突っ込んだ。彼女の機銃が一斉に射撃を行う。適当に狙っているのでそんなに当たらないが、落とされるのを嫌って編隊の軌道が少し変わり、魚雷や爆弾の軌道も少し変わる。それだけでも躱すのには十分だった。それでも直撃コースの魚雷には主砲で直接迎撃する。直掩機が来た。相手側は護衛機を飛ばさなかったらしい。戦闘機の独壇場となっている。結果暁は敵の空襲を無傷で乗り切った。そしてついに敵の空母を確認する。ヲ級二隻、その特徴的な格納庫は大きく口を開きまさに迎撃機を上げようとしていた。まだ距離があるため上げるのを阻止することはできない。だが、おそらく相手が上げるのは艦爆だろう。魚雷では自分に当たる可能性がある。

 砲撃を開始する。相手も撃ってきた。空母の主砲は対空用だが、口径は駆逐艦のものと変わらない。たかが空母と侮っていると痛い目を見る。

「魚雷用意…てっ」

 ここで魚雷を撃つ。通常魚雷は相手が目視できない距離から撃つ、いわば暗殺のようなやり口だが、彼女はあえて相手に見える距離で撃った。魚雷、その中でも酸素魚雷の威力というのはとてつもないものでたとえ戦艦だろうが当たり所が悪ければ一発で轟沈する。それを彼女は発射管にあった六発すべてを放った。敵空母は魚雷を回避するため動き出す。まずもって自分の安全を確保するはず。彼女の狙いはそこだった。相手は回避運動に意識を割き、彼女の迎撃を疎かにした。その間に彼女は悠々と近づく。砲撃をしないため相手は完全に魚雷に集中した。おそらく魚雷を回避しきり、さてと迎撃を再開しようとしたときにはすでに目の前に彼女がいたはずだ。

 暁は錨を握りしめ摩耶にした時と同じようにフルスイングをかます。頭に大きな衝撃を受けたヲ級は頭の格納庫の大きさも相まって海面に倒れこむ。彼女はそのまま頭の艤装を殴り続ける。鈍い音が響き続け格納庫はみるみる凹んでいく。適当に殴ってしまうせいで一部ヲ級の顔を殴ってしまっている。勢いが強すぎて返り血が派手に舞う。もう一隻のヲ級は主砲を暁に向けるがなかなか撃つことができない。距離が近すぎるため今の位置から撃っては仲間に当たってしまう可能性があるからだ。もう少し近づく必要がある。気づかれないようゆっくりと進み、暁に照準を定める。撃とうと思った瞬間、突然体に痛みと衝撃が走った。

「間に合った…」

 秋月がすんでのところで砲撃を行った。おかげで発射されたもののその弾道は大きくそれた。それでやっと暁は自分が後ろから狙われていたのだと気づいた。

「あら…ああ、秋月ね。助かったわ」

「早くそいつ始末してください。こっちは私が引き受けます」

「直ちに」

「こっちですよ、空母」

 秋月は挑発するように軽く撃った。だが、空母は応戦するどころか尻尾を巻いて逃げだした。不利と察したか。仲間想いかと思いきや案外すぐに見捨てる、臨機応変に動ける生き物だ深海棲艦は。

「あ、ちょ。逃げるのはなしですよ!」

「逃げるなぁ!」

 暁が持っていた錨を逃げるヲ級に向けて投げた。回りながら飛んでいった錨はヲ級の頭を強打した。気絶したか、その場に倒れた

「秋月、雷撃処分」

「あ、はい」

 彼女に問って暁の所業は見慣れたものでもはや何のリアクションもしない。淡々と魚雷を放つ。やがて魚雷はヲ級にあたりこれを沈めた。暁は殴るものが無くなってしまったので代わりにヲ級の格納庫に爆雷をいくつか放り込んでいた。彼女が退避して数秒後爆発が起こる。誘爆を起こし最後は大爆発を起こしてかけらも残ることはなかった。

「うわぁ、えげつない…」

「すっぱり命を切ってやったのよ。優しいものよ」

 秋月は聞こえないように小声でつぶやいたつもりだったがいつの間にか暁は隣におり、がっつり聞かれててしまっていた。

「…びっくりしました。その音もなく忍び込むのやめてくれませんか。ていうか錨どうするんですか」

「癖よ。駆逐艦のね。錨ならもうすぐ浮かび上がるわ」

 彼女の錨は背負っている艤装に鎖でつながっているらしく、今まさに沈んだ錨を巻き取っていた。秋月は錨を巻き取る艤装を見ながら言った。「それどれぐらい伸びるんです」

「鎖のこと?限界まで伸ばしたことはないけど少なくとも100m以上は伸びるわよ」

「伸びますねぇ」

「帰りましょう。疲れたわ」

「ですね」

 艦隊の方に戻ると、他の5人はすでに戦闘を終えて待機していた。グラーフがこちらに気づき声をかける。「空母は」

「すべて処理しました。そっちも全部終わったみたいですね」

「ああ、全員特に加えて損傷も負っていない」

 二人が近づくと、夕立と睦月の様子が少しおかしい。何やら暁の方をちらちらとみている。

「どうしたの。私の顔に何かついてるの」

 顔をぬぐうと何か青くべちゃっとしたものが腕に着いた。

「ああ、これはちょっと殴ったのよ。その返り血」

「いや、それもあるだがそうじゃない。あれだ摩耶の」

「…あーね」

「あ、あの…」

 夕立がおずおずと暁に近づいてくる。

「何」

「わ、私にその格闘術を教えてもらえませんか!?」

 夕立は頭を下げながらそう言った。辺りは静まり誰も動かない。

「…何て?」

「で、ですから、私にその重巡洋艦にも勝てる格闘術を教えてほしいんです!」

「格闘術」

「はい!」

「…あのね夕立。あれはちょっとした喧嘩で別に何か戦ったわけじゃ…」

「でもぼこぼこにしたんですよね!」

 ”ぼこぼこ”という言葉に反応したか摩耶が動く。それを秋月とグラーフが抑えた。「どうどう、落ち着いてください」

「そうだ、落ち着くんだ」

「えっとね、私は徒手空拳でやったわけじゃなくて得物で…」

「得物があれば勝てるんですね!」

「あ、いやそんなわけじゃ、得物というか錨だからその…」

「なるほど錨…!ぜひその錨を使った格闘術教えてください!」

「…帰ったらね」

「ありがとうございます!」

 とうとう面倒になった彼女は適当にその場しのぎでそう答えた。

「あー、司令官。敵空母機動部隊を始末したわ。今から帰投するわ」

『了解した』

「じゃあ…帰りましょうか」

 

 家に戻ると、司令官が桟橋で待っていた。

「お迎え?優しいのね」

「勘違いするな。処罰をこの場で言い渡して直接連行するだけだ」

「あら、そうなの」

「駆逐艦暁、貴様を規律違反で一週間軟禁する。武装を解除し、艤装を背負ったまま倉庫で謹慎だ。摩耶も今回は特に咎めることはないがあとで書斎にこい」

「了解」

「……」

「そうか。話せないんだったな。先に入渠してこい。睦月と夕立は…そうだな隣の家を使え」

「「了解」にゃしぃ」

「私たちはゲームの続きでもしましょうか」

 秋月は初雪にそう話しかける。彼女は何も言わず頷いた。

 各々が動き始めた。暁は司令官に倉庫へ連行されていく。摩耶、秋月、初雪、グラーフの四名は家の中に。そして夕立と睦月は隣家へと入っていった。

 暁は家の近くにあるコンクリート造りの建造物に入れられた。中に明かりや窓はなく司令官が懐中電灯で中を照らした。中に入るとそこは埃臭く長い間使われていないのがわかる。懐中電灯がなくてもうっすらと内装が分かるが打ちっぱなしのコンクリートが目立つ。彼は倉庫と言っていたが、その割には一切ものが無い。

「全く、最近は落ち着いていただろうに」

「摩耶が煽るのがいけないのよ」

「それはそうだがお前はもう少し耐性を身に着けるべきだ。一週間貴様をここに軟禁する。謹慎期間が終わるまでここの扉は一切開けない。いいな」

「ええ、大丈夫よ。慣れたから」

「慣れるな」

 彼女は倉庫の中心に移動する。彼は外に出て出入り口であるシャッターを下ろし鍵をかけた。これで中は真っ暗になる。このまま彼女を一週間放置する。艤装さえつけていれば艦娘に人間における概念はなくなる。彼はシャッターに鍵がかかっているのを確認しその場を後にした。

 家に戻るとテレビゲームの音が聞こえてくる。彼は摩耶の入渠時間を確認するために浴室に向かった。扉横に設置された小さめの電光掲示板には1:19と表示されている。顔を殴っただけで一時間半もかからせるとは恐ろしい奴だ。二階に行くためにはリビングを横切らなければならない。そのためゲームをしている二人を必然的に目にするわけだが、二人は何もしゃべらずにゲームをしていた。仕事が恋人状態であった彼にゲームのことはよくわからないがアクションゲームであることは分かった。そんな彼女たちを横目に二階に上がり、寝室を2つ過ぎて最奥の書斎に入った。日はかなり落ちていて部屋はオレンジ色に染められている。ここではあまり仕事がない。以前と比べてかなり楽な生活を送っているが手持無沙汰も感じる。それに書類仕事は楽になったがその分、身の危険を晒していることになる。静かなこの海はよくここが最前線であることを忘れさせる。ここから数十kmも離れればそこには深海棲艦の主力級の艦隊がそこかしこにいる。

「空母機動部隊…」

 最前線とは言ったが彼がいるここは水雷戦隊こそ湧くが空母機動部隊が湧くことはない。艦隊がほぼ無傷で対応したので、どこか別の海域から来た可能性もあるがどちらにしろ今回の戦闘は少しイレギュラーだった。一応報告はしておいた方がいいかもしれない。何もないに越したことはないが、これが何かの予兆だった時が恐ろしい。上への報告書はすぐに書き終わった。イレギュラーだったとは言え報告すべきことはそう多くない。

まだ摩耶の入渠は終わってないはずだ。こういう時は何か飲むのがいい。嗜好品はまだいくつか残っているはずだ。彼はキッチンに向かうために一階に降りた。相変わらずリビングでは二人が一言も言わずにゲームをしている。彼が子供のころは一人ならともかく友達と一緒の時は騒がしいほどに声を上げていたものだが最近の子は黙っているものなのだろうか。それとも集中すると黙るタチか。協力しているのか対立しているのかはわからないが画面が激しく動いているので集中力が必要なゲームなのだろう。

 キッチンの棚を漁る。たしかインスタントコーヒーがまだあったはずだ。

「…あったあった」

 棚の一番奥にあったその瓶にはまだ半分ほどインスタントコーヒーが残っていた。やかんに水を入れ火にかける。沸騰するまでぼーっとゲームの画面を見ていた。やがてやかんが鳴り湯が沸いたことを知らせてくれる。コップに粉末と湯を入れかき混ぜる。砂糖は多めに入れる。

「摩耶の入渠が終わったら二階の書斎に来るように言ってくれ」

 彼は二階に上がる前に一言そういった。返事がなかったので果たして二人が聞いていたのかはわからないが彼はそのまま二階に上がった。

 コーヒーを飲みながら書類を整理していると部屋の外からノックが三回なった。

「入れ」

 彼が声をかけるとドアが開き、摩耶が入ってきた。どうやらあの二人は彼の言葉を聞いていたらしい。

「来たぞ。でなんだ」

「なに、ただ暁の前で『味方殺し』だとかそういった類の言葉を出すなと言いたいだけだ」

「なんだそんなことかよ。にしても司令官はやけに暁に肩入れするな。もしかして…」

「そんなことはない。ただ暁はそうだな……情緒不安定なんだ。普段はかなりおとなしいんだがな。お前は暁の罪状は聞いただろう」

「ああ、初日に」

「あの件は彼女にひどい傷をつけているらしいんだ。彼女の性格を変えてしまうほどにな。暁はあの件をひどく気にしているからあまり触れるな。気を荒立てるとひどく興奮するんだ」

「仏頂面でか」

「仏頂面でだ」

「そりゃ恐ろしいこった。はいはいわかりましたよ。ま、私だってあんな思いはごめんだ」

「そうか。なら下がってよし。…ああ、今夜は慣習行事をするからそのつもりで」

「慣習行事?」

「ここに居るやつらと新入りの罪状を話すんだよ」

「ああ、あれか」

「そうだ。分かったならもういけ」

「はいはい、司令官殿は冷たいですなあ」

「ほっとけ」

 摩耶が部屋から出て行った。再び彼は一人になる。夕立が確か中破だったか、ならあと一時間はかかるはずだ。行うのは夜になる。それまで…部屋の掃除でもしていよう。

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