「いた、深海棲艦の群れだ」
暁たちは帰投を急ぎながら捜索を続けていた。鎮守府から約三十キロ沖で索敵機が群れの一端を見つけた。
「……本当に新型のやつなの?」
「ああ、海を埋め尽くしてる。あと、戦艦大和もいるな」
群れが生成され始めてかなりの時間が経っていたのか、深海棲艦は広範囲に広がっている。また円形に広がった群れの中心には戦艦大和が鎮座しているのが見えていた。より詳しく状況を見ようとしたが、下にいた深海棲艦に見つかり対空砲火にさらされる。その弾幕は壁と化し、何物も通らせようとはしなかった。
「くそっ、これ以上は近づけない。艦載機を戻す」
索敵機がみれを見つけたのはここから約五、六キロ先、このまま航行して大体十分ぐらいで着く距離だ。
「このままいくと必ず群れと接敵する。今のうちに準備をしておいた方がいいぞ」
「前と一緒の方法でいいわよね」
「いや、それだと私たちは大丈夫だが大和たちがついていけない」
「え、いけるでしょ」
「いや絶対に無理だ。暁、私たちがやってる戦い方は無茶しかしてないんだぞ」
「でも、無理にでも突破しないとたどり着けないでしょ」
暁とグラーフが言い合っていると後ろから大和が声をかけた。
「あの、私たちのことは気にしないでください。私たちが邪魔になるのでしたら切り離していただいても大丈夫です。私たちは自分たちができることをしますので」
二人は顔を見合わせると、暁は笑みを浮かべグラーフは軽いため息をついた。
「じゃあ前と一緒の方法でいいわね」
「大和がいいと言ったのならしょうがないな」
「艦隊単縦陣へ。この先の群れに突っ込むわ。突っ込むときに前と同じような陣形で行くわよ」
「は、またあれやるのか。あれ生きた心地しないんだけど」
「睦月はあれで死にかけたのですが……」
「文句言わない。さっさと陣形変更。呉とは別れるわよ」
旗艦の命令には逆らえないので摩耶と睦月もしぶしぶ場所を移動した。暁たちは単縦陣に移行すると速度を上げた。みるみる大和たちとの距離は離れる。速度が上がったことで風を感じるようになった。
群れに近づく途中、突然暁の通信機にノイズが走ったかと思うとやけに音質が悪い司令官の声が入ってきた。
『…い、おい!聞こえるか!?』
「聞こえてるわ、急にどうしたの」
『今どこにいる!』
「鎮守府からちょっと離れてるところ。戦艦と群れを見つけたから今から突撃するの」
『そいつはいい!今すぐ戻ってこい!』
「どうして」
『新型がこっちにいる!お前らさっさと戻ってこっちに加勢しろ!』
「なにそれ、人形がそっちにいるってこと?」
『そうだ!だから早く戻ってこい!』
「でも人形倒してもまた復活するだけじゃない」
『今はそんなこと言ってられないんだよ!撃破でもいいからあいつを遠ざけんと、こっちはもう壊滅してるんだ!司令官も何人か吹き飛んだ!』
「は、なにそれ……やばいじゃない」
『だから言ったろやばいって!呉の奴らも一緒に連れ戻せ!呉の司令官は家と一緒に吹き飛ばされちまった!今艦娘の通信機を借りてお前に何とかつなげてる状態だ!いいか、急いで戻ってあいつを撃破しろ!』
彼は暁が応えないうちに通信を切ってしまった。試しに後ろを見てみると暁以外にはさっきの通信は聞こえていないようだった。
「どうした、何かあったのか」
「……戻るわよ」
「は、戻るってどこに」
「家に、大和たちも連れて帰るわ」
「どうしてそんな急に……」
「人形が家の沖合で見つかった。詳しい話は途中で」
暁は急いで大和の元まで戻った。当然彼女は当惑したが暁は簡単に説明して説得しようとした。
「つまり撃沈をあきらめて撃破しろということですか?」
「そういうこと。とりあえず急いで戻るわよ」
大和は少し悩んだ様子だったが、すぐに暁に賛同し進路を家に向けた。
「おい、私たちには司令官の声は聞こえなかったぞ」
「通信機能が砲撃で吹き飛んだって言ってたわ。一緒に呉の司令官も吹き飛んだみたい」
「そ、それは……」
「大和には伝えないでおくわ。いざというときに動揺すると危ないし」
「そ、そうだな……」
グラーフは顔を落とした。その際にちらりと大和の方を見たが彼女はそんな事実は一切知らない顔をしている。暁はふと気になって尋ねてみた
「かわいそう?」
「それはまあ……他の鎮守府とは言え司令官を失うのは辛いだろう」
「私たちの司令官ならよかったのにね」
「お、おい。冗談でもそんなこと言うな」
「あら、吹き飛んだのが私たちの司令官なら大和たちをかわいそうって思わなくてもよかったでしょ?私は別に司令官が死んでも気にしない。あなたもそうでしょ」
「そ、それは……」
「グラーフって自分のこと私たちの中で一番理性的って思ってるでしょ。確かにあなたは結構お利口さんだけど、ここにいる艦娘ってみんなおんなじだと私思うの。だからあなたは私と同じ、自分を一番大事に思ってるはずよ」
グラーフは何も言わずただ暁の話を聞き続けた。
「あの時ね、本当は私ビスマルクの意見に同意していたわ。いや、そういうことじゃなくてね、つまり私が言いたいのは、さっきも言ったけどやっぱりあなたも同じ、ここに来るべくしてきたようなものだってね確信できたの」
「……お前は私が、自尊心を高めるためにビスマルクを庇ったと言いたいのか」
「そう。私はそう思ってるわ」
「違う、私は決してそんなこと」
「かもしれないわね。意識下では自尊心とかそんなことは全く考えてなかったかもね。でも無意識下ではそういうこと考えてたんじゃない?だから庇えたのよ。そうね……もし私が同じようなことになったら、相手も私も許してもらえるようにお願いするんじゃないかしら。まあ、これはあなたの時とは違って考える時間があるから出てきた考えだけれど」
グラーフは何も言わない。ただじっと暁をにらんでいる。
「おっと、私はあなたと喧嘩したかったわけじゃないのよ?もうあなたとまで仲が悪くなったらさすがに気まずくなっちゃうわ。話を戻すけど、今大和に事実を伝えて動揺させる必要はないからこれは秘密ね?」
「ああ、了解した」
彼女は島に近づいた。ずっと砲撃を続けているので多分もう大丈夫だと思った。現に彼女に攻撃を仕掛ける艦娘はもういない。ただ自分に当たっては危ないから砲撃は島から海にいる艦娘に向けておく。
暁に入った時に見た風景の記憶を頼りに砂浜に近づいた。記憶で見たよりずいぶん凸凹としている。辺りには入渠場の残骸が散らばり、艦娘の死体もいくつか倒れている。一体だけ直撃したのか、それともとても近いところに着弾したのか損壊が激しく、破片が散らばりまくってる。後ろをみると深海棲艦がぞろぞろと陸に上がっている。ただ足がない個体は砂浜で引っかかてしまっていた。
彼女は暁を探しに入った。いる場所に見当がついているのでそこに向かうことにする。
建物もその多くが倒壊していた。もはや更地と言った方がいいかもしれない。見通しが良くなったと思う。家の残骸とともに島に残っていた艦娘の死体が所々落ちている。彼女が歩いていると突然死体の一つが起き上がった。起き上がった死体は主砲を構えて彼女へ向いている。攻撃しようとしているのだ。彼女はその事実に気づくのに時間がかかった。彼女よりも先に艦娘が引き金を引く。だがそれよりも早く、彼女の後ろをついて来た何十体もの深海棲艦が反応した。即座にその艦娘に砲撃をかまし、艦娘は砕け散った。今度こそ死体になったはず、いや、体はもう残っていなかった。
しかしこれは厄介な事態だ。死体の中に生きた艦娘が潜んでいる。またさっき見たいに奇襲を受けるかもしれない。彼女は深海棲艦に見かけた死体はすべて破壊するように指示をした。これなら心配はなかった。ただそう指示した瞬間奴らはバカスカ撃ちまくるものだからとてもうるさかった。
島内を歩くこと十数分、彼女はあの広場に着いた。暁がいるはずの場所、キャンプ用具が散らかり、七個のテントが立っていた。だがそこには誰もいなかった。おかしい、前に見ていた時はここに居たはずなのに。
彼女は困ってしまった。最初からここに居ると思って行動していた。ここ以外に彼女が居そうな場所はどこだろうかと彼女は考えた。すると一人暁の場所を知っていそうな人物がいたのを思い出した。暁は彼のことを司令官と言っていた。彼なら暁の場所を知っているかもしれないと、そう思った。彼がいる場所も知っていた。ただ砲撃で吹き飛ばしているかもしれない。暁を殺さないようにはしたがそれ以外のことは全く考えていなかった。彼女はこの時初めて目的の人物以外にも利用価値があるということを学んだ。
彼女は家に向かったものの、そこにはがれきしかなく人の姿は全くなかった。
「あれ、おかしい。暁の記憶だと確かここに司令官というやつがいたはずなんだけど」
辺りを見回してもいない。今度こそ彼女は本当に困ってしまった。なんでいないのだろうと彼女は延々と考え続けた結果、この島を歩き見て探すことにした。しらみつぶしで探したほうが時間はかかるが確実だと思った。穴が目立つ道路に沿って彼女は歩き続けた。たまに艦娘が不意打ちを仕掛けてくるがそのすべてを彼女は撃ち返した。しかしそれも時間が経つたびに減ってきて、遠くから聞こえるのも周期的に撃ちだされる駆逐艦の砲撃の着弾音だけになった。
島の北端に着いたとき、彼女はついに見つけた。何人かの人間が小さな船に乗り込もうとしている。そしてそのちかくで暁の後姿を見つけた。
彼女が気付いたと同時にあちらも彼女の姿を見つけたらしい。すぐに砲戦が始まった。
「暁には当てないで、絶対。それ以外は殺して」
攻撃能力もなければ、自身の体はすぐに壊れてしまう。仕方なく彼女は深海棲艦を前に押し出し、縦となるようにした。
相手の戦力はわずかで、彼女が引き連れた深海棲艦で十分蹂躙可能だった。十分にも満たない砲戦の結果、浜辺には人や艦娘の肉片、そして船の破片が散らばっていった。暁は三人の艦娘に囲まれるように守られており、ちゃんと生きていた。
彼女は単身で暁に近づく。暁は震えて何もできずに彼女が近寄ってくるのを待っていた。
「ああ、暁。やっと見つけた」
「だ、だれよ……あ、あなたなんか知らない!」
「……やっぱり記憶を消されているのか。いやでも暁とは現実とでもであったはず。つい数日前のこと」
「し、しらない!」
「まあいいや。私のことを覚えていないのは寂しいけれどそれでもかまわない。あなたのことを解放させられるのなら別に気にすることではない」
彼女は暁の首に手を回した。緩く握られた瞬間、暁は今から自分が何をされるのかを察し全力で振りほどきにかかった。
「い、いや!やめて!」
「安心して、すぐに終わるから」
彼女は力を入れ暁の首が急速に閉まる。暁の目は大きく見開かれ、叫びはかき消されて、強引に喉を通った空気の音が漏れている。と、その時彼女の腕に何かがつかみかかった。それに気づいた彼女は思わず手を緩めた。暁は息を大きく吸い激しく咽かえった。
「ぁ、かつ……を、ころ、さ、なぃ……」
その腕は暁に覆いかぶさっていた三人のうちの一人の腕であった。彼女はその腕の持ち主を見た時に思い出した。この艦娘には見覚えがある。そう、暁の妹だ。見ればこの三人はみんな暁の妹だった。なんという偶然だろうか。暁は妹と一緒に解放される。これほど暁にとって、彼女にとって幸運なことはないだろう。彼女はまずこの腕の持ち主の首を絞めた。優しく、しかし力強く締め付けた。すでに瀕死の妹に抵抗する力はなく、間もなくかすかにかけられていた腕の力もなくなり海面に突っ伏した。絶命したのだと分かった。
「電?電!?」
暁は死んだ妹を揺さぶるが当然何の反応もない。
「どうして、どうしてこんなことするの……」
暁は、彼女を見た。その眼に恨みはなく純粋な怯えと疑問が浮かんでいた。彼女は暁の問いにきわめて冷静に、あなたを解放するためとだけ言った。暁は大きく声を上げて泣き出した。両目からは大粒の涙が絶え間なく零れ落ちていく。彼女はそんな暁を哀れに思い、これ以上苦しませてはいけないと再び暁の首に手をかけた。暁は先ほどよりもつよく抵抗してくる。しかしそれでも彼女の手を振りほどくことはできず順調に首が締まり持ち上げられる。足をばたつかせるが、だんだんと弱まり見開いた目も少しずつ閉じられていく。やがて抵抗する力も感じられなくなり足も直立に降りた。手までもが垂れ下がり暁が死んだのだと分かった。
彼女が手を離すと暁の体は海へと落ちた。濁った眼で夜空を見上げていた。
余韻にも浸らないうちに新しい音が聞こえてきた。上空から艦娘の艦載機の音が聞こえてきたのだ。すぐさま対空砲火が始まりあっという間に全機が落ちた。そこからしばらくして複数の人影が見えた。先頭にいたのはさっき殺したはずの暁だった。