司令官は帰投する間たびたび連絡をよこした。桟橋方面に展開した深海棲艦群は待機していた艦娘が迎撃に向かったそうだが、彼は元帥を連れて北に避難したため戦況は不明らしい。そして暁たちにもまた北へ向かえと指示をした。新型を撃退したのちに本土に退避だそうだ。そのため大きく迂回して北に向かっていた。
『今護衛している艦娘は二艦隊しかいない。あいつらに追いつかれたからおしまいだ!』
「それ聞くのもう六回目、わかったから。今急いで向かってるわ」
『頼むぞ……ん、あ、あれは!まずい、新型だ!は、早く迎撃を!』
間もなく砲撃と思われる轟音が響いたが直後に大きくノイズを走らせてそれ以降何の声も通さなくなってしまった。呼びかけても何も答えない。
「どうした」
「通信が切れた。多分追い付かれたんだと思うわ」
「やばいじゃないか!い、急がないと」
「そうね」
しかしこれ以上早く向かおうとすると大和がついていけない。おいていく覚悟で自分たちだけでも向かう必要があるかもしれない。
暁にとって鎮守府が攻撃されるという経験は今までなかった。そのため珍しく焦燥感が彼女の中にあった。
「大和さん。司令官との通信が途切れたわ。おそらく新型に追いつかれた。私たちだけでも先に向かわさせてもらうわ」
「分かりました」
暁たちはスピードを上げる。もう島には随分近い。偵察機はすでに島近くの深海棲艦群をとらえている。そして砲撃をし続けている駆逐艦も見えていた。しかし今までとは違って群れは円形に展開しているのではなく、湧いてからすぐに前方に進軍し続けていた。
ここから北まで行こうとすると二、三十分はかかる。本来なら艦隊単位で行動するならともかく各自での単独行動は極めて危険だ。しかし自分たちは懲罰部隊、単独行動などさんざんやってきた。
「……駆逐艦だけで先に向かうわ。その方が早い」
「分かった。私も艦載機を送ろう」
「睦月、夕立、初雪……秋月も、私たちだけで先に向かうわよ」
「「了解しました」」
「了解」
「……了解です」
五人はさらにスピードを上げる。今更だが駆逐艦五隻に空母と重巡が一隻ずつとはなんともバランスが悪い艦隊だと思う。おまけに艦隊としても一隻余分だ。しかし今は少し頼もしいような気がした。
グラーフの艦載機が先に北に向かい偵察を行った。しかしそこに司令官や艦娘が戦っている様子はなく、新型と深海棲艦の姿しか見えないという。おまけに新型が一人の艦娘のそばにいるという。襲われているに違いない、急がないと。
水平線に奴らの姿見えた時、グラーフの攻撃隊が全機撃墜される姿を確認した。
「そんな、グラーフさんの攻撃隊が全滅した……」
「相当な手練れか、数がいるわね」
『後者だ。奴は数十体も深海棲艦を引き連れていた。壁に突っ込むような感覚だったよ。すまん、あまり役には立ちそうにない』
「気にしないで。私たちの方で何とかするわ」
暁たちが近づいたとき、奴は深海棲艦の先頭に立っていた。人形は暁を見て驚いているように見えた。
「あなたがどうして……ああ、そういうことか」
彼女は一人で疑問を呈し、すぐに解決したようだった。彼女は暁たちに対し優しい笑みを浮かべた。
「申し訳なかった。暁、私はあなたを間違えてしまった。そうだった、艦娘は姿かたちが一緒の個体がたくさんいたんだったね。今振り返ればこの暁からは中から感じるもう一人の気配が全くしなかった。私は自分の目的のために先走りすぎてた」
「なにさっきからべらべら喋ってるわけ」
暁はすぐに終わらせようと間髪入れず砲撃した。しかし、人形の後ろにいた深海棲艦の一体が飛び出し彼女を庇った。
「ちっ、使いこなしてるわ。多分あいつに攻撃しても全部庇われる。やるなら周りの深海棲艦からね」
「了解しました」
「了解です!」
「申し訳ないけど今回はすぐにやられるわけにはいかないんだ。暁を殺すまではね」
「へー、私を?」
「うん。さっきは別の暁を間違えて殺しちゃったんだ。ほら」
人形は足元に転がる別の暁の死体を持ち上げて見せた。目はうつろに開き、手足はぶらぶらと揺れている。彼女は見せるだけ見せると、死体を置くでもなくパッと手を離した。死体は重力に従って水面に落ちる。
「……悪趣味ね。さっさと終わらせるわよ。突撃!」
五人は暁の合図と同時に突撃した。人形もそれを迎撃するために深海棲艦を動かす。
暁たちにとって数の力というのは覆しやすいものだった。相手がノーマル艦ならそれはさらに簡単なことである。人形の深海棲艦はすぐにその数を減らしていった。
十分もする頃には人形が引き連れた深海棲艦はほぼ全滅まで追い込まれていた。そのうち暁が群れを突破し、人形の目の前に現れた。
「私に数で押し切ろうたって無駄よ。ほかの艦娘には通じたかもしれないけど、私たちには通じない」
「そうだね。それこそ私が知っている暁だよ。私を見たぐらいで怖気つくはずがない。それに妹もいなかったからね」
その言葉に暁は一瞬反応した。
「私がね、さっき暁を見つけた時周りにも艦娘や人間がいたんだ。用があるのは暁だけだったから、周りの奴らは殺すように指示したんだよ。でね、片付けた後に暁を殺そうとしたらね、暁の妹が私の手をつかんだんだ。もう瀕死だったのにね、体が真っ二つだったのに、それでも私を止めようとしたんだ。私は妹も一緒に楽にしてあげようと思った」
「は、そ、そんなまさか……」
「うん、暁の妹もちゃんと私の手で殺してあげたよ。まあ、一人だけだったけど。あ、見てみる?」
「い、いや、そんなもの見せないで……」
暁の言葉を無視して彼女は足元にあったもう一つの死体を持ち上げた。明るい茶髪で長髪、あの髪型でないのは髪飾りがちぎれたせいなのかもしれない。それならいっそ別人であってほしかった。しかし、制服と合わせたその顔は明らかに電だった。
たぶんあの時、自分を姉と勘違いした電だ。あのあとちゃんと本当の姉と会えたのだろうか。いや、死体が近くにあったんだから会えたに違いない。
どうしよう電が死んじゃった。また私は……違う違う違うあれは私の妹じゃない、別の暁の妹だ。私には関係ない。でもあれは電で、私の妹でだから私はまた妹を失ったんだ。
「あなたが…あなたがぁ!」
暁は主砲を撃った。周りに庇う深海棲艦はいない。確実に当たるはずだ。
「おっと」
しかし、砲弾は防がれてしまう。奴はあろうことか持っていた電の死体で砲撃を防いだ。砲弾が当たった電の体は粉々に砕け散った。
「あああぁぁあああ!」
暁は怒りに身を任せて突撃した。後ろから制止する声がかかったが今の彼女にそんな声は聞こえない。
「私は暁の中にいる間、あなたの記憶をいくつか見せてもらったよ。戦いの記憶もね。だから学んだんだ艦娘にとって潜水艦というのが案外厄介な存在ということをね」
直後暁の足元で爆発が起きた。遠くで潜んでいた潜水艦の魚雷が直撃したのだ。普段の彼女ならこんなことはあり得ない。たとえ直前まで気づかなくても必ず直撃する前には無理やりにでも避けるか魚雷を迎撃するはずだった。今の暁はそれほど冷静さを欠いていたのだ。
「ああ!この!」
舵に致命的なダメージを受けまともに進むことができない。さらに追い打ちをかけるように二本の魚雷が直撃した。浮力がなくなって急激に沈みだす。しかし何とか腰のあたりで再び浮いた。人形はそんな彼女に悠々と近づいてくる。暁の前までやってくるとその場でしゃがんだ。
「殺す。あなただけは絶対に殺す!」
「こんなにうまくいくとは思わなかった。あなたを止める方法が思いつかなかったけど妹の死体は盲点だった。念のために潜水艦を待機させておいてよかった」
「殺す!」
暁は主砲を撃った。しかし相手が近すぎたせいか射角が足りず人形の横を掠めただけだった。
「危ない危ない。油断は禁物だね」
「暁さん!」
後ろから夕立の声がする。深海棲艦を片付けたのかこちらに近づいているようだ。
「早く終わらせた方がよさそうだね」
人形は暁の首へ腕を伸ばした。当然暁は人形の腕をつかんで抵抗する。だがその時暁の左側から一発の発砲音がした。大砲ではない。機銃の発砲音だ。銃弾は暁の右腕を打ち抜いた。
「ぁああ!」
暁の右腕は一発の銃弾により力が入らなくなった。一体何か腕を打ち抜いたのか、暁が見るとそこには一隻の重巡がいた。先ほどの群れの生き残りか、いや奴は無傷だ。生き残りなら何かしら損害を負わしたはずだ。
重巡の後ろから今度は軽巡が浮かんできた。さらに駆逐艦や戦艦までもが浮かんできた。
「さっもう一度援軍を呼んだ。来るかどうかわからなかったけど来てくれてよかった。私って結構すごいよね」
人形は暁に自慢しながら首に手をかけ締め上げていく。暁も片手ではまともに抵抗ができない。人形の腕に力がこもり、暁の首が締め上げられる。呼吸をしようとしてもえずくだけで空気が入ってこない。だんだん苦しくなっていく。そして力が入らなくなり艤装を動かすことすらできない。握力がなくなって視界がおかしくなっていった。
すると突然撃ち抜かれた右腕がまるで別の生き物化のように動き出し、人形の腕を掠めた。両者の間に人形の腕の破片が飛び散る。暁の右腕には錨が握りしめられていた。人形は変わらず左腕だけで首を絞めているがさすがに力が弱まった。麻痺していた感覚も戻るが無理やりに動いた右腕に激痛が走った。
「ったぁ……」
どういうわけか右腕が勝手に動いた。いや、右腕が動かない。感覚はあるのに自分で右腕が動かせないのだ。すると今度は口が勝手に動き出した。
「暁は殺させない」
勝手に口から出てくる自分の声に暁はいつも聞こえていたもう一人の自分の存在を思い出した。
「でたね。やっぱり邪魔をしてきた」
「あの時に殺しておくべきだった。あなたを招いた私がばかだったわ」
自分の知らない内容が話されている。自分の口から発せられる声に自分で困惑している。不思議な体験だった。
「あなたが出てくるんだったら別の方法を」
右腕は人形が話し終える前に錨をぶん投げた。錨は人形の胸から上を砕き海に沈んでいった。上半身を失った人形はうつぶせに倒れ、人形の内側を暁に見せていた。一方暁は先ほどまでの出来事ですっかり怒りよりも困惑が上回ってしまった。暁がしばらく唖然としていると、人形に空いた穴から黒い靄が出てきた。見覚えのある靄だ。前派この靄に捕らわれ謎の幻覚を見せられた。しかし逃げようにも足が動かない。悪あがきで手で漕いで逃げようとするが、艤装を背負った体は手で漕いだだけでは全く動かない。さらにさっき動いた右腕は再び動かなくなってしまった。
黒い靄が暁にまとわりつく。それはやがて若干の質量を持ち始め暁の中に入ろうとした。口元に集まる靄に暁は口をつぐんだが、靄は関係なしに鼻から入っていった。鼻までは防ぐことができなかった暁はなんとか防ごうと顔を振るがお構いなしに靄は体内に入る。ある程度吸い込んだところでそれこそ靄を吸い込んだところで急に眠気を覚えた。こんな時に何を悠長なと自分でも思ったが、その思考すら眠気は消していく。瞼が重くなるのを感じた。抵抗ができない。体に力が入らなかった。原因はあの靄だとすぐにわかったが、だからと言って自分では何もできない。唯一出来たのは繊維のように細くなった意識を手放すだけだった。
暁の意識の中、本人は夢でしか入ったことのなかった空間、そこにもう一人の暁と靄を漂わせる人形が立っていた。
「……ここまで来てあなたは一体何をする気なの」
「暁をあなたから解放する」
「あなたの依り代はもう壊した。物理的には殺せないはずよ」
「だからやり方を変える」
「内面から殺すっていうの?言っとくけど意識内の存在だからって私は弱くないわ」
「分かっている。だからあなたには干渉しない」
「は?」
すると二人のいる空間が揺れだした。波間は落ち着きを失い、遠くではうねるような波が発生しているのが見える。
「何をしたの」
「ここは暁の意識の中でも中枢を担う部分。あなたはここを隔離している。そうでしょ」
「そうね……あなたまさか」
二人がいる空間は暁が空間の外にある感情から中枢を守ために作ったものだ。その感情はずばり罪悪感、あの日暁が無限に生み出した罪悪感は時間が経つごとに消失するどころか増大し、自身の体を蝕んでいった。そのせいで暁は死を持って罪を償おうとした。本能によって主に生への執着心から生まれた彼女は自身の体を守るためこの空間を作り出し、罪悪感の浸食を防いでいた。
人形は今その空間を破壊しようとしているのだ。そして、罪悪感による侵入で暁に自殺の道をたどらせようとしている。