その日はひどい嵐だった。暁たち四人は遠征先から物資を持ち帰り、鎮守府へと向かっていた。普段から遠征時でも警戒を怠ってはいなかったが、その日はいつもより人員が少なかったのに加え、波がひどく視界が悪かった。なので後手に回ってしまった。
突如彼女たちの近くに水柱が立った。敵からの砲撃だった。しかし高い波のせいで敵が見えない。しばらく辺りを警戒していたところ響が右後方に敵艦隊を発見した。重巡を含めた水雷戦隊、駆逐艦四隻には荷が重かった。よって、当時旗艦だった暁は応戦せずに離脱することを選んだ。だが荷物が多く浪が高くうねるせいで速度が思うように出ず、逃げるに逃げられなくなってしまった。仕方なく彼女は応戦するように指示を出した。妹たちは快くその指示を受け入れ戦闘態勢に入った。攻撃しようとするが荒れた波間では相手の姿が見えるタイミングが限られており、なかなか撃てない。だがそれは相手も同じで、弾幕を張ってはいるがそのほとんどが見当違いな方に飛んでいた。数で圧倒しようとする相手に対してこちらは一発一発を確実に当てる戦法で対抗した。不利な状況でこそ落ち着くことで状況を覆すこともできる。事実、彼女たちは着実に相手にダメージを与えていった。
案外行ける、そう思った頃悲劇は唐突に、最悪な形で訪れたのだ。暁が魚雷を放った後、敵に向けて砲撃をしようとした。その瞬間落雷が彼女のすぐそばで起こった。暁は落雷に大変驚き思わず頭を抱えてしまった。そのせいで照準が大きくぶれてしまった。最初に照準していた方向とは全く違う方向に砲撃してしまい、直後彼女はそれがどこに飛んで行ってしまうのかを確認した。あろうことか暁が目で追って言った方向には響がいた。暁は注意を促そうと響に向かって叫んだ。しかし暴風雨と戦闘の騒音によってその声は全く届かずとうとう暁の砲弾は響に着弾してしまった。さらに運の悪いことに、暁の砲弾で足が一瞬止まってしまったところに今度は相手の砲弾が着弾してしまいそれは響に積んでいた弾薬の誘爆を招いてしまった。響は誘爆を抑えようともがいたり、弾薬を投棄しようとするが間に合わずそのうち大爆発が起こった。暁は目をそらし、次に向けた時にはそこには何もなかった。
暁はその光景に呆然とした。自分の弾が当たった時、響はこちらを見た。その時の顔は何だっただろう、呆れた顔だったかもしれない。一瞬しか見ることができなかった。その直後にまた被弾したのだから。
響が爆発四散した数秒後、今度は雷と電に二つの水柱が立った。一瞬敵の砲弾かと思ったが、暁にはそれが砲弾が当たった時とは違うと分かった。音や水柱の高さが違う。今までの経験からしてそれは魚雷が当たったことを意味していた。いつの間に相手が魚雷を放っていたのか。しかし、柱は二人の後ろから上がっていたように見えた。まさか、と暁は思った。先ほどの砲弾とは違い魚雷は当たる直前まで見えないのだから確実にそうだと決まったわけではない。だが今の暁は事態をいい方に見ることができなかった。自分の魚雷が当たったのだと、そう思い込んでしまった。現に暁が魚雷を放った時間を考えると、丁度二人のいる場所まで進んでいた。だからと言って誤射だとは分からない。そのはずだった。
いくら第三者が上記のように考えようと現実は変わらない。駆逐艦である二人はたった一発の魚雷で致命傷になる。二人は被弾した直後に後ろを見た。その眼は暁をとらえていた。つまり二人は先ほどの攻撃が背後からの攻撃であると、そしてそうだとするならばそれは暁か響の誤射であると考えたのだ。実際暁が自身の誤射だと思い込んだのはこの時の二人の行動が決定的だった。響の時とは違い、ゆっくりと沈んでいく。その顔は恐怖におびえていた。そして手を伸ばし暁に助けを求めているのが分かった。暁は自分がやったことに対しての恐怖で動くことができなかった。頭では理解していた、早く助けなければいないと。だが同時に、あの状態から助けることなどできないという冷酷な判断もしていた。長年の経験からなる現実的な判断だった。それ以前に体が動かなかったため結局暁は沈みゆく二人を最後まで観察していた。おかげでいろいろなことが知れた。まず魚雷が直撃した後、その足はボロボロになり、人体としては破綻しているほどだった。だが艦娘としての機能が、たとえ骨が寸断されかけている状態でもむりやり足として機能させているということ。そしてその状態でも以前海面からは足が離れないこと、いたってどうでもいいことがよくわかった。
沈むときはまず、足の艤装が完全に壊れたせいなのかバランスを崩すところから始まった。二人ともそれぞれ片足ずつ寸断されかけており、この荒れた海面ではとてもじゃないが立てるはずがなかった。バランスを崩し海面に臥せるが再び立ち上がろうとする。しかしその足で立ち上がることは物理的にも難しく、また激痛のため力を入れることができなかった。
しばらくすると、とうとう足が海面から離れた。足が沈みその傷口に海水が触れる。きっと耐え難いという言葉では言い表せないほど、生き地獄ともいえる体験だっただろう。その様子はまさに生きたまま火炎に嬲られるようであり、嵐のせいで叫び声が全く聞こえなかったことだけが幸いだった。その分暁は二人の表情をまじまじと見つめた。痛いなど通り越した、すべてを放り投げたがっているような顔を暁は黙って見ていた。依然として視線は暁にあり何とか海面から突き出している両腕は暁に向かって助けを求めていた。しかし暁は動くことなく、また表情も変えずにただ二人を見ていた。そうして二人はどんどん沈み最後は両手だけが海面から出ていたがそれも見えなくなった。
二人が完全に沈んでから数分して、暁の近くに砲弾が着弾してからようやく彼女は正気を取り戻した。とはいっても体が動くようになっただけで意識は混乱したままだった。短時間のうちに妹を全員失った暁は自分が一体どうすればいいのか分からなかった。片や姉としての自分は妹の敵討ちをするか、妹の追うように言っているし片や旗艦としての自分は今すぐに離脱するように言っている。意識下での格闘の末暁が聞いたのは旗艦としての自分だった。そして生き残ることを優先した。直ちに物資を投棄し、全速力で海域を離脱した。
鎮守府に命からがら帰投した暁は提督に報告をした。提督は実に厳しい評価をした。駆逐艦とは言え高レベルであった彼女たちを失わせた暁の罪は重く、またそれが誤射であるとすればすなわち味方撃ちであり重罪である。提督は彼女に一か月間禁錮室での謹慎を言い渡した。しかしこれは彼なりの優しさだったのかもしれない。いや、結果的にそうなっただけなのかもしれない。ともかく、この期間暁はずっとあの時どうすればよかったのかを考え続けた。その行為は暁をひどく熱中させ、出された食事に手を付けないほどであった。提督が命令したおかげで食事をとるようになったが、依然として思考は続けた。そのうち暁はあの時出した答えが旗艦としての意見だったことにひどく嫌悪感を抱きやがてその感情は暁に自殺を促すようになった。これは姉としての自我が響たちの後を追うべきと判断した結果であった。これに危機感を覚えた旗艦としての自我は暁の自殺を避けるため生きるという感情を基にもう一つの人格を生み出した。こうして暁は無意識のうちに二人目の人格を生み出された。
二人目の人格は暁の中で迅速に行動を進めた。暁の中に渦巻いていた罪悪感は彼女の心の中枢を蝕み自殺へ向かわせようとしていた。そのため特殊な空間を中枢を囲うように作り出し、罪悪感から守った。この時に二人目の人格が中枢を代わりに侵食したため、今後の暁の言動はすべて二人目の人格が基になる。根本的な解決にはならなかったが、それでも効果的な対策だったといえよう。少なくとも人格が破壊されるなど、何らかの理由で人格が居なくならない限り罪悪感が完全に支配することは無くなった。しかしそれも完ぺきではなかった。すでに中枢はある程度罪悪感に蝕まれていたため、これを除去する必要があったし、人格も生まれたばかりで力が弱かった。
謹慎期間を終えた暁は艦隊に戻ってきたが、至る所でミスが目立った。あの日よりはいくらかマシにはなったものの、根っこの部分では未だに引きずっているのだろうと周りからは思われていた。実際の所では、暁は罪悪感の影響で妹への償いをいつも考えていた。しかし、途中で無理やり思考が中断され何も考えられなくなる。二人目が無理にでも暁を生の道へと進めようとしていた。しかし本人にとってはいきなり何も考えられなくなる間ができるため、当然動きが鈍くなる。思考だけでなく行動にもその影響は現れて、数秒間動かなくなる。傍から見れば、例えば会話していると変なところで言葉を詰まらせたりだとか、歩いていると一瞬動きを止めるなど変に映っていただろう。
数か月たったころ、提督は暁を一人呼び出した。何用か暁が尋ねると彼は最近の暁の行動について話があると言った。曰く、最近ミスが増え艦隊行動に支障が出ていると、まだあの日のことを引きずっているのかと、そう尋ねた。暁はその問いに何も返さなかった。
「いい加減、受け入れたらどうだ。あれは事故だ。そうなんだろう?お前は妹は守れなかったかもしれないが、それ以外にも守らなければいけないものがある。死んだ者に執着するのはもうやめろ」
その言葉は暁にひどく刺さった。特に『妹を守れなかった』という言葉は心全体を突き揺らした。暁の中で罪悪感とはまた別の感情が湧きあがった。それは二人目が作り出した空間を突き破り、中枢すら貫いた。妹を守れなかったという事実は暁の奥底でずっとくすぶっていた。炎は出ずとも煙は吐き続ける。そこに提督は火のついたマッチを放り投げてしまった。炎は燃え上がり、空間を破壊した。今でこそ例え、妹のことを指摘され激高したとしても感情のコントロールを柔軟に行えるが、当時の人格は完全に自分の影響下に置こうとしていたため暁の起こす感情をすべてブロックしようとしていた。なのでもしブロックしきれなかった場合中枢が無防備になってしまうのだ。この瞬間まさにこれが起こってしまった。
暁は激高し提督に殴りかかった。言われなくても分かっていた。いつまでも引きずるわけにはいかないことなど自分が一番分かっていた。ずっと向き合おうとしていた。だがそのことを考えるといつも後を追おうと考えてしまうし、加えてなんだか思考がまとまらなくなる。それがしょっちゅう起こるためまともに生活ができない。今更提督から言われなくてもすべてわかっていた。自分がコントロールできなくなった暁は喚きながら提督を殴りつける。提督は引きはがそうとするが、顔を殴られるせいでうまく抵抗できなかった。すぐに秘書艦が暁を彼から引きはがすが、これを振りほどき今度は窓に向かって突進した。窓は砕け、破片が暁に突き刺さる。ここは鎮守府の三階、落ちれば艦娘でも命が危ういかもしれない。暁は頭を下にして落ちた。こうすれば首が折れ確実に死ぬ。暁は思った、響たちの元へ行けると。しかし一階の高さまで落ちた時ひとりでに体が回って背中を下にして落ちた。コンクリートに叩きつけられ、その音が鎮守府中に響く。血が大量に流れ背骨もボロボロに折れた。耐え難い苦痛に暁は目を見開いたまま呻いた。冬だというのに視界は昔の夏の記憶のように陽炎が揺らめき薄暗い。空洞音が頭の中に響き渡りそれ以外に何の音も聞こえなかった。最後に複数の艦娘が暁の様子を見に来たところで意識が飛んだ。
次に目が覚めた時暁は入渠場にいた。そばに何人か艦娘が待機しており暁が目を覚ますとすぐに走っていった。すでに痛みはなく、ガラスが突き刺さった傷口も見当たらない。手足も問題なく動いた。あの状態から生き残り、完治したことに彼女自身驚いたが、同時に死ねなかったことに悔いを感じた。
それからのことは暁はあまり覚えていない。彼女にとってあまりいい思い出ではなかったし、そもそも周りのことに関心をあまり持っていなかった。覚えているのは反逆罪として大本営に送られ厳重な監視の元で捕らわれていたこと、ある日もう一人の艦娘と一緒に南方海域まで送られたことだ。こうして暁は自身の本心に蓋をされ偽造された心を宿して生活を送るようになった。
情緒不安定な暁ちゃんってかわいいと思いません?……思いませんか