紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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かの場所を目指して

 夕立は突然後ろに気配を感じた。後ろにいるのは人形の残骸、まさか復活したのかと後ろを振り向いた。するとそこには暁が立っていた。夕立は一瞬思考が停止した。そして次に自分の目の前で気を失っている暁と見比べた。もしかして倒れていた別の暁が生きていたのかとその奥を見てみたが、死体はいまだ浅瀬に沈んでいるのが見えた。

「だ、誰ですか」

 夕立は謎の暁に尋ねた。彼女はそれに答えず代わりに暁を連れて帰るわね、と言った。突然のことに秋月たちも動かずにいた。そして謎の暁が意識を失っている暁に手をかけたところでようやく秋月が声をかけた。

「ちょ、ちょっと、何するんですか」

「連れて帰るの。今までありがとう、面倒見てくれて。もういいから」

 制止する声を無視し、彼女は暁にかけられていた曳航用のロープを外すと、暁を抱え沈んでしまった。一連の出来事に四人はグラーフたちが合流するまでずっと互いを見合わせていた。

 

 

 

 あの日の出来事を暁は最初から見ていた。妹を見殺しにした。謹慎されてから思考に靄がかかったみたいで、周りで起こる出来事もいまいち認識しずらくなっていた。ただ、提督を殴って死にかけた日からそれは治って死にたいという思いもなくなった。逆に生きたいと、生きなければならないと思った。謎の声が聞こえたのはそのころからで、最初は気味が悪かったが自分に同情してくれたり、話し相手になってくれるので喧嘩をするときもあったが仲良くやっていたと思う。

 彼女がどうして存在しているのかなんて考えたこともなかった。もちろん多重人格の存在は知っていたしそれが起こる原因も知っていた。しかし、少なくとも自分が記憶している限りではもう一人の人格が外に出て勝手に行動することはなかった。だから暁は気にしなかった。人形に問われて少し昔を思い出した。そして今人形が言っていたことが理解できた。自分の本心は妹の後を追うこと。もう生きて苦しみを味わいたくはない。十分に生きたと思う。妹のいない寂しさを味わいたくない。自身の中にあの人形の気配を感じる。意識を失う前に残骸から出てきた靄を吸い込んだ。あれがきっと人形の本体だった。どういうわけか彼女は自身にとどまり続けている。でも自分に対して解放してあげると言っていた。それはつまり殺してくれるということだろう。本体が中に入ってしまったので殺すことはできないが手助けはしてくれる。きっとそのためにとどまってくれているのだ。

「そんなことはさせないわよ」

 

 ふと目覚めると見慣れない場所にいた。鎮守府のある島ではなかった。辺りを見回そうとすると右手に違和感を感じた。右手は自分に向けられており、主砲の砲口が自分から少しずれたところで誰かにつかまれていた。

「起きた?」

 真後ろで声がした。おそらく右手をつかんでいる人物であり、その声で自分と同じ、暁だと分かった。

「ここは……」

 暁は腕をつかまれたままもう一人の自分に問いかける。彼女は島、とだけ答えた。

「あの、腕をはなしてもらえると」

「だめ、離したらすぐに死んじゃうから」

 その言葉で暁は思い出した。私は死にたいのだと。暁はすぐに振り返り右腕を振り払おうとしたが全然力が入らない。左手を使おうとしてもまたつかまれる。

「離して。私は響たちの所に行くの」

「だめ、あなたは生きなきゃいけないの」

「どうして。私には何もない。生きる理由は何もない。死んでもいいじゃない」

「だからって死ぬなんて馬鹿だと思わない?」

「知らない。私の生死は私で決める。他人に決められたくない」

「私は他人じゃない。あなたから生まれたから私もあなた」

 暁は一度抵抗をやめた。どうしても腕が動かないので、このまま同じように抵抗しても何もできないと思った。暁が無抵抗なるのを感じた彼女は次に暁の艤装を解き始めた。

「なにを」

「あなたが勝手に死なないようにするため」

「やめてよ」

「やめない」

「やめて!」

 暁は再び抵抗しようとするが、また腕をつかまれた。しかしつかんだのは彼女ではない。彼女は両腕で右腕の主砲を解いている。後ろでつかまれた左腕は誰がやったのか後ろを見ると、そこには艤装をつけていないル級が立っていた。暁はなぜ深海棲艦が自分の腕をつかんでいるのか混乱した。おかげで何も考えられない。真っ白になった。主砲を解く暁はその様子をくみ取ってか作業したまま言った。

「ああ、それ私が呼んだの。お人形さんの力もらったんだけど便利よ」

「お人形さん?」

「覚えてない?あなたの体に人形の本体入ってきたの」

「覚えてる……」

「あなたの中に入って私を殺すつもりだったらしんだけど返り討ちにしてやったわ。まあ、私は追い出されちゃったんだけどね。でもその代わりに人形の力をちょっといただいてきたの。あ、あと体ね。あなたを内から守れなくなっちゃったから仕方がなく外から守ることにしたの。人形はあなたの中に残っちゃったけど安心して。私は絶対にあなたを死なせないから」

 現実味のない話に暁は何も返さずにいた。おかげで艤装を外すのは簡単だった。みるみる艤装は外され武装はもちろん舵や主機まですべて外された。

「はいおしまい」

 暁はようやく解放された。すぐに主砲を持とうとするが全部遠くに蹴られてしまった。

「往生際が悪いわね」

 暁は彼女をにらみつけるが、彼女は余裕の表情で返す。すると暁は見る見るうちに目に涙を浮かべ泣き崩れてしまった。

「私は、ただ響と雷と電とまた一緒にすごしたい。みんながいない生活なんてもうしたくない。それにきっと響たちは私を恨んでる。私が沈めたんだから。謝らないといけないの。私が死んであの世で謝らないといけないの」

「わざわざ死ぬ必要なんてないでしょ。死ななくても謝れるわよ」

「死ななくても?」

「あなたの記憶から三人が沈んだ場所を正確に調べたの。今から行きましょ?謝らないといけないのは私も賛成だから。死ぬかどうかなんてそのあとでいいわ。まあ死なせないけど」

 暁はこくりと頷いた。彼女は暁に手招きをする。暁はおとなしく彼女についていった。心の中で何かがざわめく。彼女に対して猜疑心が生まれる。これはきっと中に残った人形が引き起こしたものだろう。たとえそう分かっていても暁はそれに対抗しようとはしない。すぐにそれは彼女に対する殺意に代わる。彼女を殺せばすぐに死ねる。人形がそうつぶやいた気がした。武器をすべて外された暁はこぶしを握って彼女に殴りかかった。だがそのこぶしはすぐに後ろにいたル級に抑えられてしまった。彼女はまるで自分が襲われるのを分かっていたかのようにタイミングよく振り向いた。その顔はにやにやしている。

「やっぱり私を殺そうとするわよね。あなたももうちょっと抵抗したらどう?あなたの意志に近いとはいえそれは他人の意志よ?」

「私は私の目的が達成できればそれでいいから……」

「あ、そう。もうほぼ抜け殻なのね。昔より酷くなったわね。いや、もう私が生まれたころからそうだったのかも……こんなこと考えても無駄か。どうでもいいから早く来なさい」

 彼女は変わらず歩き続けるが、暁は両腕をつかまれた状態で歩いた。おかげで歩きずらい。

 やがて砂浜までやってきた彼女はそのまま海へと歩いた。足は沈むことなく艤装をつけなくとも艦娘のように海上に立っている。暁は海の前で立ち止まった。彼女は暁に向けて催促する。

「ほら、はやくおいでよ」

「無理よ。艤装捨てられたから……」

「もういらないわよ。あなた艦娘じゃないんだから」

「え……」

 暁の疑問も遮られル級に後ろから押される。動かないように耐えるが、そんなことは一切無駄でなすすべなく押されていく。波が触れる位置までやってきても彼女は抵抗し続けたがそのまま押された。耐えきれず波間に向かって一歩踏み出したとき、艤装をつけて海上に立った時の特有の踏み心地を感じた。

「立った……」

「もう艦娘じゃないからね、艤装はいらないの」

「じゃあ私って」

「うん、深海棲艦」

 彼女は当たり前かのように言った。暁の方も驚いた様子はない。むしろ納得したようだった。

「じゃあ歩けるの?」

「歩けるわよ。試したら?」

 暁は息をのんで自身の足元を見る。そして右足に力を入れ上に上げてみた。海水は何の抵抗もなく暁の足を手放す。そして暁はその右足を少し前に出した。次に左足を上げ、右足よりも前に出す。ちゃんと歩くことができた。

「すごい、歩けるんだ」

「艦娘と同じように進んだ方が早いけどね。細かい動きはしやすいけど。さ、満足した?行くわよ」

 彼女は再び前へと進みだす。暁もそれに続く。沖合に出ると、急に気配が増えた。暁が立ち止まり待っていると、暁の周りから大量の深海棲艦が湧いて出てきた。

「これは一体……」

 そういうともう一人の暁は歩みを止めずに答えた。

「もちろん護衛よ。あなたが死なれたら困るし」

「でも今の私には自殺する方法なんて」

「自殺じゃないわよ。言ったでしょ、あなた深海棲艦なんだから艦娘に見つかったら殺されるわ」

「でも姿は艦娘の時と一緒じゃない。むしろ護衛をつけてた方が襲われるんじゃないの」

「言っとくけど、今のあなたは艦娘の暁とは全然違うわよ。さっき足元見た時に自分の顔見なかったの?」

「空が曇ってるから見えなかったわ」

「はぁ……じゃあ、はい」

 彼女はどこからか手鏡を取り出し暁に渡す。暁はそれを受け取ると自分の姿を初めて知った。その顔は一部分が白くなっており、髪もあの濃い紫とは対照的に白く脱色している。色の境界線はどちらも歪で、まるでやけどの跡のようだった。色が変わっているのは顔の左側、まるでペンキを被ったようだ。暁はこの色の分布に心当たりがあった。あの日、暁が響に誤射した時に当たった砲弾かもしれない。詳細な部分は分からないが、位置的にも響が被弾したのは頭の左側だった。その部分がちょうど白く変色しているのだ。まるで生気のない色、自分の姿にしばらく呆然としていたが、はっとして自分の足を見た。タイツのせいであまりわからないが、スカートの中からタイツの内側を見ると足も白く変色しているのが見えた。

「分かった?どうみても艦娘には見えないでしょ」

「確かにそうね」

「あら、思ったより冷静ね。もっと取り乱すかと思った」

「なんだか、あからさますぎて逆に感心するわ。深海棲艦って元の艦娘の特徴が現れるけど、記憶でも特徴出るのね。それとも私たちは四人で一隻とかそういうのかしらね。私が深海棲艦だっていうなら艦娘に沈めてもらえばいいわ」

「そんなことはさせないから安心して。三人が沈んだ場所に行く前に沈めたらお墓参りできなくなっちゃうでしょ」

「私は別にどっちでも構わない。お墓参りできるんだったらそれでもいいし、その前に沈んだとしても私の目的は達成できるから」

「ふーん。じゃあ猶更あなたを守らないとね」

 すると暁の周りにいる深海棲艦のさらに外側に暁を囲うようにして何か浮かび上がってきた。とても大きな姿かたちをしたそれは三隻の駆逐艦、それも特徴を見るに暁型であった。そしてもう一隻、暁の真下から迂回上がっているのが見えた。艦橋が暁の後ろから浮かび上がってきた。もう一人が暁に近づいたかと思うと、艦首が暁たちを掬うかのように浮かび、見事二人は駆逐艦に乗艦した。暁はこの四隻を見てなんとなく察しがついた。きっと周りにいる三隻は響、雷、電で自分の乗るこの船は暁なのだろう。

「すごいでしょ。あいつの力を応用させたの。私たちのしかできないけど、どこでも呼び出せるわ」

「ええ、すごいわね」

「あなたにとっては懐かしいんじゃない?」

「どうかしら。記憶はあるけどべつに生まれ変わりじゃないし、どっちかというとこれが本物かって感じ」

「なら見てみる?」

「うん」

 暁はある日の自分を見学しようと歩き出した。二人目も暁の後ろについて一緒に行こうとする。

「あなたも来るの?記憶ならあるし道案内は不要よ」

「監視よ。一人にしたらどこかで勝手に死ぬでしょ。あなたの本心とあなたの中にいる人形の魂胆は分かってるんだから」

「……それは残念」

 彼女に見透かされた暁は大人しく中を見学することにした。駆逐艦の上には深海棲艦は乗らなかったらしい。直前まで暁の後ろにいたル級もいつの間にか捌けていたようだ。別に誰もいないわけでもなく、駆逐艦の周りには多くの深海棲艦がいる。なのに、ここらはとても静かで船が進む音と、かすかに聞こえる主機の音だけが聞こえていた。

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