紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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駆逐艦の艦内にて

 駆逐艦の中はとても静かだった。人は誰もいない。気配もない。機械は人の手を借りずとも動いている。

 暁は部屋の一つの扉を開いた。中は綺麗で大型家具は置いてあるが、小物の類は一切おいていなかった。まるで引っ越した直後の家のようで使った形跡もない。

「誰もいないのね」

「そりゃそうよ。誰も乗せてないもの」

「じゃあ誰がこれ動かしてるの」

「さあ、深海棲艦の神秘じゃない」

「なんであなたが分かってないのよ」

「私はあの人形のやり方をちょっと真似しただけだし」

「あっそ」

 軽くあきれた暁が部屋を出ると、ふと廊下の曲がり角に人影を見たような気がした。すぐに振り向いたが、人影はすでにいなかった。

「だれも乗せてないんじゃないの」

「そうだけど」

「さっき誰かいたような」

「……この船沈んだやつを引き上げたんじゃなくて思念で再現したやつなのよね。だから、当時の乗組員の思念が残留してるのかも」

「幽霊ってこと?」

「ふーん」

「怖くないの?」

「あんまり」

「成長したのね」

「いや、成長したというか……もしかしたら呪い殺してもらえるかなって」

「はぁ、あなたね、私が言うのもなんだけどもっと死に方にプライドを持った方がいいんじゃないの。もう私あんまり見分けがつかないわよ。それは何、あなたの罪悪感がそうさせてるの。それとも人形があなたの意識を操作してるの」

「私も分からないわ。今の行動が自分の意志によるものなのか操られているのか。私は死ねればそれでいいんだしどっちでも構わないわ」

「まあ私もあなたが生きていればそれでいいんだし、あなたの意志だとか関係ないのは同じね。じゃ、次行ってみましょ。個人的にボイラー室が気になるわ」

「なんでまたボイラー室なんか……」

「だって誰もいないのにどうしてこの船が動いているのか気になるもの:

「どうやって動かしてるのか本当に知らないの?」

「うん」

 先ほど人の気配は全くしないと言ったがあの人影を見てからちらちらと気配がするようになった。ただ気配がした方を向くと、何もない壁だったり、わざとらしくちょっとだけ開いた部屋だったりで思念が彼女たちに興味を持っているのが分かった。

「さっきからちらちら周り見てどうしたの」

「気配がするのよね。あ、ほらまた。わざとらしいでしょ、あそこなんかちょっとだけドア開いてるし。あなたは気づいてないの?」

「知ってるわよ。でもわざわざ気にするほどでもないじゃない。別に危害を加えるわけじゃないんだし」

「でも気になるわ。あっちこっちから気配が出たり消えたりするんだもの」

「あなたに気づいてもらうことがうれしいのよ」

「そんな消えたり現れたりされても気持ち悪いだけなのだけど」

 その暁の言葉が刺さったのか気配がスーッと消え、それ以降は何も感じれなくなってしまった。

 ボイラー室に来ると扉を開けた瞬間熱気を感じた。聞こえる音も大きくなりさっきまでの静寂がうそのようだった。ボイラー室には人の気配が感じられた。たださっきまでとは違って明らかに人影らしきものが動いているのが分かる。だがそれに実態があるようには見えずまさに影が立体的になって動いているようだった。彼らは暁たちが入っても興味は示さず黙々と作業し続けている。

「ここの人たちは仕事熱心ね」

「ボイラー室ってこうなってるのね……」

「知らなかった?」

「細かいところは知らなかったから」

「にしても暑いわね」

「ボイラー室だから、そうね暑いし仕事の邪魔しちゃいけないし行きましょうか」

「最後は艦橋ね。そこで着くまで待ちましょう」

「艦長さんもいるのかしら」

「いるんじゃない」

「じゃあちゃんと挨拶しないと」

 

 艦橋に着くとボイラー室と同じように明らかな影が数人見える。その中でも艦長の椅子に座っていた影は暁たちに気が付くと椅子から立ち彼女たちに近づいてきた。

「この人が艦長かしら」

「多分」

「暁です。私がこの暁の艦娘、だったんだけど名前は引き継いでるわ。こっちは……あなたはどう説明すればいいのかしら。名前も知らないわ」

「私はあなたの人格だから名前は暁よ」

「でもそれじゃややこしいわ」

「適当でいいわよ。二人目とか」

「じゃあ、こっちは二人目よ」

「こんにちわ、艦長さん」

 彼の影が少し形を変えたように見えた。敬礼したのかもしれない。暁たちも敬礼を返した。彼は二人を案内するように動いた。二人がそれについていくと窓の前で止まった。一番前に立たせてくれるようで、二人はそれを受け入れた。艦橋の窓から見える景色は軍艦としての記憶の中でも一番鮮明に覚えているものだ。実際に見るのは初めてなのにひどく懐かしい。

「ねえ、いつつくの」

「ん、何の話?」

「ほらあれよ……沈んだ場所」

「ああ、えっと多分一週間ぐらいかしら」

「そう」

「遠い?」

「そうね。ここって結構南なの?」

「うん、ソロモン諸島よりもう少し南」

「ふーん……深海棲艦って普段何して過ごしてるのかしら」

「さあ、あてもなく彷徨ってるんじゃない」

「暇なのね」

「奴らに娯楽の概念はないでしょ」

「でも夏場に行くと姫級は水着よ」

「ああ、そういえばそうだっけ。大丈夫よ一週間ぐらいすぐに終わるわ。島にいた時だってまともな娯楽はなかったでしょ?」

「まともなものはなかったけど、娯楽はあったわよ」

「そうだっけ?」

「あなたは体験してないものね」

「そうね」

 暁はそこで会話を切り上げ艦橋から出ようとした。二人目がすかさずどこへ行くのか聞くと暁は「暇だから外に出る」と言った。彼女は暁を追いかけ一緒に外に出た。外は曇っていてどこかあの時の空間を思い出す。

「艦橋で待ってるんじゃなかったの」

「一週間も同じ場所に立っていられないわよ」

「私は大丈夫よ」

「あなたはね。ずっと同じ場所にいたんだし」

「……あれ、あなたあの空間のこと覚えてるの?記憶消したはずだけど」

「ん、なんか変な記憶があるの。えっと、丁度あなたと戦ってる記憶」

「ああ、人形の記憶があなたに移ったのね」

「降りたいんだけどどうすれば降りれるかしら」

「降りちゃうの?」

「自分の足でも進みたいわ。その方が暇しなさそう」

「ふーん、じゃあ飛び降りればいいわ」

「それしか方法ないの?」

「全力航行してる駆逐艦から穏やかに降りれる方法があると思った?」

「それもそうね」

 暁は柵を乗り越え下を見た。側面は白波を立てている。

「飛び降りで死のうとか思わないでよ」

「流石にこの高さじゃ死なないでしょ。下海だし」

 暁はためらいもなく飛び降りた。数秒間浮遊感を感じ、海上に降り立つ。案外衝撃はなく柔らかい感触がした。暁が下りてからすぐに二人目も降りてきた。降りた瞬間から駆逐艦に置いていかれている。暁は深海棲艦と一緒に併走を始めた。艤装がなくても艦娘と同じように走ることができる。念じるとラグなくスピードが調整できるので艦娘の時よりも動きやすかった。

 

 

 

 しばらく海上を走っていると水平線に何か見つけた。黒い影のようなものがいくつか海上を移動しているように見える。

「なにか遠くに見えるわ」

「どれどれ?」

「ほらあれ」

「うーん……あ、ほんとだ。なんだろあれ」

 もうしばらくして、それが深海棲艦の艦隊であることが分かった。それも旗艦は戦艦棲鬼のようだった。あちらもこちらに気が付いたのか近づいている。

「姫級だ。久しぶりに見たわ」

「こっちに近づいてるみたい。私たちと一緒に行きたいのかしら」

「深海棲艦にそんな感情あるの?」

「さあ、適当に言ってみただけ」

 しかし相手はあろうことかこちらに向けて砲撃をしてきた。

「は、どういうこと!?なんで深海棲艦が私たちに攻撃してくるのよ!」

「さあ、不思議なこともあるものね」

 落ち着く暁とは対照的に二人目はとても慌てていた。すぐに全体に反撃命令を出す。深海棲艦と駆逐艦はその命令に応え砲戦を開始した。彼女も艤装を出して反撃を開始する。その艤装は艦娘の時のものに似ていたが所々に黒い異物がくっついていた。深海棲艦の艤装にはよくくっついているもので特有の歯のようなものも見える。

 少しの間砲戦を見ていた暁は無意識に前へと出て行こうとした。二人目はそんな暁の腕をつかみ制止する。

「危ないから前に出ないで」

 彼女はきょろきょろと周りを見ると一番後ろにいた駆逐艦、電を指さし乗るように言った。暁がどうやって乗るのか尋ねると二人目は少しいらだった様子で言った。

「端艇に乗せてもらいなさい。あなたでも下せるから」

 端艇を下ろしてからどうすればいいのか分からなかったのでさらに聞こうと思ったが、これ以上聞くとキレられそうだったので黙って下がることにした。

 深海棲艦はともかく実際の駆逐艦の砲撃音はとてもうるさい。早くも耳が遠くなっている。耳を塞ぎながら電に近づき、端艇を下すように念じてみた。すると真ん中あたりにあるクレーンが動き一つの端艇が下りてきたので暁は乗り込んだ。ここからどうすればいいのか、多分こうするべきだろうという予想はついたので、暁は端艇をもう一度上げるように命令した。電は命令通り暁を乗せた端艇を引き上げる。所定の位置まで戻ったところで甲板に飛び降りようと下を見たが思ったより高さがあった。なので近くにあった煙突の出っ張りに手足をかけて少し降りてから、飛び降りた。

 甲板では砲撃音がずっと大きく聞こえる。加えて振動もよく伝わる。後ろの主砲まで起動した。針路を曲げらしかった。甲板に居続けると騒音が多すぎるので中に入ることにした。

 中は慌ただしい気配があった。影がばたばたと走り回っているのが分かる。駆逐艦の暁に乗った時の気配のなさがうそのようだった。邪魔をしてはいけない気がしたのでどこかに捌けようと適当な部屋に入った。その部屋は兵員の寝室よりも広く、ベッドや棚が置いてあった。棚には何も入ってい長ったが、ここはおそらく医務室なのだろう。空の棚には本来なら様々な薬品が入っていたはずだ。医務室には一人の影が椅子に座っていた。暁に気づくと敬礼をし、設置してあったベッドに座るようにジェスチャーをした。暁は影に敬礼を返し、影に進められた通りベッドに座った。慌ただしい室外や外に比べてここはかなり静かだった。砲撃音が少し聞こえるが、全然気にならない。暁が落ち着いて座っているように軍医師の影も落ち着いた様子で椅子に座っている。

 何もないのにどこかうっすら薬品のにおいがする部屋は不思議と落ち着いた。彼や暁が落ち着いているのもそのせいなのかもしれない。座ってから気づいたがこの部屋には時計が置いてあった。カチカチと音を立てている。デザインは少し古そうに見えた。やっぱりこの船は彼の時代の物なのだと実感できる。時計の針は四時過ぎを指していた。この時計が合っているのかは分からないが、もしそうだとしたら午後四時だろう。一つ一つの海戦はすぐに終わることが多い。だがそれは艦娘対深海棲艦の時であって、深海棲艦同士が戦ったらどれだけ時間がかかるのかは分からない。もしかしたら数時間かかるかもしれない。軍艦同士ならどれだけ時間がかかっていたのだろう。きっと一日中戦うことだってあったのだろう。自分ならそんなに戦い続ける事はできない。でも軍艦同士なら艦娘が個人で戦うのではなく、多くの乗組員が一隻の軍艦を動かすのだから道理が違うのだろう。そんなことを暁はベッドの上で足をぶらぶらと揺らしながら考えていた。

 やまない砲撃音に時折挟叉弾が撃ち込まれているのか船が軽く揺れる。もうずっとこれが繰り返されているので、暁は心地よさすら感じていた。ちょっとした思い付きでベッドに寝っ転がるとその快感はより助長された。しばらくすると気が遠くなりそうな感覚を覚えた。暁はこの感覚が何なのかすぐには分からなかったが、直感で理解した。これが睡魔なのだと。まさか自分に睡魔が襲ってくる日が来るとは思わなかった。艦娘には睡眠欲というのがなかったので当然睡魔というのもなかった。うつらうつらとし、瞼は重く目を閉じさせようとしている。こんなにも抗いがたいものだったのか。かつて司令官が睡魔と戦いながら仕事をしている様子を見たことがあるが、なるほどこれはきつい。パッと意識を離したくなった。思えば自分に意識を離してはならない理由はなかった。そう思った暁は天井を見上げ襲い掛かる睡魔に身を任せ、目を閉じた。彼女が眠りに落ちる瞬間、影が彼女の前まで来たが果たして暁がそれに気づいたのかは分からなかった。

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