紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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私は弱い

 暁は真っ暗な空間にいた。床に立っている感覚がないので浮いているのだと推測できる。暁は少しの間この空間にいることを認識できなかったがハッとして自身の置かれている状況を理解した。同時に彼女の前に立つ人物にも気づいた。あの人形が彼女の前で同じように浮いていた。人形は何も言わず、ただ暁を見つめていた。暁が人形に話しかけようとすると、空間に響くうなり声を聞いた。まるで巨大な生き物の鳴き声のような声に彼女は驚き辺りを見回した。

「あなたの罪悪感の鳴き声だよ」

 暁が見回していると人形は彼女に向けてそう言った。暁は「罪悪感の?」と聞き返した。

「あなたの罪悪感はかなり成長している。私の助けなんていらなかった。むしろ邪魔者になってる。本当ならあなたに理性は残ってないはず」

「すぐに自殺してたってこと?」

「うん。でもあいつが余計なことをしたからあなたは理性を保ってしまっている」

 人形の言うあいつというのは二人目のことだろうと暁は推測した。

 人形は上を指さしていた。暁が上を見ると空間の隙間から光が漏れているように見えた。

「あれ?なにか光が漏れてるわね」

「あれはあなたの罪悪感があなたの中枢を握りつぶそうとしてるの。でもあいつが施したもののせいで握りつぶすことができない」

 罪悪感をまるで生き物のかのように話す彼女を受けて暁は少し上の漏れている光の周辺を注視してみた。光に照らされている部分をよく見ると少し動いているのが分かった。どうやら本当に生きているようだ。

「あれ生きてるのね」

「あなたが生んだ罪悪感は今までの間で巨大な怪物に成長した。奴はただひたすらに生んだあなたを殺すことを目的に生きてるの。あいつが居なくなった今ならすぐにそれはかなうはずだった。でもあれが現状。あいつが施したものを破壊しようと奴は躍起になってる」

「あれ割れちゃうの?」

「いずれは。時々軋んでるから力は入り続けてる。いずれは割れるはず。でもそれまでの過程であなたに苦痛が襲うかもしれない」

「具体的には?」

「絶望感が広がってくるはず。自分に失望して自責の念が強くなっていく。あれが割れればあなたは誰よりも強い意志で自殺を決行するはず。でもそれまでが一番苦痛だと思う。私は出来ればその過程を味わわせたくはなかった」

「いつ割れちゃうの?」

「分からない。あれがどれだけ硬いのか、奴の力がどれだけ強いのか私にはわからない。ただあれがいつかは絶対に割れるってことだけしかわからない」

「ふーん」

「……あまり気にしてない?」

「うん、なんとなく」

「そっか……じゃあいいんだ。気にしないで。多分もう会うことはないんじゃないかな」

「どうして?」

「私の力があなたに吸収されていってる。あいつにほとんどを吸われちゃったから今の私はあなたよりずっと弱い」

「そうなの。じゃあお別れしましょ」

「うん。さよなら」

「ばいばい」

 お互いに手を振る。最後に暁は初めて人形が笑みを浮かべるところを見た。

 

 目を覚ますと、外から何の音も聞こえなかった。体を起こすと何かが暁の体からずれ落ちた。手に取ってみるとそれは毛布だった。なぜ自分に毛布が掛けられているのか分からなかったが、ふと椅子に座る影を見てその理由を察した。前述したとおり、すでに音は聞こえない。きっと戦闘は終わったのだろう。影に一言お礼を言って暁は医務室を出た。

 廊下はあのバタバタした雰囲気すらなくひっそりとしていた。気配すらしない艦内から外に出ると、また静かな海が見えた。戦闘の様子はなく、駆逐艦の編成は戻っていて深海棲艦も駆逐艦の包囲の中で一緒に航行していた。

「おーい」 

 下から声が聞こえた。柵から身を乗り出して確認すると二人目が上を向いて暁に手を振っていた。暁は何のためらいもなく柵を乗り越え海に飛び降りる。二人目から少し離れたところに降りたがすぐに彼女が暁の元へ寄ってきた。

「無事?」

「おかげさまで。戦闘はもう終わったの?」

「うん三十分くらい前に。あなたが出てこないからちょっと心配したのよ?」

「ごめんなさい、寝てたわ」

「ね、寝てたって……あ、そうそう。私たちが襲われた原因だけど、多分予想がついたわ」

「原因?」

「多分だけど私たちがまだ艦娘だからだと思う」

「艦娘?でも深海棲艦なんでしょ」

「えっと、言い換えるとまだ完全に深海棲艦じゃないってこと」

 暁は依然良く分かってないようで首をかしげる。二人目はもう少し頭を捻ってからさらに詳しく説明した。

「だから、その……艦娘が深海棲艦になるのにはね一度沈まなきゃいけないの。沈むってことは艤装は機能してないから艦娘はただの人間と変わらなくなるわよね。だから溺死するの。死体になった体に怨念が入って、それで姿を変えて深海棲艦になるの。つまり、私たちは死んでないから怨念が入っても艦娘の魂が混じってるの。だからあいつらは私たちを艦娘と勘違いして襲ってくるってわけ。分かった?」

「……うん」

「怪しいわね。本当にわかった?」

「私は艦娘と深海棲艦のハーフなのね」

「うん、まあ、そうね。私たちはハーフって言ったら、そうなのかも」

「でも、ル級とかあなたが呼んだ深海棲艦は襲ってこないのね」

「それはそもそも私が呼んだんだから。理屈の話をすると、私たちは一応深海棲艦だからノーマル艦ならそこだけを見て私たちを仲間だとみるの。エリート以上とか姫級だと私たちの艦娘の部分を見分けちゃうから敵だと認識するの」

「ふーん」

 暁は深海棲艦を一瞥してふと二人目に尋ねてみた。

「空母は?人形は空母も呼んでたけど」

「呼んでも来なかったのよ。戦艦が精いっぱい、潜水艦も呼べなかった。多分まだ私が人形から奪った力を使いこなせてないんだと思う。もっと時間が経てばこの体にも馴染むはずだから、いずれは姫級も使役して見せるわ」

 二人目は目をキラキラさせて言った。暁はあまり興味がなさそうだった。

 

 暁は駆逐艦の寝室の中で寝ていた。海の上で走るのに飽きた。最初はとても新鮮だったが、感触は艦娘の時と一緒だったのでそれはすぐに失せた。足を自由に動かせるのは楽しいがその分疲れたりする。艦娘の艤装と深海棲艦のように自身の力で走るのとはちょっと感覚が違う。まだ慣れてないのかしばらく走ると疲れてしまうのだ。それに深海棲艦の艦隊がたびたび襲ってくる。そのたびに避難するように言われるのでいちいち動くのも面倒だった。それなら最初から駆逐艦に居ればいい。

 一度暇だったので戦闘に参加しようとしたら彼女に激しく止められてしまった。

「あなたの戦闘能力は全部私譲りだったの。私が独立した今あなたはただの雑魚よ」

 そう言って駆逐艦に押し込まれてしまった。雑魚なら雑魚で深海棲艦に沈められてしまうのだからそれでもいいとは思ったがそれこそ彼女に本気で止められそうだった。

 正直言うと自分が雑魚になったという感覚がない。別に今までの動きは覚えているから、動こうと思えば動ける気がする。ああでも目覚めた時に艤装をすべて外されてしまったから丸腰だし、雑魚と言えば雑魚なのかもしれない。彼女はそういう意味で言ったのかもしれない。

 外から砲撃の音が聞こえる。今日もまた戦闘が始まったらしい。かれこれ数日は駆逐艦に籠っている気がするが、すっかり感覚が壊れてしまった。夜をいくつか越したのは知っている。前に一度暇すぎて外に出た時に夜だったので、確実に一日は経っているのだ。あとどれくらいで目的地のつくのか分からない。初日から日付を数え損ねてしまった。深海棲艦だから恨みや妬みなんかの感情を感じ取れるのかと思ったがそういう訳では無いようで、あの三人に近づいているという感覚がない。確実に近づいて入るはずなのだが。

「……暇だなー」

 ここには本当に娯楽がない。やることがなさすぎる。寝るか散歩しかやることがない。食事しかやることがない。艦娘の時でも艤装をつけてるときは食事は必要なかったが深海棲艦になって完全に必要なくなってしまったらしい。腹も好かなければ食欲もない。玩具の一つでもあればよかったのに、残念ながら二人目はそのことを理解してくれなかったし、言っても聞いてもらえなかった。「すぐだから」って言って無視されてしまう。深海棲艦は娯楽を必要としないのかもしれない。前に言われたが自分は艦娘と深海棲艦のハーフらしいから、まだ艦娘の時の心が残っているのだろう。時間が経てば彼女は馴染むと言っていた。自分も時間が経てばもっと深海棲艦になじめるのだろうか。そうすれば暇とか感じなくなるのかもしれない。

「いった……」

 暁はふと胸に痛みを覚えた。なだめるように痛んだあたりをさする。最近不定期だが胸が痛むようになった。原因は何となくわかる。夢で見た通り罪悪感が自分の中枢を壊そうとしてるのだ。最後の壁を破ろうと締め続けている。人形が言っていた苦痛とはこういうことか。精神的なものかと思ったが物理的な苦痛もあるのはちょっと嫌だった。人形は絶望感が広がるとしか言ってなかったような気がするが。壊れる寸前になったら耐え難い痛みとか出てくるんじゃなかろうか。苦痛に悶える自分を少し想像してしまった。しかし、そうなってもおかしくない大罪を犯したわけだから妥当だろうか。

 暇すぎるので外に出ようと思った。一度大きく背伸びをしてから足を上に上げ戻す勢いのまま上半身を起こす。しばらくずっと寝っ転がっていたので倦怠感があったが、無理やり体を動かす。廊下に出てから、外を目指した。

 外に出ると昼間だったらしく日差しが彼女を照らした。あまりのまぶしさに軽く頭痛を起こした。顔をしかめ、手で日差しを防ぐ。

「あら、出てきたの?」

 二人目がいち早く彼女に気づき、声をかけた。

「暇だったから。あとどれくらいで着くの」

「もうすぐよ。明日の夜にはつくと思うわ」

「結構近くまで来たのね」

 そう言って暁は甲板から飛び降りた。数日外に出ていなかったせいか、足が少し思うように動かず着水した瞬間にふらついた。

「っとと」

 久々に海面に降り立った。海のしぶきが顔にかかるが冷たくて気持ちがいい。今日はとても晴れているので熱い。水しぶきはちょうどよかったかもしれない。

 そのまましばらく海面を走っていた。太平洋とフィリピン海の境目辺りで、所々小さな島も見えた。島を遠目に観察していたところ、ある島の上空に黒い点がいくつか見えた。見えているのは暁のみのようで二人目は気づいていない。暁はそれを鳥だろうと思って無視した。だがもう少しして何かのエンジン音が聞こえてきた。もと艦娘だった彼女はすぐにそれが航空機だと分かった。二人目もさすがに気づいたらしくすぐに辺りを見回し、航空機を見つけた。丁度暁がさっき鳥だと思って無視した方向だった。近づいてきた航空機は一機のみでおそらく偵察機だとかそういうものだろう。水上機の形をしているので艦娘のものだ。二人目はすぐに撃墜命令を出す。駆逐艦や深海棲艦が一斉に対空砲火を開始した。

「いつの間にこんな」

「電探とかで気づかなかったの?」

「最初はつけてたけど、反応ありまくりでそのたびに報告されてたからうるさくて切ったの」

「ふーん」

「とうとう艦娘に気づかれたわね。早く避難して。艦娘は深海棲艦よりも厄介よ」

「はーい」

 暁は渋々近くの駆逐艦に乗ろうとした、その瞬間一つの砲弾が彼女と駆逐艦の間に飛び込んできた。とっさのことに思わず彼女はその場にへたり込み、波紋が残る海面を見つめていた。

「だ、大丈夫!?」

 すかさず二人目が暁に駆け寄る。暁はぎこちなく首を縦に振り無事を伝えた。二人目は暁を断たせようとするが腰が抜けてしまったのか暁は全く立とうとしない。仕方なく暁の手を引いて無理やり引きずって深海棲艦の群れに紛れさせた。最悪奴らには肉壁になってもらう。

 彼女は電探による索敵を再開した。最初に水上機を見つけた場所に指向したところすぐに反応があった。指向した場所には島があり、島を超えた砲撃であることは明らかだった。

「観測射撃ね、こっちもお返しよ!」

 航空機がないので観測射撃はできないが電探である程度場所を絞って砲撃ができる。相手に空母はいないのか依然水上機以外に艦載機は飛んできていない。電探によれば距離はおそよ十万、この距離だとおそらく撃ってきた相手は戦艦だろう。軍艦の駆逐艦なら十分届く距離だ。すぐさま彼女は砲撃命令を出す。ついでにこちらの戦艦にも同じ命令を出した。

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