戦闘の中心が島から外れるとともに、相手の艦娘らしき影が見えてきた。しかし、それは豆粒よりも小さく、そこにいると意識して初めてそこにいるような気がする程度の大きさだった。
すでに水上機は撃ち落としたので観測射撃はできないはずだが、先ほどまでの短い時間で感覚をつかんだのか夾叉弾が続いた。相手はそこそこの熟練度があるようだ。こちらはいくら撃っても夾叉すらしていないように見える。あまりにも分からないので仕方なく彼女は駆逐艦の上に乗って双眼鏡を除いた。双眼鏡を使ってもあまりよく見えないがそれでもマシというものだ。大体どれだけずれているのかはわかる。肉眼では前後にどれだけずれているか分からなかったが双眼鏡でかろうじて分かった。駆逐艦と深海棲艦の砲撃の違いは水柱の大きさで分かった。深海棲艦の砲撃は艦娘よりも手前に落ちているし、駆逐艦の砲撃は奥に落ちてしまっている。彼女はそれぞれそのずれを閉じていくように詳しく場所を指示した。
艦娘はこちらの砲撃の散布が小さくなっていくのを理解すると、逆に散会した。一点に集中するようになった砲撃では散会した相手には全く当たらない。攻撃の時点でかなりの熟練度だとは思ったがこれほどとは思わなかった。
ふと深海棲艦の群れを見ると、そこかしこから黒煙が上がり数が減っている気がした。こちらが全く攻撃を当てられていない間に向こうはいくつか命中させていたらしい。幸い暁がいるあたりに被弾した様子はまだない。しかし、当てられている以上いつ被弾してしまうかわからない。むやみに戦闘を長引かせるよりさっさと終わらせるべきだ。みれば相手から何隻か肉薄している。彼女は艤装を展開させた。数日前より深海棲艦化が進んでいるようで深海棲艦特有の謎の生物らしきものがよりたくさんくっついている。主砲は横に肥大化し、より右側にずれていた。砲塔は中でも一番大きな頭がくっついており口を開けると、そこから二つの砲口が見えた。そして彼女は右手に錨を持つが、それは錨というと少し違和感があった。それは錨に黒い鉄のようなものがツタのように巻き付き、小さな顔の集合体が錨の底の片側に多く集まり錨というよりも、異様なバランスの鎌と言った方がいいだろう。
彼女は艦橋から直接海上に飛び降り、勢いそのまま駆けだした。先に接敵するのは同じく艦隊から抜けた数隻の艦娘。距離十万から出発していつ接敵するのか計算していなかったが、まあまあ時間はかかるはずだ。
彼女は接敵するまでの間に無意識に考え事をした。考え事と言ってもどうやって相手を殺すかである。相手はまずどうするだろう。主砲を撃つだろうか、それとも魚雷を撃ってくるだろうか。駆逐艦だろうか、それとも軽巡か重巡だろうか。戦艦ではないはずだ。
彼女から少し離れたところに砲弾が着弾した。彼女が近づいて来ていることに気づいたらしいが、初弾でここまで近いところに撃ってきたなら、撃ったのはおそらく分離した艦娘の方だろう。なら相手はまず主砲を撃ってきたことになる。じゃあどうするのか。結局のところ魚雷を撃ってこようが主砲を撃ってこようがやることは変わらない。もし魚雷を撃ってきたならそれをジャンプで躱すという動作が加わっただけだ。攻撃をよけてこの錨を振り下ろす。それだけだ。
着弾箇所はだんだん彼女に近くなっていった。それに比例して相手の姿もだんだん見えてきた。どうやら駆逐艦らしい。姿を見るに陽炎型だろう。彼女たちの艤装は魚雷発射管が見えやすいのでこちらから撃ったかどうかが見えやすい。しかし依然距離は遠く魚雷が見えることもない。そもそも見える距離まで近づいたとしてそこまで近づいたなら確認する意味もなかった。ならば、撃ったと仮定しよう。陽炎型であるならば魚雷は酸素魚雷か。見てから避けるのは難しい。少し横にずれておこうとしたが夾叉が飛んできたので動くことができず、逆によけようと思ったがまた夾叉で封じられた。どうやら道を制限されてしまったらしい。やけにやみくもに撃っているような気がしたが、これが狙いだったか。なら魚雷は撃ったのだろう。彼女は前方に集中する。魚雷と彼女は互いに近づいているため実質的な速度はかなり速い。避けられる猶予は刹那よりも短いかもしれない。加えて左右だけでなく前後にも夾叉が発生している。こんな状況ではいくら彼女と言えども集中しきれない。
「やばっ!」
結果、彼女は自身の目の前で水中を泳ぐ魚雷を発見しジャンプしようとしたものの当然間に合うはずもなく正面から魚雷に被弾した。
ここまでとは思わなかった。ずっと予想を覆されてばかりだ。実に気分が悪い。
魚雷に被弾してしまったせいで彼女の足は破壊された。幸い直前までジャンプしようと片足を上げていたおかげで右足は無事だった。しかし片足で立ち上がることはできず、うつぶせに倒れたまましばらく慣性で前に進み続けた。
艦娘が近づいて来ているのか少しずつ話し声が聞こえてきた。
「やった?」
「いえ、まだ沈み始めていませんから生きてますね」
「でも、倒れたままだし中破以上は確実よね」
「恐らく」
やってきたのは二人らしい。うち片方がすぐ隣まで近づいてきたのが分かった。
「そんなに近づくと危ないですよ」
「大丈夫、ちゃんと気を付けるから……うーん、やっぱりあの娘だよね」
「暁、ですか」
「多分。艤装が深海棲艦っぽいけど外見はそのまんま」
「では、報告した方がよさそうですね。丁度、向こうでも砲撃がやんだようです。浜風、お願いできますか」
「了解です」
三人だったか。二人なら奇襲で隣は確実、もう一人は隣の奴を盾にすれば行けると思ったが三人はさすがに難しい。さてどうする、都合よく油断してくれる時が……ああ、いい案を思いついた。もし艦娘が思い通りに動いてくれるならとてもいい案だ。そうでなくてもこの状況から逃げることは可能だ。どっちみち片足が破壊されている今の体では艦娘をすべて屠るなど不可能。海において深海棲艦が持久戦で負けることはない。
彼女は少しずつ潜航を始めた。もちろんうつぶせに倒れたままで。この行動に相手はどう出てくるだろうか。反応しきれずに、もしくは安全を考慮して放置した場合はそのまま逃げよう。だが、もし沈みゆくこの体を止めようものならば……
「あ、沈んじゃう!」
「かかった」
「え……」
沈むのを止めようとしたのか右腕を伸ばした。腕が彼女に触れたのを感じ取った瞬間、彼女はその腕をつかみ自身の近くに引き寄せた。当然相手は何もできずなすがままに彼女に引き寄せられた。
「陽炎!」
もう一人の艦娘がとっさに奪い返そうとするが、手が届く距離ではない。沈むのは比較的ゆっくりだったので艦娘に抵抗の時間を与えた。彼女につかまれた艦娘はその拘束を振りほどこうと抵抗するも、到底駆逐艦とは思えない力で腕をつかまれている。もう一人と報告をしていた艦娘は、二人目を攻撃しようと主砲を構えた。しかし同士討ちを避けたいがためにその後ろに張り付いている彼女を攻撃することができなかった。せめてもの威嚇か、彼女のそばに主砲を撃ったがそんなもので彼女が腕を離すことはなく、そのまま海に沈んでいった。
彼女が完全に水中にもぐったとしても人質に取った艦娘の艤装は本来の機能を発揮し、水中に浮かぼうと足を水面に引っ張っている。だがその力よりも彼女の沈降の方が勝った。
海中に潜ってから艦娘がなにか攻撃することはなかった。爆雷ぐらい落としてくるかと思ったが、同士討ちは御免らしい。海中に引きずり込まれた艦娘は息苦しさにもがいていた。せめて一人は持っていく。苦しませる趣味はないのでさっさと楽にしてあげよう。片腕で組みついたまま鎌と化した錨を胸に突き刺す。急所を貫かれた艦娘は数度跳ねて脱力した。浮き上がろうとしていた足も徐々に沈んだ。艤装が機能を停止させたのでこの艦娘の死亡が確認できた。彼女は錨を抜き、艦娘から手を離した。胸からは墨のように血が漂い出した。重りになった艤装のおかげで体は真っ直ぐに沈みやがて見えなくなった。
このまま浮上してもどうにもならないので一度艦隊と合流することにした。今回の戦いで自分の未熟さを知った。正直艦娘時代のこともあって戦闘には自信があったが、一人だと艦娘数人にすら勝てなかった。殺す気の艦娘は強い。今後は実力が前後するもののああいう連中を相手にするのだ。この体に人形の力がもっと定着するのを待つしかないだろうか、それともまだ自身で実力を上げられるだろうか。彼女はそう考えながら艦隊に合流しに戻った。
怖い、恐ろしい、言葉はいくらでも思いつが、つまり恐怖の感情が暁に付き纏っていた。たかが砲弾が目の前に着弾した程度、今までそんなことはザラにあった。被弾したこともあった。今更その程度で動けなくなるはずがない。しかし、今の自分はその程度のことで完全に怯え切っていた。隣にいるル級が頼もしかった。誰だっていいから自分のそばにいてくれるのが嬉しかった。
暁は震えていた。ル級の足にしがみつき水面を凝視していた。砲弾が着弾するたびに足を握る腕に力が入り目をギュッと閉じた。本当に恐ろしい時は悲鳴をあげる余裕もないのだと知った。同時に矛盾に気づいた。私は死を望んでいた。さっきの出来事は自身の願いを叶えるのに一番近かった事象だ。なぜ私は恐怖している。しかし考えることができない。怖いからだ。今は一刻もこの状況から抜け出したい。暁は小動物のように震えて戦闘が終わるのを待っていた。
ふと、暁はピシッという音を聞いた。辺りは砲弾の着弾音で全く音が聞こえないのにその音だけはやけにはっきりと聞こえて非常に違和感があった。しかし暁はそのことに気づかなかった。というよりは気づく余裕がなかった。なぜなら直後に胸に激痛が走ったからだ。
「あ、が、う……」
声が出ない、呼吸すらままならない。服の胸部分を強く掴み痛みに耐えようとする。しかし、願いは届かず益々痛みは酷くなる。すると今度は何か得体のしれないものが体中に広がる感覚があった。時間が立つに連れ痛みは引いていく。それと同時に恐怖も薄れていった。
ようやく落ち着いたので立ち上がると、既に戦闘は終わっていた。駆逐艦には被害がなさそうだが、深海棲艦の群れにはいくつか穴が空いていた。暁から少し離れたところで二人目が水中から浮かんできた
「ふう……あ、暁、落ち着いたの?」
「うん。あなたは、足がないのね」
「ふん、吹き飛ばされたのよ」
暁はじっと彼女を見つめた。暁の視線に気づいた彼女は顔をムッとさせて言った。
「何、なんか文句あるの」
「いや別に……」
「だって仕方ないでしょ。思えば艦娘と本気で殺し合うなんて初めてだったし、まさ手練れの駆逐艦三人があれだけ強いなんて思いもしなかったわ。あれが深海棲艦だったら余裕だったのに……あー悔しい!せっかく深海棲艦になったんだからもっと理不尽に勝ちたいわ。あ、安心して。一人は殺ったわ」
「私何も言ってないのだけど」
「あ、思い出した。潜航するわよ」
「どうして?」
「今の私たちが艦娘と接敵したら全滅するかもしれないからよ。それにもしまた深海棲艦の艦隊から攻撃を仕掛けられたとしてそこを艦娘に見つかったらそれこそ全滅しちゃうから」
「ふーん」
彼女は全体に潜航するよう命令を下した。直ちに深海棲艦を始め、駆逐艦も沈み出した。ひと足先に二人も海に潜り駆逐艦が沈み切るのを待った。やがて駆逐艦も沈み切ると彼女は中に入るように言った。
「え、扉開けたら中水浸しになっちゃう」
「大丈夫、そこは都合よくできてるから」
「都合よくって何」
「いいからいいから」
暁は彼女のいうままに恐る恐る扉を開けた。開けた瞬間に中に大量の海水が入っていくのを覚悟したが実際にそうなることはなかった。扉を境にして水は留まり、中に入ると海水はまるで壁のように扉の向こうにあった。
「ね?」
「本当に都合のいい」
「でも都合がいいのはこれくらいだから、安全を優先してこのまま潜航して行くわ。当然水中だし速度は遅くなるのよね」
「まあそれは仕方ないでしょうね」
「もう一日ぐらい伸びるかもしれないわ」
「分かったわ」
「なんとか到着するまでにせめて空母は呼び出せるように頑張るわ!」
「それはまあ、頑張って」
安全には安全を重ねて、彼女達は海底付近を航行し出した。彼女達はまたゆっくりと旅路を再開した。