その声はすぐ近くから聞こえた気がした。暁が右を向くと響が血まみれで立っていた。きっとそれは暁の主砲が命中した時の姿だ。ドスの効いた声の割にその顔は怒っているでも笑っているでもなく無表情だった。
「妹に向けて撃つとか単なる誤射より酷いと思わないかい」
「ち、違うの。わざとじゃなくて……」
「雷に驚いたんだって言いたいのかい。もっと酷いじゃないか。暁、君は自称レディーなんだろう?百歩譲って驚くまではいいけど、派手に驚いたんじゃ艦娘としても失格だと思うよ」
「あんなに波が荒れてたら魚雷の進路が狂うとか思わなかった?」
「暁ちゃんは旗艦なのですから、少なくともそれを考えられるはずの脳はあったはずなのです」
次に響とは逆方向から雷と電の声が聞こえた。振り向くと二人も無表情で、しかしその姿は響よりも痛々しいものだった。それぞれ左右の足が一本ずつ千切れており、断面から血を流しながら不自然に真っすぐ立っていた。
「それは……」
暁は言い訳を言おうとしたが何も言葉が出なかった。
「響には言い訳が言えたのに私たちには何も言えないの?」
「それとも本当に私たちを沈めるつもりで魚雷を撃ったのですか?」
「ち、違うわ!そんなわけない!」
「じゃあ何で逃げなかったんだい。嵐の中で戦闘するなんて無茶がすぎると思わないかい」
「もしかして物資を捨てて怒られるのが嫌だった?」
「暁ちゃんは私たちの命より自分が怒られないことを優先したのですね」
「ち、違う。そんなこと……」
「じゃあ、何か別の理由があったのですか?」
「それは……」
「暁、私たちは知りたいんだ。どうして暁があんな行動をしたのか。怒っているわけじゃない。だから正直に言ってくれないか」
「……私は、し、司令官みに怒られたくなかったから、深海棲艦を倒そうと、したの」
「残念だよ。暁が、自分の姉がそんな奴だったなんて。失望した」
「そ、そんな許してくれるんじゃ」
「響がいつ許すって言ったの?響はただ理由を正直に言って欲しいっていただけよ。それで私たちが許すのかはまた別よ」
「そもそも暁ちゃんは私たちを死地に追いやりましたし、誤射で私たちを沈めているのです。これは揺るぎない事実なのですよ」
「ご、ごめんなさい」
暁は俯き涙を流しながら謝罪した。響はその様子を見て深くため息をつく。暁は響のため息にビクッと体を震わせた。
「泣いて謝るしか能がないのかい。泣いて謝れば全部許されると思った?」
「い、いや、そんなことは、ない、です」
「じゃあ何をすれば許してもらえると思う?」
「そ、それは……」
「それは?」
「私も、し、死んでしまえば……」
「死んでしまえば?今死んでしまえばって言った?」
「は、はい」
「なんで仕方ないみたいな感じで言うの。私たちはあなたに仕方なく殺されたの」
雷が暁に詰め寄ってくる。暁は慌てて言い直した。
「わ、私が、私が死んでお詫びをすれば……!」
「うん、そうだね。ちゃんと言えたじゃないか。私たちは暁に殺されたから、暁も私たちに殺されればつり合いが取れるね」
「私たちは優しいのでそれで許してあげるのです」
「ありがとう、ございます」
「待っていればいいよ。そのうち君を殺しに行くからさ」
暁は俯いたまま小さくはい、と返事をした。
球体になってからどれくらい時間が経っただろうか。多分十分ぐらいだ。何回かあの球体を割ろうと試したがどれも無駄に終わった。刺してもぶよぶよして刺さりやしないし、まして叩いて割れるものでもない。主砲で撃ってみたが傷一つつかなかった。駆逐艦の主砲は怖くて試せていない。多分傷がつかないだろうが、もしかしたら中の暁ごと吹き飛ばしてしまうかもと思ってできなかった。仕方なく彼女は駆逐艦の艦首に腰かけて球体を見つめていた。綺麗な球体だった。色は本当に黒くて何も反射しない。黒すぎてただの丸だと思ってしまう。
ぼーっと見つめていると、球体の底から少し黒いものが流れ出ているような気がした。さらに球体も少しゆがんでいるように見えた。もしかしたら球体が崩れ始めているのかもしれない。ようやく訪れた変化に彼女は再び球体の近くに寄ってきた。恐る恐る触れると十分前のぶよぶよした感触ではなく、泥のような感触で触れたてもどろりと中に入っていった。引き抜くと手には黒い物体がへばりついており、彼女はいやそうな顔をしながら手を振ってそれを剥がした。
球体は見る見るうちに溶けていき、数分後には暁も中から出てきた。取り込まれたときと同じ姿勢で彼女は出てきた。二人目がまだ溶け切らない泥をかき分けて彼女の正面にやってくると、丁度艤装も泥から出てくるところだった。だが、艤装からすべて剥がれ落ちるはずの泥は一定量が残り、それはだんだん人の形を成してきた。二人目はそれに嫌な感覚を覚え、少し急いで暁をその場から離した。
暁を少し離したところでもう一度振り返ると、いつの間にかすっかり泥は人の形を成しており、さらには服まで着ていた。それは自分と同じ暁型の制服、そして人型の正体を現すかのように人型には髪が生えていた。色と髪型でわかる、間違いなくあれはあの三人だ。
暁が全く目覚める気配がないのに三体はすでに立ちあがろうとしている。彼女たちが一体何をしようというのか、二人目は静かに見つめていた。三体は立ち上がると軽く辺りを見回して、すぐに暁の方へ体を向けた。そして主砲を構えた。
二人目は慌てて暁を庇った。
「ったぁ……」
背中の艤装を盾にしたが、それを突き抜けて痛みが彼女に走る。艦娘の駆逐艦の威力ではないことがすぐにわかった。尚も三体は攻撃をしてくる。かろうじて呼び出した深海棲艦を盾にして駆逐艦の背後まで暁を引きずった。艦尾から乗艦しようとしたが痛みのせいで暁を持ったまま乗ることができなかった。仕方なくカッターを下ろして暁を乗せるがその途中で三体の内の一体が突破してきた。髪型から響だとわかる。主砲を撃とうとしたので彼女は錨を持って白兵戦を挑んだ。そいつに顔はなかったので表情は分からなかったが、体の動きで明らかにギョッとしたのが分かった。近接武器を持っていないのか響は後ろへ跳躍した。
暁を乗せた駆逐艦は他の三隻と一緒に海上へと浮上する。それを追ってか響は彼女を無視して駆逐艦を追おうとした。
「待ちなさいよ!」
当然それを見逃すことはない。主砲で牽制するとようやく響は彼女を敵と認めたのか彼女に砲口を向けた。
駆逐艦が海底から離れたため、伴って大量を砂埃が巻き上がり目眩しになった。彼女はそれを利用して響に近づいた。響は砂埃で彼女の姿を見失ったのかキョロキョロとしている。そして背後に回り込み首を刎ねようとした。しかし錨を振った瞬間に響に気づかれ惜しくも首を刎ねることはできなかった。だが多少の手応えを感じた。響は再び彼女から距離を取るが首を抑え、そこからは血の代わりのように黒い水が流れていた。
「深手ね。あなたが生き物なら何もしなくても死ぬでしょ。まあ生き物でも普通の生き物とは…!?」
背後から殺気を感じたので振り返りながら咄嗟に避けるとすぐ目の前を何かが掠った。それは錨で、彼女にように鎌のようにはなっていなかった。持ち主は雷だった。近くには電も立っている。深海棲艦はすでに全員死んでいた。
「一対三は部が悪いわね……」
この三体の戦闘力は並の艦娘よりよっぽど高い。一人一人ならそこまで脅威ではないが、三人まとめて相手するとなると、戦況はひっくり返されるだろう。この場から逃げることを選択した。海面に上がれば駆逐艦がいる。彼女たちを入れてようやく戦力が有利になるだろう。
彼女は地面に砲撃をかまし再び砂埃を上げた。響たちが怯んでいるうちに彼女は急いで上に上がった。目眩しによる時間稼ぎは効果が薄かった。彼女が浮上し始めてすぐに三体も追ってきた。海面に向けて浮上している間にも下から砲弾が襲ってくる。彼女はそれを避けながら海面を目指した。
やがてすでに浮上した駆逐艦の艦底と共に海面が見えてきた。海から顔を出すと時刻は夜で一面の星空と共に満月が昇っていて海底よりも随分と明るかった。彼女から少し離れたところに三体も浮上した。相変わらず顔のパーツが一切ないため表情が全くわからない。
互いに静寂が訪れる。しかしそれはすぐに破られた。まず動いたのは二人目だった。錨で突撃し、短期決戦に挑んだ。彼女のターゲットは同じ近接武器を持った雷だ。彼女は雷に猛然と攻撃を繰り返す。雷は彼女の攻撃を防いでいるが、防ぐことで精一杯で攻撃に転ずることができない。残された響と電は雷を援護しようとする。だが当然二人目はそれを想定している。二人による援護を妨害するため彼女は駆逐艦に二人への攻撃を命じた。四隻の駆逐艦による全力攻撃が二人に襲いかかる。主砲はもちろん機銃までもが火を吹いている。その苛烈さに全く手を出せなかっただろう。加えてこれも彼女が支持したことだが、だんだんと雷から距離をあけられている。こうすることで一対一を生み出した。この状況が彼女の勝機を一番高めてくれる。
尚も攻撃は続き、だんだん雷も防御が雑になっていった。そしてついに彼女の錨が雷の体制を大きく崩しチャンスを引き寄せた。雷は両腕が上に弾かれすぐには戻せない。彼女はここぞとばかりに雷に錨を突き立てた。錨は簡単に体を突き抜け貫通した。彼女が錨を抜くと貫いた穴から黒い水が溢れ出し、雷は声も出さずに倒れた。
次に彼女は電をターゲットにした。電も同じく錨を担いでおり、姉と同じように近接攻撃を行うと思ったからだ。雷を殺った場面を見た電は分かりやすく激昂した。駆逐艦の攻撃を強引に抜けて彼女へ攻撃を仕掛けた。やはり雷と同じように錨を用いるが姉よりもよっぽど稚拙で、対処しやすかった。結果的に雷より楽に殺れた。二人とも声を出さずに死んでいくが、それはやっぱり口がないからだろうか、そう考えれるだけの余裕が出てきた。
意外にも三体の中で一番厄介なのは雷だった。あとの二人はその下位互換、いや響は後衛だった。残った響もさくっと殺害した。転がる三体の死体は沈まない。深海棲艦とは違うのだろうか。だが調べる暇ない。暁の様子が気になる。乗艦して暁がいるはずのカッターを覗く。暁はまだ意識を戻していなかった。彼女は暁を担いで艦内のいつも暁が寝ている部屋まで運んだ。
しばらく見ていると、暁が目を覚ました。そしてすぐに起き上がると彼女に何の言葉もかけずに部屋から飛び出した。彼女が困惑しながら追いかけると、暁は外に出て艦首に立っていた。
「だ、大丈夫?」
彼女が声をかけるが暁は何も反応しない。じっと海上を見つめている。何かあるのかと同じところを見ると彼女はギョッとした。殺害したはずのあの三体が立っていたからだ。しかしその容貌は大きく変化していた。何もなかった顔には丸い簡素な目とこれまた簡素な三つのギザギザがついた口、手は肘から先が肥大化し先に三つの爪がついていた。足は獣のような関節がついている。服と髪の毛はそのままなので誰が誰なのかは見分けがついた。
「あ、あれは一体……」
今まで見たことがない姿の生き物だった。深海棲艦でもあんな姿をしたものはいない。
「わ……を」
隣からか細い声が聞こえた。暁が何かを言っている。彼女は暁が何を言っているのか聞き取ろうと耳を澄ました。
「私を、私を殺して、どうか私を殺して、許して、許して!」
最後にそう叫んだ暁は頭を抱えて泣き叫んだ。その声に海上の三体が気づくと三体全員が一直線にこちらに向かって走ってきた。彼女はすぐに暁を担いで艦内に放り込んだ。すぐに艦首から音がした。見ればあの三体が甲板に上がっている。まさか海上から飛び上がったのか。三体はいずれも奇妙な呻き声をあげている。そしてこちらに向かって一斉に突撃してきた。彼女は迎撃の体制をとる。錨を持って三体の攻撃を受け止めようとした。しかし彼女の錨にかかったのは一体のみでそれも受け止められてしまった。他の二体は彼女に目もくれず、艦内に入るドアを目指した。
「そっち!?」
無理矢理にでも暁を殺るつもりだ。今はそんな無謀なやり方が一番困る。彼女は持っていた錨を押し付けるように手放すと、艦内を目指す二体のうちの一体に飛び蹴りをした。二体は隣り合っていたので一緒に崩れ落ちた。何とか押し入られるのを防いだが、彼女一人で相手をするのは非常に困難だった。そこで彼女はとっておきの存在を呼び出すことにした。数日間で彼女も人形の力をかなり使いこなせるようになった。今から呼び出そうとするのは人形も呼び出していなかった奴だがやってみなくてはわからない。彼女が呼び出すのはノーマル艦ではおそらく最強の存在、レ級だ。