シャッターが下りていくとともに光も押し出され闇が入り込む。完全にしまってしまえば光の入るところないこの空間は完全な闇に覆われる。音もほとんど聞こえない。比較的薄いシャッターからほんの少しだけ司令官が確認をする声が聞こえる。だがそれもすぐに去ってしまい、人の居ないこの町からは静寂がやってくる。彼女は座り込み微動だにしない。これから一週間彼女は何もできない。艤装のせいで彼女は空腹を感じなければ疲労も感じない。眠気すら感じないので眠ることもできない。
視覚が遮断された今、彼女は必然的に聴覚で周りを探ろうとする。何も聞こえない。そう感じているうちにほんのわずかに何か聞こえてきた。波の音だ。彼女はその波の音に神経を集中させる。やがて波の音はだんだん大きくなり、彼女のすぐそばに、そして彼女の周りを覆った。何も見えない。何も見えないがきっと今自分は海の上にいるのだろうと、そう思った。月も隠れてしまって何も照らすものがない海の上、遠くに三人の人影が見えるような気がした。
「響、雷、電」
暁はその三人の人影が自分の妹だと、そう思った。彼女は呼びかけながら更に近づいていく。しかし、いくら近づいてもその距離が縮まらない。こんなにも前に進もうとしているのに、どうしても近づけない。もしかしたら自分が近づいた分だけ三人もまた彼女から離れているのかもしれない。
「ねえ、待って。行かないで」
「ちょっと、そっちは壁よ」
突然どこからか声がした。暁はその声に驚き足を止めた。周りを見ても当然何も見えない。
「だ、だれ…?」
「私よ、暁よ」
「またあなたなの」
彼女はいつも暁が一人の時に出てくるもう一人の暁だった。数年の付き合いになるが未だにその姿を見たことはない。決まって暗いときに出てくるのだ。
「壁にぶつかったら痛いでしょ」
「何を言ってるの。あっちに響たちがいるのよ」
「そんなわけないわ。ここにはあなたしかいないもの」
「嘘言わないで」
「嘘じゃないわ。あなた入る前に見たでしょう。ここに誰もいないのを」
「入る?ここは海よ。入るなんて言葉おかしいわ」
「冗談やめてよ。ここは建物の中なのよ。海じゃないわ」
「そっちこそ。だってほら波の音が聞こえるじゃない」
「それは外の音なのよ?あと響たちはもういないじゃない」
「…もういない?どういうこと」
「現実は見ないとだめなのよ。前に沈んだでしょう?ほらあなたが撃った砲弾と魚雷がたまたま当たっちゃって」
「沈んだ…私が撃ったから…私のせいで…あ、あぁ…」
暁はもう一人の自分が言った言葉であの日のことを思い出し、うずくまった。彼女がいたはずの海はその硬い感触と反響する音によってコンクリートの倉庫に戻ってしまった。
「あ、ご、ごめんなさい。あなたにつらいことを思い出してほしかったわけじゃないの。ご、ごめんね」
「私が…私が沈めたぁ」
うずくまり泣く暁の頭を誰かが撫でた。しかし、依然として暁のパニックは収まらない。忌避していた記憶が暁の頭を占拠していく。もはや記憶を追い出すことはできず、暁はあの時の光景をまじまじと見せつけられる。
「ああああ……ああぁぁあああぁぁぁああああ!」
フラッシュバックする記憶に暁は声で対抗するが内に広がるものに外へ出ていくものでは到底かなわない。目には目を歯には歯を、内に広がるものには内の対抗を。暁は本来艦娘ができるはずのない自身の意識を途切れさせることで記憶の広がりを抑えた。
「大丈夫?あれ、ちょっと。ねえってば」
突然倒れた暁に声は慌てる。声をかけるが暁は反応しない。仕方なく彼女は自身の体を起こした。
「悪いことしちゃったわ。起きたら謝らないと…」
一先ずは暁の意識が戻るまで、彼女のこの体を守る必要がある。何もないこの部屋でそんな必要はないが、だとしてもコンクリートの床に寝っ転がったままでは体を痛めてしまうだろう。手探りで壁まで歩くと背中を預ける形で座り込んだ。ずれ落ちない体制であることを確認し彼女は暁が目覚めるのを待った。
「新入りの恒例行事をやるぞ」
夕立と睦月の入渠が終わって家に戻ってきたころ、二階から降りてきた司令官がそういった。
「にゃし、暁ちゃんが言ってた歓迎会にゃし」
「歓迎会?歓迎会と言えば歓迎会だが」
「はぁ、逃げましたねやっぱり…」
「お前ら座れ。恒例行事だが…」
「なんですか、なんですかあ。お菓子とかたくさん出てくるにゃしい?」
「全員の罪状を話す。暁については不在のため俺が話す」
「え、ざ、罪状」
「そうだ。俺は全員の罪状を把握しているが各々は知らんだろうからな。共有しておけば多少なりとも協調性が上がるだろう。あとタブーも分かる。じゃあ、いつも通り古参から話すか。秋月から話せ」
「え、最古参は暁さんじゃないですか。司令官が先に話すべきでは」
「暁は最後に話す。説明しなきゃならんことが多いからな」
「そうですか…じゃあ、はい、私の罪状はですね命令無視です。命令を一か月間無視し続けたらここにぶち込まれました」
「はい、なんで命令無視なんてしたんだ」
司令官がわざとらしく秋月に質問をした。
「…妹が全員沈んだからです」
秋月の言葉に全員が顔を下した。理由が理由な分それより詳しいことを聞くことができない。だが秋月は自分で続きを話し始めた。
「大規模作戦の出撃だったんです。少しは覚悟していました。その作戦では大きな損失が予想されていましたからね。でも、流石に妹が全員沈むなんて…予想外の会敵があったみたいなんです。運が悪かったんです。でもその日から私は独りぼっちです。そしたらなんか生きる意味をなくしましてね。何もやる気が起こらなくなってしまって。で、部屋に閉じこもっていたらある日突然ここに連行されましてね」
「うん。どうだ、特に新入り。質問はないか。遠慮なく聞いていいぞ。刑期とか」
「い、いえ…私は特に」
「睦月も…」
「そうか?じゃあ、最後に触れてほしくない話題とかはあるか」
「そうですね。あまり妹のことには触れてほしくないですがまあ別に気にはしません。でも妹のことをあおるのはやめてくださいね」
秋月はそう言いながら摩耶の方を見た。
「な、なんだよ…わ、悪かったな」
「ん、あまり過去のことで人をもてあそばないようにな。次はグラーフだな」
「私か。グラーフ・ツェッペリンだ。私はそうだな…本当のことを言えば私は罪を犯していない。私はとある友人ともいえるやつをかばってここに来たんだ」
「え、そうなんですか」
「うむ、一応罪状を言っておくと私は傷害罪で連行された。だから何か聞かれたいことがあるわけじゃない」
「質問があるやつは……いないな。よし次のやつ」
「初雪…です。命令無視で来ました」
今までずっと黙っていた初雪はそれだけ言うと再び黙ってしまった。
「おい、もっとなんか言うことはないのか。なんで命令無視をしたとか」
「ゲームしてたらここに来ました」
司令官はため息をつき睦月と夕立は苦笑いを浮かべた。その他の三人はあまりリアクションは取らず顔は変わらなかった。
「はあ、まあいいか。じゃ次摩耶」
「摩耶だ。傷害罪でここに来た。売られた喧嘩を買ってただけだってのによ」
「あなたが押し売りしてただけなんじゃないですか」
「んだと」
「おい、ここで喧嘩するなよ。二人とも刑期伸ばすぞ」
「…触れてほしくない話題はない。売られた喧嘩は買う。それだけだ」
「買ったら刑期伸ばすがな」
「…やっぱり買わん」
「意見をコロコロ変えると小物感が出るぞ。はい次新入り二人だ。どっちからでもいいぞ」
「じゃあ睦月がいうにゃしい。睦月は銀蝿がバレたにゃしい」
「銀蝿?それだけじゃここには来ないだろう。他にもあるんじゃないか」
グラーフが声を挙げる。その質問に睦月は自信満々になって答えた「10回以上バレたにゃしい」
「やりすぎでしょ」
「ドヤ顔でいうことじゃねえ」
「なんでそんなに銀蠅なんかしたんだ」
「妹たちのためにゃしい。食事の量が少なすぎていつもお腹を空かせてたから銀蠅でしのいでいたにゃしい」
「…なるほど」
「捕まったのはお前だけなのか」
「妹も何人か捕まりそうだったけど、睦月がみんなの分の罪も償うって言ってらこっちに連れてこられたにゃしい」
「そうか。残った妹たちが心配だな。早くここから出られるようにしような」
睦月の話が終わり、必然的に最後の一人に注目が集まる。夕立は少し深呼吸をして話を始めた。「えっと、ゆ、夕立です。罪状は逃亡罪です」
「逃亡罪?」
司令官が口をはさんだ「俺んとこには命令無視と素行不良だとあるが」
「出撃した時にその、周りのみんなが沈んじゃて…それであの怖くなって逃げ帰ったんです。そしたら逃亡罪だって言われて、その、ここに」
「はあ、困ったやつだな。私怨で送ることは違反なんだが…まあここに来てしまってはもう遅い、頑張ってくれ。お前ら二人が来た鎮守府は同じだったな。これはちょっと調査してもらわんといけないかもしれないな。ま、刑期をお前らが知ることはできないが問題なく過ごしていればいずれ帰れる。」
「最後は暁さんのですよ」
「そうだな。あいつの罪状はな業務上過失致死と殺人未遂だ」
今までとはベクトルの違う話に皆黙り込んで彼に耳を傾けた。
「決め手になったのは殺人未遂の方だが元になるのは業務上過失致死の方だな。あいつは妹を沈めてしまったんだ。自分が沈めたんだと、そう言ったそうだ。詳しい経緯は俺も知らんし第一本人が詳しく話したがらない」
ここで彼は一度口を閉じた。周りは何も言わず床を見つめる者、彼に視線を注ぎ続ける者がいた。
「報告後、彼女はいらん噂を立てられたらしいがここは関係ないから省くぞ。で、暁はそんときからミスが増えたみたいで提督からはその度にあの時のことを引き出されて咎められていたらしくてな。ある日それが爆発して提督を襲ったらしい。そういう経緯があってここに連れてこられたんだ。本来は死刑で解体される予定だったんだが…まあこの辺りは色々と複雑でな。簡単に言えば数ヶ月後に秋月の話が出て、二人とも高練度艦だったもんで腐っても戦力。有効活用的なアレで懲罰部隊ができて、ここに配属といった感じだ」
「…罪状は聞いていたが詳しい話は初めて聞いたな」
彼が話を終わらせた後、摩耶は言った。それにグラーフも続いた。「私もここに来て数年経つが、詳しい経緯は初めて聞いた。そんなに言いたくないことだったのか」
「そういうことだ。あいつの精神は不安定だ。くれぐれも今日俺が話したことは秘密に頼む。バレたら何をされるか分からん。殺されるかもしれんしな」
摩耶のことがあったので誰もそれを冗談だとは思わなかった。摩耶はもちろんこの場の全員が彼女を怒らせてはならないと、絶対にそのことを口にしてはいけないと心の中で誓った。
「さ、話は終わりだ。各自あとは自由行動だ。消灯時間までには寝ろよ」
彼はそれだけ言ってまた二階に戻ってしまった。彼が去った後、誰も動こうとしなかったが、初雪がゲームの電源を入れなおしたのを皮切りにそれぞれ行動を開始した。秋月は初雪と一緒にゲームをする流れに、グラーフはその二人の様子を見守るらしい。入渠していた三人は夕食がまだだったので台所へと向かう。料理なんてものは到底できないのですべてレトルトだ。
「そういや暁は一週間監禁だよな。食事とかどうするんだ」
「艦娘は艤装をつけている間は空腹状態にならないんだ、だから飯は食べなくてもいい。ついでに言うと疲労もないからな。眠ることもできないぞ」
摩耶のつぶやきを聞いたグラーフがそう答えた。摩耶はレトルトのカレーをチンしたご飯にかけながら言った。「そりゃ拷問だな。飯を食わなくたっていいつったって、つまり飯を食えんわけだろ。眠れもしないって、艦娘ってのはおそろしいなあ、おい」
「どっちかというと自分たちより艤装のほうが恐ろしいがな。艤装さえつけなければ私たちは人間とそう変わらない」
「そりゃそうか。ほらよ」
摩耶は先に用意した二人分のカレーを夕立と睦月に渡した。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとうにゃしい。摩耶さんって結構優しいんですね」
「や、やさしいとかそういうんじゃねえからな。勘違いするなよ。なんとなくだ何となく」
摩耶は照れくさそうに答えた。その様子をグラーフは微笑みながら眺め、やがて視線を秋月と初月の二人に戻した。
司令官を地味に嫌なやつとして表現したいですね。他人の過去を、特に汚点となる部分を無理やり暴くのはよろしくないですよ
暁の過去に一体何があったんでしょうね