墓参りから約一週間後、彼女たちはソロモン諸島にいた。人形がいなくなってからこの場所は元の魔境へと戻っている。エリートやフラグシップが蔓延り、まるで当たり前かのように姫級が闊歩している。そんなソロモン諸島は現在、再び滅ぼされかけている。
「死ね!」
彼女が手当たり次第に艦隊に喧嘩をふっかけては殲滅している。一人で突っ込むこともあれば味方と連携して戦闘するとこもある。これは彼女のストレス発散ではない。言わばこれは訓練、護衛を完璧にこなすための練習なのだ。彼女は頭も動かすがそれ以上に体を動かすタイプだった。その今までいくつもの死地を超えてきた経験を基にした頭脳で考えた結果、練習こそ一番、とりあえず場数を踏むことが大切だと結論づけた。こう言った経緯で彼女たちはソロモン諸島で大暴れしていた。誰も彼女を止めるものはいない。物言わぬ深海棲艦と駆逐艦に、死ぬことだけを考えている暁だけだ。一体誰が彼女を止めることができただろうか。
さて四六時中深海棲艦相手に戦っていた彼女は、束の間の休憩中にある反応を電探が拾ったことを知る。次の目標はそいつらにしようと彼女は決めた。艦娘は本来軍艦が探知するべき目標よりも随分小さい。そのため彼女の場合駆逐艦の電探はただ何かいないかを探るためだけに使っている。要は大雑把に探知させているのだ。正確な場所に関しては彼女自身が行ったり、連れている深海棲艦に任している。彼女たちが数日間に渡り暴れたせいでで、最初は馬鹿みたいに探知し、そもそも肉眼でそこら中にいた敵はすっかり全滅し、こうして電探を使ってみないと少々見つけにくくなっていた。しかしそのおかげで彼女の戦闘技術はさらに上がったと言えよう。艦娘の頃とは違い、彼女の指示にそのまま従ってくれる、逆にいえば指示がないとまともに動かない深海棲艦を使った戦闘は非常に難しかった。急に装備が増えたような感覚だ。だから最初はまともに扱えなかったし、そもそも使わない方がいいと思ったこともあった。しかしここ最近は扱いにもなれて、我ながらいい出来だと評価している。どうやら彼女の呼び出す深海棲艦はたとえ沈んだとしてもその経験を次の個体に引き継ぐことができるらしい。つまり装備やステータスを引き継いだままニューゲームができるのだ。今の奴らはそんじょそこらのエリートやフラグシップともいい勝負ができる。そしてついに空母までも呼び出せるようになった。今まで不可能だった制空権の確保ができるのは非常にありがたい。
電探の反応をもとに近くまでやってきた。既に空は暗く航空機による索敵は難しい。彼女は探照灯をつけて索敵を始めた。するとすぐに何か着弾した。言うまでもなく敵の砲弾である。探照灯を向けると一、ニキロ先に姿が浮かび上がった。深海棲艦ではない、艦娘だ。彼女は内心喜んだ。艦娘とは前回納得の行く戦いができなかった。数日の訓練の成果をここで確かめたかった。
探照灯をつけたままでは目立つので自身のもの以外は消灯させる。そして自分だけ速度を上げることで必然的攻撃は自分に集中し、味方の居場所を少しは騙すことができるだろう。彼女は密かにレ級を二体連れてめちゃくちゃに撃たせた。加えて残した方にはあまり撃たせないように抑えた。これでさらに騙せるはずだ。このまま十字砲火をし、適当なタイミングで突っ込んで白兵戦を行う。そのタイミングで艦隊に全力攻撃をしてもらい、相手が逃げれないようにする作戦だ。砲撃で壁を作るので彼女も逃げられないが、これは多対一、今回は多対少数だが人数不利の中で戦闘する練習なので問題はない。
彼女はレ級と共に艦隊の側面にまわっていく。艦娘たちは自分達の方へ注意を向けると思ったが意外にも駆逐艦の方へ攻撃を集中させた。十字砲火を狙っていることはバレているのでそれを避けようとしたのかもしれない。だが、どちらにしても戦力を騙せていることには違いないだろう。作戦はこのまま続行する。
いい感じに側面までやってきたので彼女たちは艦隊に向けて突撃を開始した。艦娘は迎撃するが彼女たちはそれをうまく避けていく。しかし一瞬何か足元を走ったのが見えた。妙に光る光沢、魚雷だ。彼女の横から走っている。目の前にいる艦隊からではない。そしてその後ろにも艦娘の姿はなかった。潜水艦だ。彼女たちの側面に潜水艦がいたのだ。ずっと彼女たちをみていたに違いない。彼女の欺瞞もバレていたのだろう。これだけ考えを巡らせ、経った時間は刹那。体を動かすには到底時間が足りない。顔を引き攣らせる暇もなく魚雷が彼女たちに刺さる。
「っ!」
足が破壊されて、慣性で海面をすっ転ぶ。以前もこうやって魚雷で足を破壊された。同じ結果だ。しかし彼女自身は以前とは違う。ただ体を破壊されて終わりではない。彼女は足に意識を集中させた。靄が溢れていた足の断面から黒い物体が生え、それはやがて足のようなものを形成した。深海棲艦の表面を再現したものだ。義足と変わらないので感覚はないし、形も不恰好で使いにくいがないよりは俄然マシだ。海面を二回転し、再び駆ける。潜水艦は無視する。白兵戦になれば潜水艦は攻撃してこない。味方諸共吹き飛ばすはずがないからだ。
彼女は身近にいた艦娘に飛び蹴りをかました。それを合図に白兵戦が始まる。しかし普通艦娘は白兵戦を可能とする武器を持っていないので元々彼女に大きなアドバンテージがあった。駆逐艦や巡洋艦はその手に持っている砲塔を使えばできなくもないが、その後主砲は使えなくなる。以前夕立がそうして壊していた。しかしそんなこと知っているはずがないので艦娘は手に持った砲塔を振り回す。しかも彼女の持つ錨に比べてサイズが小さいため取り回しがいい。だがどちらにせよ練度が違いすぎるので果たして抵抗虚しく殺られていった。十分にも満たない戦闘は彼女たちの圧勝に終わった。周りに浮かぶ艦娘を見ると彼女とレ級で殺りかたが違うのがわかる。レ級は彼女と違って刺突武器がないので殴打が攻撃方法になるが、そのせいで艦娘の顔は酷く変形し関節もいくつか増えている。水上艦はこれで始末したがまだ潜水艦が残っている。夜の潜水艦の対処は今の彼女でも難しい。効果的な対処法が思いつかないのでさっさとその場から離脱することにした。必要なかったかもしれない砲弾のカーテンを止め、念のため之字運動をしながら離脱した。探照灯も消したのでそのうち潜水艦は彼女たちを見失うだろう。
駆逐艦に戻った彼女はすぐに移動を開始した。行き先はどこでも良かったので艦長に一任する旨を伝えた。その足で暁の元へ出向く。
「元気?」
彼女はそう言いながら部屋に入った。暁は何も言わず寂しげな目で彼女を迎えた。暁の顔は彼女が連れ去った日からどんどん弱々しくなっていく。最後は勝手に衰弱死してしまうんじゃないかと思ってしまうほどだ。
「どうしたのそんな悲しそうな顔をして」
「死ねないのが悲しいの。早く死なないと響たちに申し訳ないから」
しかし反比例に意思は固い。もう躊躇なくそんなことを言うようになってしまった。彼女もいちいち反応することも無くなった。いわば挨拶のようなものに変わっていった。
「ねえ、あなたの中に罪悪感って残ってるの?」
「え、た、多分」
「それ自由に出せないの」
暁は数日前自身の体から罪悪感という名の触手を出し、響たちを創造した。暁は「どうだろう」言いながらも目を瞑る。しばらくすると彼女の服に不自然な膨らみが生まれ、右袖口から一本の触手がうねうねと這い出てきた。
「それ武器にできないの」
「どうかしら。どうせ私には関係ないわ」
「戦わないの?」
「どうして私が戦う必要があるの。死にたいのに」
「えーそれ使えたら絶対強いのに。ねね、それ伸ばしてみてよ」
暁は袖口から出ている触手を掴んで引っ張り出した。ずるずると何の抵抗もなく伸びていく。何度か引っ張り出してみたが触手は途切れる様子がない。
「それ無限に出てくるの?」
「……多分」
暁は袖口をあげ、巻き尺を戻すかのように触手を仕舞った。
「それ使えたら絶対強いのになー」
彼女はそう言って暁の側に腰掛けた。会話が途切れ、しばらく静かな時間が流れた。
「どっか行かないの?」
暁が尋ねると彼女は心外な顔をして言った。
「え、ここいたらダメ?」
「別にいいけど、どうしてここ」
「外は暗いもの。別に怖くないけど、ほらあなたが怖がってたらいけないじゃない」
彼女の言う通り、夜間は特定の部屋以外は全て赤色灯が付いており艦外に光が漏れないようにしている。そして彼女の発言に関して暁は本当に怖くはないんだろうなと思った。今更彼女が一体何を恐れるのか。自分が死ぬこと以外に何もないだろう。だから彼女が暗闇を怖がっていないのは事実だろうし、暁を心配しているのも事実だろう。因みに暁も怖がっていることはない。昔の自分ならいざ知らず、今はどうとも思っていない。しかし彼女の言うことを否定するのもアレだし面倒なので暁は適当にお礼を言っておいた。彼女は満足そうにその後も暁と会話をし続けた。
駆逐艦はアイアンボトムサウンド、ガダルカナル沖で夜を明かした。彼女は一人夜明けの太陽を見つめていた。とても静かな朝だ。確か駆逐艦暁が沈んだのはここらあたりだったか。この船は彼女が再現して作った船なので今海底に潜れば本物はまだ沈んでいる。姿形が分かるかは分からない。暁は集中砲火を受け経った十数分で轟沈した。それだけ激しい攻撃を喰らって原型が残ってるとは思えなかった。彼女は形だけだが黙祷をしておいた。
彼女はふと思いついた。妹の墓参りをしたのなら船だった彼女たちの墓参りもしようかと。彼女は早速艦長に行き先を指示した。順番でいけば次は響だが、あいにく一番遠いので雷と電の戦没場所に向かうことにした。
駆逐艦暁は妹を残して一番早くに沈んでしまった。今を見れば逆に暁は妹を全て失った。その境遇を思えば少しは同情する気持ちが湧いてくるが、それが暁を死なせる理由にはならない。
彼女は早速暁に言った。暁は生返事しか返さなかったが彼女はそれを了承したと捉え、艦長に行き先を指定した。艦隊は一同北へと向かう。目標海域までおよそ数週間の船旅の始まりである。
秋月は大本営のある一室で座っていた。思案が浮かんでは消え、浮かんでは消え、最後にはため息だけが残った。
「ため息ばかりついてると幸せが逃げるぞ」
「まだそんなこと信じてるんですか」
「別にいいだろう。気休めになるなら何だっていいさ」
彼女たちは全員同じ部屋にいた。鎮守府が廃墟になり、帰る場所が無くなった彼女たちは大和に連れられて本土へと向かった。本土ではすでに状況が知られており彼女たちはすぐに監禁された。事態が事態なので大本営は彼女たちが謀反を起こしたものだと考えたらしい。果たして謀反を起こしたとして、懲罰部隊以外の艦隊を全滅させ、さらに島を更地にするようなことが可能であろうか。原因を知っている彼女たちは冷静にいたが、やはり情報が断片的な大本営はいち早く原因を突き止めたい、いや誰でもいいからとりあえず原因を作りたかったのだろう。一時は全員解体まで行ったが大和が必死に説得をしてくれたおかげで何とか最悪の事態は免れた。自身の提督を失ったと言うのに彼女たちのことに尽力してくれたことに彼女たちは至極この上ないほどの礼を尽くした。
かくして彼女たちは大本営の一室に集められたが今日日まで外出は許されていない。この仕打ちで大本営が自分たちをどう思っているのか丸わかりだ。部屋の中に閉じ込められていても世間の騒がしさはよくわかった。部屋の外からは途切れることなく人の言い争う声がし、足音も止まなかった。元帥他、各鎮守府の提督が死んだのだから当然ではあった。その喧騒もここ最近でようやく少し静かになった気がする。
不意にノックがされた。突然のことに全員がドアに注目する。ドアがゆっくりと開きノックをした者が現れる。
「失礼します。突然で申し訳ないのですが元帥がお呼びですので着いてきていただいてもよろしいでしょうか」
大淀、よく提督の側にいる艦娘だ。そしてあの作戦時に野外入渠場の受付をしていた艦娘、の別個体だ。あれは死んだ。元帥と言ったが彼もすでにすでに死んでいるのでは、いや新しい元帥が着任したのか。
「それは全員か」
「はい」
「わかった」
グラーフが立ち上がるとそれに釣られて立つ。そのままグラーフを戦闘に大淀についていった。