紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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私たちが厚情な奴らだとでも思いましたか?

「提督、大淀です」

 大淀はある一室の前で止まった。ノックをするとドアの先から入れと返事があった。大淀は失礼しますと一言言って部屋に入っていく。秋月たちもそれに続いた。

 元帥のいる部屋は当然ながら彼女たち提督がいた部屋よりも綺羅びやかだった。その一番奥に座るのは以前見たことある元帥ではなく初めて見る人物だった。前の元帥よりも少しだけだが若く見える。前任の元帥がおじいちゃんなら、今目の前にいる元帥はおじちゃんと言った年齢に見える。

「単刀直入に言う。貴様ら暁のことをどれだけ知っている」

「……どれだけ、と言われてもどこの分野によります」

「では、なぜ暁は艦娘を襲うのだ」

「はぁ……?」

 秋月はどう答えればいいのか分からなかった。暁は気に入らないことがあれば仲間に対しても容赦なく暴力を振っていたが襲うという表現は適切でないと思う。秋月が問答に詰まっていると大淀が横から補足してくれた。

「先日南方海域に出撃していた艦隊が多数の深海棲艦と四隻の駆逐艦で構成された艦隊を発見しました」

「その駆逐艦って本物の船ですか」

「はい。艦隊は攻撃を開始しましたが、直後に一人が単艦で突撃してきました。駆逐艦数人でこれに対処、足を破壊することで動きを止め、一人が近づいたところ動きを再開し、その駆逐艦を海に引きづり込んでそのまま行方を眩ませました。現在も引きづり込まれた駆逐艦は行方不明です」

「それで、その突撃してきたと言うのが」

「はい、暁さんにそっくりな姿をしていたと。しかし艤装は深海棲艦のそれに似ていたと言う報告を受けています」

「それはただ暁にそっくりな深海棲艦なのでは」

 グラーフがそう質問すると大淀は至って冷静に返答した。

「その可能性も否めません。ですが、そう言った場合どこか特徴的な部分のみが似ており、全身が酷似しているという前例はありませんでした。それで先日の作戦報告を加味して考えた結果、あなたたちの部隊にいた暁であるという結論に達しました」

「……話は分かった。だがそれはもしかしたら暁が深海棲艦に操られていると言う可能性はないのか。暁の側に近づく新型の様子も報告したはずだ」

 グラーフの反論に答えたのは大淀ではなく元帥であった。

「もちろんそうだ。だからこそ先にはっきりさせておきたいのだ。暁が自らの意思で艦娘を襲っているのかどうかを。どうだ、暁が艦娘を襲う動機に何か心当たりはないか」

 彼女たちは目を合わせる。暁は気に入らなければ殴りはするが殺すまではしないはずだ。誰も答えようとしないので秋月が心当たりはないと答えた。

「そうか、分かった。聞きたいことはそれだけだ。退出していいぞ」

 元帥が退出を促す。大淀が再び案内すると言ったので彼女たちはそれに続いた。

 大本営の中は思ったよりも静かだった。もっと艦娘がいると思ったがあの作戦で多くの艦娘を失ったので誰もいないのだろう。誰も何も離さないので広い廊下には彼女たちの足音が響いた。足音以外何もない空間で不意に彼女たちの耳に会話をする声が入ってきた。

「なあ、あの艦隊が出たらしい」

「あの艦隊?」

「あれだよ。南方海域の」

「あぁ、あれね。最近は深海棲艦をボコしてるのをよく発見されてるみたいじゃん」

「お前知らないのか。昨日艦娘の艦隊が襲われたらしい」

「マジで!?」

「シーっ!声がでかい!……それでな、潜水艦だけが何とか帰ってきたんだと」

「うえぇ、深海棲艦ばかり狙ってくれるんじゃねえのかよ」

「そりゃお前、前にも一度艦娘が狙われただろうが」

「そういやそうだっけ」

 声はだんだんはっきりと大きくなってくる。つまり今会話している二人に近づいているのだが、その二人は彼女たちに気づいていないのか会話を続けている。突き当たりを曲がった時、ついに会話をしていた二人が目に入った。廊下の途中、休憩スペースのような少し広い空間にいた。二人は大淀を目にするとひどく慌てた様子で敬礼をする。今の状況がまずいのか二人の顔は少し青白く脂汗を流している。大淀はそんな二人をいないかのように素通りした。ある程度離れたところで後ろからあぶねー、だのあせったー、と言った声が聞こえ、ここで初めて大淀は呆れるかのようにため息をついた。

「さっきの人たちは?」

「提督候補生です。普通こんなところにいるような人ではありません」

 先ほど人が艦娘に敬礼すると言う少し異質なものをみたが、なるほど元帥の秘書艦ともなると提督候補生よりも立場が上らしい。秋月はもう一つ、先ほど二人が話していた内容について聞いてみた。大淀は「そのような報告は聞いておりません」とだけ言ってこの話を終わらせた。誤魔化した、と秋月は直感した。火のない所に煙は立たぬ、あの話の真偽はどうであれ話が上がる以上何かしらの情報が入っているはずだ。マスメディアならともかく、一応同じ所属の秋月たちに知らせないなど、大本営内での彼女たちの立場が知れる。秋月はそうですか、とだけ返事をしておいた。

 

 部屋に戻されてしばらく、大淀の足音が遠かったのを確認して秋月は口を開いた。

「あれだけのために私たち呼び出されたんですか。はぁあ、大淀さんにここで確認してもらえばいいのに」

 返事が思い浮かばないのか誰もその口に答えないし、何人かは苦笑で答えた。

「あの話、もしかして本当に暁さんだったりするっぽいですかね」

 夕立が疑問を投げかけた。誰もが考えたことだ。特にあの時二人目の暁を見た四人は確信に近いものを覚えている。なぜ元帥に心当たりがないと言ったのか、それぞれ理由があり、主に暁のことを信じたい者と面倒ごとになりそうだから黙った者の二者に分かれている。秋月と初雪が後者で後の者は前者だ。

「さあ」

 秋月は不機嫌そうにソファに座った。いまだに暁の話題に触れたくないらしい。

「あまり考えたくはないな。暁がもう一人出てきたらしいじゃないか。そいつの仕業じゃないのか」

「そう、だと思いたいです。あの暁さんもそっくりでしたから。でもどちらにせよ、何で艦娘にも敵対するのか分からないっぽいです」

「別に何だっていいじゃないですか。私たちが考えたって仕方がないですよ。それを考えるのはお偉いさんの仕事でしょう?それよりも私たちがずっとここに閉じ込められてることがよっぽど深刻ですよ。全く、解体されかけるわ、軟禁されるわ、情報は教えてもらえないわ……もっとまともな扱いしてほしいですよほんと」

「一応犯罪者集団だからな、私たち。解体されなかっただけ随分とマシってもっんだ。大和には感謝しないとな」

「いや、いやいやいや。まず真っ先に疑われるってのが心外ですよ。そりゃ犯罪者ですけどただの命令無視とか素行不良ですよ、私たち。暁さんじゃないんだから。暁さんだったら暴れてますよ……ぁ」

 秋月は急に黙ってしまった。暁の名前を出したことが嫌だったらしい。グラーフはそんな暁を見て微笑んだ。口や態度では暁を嫌っているが本心ではそうでもないようだ。

 しかし暁のこともさることながら秋月の言う通り自分たちの境遇のことも気にはなる。グラーフは軟禁され続けている理由について見当がついていた。さながら自分たちの管理者を決めあぐねているのだろう。ただの軽犯罪しか犯していないが、そもそも犯罪を犯すことがないのが艦娘、異端すぎる自分たちの上など誰もつきたがらないだろう。きっとなすりつけあいになっているはずだ。

「次あたしな」

「わかった」

「睦月も、睦月もやりたいです!」

「あたしの次にやらせてやるよ」

 彼女たちの不安を無視するような声がする。初雪と摩耶と睦月が一つのゲームを回して遊んでいる。摩耶が持っているゲームは初雪が隠し持っていたものだ。彼女のコレクションはすべて島とともに粉々になってしまった。たまたま隠し持っていた携帯機が唯一のコレクションになってしまった。

 秋月は手持ち無沙汰から立ち上がり窓際に立った。窓には向かいの建物が見える。その建物は使われていないのか電気どころかカーテンすらついてない窓もある。レンガ造りのいい建物だと秋月は思った。実際本物の鎮守府を見たのは何年ぶりだろう。この重厚感に以前は何も感じなかったのに、今になって少し気圧されるようになった。ことあるたびに自分は本土にいるんだと意識される。

 

 

 

 また大淀に呼び出されたのは数日後のことだった。

「皆さんご同行お願いできますか」

「今度は何ですか。何か聞きたいならここ聞いてください」

「いえ、出撃命令です」

 その言葉に全員が大淀に振り向いた。

「出撃命令、まだ私たちを指揮する提督も決まってないはずでは」

「そのことは後でお話します。とりあえず来ていただけますか」

 彼女たちはそれぞれ顔を見合わせた。突拍子もないことだが、出撃命令というからにはその重要さがうかがえる。一先ず彼女たちは大淀についていくことにした。

 てっきり大淀は元帥のいる部屋へと案内するものだと思っていたが、すでにその道を外れていた。どこに連れていくつもりなのかと考えていると、どこからか声が聞こえてくる。それは元帥の声に似ていた。だんだん大きくなっていくその声は張り上げている様子があり、まるで誰かに何かを説明しているようだった。やがて元帥がいると思われる部屋の前まで来たが大淀は止まらず、角を曲がった先の部屋に入った。そこはとても小さな部屋で、折り畳み式の椅子や机が置いてあった。そして隣の部屋と思しき所からマイクを使った元帥の声が聞こえてきた。

「ここで少々お待ちいただけますか」

 大淀の言う通り秋月たちはその場で待ちながら隣から聞こえてくる声に耳を傾けた。挨拶のようだ。誰に対してだろうか。マイクを使うならきっと大人数だ。大本営に所属する艦娘たちだろうか。大本営にはそれほど艦娘がいるのだろうか。

 十分後、締めの言葉を言ったのか拍手が聞こえてきた。直後に入り口とは別のドアが開き大音量の拍手とともに元帥が入ってきた。元帥は秋月たちを一瞥すると大淀に視線を向けた。

「連れてまいりました」

「分かった。ではこの場で話そう。単刀直入に言う。大本営は南方深艦隊の撃沈を決定した」

「南方……?」

 初めて聞く言葉に秋月は思わず言葉を繰り返した。

「暁のことだ。いつまでも暁と呼んでいては紛らわしいし、風評被害を発生しかねん」

「そうですか」

「あまり驚かないようだな。元は仲間だろうに」

「起こしたことを考えれば仕方ないことですから」

「そうか。お前たちは呉の指揮下に入り、呉の艦隊と一緒に南方深艦隊の撃沈に向かってもらう」

「では私たちは呉に行けと言うことですか」

「いや、海上で合流してもらう。ポイントはドッグに向かいながら大淀から聞け」

「今から出撃しろと?」

「そうだが、何か言うことはあるか」

「私たちの艤装はそちらに没収されたままなのですが」

「心配するな。すでに整備は終わっている。……これ以上質問はないな。私は忙しいのでこれで失礼させてもらう。大淀、あとは頼んだ」

「了解しました。それでは皆さん、ドッグにご案内します」

 呼び出していきなり元仲間を討てと言われる。没収されたかと思いきや勝手に整備をしてくれている。まともな説明も受けさせない。自分たちの扱いとしては満点だ。懲罰部隊の扱い方を良く分かっている。

 ドッグには彼女たちの艤装がすべて並べられていた。彼女たちは手際よく艤装を装着していき、終わったものから出撃していく。最後に出た摩耶を向かえ、合流ポイントへと向かった。

 

 合流ポイントは四国の沖だった。予定時刻に少し遅れて到着するとすでに大和が居た。

「すみません少し遅れました」

「いえ問題ありません。では出発しましょう」

 

「随分と早い作戦実行ですよね。大打撃を受けたばかりでは?」

「はい。まだ立ち直りには時間がかかります。提督お変わったばかりで引継ぎもうまくいっていません。ですが、南方深艦隊の早期撃滅が重要と判断されましたから。戦力の回復を待っていると手に負えなくなるかもしれません」

「なるほど、確かにそれも一理ありますね」

「あの……」

 大和は深刻そうな顔をした。何か言おうとしているが躊躇しているようだ。

「なにか?」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫、とは?」

「南方深艦隊のことは聞きましたよね」

「名前だけは……ああ、暁のことですか。特に気にしてませんよ」

「でも元は仲間でしたよね」

「まあそうですけど、敵になったというなら沈めるだけですよ。大和さん、私たちはそこまで厚情じゃないですよ。自分たちを沈めようとしないのが仲間です」

「強いのですね」

「南方で生き残ってるだけのことはあるでしょう?」

「ええ、そうですね」

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