紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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彼岸花をどうか受け取って

 艦娘はその船の記憶しか持たない。それは彼女も例外ではない。彼女は暁の記憶しか持たない。ではなぜ響や雷、電が沈む場所がわかるのか。それは彼女が駆逐艦を作る時、全艦の記憶を垣間見たからだ。人形とは違い、他の船を一切作れない代わりに暁型だけは素材がなくともいくらでも作ることができる。それは彼女の能力の一つだ。

 

 彼女は甲板から海を眺めていた。日を眺めながら進む海上の何と気持ちの良いことか。今まで何も考えずに海の上を走ることができなかった。無論考えなければいけないことはたくさんあるが、今ぐらいは別に呆けてても誰も文句は言わないだろう。彼女がふと真下を見た時、一輪の花が目に入った。そして同時にもう一つ気づいた。現在駆逐艦は全力航行をしている。にもかかわらず彼女の視線にある花はずっと彼女の視界に入り続けている。彼女はすぐに甲板から降りてその花に近づいた。

「彼岸花だ」

 彼岸花、曼珠沙華とも言う。海面に咲く花ではない。色も紫色で見たことがなかった。なぜ海面に彼岸花が咲くのか分からないし、駆逐艦と並走しているのか、できるのかも分からない。彼女は試しにその彼岸花を手に取った。回して見てみてもそれは間違いないなく紫色も彼岸花だった。しかし彼岸花はすぐに萎れ、枯れてしまった。ボロボロになった花弁が落ち、海に沈んでいく。そしてすぐに同じ場所から彼岸花が一輪咲いた。「何これ」と彼女は言い、もう一度花を手折った。結果は同じで手折られた花はすぐに枯れ、同じところから同じ花が咲いた。彼女にはこの花を咲かせるような心当たりがなかった。一先ず彼女は甲板に上がって暁の元へ行った。

 暁は相も変わらず哀しそうな顔をしてベッドに腰掛けていた。

「ねえ、海に花が咲いてるのだけど何か知らない?」

 彼女は開口一番そう言った。当然暁は「はぁ?」とそっけない返事を返した。

「だから、海の上に花が咲いてるんだって。彼岸花が、紫色の」

 彼女が説明を繰り返すがいまいち暁には分かっていないようだった。仕方なく彼女は暁を引っ張って甲板に連れて行った。

「ほらあそこ」

 彼女は暁と一緒に乗り出して自分の真下を指差した。彼岸花は変わらず船と並走しながら花を咲かしていた。

「ほんとだ」

「何か知らない?」

「知らないわ。あなたの能力じゃないの」

「違うと思うわ。だって私が花を咲かしたって何の意味もないもの」

「……じゃあ私が咲かせたのかもしれない」

「そうなの?」

「彼岸花って毒があるわよね。もしかしたら私が自分を殺すために咲かせたのかもしれない」

「生憎手に取ったらすぐに枯れてしまうわ」

「何だ、残念」

 少しテンションの上がった暁だが彼女の言葉ですぐに戻った。自分には何の関係もないと思ったのか、飽きたのか、踵を返して艦内に戻ってしまった。彼女は「戻るの?」と声をかけたが返事は返ってこなかった。

 

 次の日彼岸花が一輪増えていた。今度は逆側に咲いている。増えてる、と彼女は思った。今日は確かめに行こうとしない。何せ見た目が同じだし、手に取ってみてもどうせ昨日と同じようにすぐに枯れてしまうだろう。あの花が一体何を意味するのかは全く分からない。何か機能があるのかもしれないが、現時点では何も変わったことがないのでただの飾りなのかもしれない。でも丁度今雷の戦没場所に行っているわけだし、何か手向けるための花が必要だったかもしれない。手向けの花に彼岸花が適切なのか知らないが花はこれくらいしかないから仕方がない。せめて手折ってもしばらく残ってくれればちゃんと花を手向けることができたのに。しかし文句を言っても事実は変わらない。花を戦没場所まで持って行けるだけまだいいのかもしれない。

 

 次の日彼岸花はさらに増えていた。今日は四輪になっていた。右弦と左弦にそれぞれ二輪ずつ咲いている。倍々で増えているのかもしれないと彼女は思った。そうしたら明日は八輪になっているのか。このまま増えたらいずれこの駆逐艦の周りは一面彼岸花になってしまうだろう。他の駆逐艦にも伝播するのだろうか。それが繰り返されたらこの艦隊の周りには彼岸花畑ができる。想像すると綺麗だと思った。一面お花畑の艦隊。常識ではあり得ないが、別にいいやと彼女は思った。面白い方がいいに決まっている。

 

 数日経った。彼女たちはすっかり目的地まで来ていた。花は彼女の予想通り日毎に倍々に増え、三十二輪にまで増えた。そろそろ数えるのも面倒になってきた。

 彼女は雷の記憶を頼りに戦没した場所を探す。やがてその場所が見つかって、彼女は暁と一緒に何もない海の上に立った。

「ここで雷は沈んだのね。何もない場所。あなたはこんなところで沈んでしまったのね。ごめんなさい、せめて花を手向ければよかったのだけど」

 すると彼女の足元から一輪彼岸花がスルスルと生えてきた。駆逐艦の周りに咲いているのと同じ紫色の立派な彼岸花。彼女はそれをダメ元で手折ってみた。すると今度は花は彼女の手に残ったままで再び海から生えることもなかった。

「あら、都合がいいのね。助かったわ」

 彼女は手折った彼岸花を横に手向けた。彼岸花は小さな波に揺られていた。彼女と暁は静かに黙とうをする。さぞ無念であっただろう。そして恐怖しただろう。今もなおこの海の底で沈んでいる英霊たちは成仏できたであろうか。そうであることを願うばかりだ。魂は成仏できても体はずっと海の底にある。できればどうにかしてあげたいが彼女の力では何もできない。それに沈んでから何十年もたつ。残骸や英霊たちの体はすでに自然と癒着しているだろう。それをひっぺ剥がすことはできない。今となってはこうして静かに手向けるのが一番なはずだ。

 黙とうを終えて振り返ると四隻の甲板に大量の黒い影が整列し敬礼をしていた。彼らもまた英霊たちをたたえたいのだ。せっかくなので彼女は四隻のうち雷を少し前に出させた。この中できっと一番敬意を払いたいだろうから。

 三十分程度の墓参りを終え、彼女たちは次に電の戦没場所へと向かいだした。ここからはそれほど離れていない。一週間前後で着くだろう。

 彼女は一人艦首に座って考え事をしていた。雷が沈んだのは周りに何もない海だった。彼女は沈むとき何を思っただろう。勿論それは恐怖、後悔まどなど負の感情があふれたことだろう。暁は、駆逐艦暁はどうだっただろう。自身の記憶をさかのぼるとそれはとてもあっという間だった。敵艦隊を発見し探照灯を照射した。自身に集中する攻撃はあっという間に穴だらけにしてしまった。その時に感じたのは痛みはもちろん、悲しみ、自分に対する失望、そして味方に対するそして国に対する希望だっただろうか。私の行動はきっと味方を大いに助けただろう。勝利につながる行為だったはずだと信じていた。今の時代になってあの海戦の結果を知った時、あの時感じた希望が非常に哀れに思えた。しかしそれは当時の暁に対する侮辱になるだろう。すべてが終わった今の時代ならいくらでもいえるが、あの時はあの時にしか感じなかったのだ。それに希望を感じて沈めたのならまだいいだろう。雷、あなたは自分の国に希望を抱けただろうか。それともそんなものを感じる暇もなかっただろうか。私にはわからない。なにせ私はたかが駆逐艦暁を模したもの、から生まれた虚構のような存在。私はただあなたの記憶を覗き見ただけ、あなたのことを考えると私の存在が何なのかを変えてしまうのはなぜだろうか。

 彼女は首を振って考えを追い出した。こんなことを考えてどうする。私の使命はただ一つ、暁を守ることだ。

 電の戦没場所はボルネオ島。付近には多くの島がある。深海棲艦はもちろん諸外国の防衛のために哨戒を行っている艦娘もいるだろう。彼女や暁はそのような任務に就いたことがないのでどれくらいの規模で行っているのか分からない。どうすれば安全な墓参りを行えるだろうか、それを考えることが重要だ。電の沈んでいる場所から考えるに、あそこの海域はブルネイ泊地の管轄だろうか、いやリンガ泊地か? その両方という可能性もある。最悪のケースは深海棲艦と艦娘と自分たちの三つ巴になること。二つの勢力から同時に狙われた場合まともに支持が出せなくなる場合がある。それを防ぐには当然ながら狙われないようにすること。そうするためには、つまり自分が後方に位置するのがいいのだろうか。しかし後方で指揮ばかりするのを彼女はあまりいいことだとは思わなかった。指揮をするものだからこそ前線に立った方が示しがつくのではないだろうかという思いが彼女にあった。

 やがて日が暮れるがその日は特にこれと言った案が出ることはなかった。やはり今までに経験したことがない状況のことを考えるのは難しい。彼女は深海棲艦たちに巡回を命じた。潜水艦の警戒用だ。そして同時に思った。もし到着が夜中だった場合、潜水艦に足して最大限の警戒を払う必要があるのではないかと。その瞬間彼女が一日かけてほんの少しだけ考えた対策案が崩れた。

「うわぁ……めんどくさ……」

 彼女は思わず声に出した。通常時でさえ有効策が思いつかないのに果たして到着までに有効案が思いつくのだろうか。一先ず今日はもう考えたくなかった。彼女は頭を押さえながら艦内に戻っていった。暁の部屋を訪ね、そのままベッドに倒れこんだ。

「ああぁぁああ……」

「どうかしたの」

「いや別になにも」

 暁に相談しようとは思わなかった。護衛対象に護衛の仕方を尋ねるのは矛盾する。

「次はどこに行くの」

「ボルネオ島」

「ボルネオ……電のところね」

「知ってるの?」

「ええ、昔電から話を聞いたことがあったわ」

 暁はそう言って微笑を浮かべるがすぐに真顔に戻った。二人の間に沈黙が生まれた。たがいに何も話そうとはしない。

「電はね……」

 暁がふと話を始めた。「魚雷が当たった時響の心配をしたんだって。場所を交代してすぐのことだったから。すごいわよね。自分の心配より先に他人の心配だなんて。私にはそんな自信ないわ。船の時と今のこの体とじゃ違うかもしれないけど今の電ももしおんなじことがあったらそうするんだろうなって私思った。だってそんな感じしない?」

 話が区切れた。暁は彼女に尋ねたのだ。それを察した彼女は「そうね」と返した。彼女は暁が再び話し出すのを待った。なにせ、暁がこんなに長く口を開いたのは久しぶりなので一秒でも長く彼女の話を聞きたいと思った。

「雷もそう。敵でも助けた。同じ人間だからって。だから誰でも世話をしようとするの。響も、あんなに冷静なのはきっと姉妹を全員失くしてしまったからそうならざるを得なかったんだわ。でもね、響もたまに甘えてくるときもあったの。やっぱり姉妹が好きだし、生きてることが嬉しいんだわ。でも私はどうかしら。レディレディって、私だけうまく反映されていないような気がするの。確かに特型の中では小さいけれども、でももっと他にあったかもしれないのに。当時はなんの違和感もなかったわ。私はレディというものを目指してた。今になって思えば酷くばかばかしいわ。レディになってどうするのよ。一体何の得があるというの。それよりも勇敢さが欲しかった。敵に臆さないほどの勇敢さが。私は響たちを守れるようになりたかった……」

 暁はそこまで言って俯いた。小さく鼻をすする音がした。彼女は暁の頭を撫でていった。

「あなたがレディを目指したのは妹たちを守るためよ。レディになれば妹を完璧に守れるはずだってあなたは無意識に思っていたのよ。それに勇敢さならあったじゃない。懲罰部隊にいた時のあなたは勇敢だったじゃない」

 

 しばらく慰めていると暁が顔を上げた。目は赤くはれていて、涙を流した跡があった。

「落ち着いた?」

「うん」

「大丈夫、大丈夫だから」

 彼女は大丈夫という単語を繰り返した。とにかく落ち着かせようという意図があったのと、暁にかける言葉を探すための時間稼ぎのためだった。彼女は何が大丈夫なんだろうと自身で思った。そして自分のことを慰めるのが下手だと評価した。暁が周りと比べて自分を卑下するのは初めてかもしれない。結局あれこれ考えているうちに暁の方から「もういい」と言われてしまった。

「今のあなたは十分妹を大事に思ってるじゃない。それだけで十分よ」

 そう言った後で彼女はすぐに余計なお世話だったかもしれないと思ったが暁はただうなづいて「ありがとう」と言ってくれた。

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