パラオ島を過ぎたあたりまでやってきた。運よくここまで敵に出会うことがなかったが、すぐそばにパラオがあるほか目の前には目的地であるボルネオ島がある。すでに彼女たちは敵地のど真ん中にやってきているのだ。周辺の警戒は厳となし、電探だけでなく艦載機による索敵も行っている。
彼女は航空機が回っている空から海上に視線を落とした。やっぱり昨日よりも彼岸花が増えている。もはや一種のお花畑のようで、彼女も綺麗だと思いながら眺めていた。すると索敵を行っていた空母の一つから敵を発見したと報告が入った。場所を聞くと現在地から北東に数十キロ離れた場所に艦娘を二人見つけたらしい。艦種は分からないがきっとパラオ島付近で哨戒を行っている艦娘だろう。一応哨戒範囲外を航行するように心がけているがしばらくその艦娘の動向を探ってもらうことにした。万が一彼女たちがいるところまで哨戒にやってきそうな場合はすぐに離れる必要がある。無駄に戦わないのも戦略の一つだ。とはいってもすでにパラオ島からはだんだん距離が離れて行っているので、心配しなくとも哨戒範囲外にはいられるだろう。
彼女はふと遠くに咲く一凛の彼岸花を見つけた。遠くと言ってもここからおよそ数百メートル程度だが駆逐艦のそばに咲いているのを見ると十分遠くに咲いていた。どこまで咲くんだろうと彼女は思った。もしかしたら一面、水平線にまで紫色の彼岸花による花畑が実現するのかもしれない。少し面白いかもと彼女は思った。
結局トラック泊地の艦娘に見つかることはなかった。着々と目的地に近づいているが同時にもう二つの泊地にも近づいている。恐らくその二つのうち一つの泊地とは接敵するかもしれない。それはタウイタウイ泊地だ。目的地であるボルネオ島東部にとても近い。逆にブルネイ泊地は逆側にあるのでタイミングが良ければせてきはかなり遅れるだろう。そして数日前から彼女が考えた案、それは海中に潜ること。深海棲艦だからできることだ。数日考えた結果、これが一番リスクが少ないという結論に至った、もちろん懸念点はいくつかある。潜っていてもソナーによって見つかる可能性がある。これは彼女、というより暁の経験から至ったもので哨戒をするときは最優先と言ってもいいほど潜水艦を警戒する。そのためむしろ水中に隠れると見つかりやすいかもしれなかった。しかし、もし航空機が哨戒に参加していた場合、ソナーよりもずっと早くに見つかってしまう可能性もあった。そしてもう一つ懸念点がある。それは今艦隊の周りにある彼岸花がたとえ彼女たちが潜っても海上に咲いたままなんじゃないかということだ。海上に咲く彼岸花なんて不自然極まりない。もし調べられたらあっという間に見つかってしまうだろう。今思えば事前に試しておくべきだっただろう。なぜ私は前もって調べておかなかったのだろう。だが今更後悔しても遅い。丁度艦載機が私たちの進路上に艦娘を発見した。速やかに艦載機を回収して潜航に入る。
艦載機の回収に少々時間がかかった。すでに艦娘の情報は入ってこないが電探の探知範囲外にいるようなのでまだ余裕があった。回収が終わり、彼女は直ちに潜航の指示を出した。深海棲艦から潜航に入りやがて駆逐艦も沈みだす。船の潜水艦よりも早いスピードで沈んでいく。ただ彼女だけは確認のため海上に残った。艦橋が沈み、完全に会場には姿が見えなくなった。すると彼岸花も吸い込まれるように海中に没していった。彼女も潜ると彼岸花は咲いていなかった。どうやら海中では咲かないらしい。彼女は胸をなでおろした。潜航しても彼岸花のせいで怪しまれるということはなさそうだ。しかし依然発見されやすいという危険性は残っている。その時は出来るだけ不覚に潜ることで攻撃を避ける。まさか海中に艦隊が航行しているなど艦娘どもは想像すらしないだろうし、それで十分だろう。逆にこちらは視覚以外に敵を探る方法を失った。電探はそもそも電波がまともに飛んでいかないし、船底に取り付けられたソナーが自身より上の音を捉えられるとは思えない。
彼女は束の間の休息を得た。流石に少し疲れた。突発的に行動したが少しうかつだったかもしれない。でも電の分が終われば、響は太平洋を大きく回れば早々敵に会わないだろうしきっと楽だ。
「椅子が欲しいわね」
彼女はそう言いながら座った。あとで椅子を一つもって来よう。電の場所まであと数時間、着いたらまた浮上しなければならない。彼岸花が海中でも咲いているなら花を手向けることができたのだが、そうはいかなかった。
海中は比較的明るく、また島も近いため魚が多くいた。だが深海棲艦の姿は見えない。いたらいたで戦闘になって困るが、ここが艦娘の領域内だと感じさせる光景だ。
海底が急に浅くなりだした。島が近いらしい。多分タバオ島の南側だ。そのまま進んで艦隊はセレベス海に出た。とてもきれいな海だ。透明度が高く海中でも幾分か遠くまで見える。しかしこれだと海上からも見えそうで少し危険だ。やがて目前までやってきたころ、彼女は艦橋で海図とにらめっこしていた。念のために電の戦没場所を細部まで確認していたのだが改めて確認するとボルネオ島やタウイタウイ島からとても近いことに気づいた。記憶だともう少し島から離れていると思っていた。
「どうしましょ……」
よりにもよってすぐ隣にあるのがタウイタウイだ。浮上すれば哨戒どころか泊地から直接発見されるかもしれない。
「でもこれぐらいなら大丈夫かしら」
海図を見る限りとても微妙なところだが、どちらにせよ泊地のすぐ近くであることは変わりない。
そしてついに彼女はやってきた。この真下に電が沈んでいる。彼女は意を決して浮上を命じた。艦隊は彼女の命に従いゆっくりと浮上を開始した。真っ青だった海面がだんだんと緑がかっていく。やがて駆逐艦の艦橋のアンテナから海面を突き抜ける。そこから煙突、艦橋が浮上し甲板も出た。彼女はすぐに周辺を見渡すが遠くに島が一つ見える以外には何もない。あの島もタウイタウイ島ではないらしい。一先ず浮上してすぐに発見されるという事態には陥らなかったので彼女はほっと胸をなでおろした。艦隊がすべて浮上すると彼岸花もそれに続いて咲いた。
あまり時間をかけるべきではない。彼女はすぐに暁を呼んで海面に降り立った。数歩前に出るとまた都合よく彼女の前に彼岸花が一輪咲いた。彼女はそれを手折り、浮かべて黙とうをする。視界が暗い中、さざ波だけが聞こえていた。一分間の黙とうを終えると彼女はすぐに出発の準備を始めた。雷の時よりも滞在時間が短くなってしまったがどうか許してほしい。
準備を進めていると暁が遠く空を見つめているのに気づいた。彼女が「どうかしたの」と聞くと暁は指を差して「何か飛んでる」と言った。彼女が暁の指さす方向を見ると確かに何か飛んでいる。鳥ではないようだ。彼女はそれが何なのかすぐにわかった。
「まずい、見つかった」
確かめずともわかる。あれは飛行機だ。タウイタウイから飛んできたものだろう。雲一つない晴天の空で上空からの視界はこれ以上ないくらい良好だろう。すでに泊地に報告がなされているはずだ、じきに大量の航空機か艦娘の艦隊がやってくる。流石に泊地丸ごと相手するのはまずいともった彼女は潜航、と叫ぼうとした。しかしその際に自身の戦力を顧みた。駆逐艦五隻に深海棲艦が二、三十体ほど。はたしてこれだけの戦力を保有していて逃げ隠れする必要があるのだろうか。無駄な戦闘を避けるため……無駄な戦闘を避けるとはいったいなんだ。資源の節約をするため?否、我々深海棲艦の資源は実質無限だ。では戦力の低下を防ぐためか?否、深海棲艦は沈んでもまたすぐに湧いて出てくるしさらに数を増やさない限りすべての個体が経験を引き継いでいる。駆逐艦だって時間がかかるかもしれないが修復できる。さて、逃げ隠れする必要があるだろうか。答えは否だ。
「逃げないの?」
急に固まった彼女に暁は声をかけた。彼女は一言「気が変わった」という。彼女は潜航ではなく回頭をするように命じた。飛行機が近づいてくる中駆逐艦は悠長に回頭を始める。その場でやると本当に遅い。艦種を南東に向けるころには飛行機が彼女たちの上空で旋回していた。
彼女は暁の手を引いて一緒に甲板に上がった。
「さあ出発するわよ」
「次はどこへ行くの」
「もちろん響の場所よ」
「響、響ってどこで沈んだのかしら」
「あら、知らないの?」
「ええ、響はあんまり自分のことを話さないし、雷や電も知らないっていうの」
「じゃあ教えてあげるわ。響はね北で沈んだの」
「北?北ってどれくらい」
「北海道の辺りかしら」
「北海道?じゃあここから北海道まで行くの」
「ええそうよ。長旅になるわね。さあ出発!」
駆逐艦が前進を開始する。両舷からは徐々に白波が立ちだした。
暁は妙に明るい彼女の横顔を見ていた。さっきまでピリピリしていたのに、山を越えて安心したのかもしれない。暁が中に戻ろうとしたとき、遠い空に無数の黒い点を見つけた。
「たくさん飛んでる」
暁がつぶやくと彼女もそれに気づいて同じところを見た。
「あ、ほんとね。タウイタウイの飛行機かしら」
「落ち着いているわね。さっき慌ててなかったかしら」
「言ったでしょ、気が変わったって。飛行機に見つかったくらいであわてる必要なんてなかったのよ」
「あ、そ。私は中に戻るわ」
「ええそうね。その方がいいかもしれないわ。すこしバタバタするかも」
暁は彼女の言葉に何も返さなかった。扉が閉まるのを後ろに聞きながら彼女は無数の点、大量の飛行機を眺めた。きっとたくさんの攻撃隊がいるのだろう。上空で旋回しているやつが呼んだのだろう。いい加減うるさい。彼女は艤装を展開し、機銃を上に向けた。先ほどから同じところぐるぐるしている。こちらが攻撃をしないので油断しているのだろう。数秒の間機銃が火を噴いた。数発の弾丸でも飛行機を落とすのには十分だ。右翼に被弾したのか、もげてひらひらと舞っていた。バランスを失った飛行機はそのうち錐もみして海に落ちた。
次に彼女は空母に迎撃を命じた。指示を受け取った空母たちは直ちに戦闘機を上げた。戦闘機は編隊を組むや否や接近する攻撃隊に向かって飛んでいった。
航空戦が始まったのは甲板からも見えた。一つ二つと黒煙が見え始め、あっという間にそれは至る所に広がった。だがやはり向こうも護衛機を用意していた。泊地にいる飛行機の数は百や二百では到底収まらないだろう。たかが八十ほどの戦闘機で相手を全滅させることは不可能だし、逆にこちらが全滅する方がよっぽどあり得る。案の定そのうちに戦闘機隊は全滅した。それでも相当数の飛行機を落としてくれた。
「対空戦闘用意」
彼女がそう指示すると駆逐艦の主砲、機銃群が攻撃隊へと向いた。そして深海棲艦も中央から駆逐艦の左舷に集まった。
「撃て」
駆逐艦の主砲が対空射撃を始める。まだまだ遠い位置で主砲でしか攻撃ができない。それでもイナゴの大群のように群がる航空機では駆逐艦の主砲でも十分効果があった。十個ほどの爆炎が空中で上がった。砲弾が命中したのだ。弾がでかいだけに爆発も大きい。編隊群に穴が開いたのが遠目でも分かった。その後も低頻度ではあるが主砲を撃ち続け、敵の攻撃隊に穴をあけ続けた。相手から見れば一撃で大量の仲間が落ちているはずだがそれでも引こうとしないのは素直に感心した。だが、これから今の比じゃないぐらいの射撃を浴びるのだ。果たしてあのパイロットたちは何を思うだろうか。
「撃て」
再度暁は指示を出した。今度は駆逐艦の機銃と深海棲艦の主砲たちが射撃を開始した。急に騒々しくなり、弾幕も濃くなった。敵の飛行機もぼとぼとと落ち始めている。そのうち深海棲艦の機銃も動き始めると、とうとう近づける機体が全くいなくなっていた。それでも幸運な数機が彼女のすぐ上までやってきて緩降下を始めた。だがそれを彼女は無慈悲にもたった一発の弾丸で落とした。
「残念」
撃ち抜かれた機体は爆弾を抱えたまま彼女の乗った駆逐艦のすぐ後ろに落ちていった。
さすがに一機すら到達が困難だと理解した相手は踵を返し撤退を始めた。だが艦隊の対空網にかかっておきながら逃げれるなどと甘い考えは通用しない。撤退する飛行機にも対空射撃は容赦なく襲い掛かる。逃げ切ることができたのは攻撃隊の最後尾にいた機体と、護衛機のみだった。
「撃ち方止め」
生き残った機体が射程外に行ったと判断した彼女は対空射撃を中止した。深海棲艦は中央に戻り、駆逐艦の主砲も正面を向いた。泊地の航空隊の空襲を艦隊は無傷で乗り越えた。