「長門さん!」
魚雷が着弾した数秒後、より一層大きな爆発が起こった。長門のもしくは駆逐艦の弾薬が爆発したのだと直感でわかった。これで長門の生存が絶望的になった。上がった水柱が収まった後を見たくなくて鈴谷は顔を背けた。しかしそうでなくても空から降ってきたもので長門の死はより確実的になった。長門の艤装の一部と奇跡的に原型の残った腕が一緒に振ってきたのだ。その直後、塊とすらいえない赤いものが飛び散った。
「あ……あぁ……」
鈴谷は恐怖で動けなくなった。熊野はそんな鈴谷の姿を見て駆け寄り、彼女の手を引こうとした。
「鈴谷、早く動かないと攻撃機の餌食になりますわよ!」
「だ、だって……長門さんが」
「悲しむのは後ですわ。今はとにかく逃げないと!」
熊野は不意に長門が爆発した場所を見てしまった。足のほんのわずかな部分だけと艤装の破片だけが浮いていてその周辺だけは海が赤黒く染まっていた。熊野は目を背けて鈴谷を引っ張る。鈴谷はなかなか動こうとはしなかったが、熊野が力技で引いたのでずるずると引っ張られていく。
熊野の目の前に何かが飛び込んできた。敵が落とした爆弾だ。彼女は爆弾に驚き鈴谷を引っ張っていた手を離して後ずさった。その瞬間さらに大きなものが着弾し、大量の水しぶきが熊野に降りかかった。彼女はとっさに腕で顔を覆った。勢いが収まってから腕を解くと前にいるはずの鈴谷の姿が居なかった。鈴谷がいるはずの場所には着弾した何かの波紋が広がっているだけ。熊野は一声鈴谷の名を呼んだ。しかしその声に答えるものはない。どういうことか彼女が困惑しているとどこからか異臭が漂ってきた。潮の匂いでも火薬でもない、鉄のようなもっと生臭い匂いだ。熊野はそれが自分の近くから漂っているのに気づいた。彼女が自分の体を見回すと艤装に真っ赤な模様ができているのを見つけた。彼女は恐る恐るその部分を鼻に近づけた。鉄の匂いだ。だがそれは艤装の匂いでもある。しかし、鉄の匂いしかしないことが逆にこの赤い模様の正体を暗示させた。まさかこれは誰かの血なのか。自分のではない。だってどこにも痛みはない。じゃあ誰のか。身に覚えのない血液、そして消えた鈴谷の姿。鈴谷がいたはずの場所に残る波紋。
「ま、まさか……すずや……?」
一時間もたたないうちに攻撃隊は戦果を挙げた。戦艦一人、駆逐艦一人、巡洋艦を二人沈めたらしい。巡洋艦の一人に至ってはまさかの駆逐艦の砲撃が直撃したらしい。人間サイズの艦娘ならきっと木っ端みじんに散ってまるでその場から消えたように見えるだろう。残りは駆逐艦二人だけだが艦隊と艦娘の距離は離れ続けている。いずれ駆逐艦の射程外に行き、電探の探知距離からも離れるだろう。そこまで行ったならもう追う必要もない。生き残った駆逐艦にはこの惨劇を報告して下手に自分たちに近づかない方がいいことを教えてもらっても構わない。むしろそっちのほうがいい。
「さて、逃げ切れるかしらね」
彼女にとっては生き残っても沈んでもどっちでもいい。だからこそゲームのようにとらえた。どちらに転ぼうが彼女の勝利であることに違いはないが。
「響は運がいいのね」
「そうね、なんやかんや港に戻って負け戦には参加していなかったわ」
「ふふ、不死鳥の名は伊達じゃないのね」
暁が笑った。久しぶりだ、暁が笑うところを見るなんて。彼女も嬉しくなって一緒にほほ笑んだ。
「でも、そのせいで響は一人残っちゃったのね」
「そうだけど、でも響はあの戦争を生き残ったのよ。すごいと思わない?」
「それはそうだけど……」
「なに、響も沈んだ方がみんなと一緒でよかったって言いたいの」
「ち、違うわ。そんなこと言いたいんじゃなくて、だんだん姉妹が居なくなって自分だけになっていくのを見てきっと寂しかっただろうなって」
彼女は少し考えてから言った。
「そうね。そうかもしれないわ。ごめんなさい。責めるようなこと言っちゃって」
「い、いやべつにいいのよ」
「許してくれるのね。ありがとう。じゃあお話の続きをするわ」
艦隊はセレベス海の真ん中までやってきた。すっかり電探に反応は無くなり、彼女たちの追手はいなくなったように思えた。結局あの二人の駆逐艦は幸運にも生き残ったらしいので惨劇を報告しただろう。てっきり報復に来ると思ったが逆におびえてしまったか?
艦載機の補充は無事終わった。だが補充に数時間かかったのでむやみには使えない。航空戦で長期戦を挑まれるとこちらが不利になってしまう。だから呼び出せる空母を増やすか航空戦をできるだけ抑える必要があった。あと潜水艦、ソナーは巡航速度では機関音がうるさくてまともに使えない。艦娘を探すのならなおさらだ。そっちは定期的に航空機に巡回してもらえばそれでいいだろう。万が一先制されても駆逐艦なら艦娘の潜水艦の魚雷の一本や二本どうってことはない。
改めて我が艦隊は敵なしだと思った。自分で言うのもなんだがこの無敵艦隊にたった六隻でどうにかしようとしたタウイタウイは馬鹿だ。結果近づけずに航空機のみで壊滅した。だが、流石に学習したのか今度は数を増やそうとして彼女の艦隊に近づいていた。
報告は巡回していた戦闘機からだった。水平線から多数の飛行機が接近している。数は先の空襲ほどだそうだ。進路はこちらに向いており、目標はまず自分たちだろう。自分たちの上を通り過ぎるという可能性も微粒子レベルで存在しているがそれならそれで逃さないが。どちらにせよ我がテリトリー内に入るのだから戦闘準備を取る。テリトリーである電探の感知距離に入った瞬間に戦闘機による迎撃を開始する。だが先の空襲でもそうだったように戦闘機の数が足りない。が、対策も思いつかないので変わらず突っ込ませるしかない。また補充に時間を取られてしまう。まあでも規模が一緒なので艦隊の対空砲火で十分沈めれるだろう。まるで自殺行為だ。なぜまた惨劇を繰り返そうとするのだろう。なぜ命をそう易々と投げ捨てるのだろう。いや、普通なら繰り返そうとはしない。簡単に命を投げ捨てたりしない。だからあれはきっと別の所の航空隊なのだ。艦隊の後方から迫っているのでブルネイの航空隊だろうか。かわいそうに、初めてならしょうがない。痛みを伴うがしっかり教えてあげよう。艦隊に手を出すのがいかに蛮勇なのかを。
敵がテリトリーに入るのを待っていた時、敵航空隊が近づくにつれて違和感が出始めた。確かに敵は近づいていたはずなのにどうにも小さすぎる気がした。その原因と違和感の正体は電探が探知した瞬間に判明した。敵は我が戦闘機体よりもはるか上空に位置していたのだ。道理で近づくのにまるで距離が縮んでないように見えたのだ。さらに高度を落としている機体がないので、あのすべてが爆撃をしようとしている。しかし気づくのが遅すぎた。すでに敵は戦闘機体の手の届かない場所にいるし、今から上昇しようにも到底間に合わない。結果、戦闘機体は自分たちの真上を悠々と通過するのを指をくわえてみるしかなかった。更に影響は上空だけでなく、海上にもある。敵が異常な高度を取った結果、彼女を含め深海棲艦の武装では敵にまで弾が届かないのだ。駆逐艦であればまだ届くがあの小ささでは前にも言った通り狙うのは至難の業だ。ただ敵にもデメリットはある。あれだけの高度、当然まともに照準はできない。だがそれを無視できるものがある。そう駆逐艦だ。あれだけの巨体、数をばらまけば必ず当たるだろう。そうやってじわじわ戦力を削り取るつもりなのだろう。深海棲艦もそこらの艦隊よりもたくさんいて的には事欠かない。攻撃よりも生存を重視した、彼女からみていい作戦だ。
「思ったよりも考えたのね」
だからと言って攻撃を甘んじて受け入れるつもりはない。彼女は駆逐艦に対空攻撃を命じた。直ちに駆逐艦は全火器を用いて対空砲火を浴びせる。しかしなかなか撃墜する様子を見せない。先の空襲で大きな戦果を挙げた主砲も全然当たらない。どういうことなのか彼女は考えたがすぐに一つの考えに至った。きっと機体同士の幅を多く開けているのだろう。機体同士の距離があるので爆発に巻き込まれにくいし、そもそも砲弾も当たりにくい。いやはや、一度の失敗でここまでやり方を変えるとは少し侮っていたかもしれない。
暁型の主砲はあまり対空射撃には向いていない。砲弾もただの徹甲榴弾で時限信管や近接信管など持ち合わせていない。当たらないのなら何の脅威にもならなかった。駆逐艦と言えども四隻ではあれほどの数と小ささの航空隊には有効打は得られなかった。やがて敵は緩降下をしやはり高度を高めに維持したまま爆弾を投下していく。通常の戦闘なら深海棲艦でも艦娘でもあり得ない高度だ、爆弾が落ちてくるまでの時間も倍以上長い。生存性を高めた結果狙いは粗雑になり、通常の爆撃よりも命中度は低かった。しかしその低さを数で補う。一つの爆弾が着弾した刹那、それを追うように何十倍もの数が艦隊に降り注いだ。まさに雨のように降り注ぐ爆弾は必然的に体積の大きい駆逐艦に多く命中する。小さくとも爆弾が命中し、少しずつ損害を負っていく。流石の彼女も急ぎ艦内に避難した。
中からも音は聞こえてくる。一応艦内まで到達することはないだろうがそれでも少し心配になるほどだ。ふとひときわ大きく揺れたあとすぐに機関が故障としたという報告があがった。どうやら煙突に飛び込んだ爆弾のせいで機関にダメージを負ったそうだ。この暁他、電も同じく機関が故障したという報告が上がった。響と雷は艦隊の両端にいたおかげか故障は免れたようだ。艦隊のダメージは駆逐艦に収まらない。深海棲艦も多数がダメージを負い、駆逐艦の何隻かは沈没した。まるで何時しかの戦争のときみたいだ。この船たちは昔と同じ体験をしている。彼女はこの船たちが恐怖にあえいでいるように思えた。
暁は久しぶりに廊下に出ていた。突然の轟音に何事かと思ったが、自分たちが大規模な攻撃に晒されていることはすぐに察した。今私たちは類を見ないほどのピンチに陥っている。つまりこれ以上ないぐらい命の危険があるのだ。今なら、今なら死ねるのかもしれない。そう思って暁は静かに出口を求めた。しかし、暁が向かった出口には彼女が待機していた。見つかるわけにはいかないので仕方なく暁は別の出口に歩き出した。足音がないのに影だけが慌ただしく廊下を行ったり来たりしている。ぶつかるはずがないのに影が目の前に来た時、暁は横に避けてしまった。影もまた暁の前で一瞬踏みとどまった。
もう一つの出口にたどり着いた。暁は扉に手をかけ、開く。そして外に飛び出した。しかし想像していた風景はそこにはなかった。全体的にボロボロになっている甲板と変わらず海面に咲く彼岸花は見えるが、雨のように降り注いでいただろう爆弾はなかった。上を見ればはるか上空に飛行機が飛んでいるが、それは艦隊から遠ざかっているように見えた。まさか外に出る直前に爆撃を終えてしまったのか。
「そんな」
暁はそう言葉をこぼした。数少ないチャンスだったのにそれを逃してしまったのだから。暁が空を見て呆然としていると、彼女が声をかけてきた。
「ちょ、なんでここにいるの。危ないから早く中に入って!」
暁は彼女を一度見ると、トボトボ中に戻っていった。
彼女は暁が中に戻ると扉を閉めて艦尾に走った。駆逐艦の中央に集めていた深海棲艦たちからは所々黒煙が昇っている。油断していたわけではなかった。ただ少し目立つ穴があった。しかし敵はその小さな穴に太い棒をねじ込んだ。やられっぱなしではいられない。敵もすぐに第二次攻撃を仕掛けてくるだろう。
彼女は去っていく敵航空隊に編隊を一つ尾行に向かわせた。あの航空隊がどこからやってきたのかで攻撃方法が変わる。あれがブルネイだというなら艦隊は不本意ながら海中に逃げなければならない。機関が壊れていても沈降はできる。だが万が一、可能性は低いがあれが艦隊から飛び立ったものだというなら発見次第報復に向かう。
損害は駆逐艦二隻が機関の故障、深海棲艦は駆逐艦や巡洋艦などがいくつか沈み、他多数が何らかの損害を負った。幸いどちらも対処はできる。機関に関しては一日ほど時間を費やさなければならないのが痛い。その間移動することができない。彼女は損害に対処しながら尾行している編隊からの報告を待った。
数時間後ついに知らせが届いた。結果、あの航空隊が戻ったのは艦娘たちの艦隊だった。