空母は近づかれると何もできない。その持っている弓も近接武器にはなれない。弓で防御しても彼女はその弓ごと叩ききった。
彼女は錨の先につけた槍に加えて鎌の外側の峰をなくした。こうすれば例えば鎌を振った後に切り替えしても攻撃できる。槍を躱されても刃があるほうに避ければそのまま鎌の餌食だ。
加賀がやられ、残った三人も一人が槍に突き刺されて、一人がレ級の砲撃で吹き飛び、残った一人は鎌で両断されかけた。この間に彼女は何の抵抗も受けなかった。空母を抹殺してから陸奥の方を見ると、陸奥達は主砲を構えたまま立ち止まっていた。
「あら、空母全滅しちゃったわよ。なんで撃たなかったのかしら。私は見ての通り暁、駆逐艦よ。戦艦の主砲なんて一撃もらえば致命傷だわ」
彼女はわざとらしく自分の体を抱いてくねくねした。
「でもそうね。いじわるは好きじゃないもの。当たっちゃうものね、味方に。戦艦の主砲なんてね。五人も戦艦なんてね。巡洋艦が一人いるし彼女に任せればいいんじゃない。ああでも、今は私とレ級が一人だけ。当たる味方はいないわ」
陸奥達の手はプルプルと震えており、その顔はまるで般若のようだ。
「覚えてる?私よそ見は良くないって言ったわ」
すかさず陸奥達の後ろからレ級が攻撃を仕掛けた。狙いは巡洋艦だったが、その艦娘は直前でレ級に気づき咄嗟に距離を開けた。結果間に合わず尾の殴打を受けたが、距離を取ろうと少し動いていたおかげで殴打がブーストとなって後ろに滑り、衝撃を和らげる形となった。艤装の主砲がひしゃげたがまだ魚雷発射管が生きていた。
「お仲間が死にかけたわ。助けに行かなくていいの?」
彼女が煽るがそれに答えようとはしない。
「あっそ。信じてるってわけね」
彼女はレ級と距離を詰めた。それに対し陸奥達もついに応戦した。主砲や副砲を使って彼女を迎撃しようとする。彼女はそれに臆する様子を見せなかった。だが実際彼女の行動は賭けだ。五人の戦艦の砲撃が彼女とレ級を襲っている。数撃てば当たるものだからいつかは当たる。それが当たってないのだから彼女は豪運の持ち主だと言えるだろう。現実的な話をするならば下手に避けるよりもまっすぐ進んだ方が当たりにくい。避けたら彼女を狙ってそれた砲弾が当たってしまうかもしれない。
やがて彼女は陸奥の目の前まで近づいた。陸奥の目は大きく見開かれ、明らかな動揺と恐怖が見えた。陸奥にはスローモーションのように彼女が錨を振りぬく姿が見えたんじゃなかろうか。死ぬ間際は世界が遅くなるらしいから。
執念のせいか陸奥はスローな世界で体を後ろに動かした。体が両断されることは防いだが、ざっくりと体を裂かれた。大量の血液が流れ陸奥は跪く。
「あら?」
彼女はすっかり両断した気分だったので、体がつながった陸奥を見て一瞬驚いた。しかし瞬時に二撃目に入った。刃の外側で今度こそ真っ二つだ。
「やめろ!」
横から叫び声が聞こえたので彼女がそっちを向くと一人の艦娘が刀を振りかざして迫っているではないか。彼女も後ろに避けた。その艦娘は陸奥の前に立ち刀を構えている。その後ろからはほかの戦艦の主砲が覗いている。仕方なく彼女は回避に専念することになった。コンマ前にいた場所に砲弾が無数に飛んでくる。
彼女も主砲を撃つがその威力は艦娘の駆逐艦と変わらない。当たっても損害は見えなかった。天は二物を与えずとは言うが駆逐棲姫とか駆逐古鬼とかおおよそ駆逐艦とは思えない火力を有するものもいるわけだし自分にも同じ火力が欲しかったが混血には無理なのだろうか。
彼女は代わりに魚雷を流した。暗闇の中では相手も魚雷には気づくまい。数秒後爆発音が聞こえた。何人かやったはずだ。レ級に追撃を指示する。レ級は尻尾を殴打の形で突撃した。まあ何かには当たるだろう。実際、その攻撃は戦艦の一人に当たった。しかしさすがは戦艦かレ級の殴打を受けきった。彼女もすぐに突入したがその際海面に倒れている一人の艦娘を横目に見た。陸奥の前に立った奴だ。六本の魚雷を流して一人だけか。正直戦果がしょっぱい。
彼女が狙ったのはレ級が攻撃したやつだ。右腕でレ級の攻撃をガードしているのが見えたので多分彼女に対応しきれない。そう思って錨を振りかざした彼女だが当の戦艦は左腕を突き出し砲撃の指示を出していた。彼女はそのことに気づかないまま砲撃された。幸いなことに艦娘には彼女の姿がよく見えなかったようで砲撃も全体的に左に寄っていた。そのため彼女は右腕を吹き飛ばされただけだった。右腕だけで持っていた錨が宙を舞い、崩れた右腕はみるみる歪に再生する。彼女と艦娘が相対するまでに腕は再生し宙を舞った錨を再びつかんで振り下ろされた。頭に振り落とされた錨は艦娘の頭をかち割るにとどまり、体が真っ二つになることはなかった。
彼女はいちいち殺ったものの姿を確認しない。すぐに錨を引っこ抜き次の艦娘に向かう。その時もう一人のレ級も戻ってきた。巡洋艦を沈めてきたらしい。
残りは二人、一人は彼女一人で何とかするのでもう一人はレ級にやってもらおう。
彼女が相対するのは近接武器も持たないただの戦艦。不幸だのなんだのつぶやいていて好戦的には見えない。彼女がとびかかると戦艦は両肩にある主砲で彼女の錨を受け止めた。主砲はかなり分厚く彼女の錨でも叩き割ることができない。上半身はガードが高そうなので足を狙うことにした。上半身に比べ足には何の装備もついていないので当たればダメージが確実に与えられる。彼女が再び攻撃をしかけると戦艦は同じように主砲で受け止めようとした。しかし彼女はとびかかるのではなく海面をすべるように姿勢を低くした。おかげで戦艦はノーガードだ。彼女は全力で振りぬいた。戦艦の足には鎌の刃が深く入り、骨を削ってすり抜けた。戦艦の悲鳴が響き跪く。今のはいい入りだ。痛みでもう立ち上がれないだろう。戦艦は涙目になりながらもこちらをにらんでいる。
彼女はそんな戦艦を前にして考えていた。奴は今跪いているが、そのせいであのバカでかい主砲が体全体を覆ってしまっている。立っているよりもむしろ防御しやすい。どうすれば防御されにくいか、考えた結果左から攻撃することになった。彼女は三度目の攻撃を仕掛ける。錨を左手に持ち替え右から左に袈裟切りをするように降りぬいた。だが戦艦は彼女の錨を受け止めた。彼女はさすがに驚き一瞬固まる。その瞬間に戦艦の主砲が動いた。まずい、と彼女は思い錨を手放して横によけようとした。しかしそれよりも主砲が発射される方がわずかに早かった。閃光が走り、しかしは真っ暗な海と月明かりの浮かぶ空を交互に移す。やがて衝撃とともに海水の味がした。彼女は起き上がろうとしたがどういうわけか足の感覚がしない。確認すると足どころか腹からしたがなかった。腹からは靄が流れ出ている。再生されない。体の半分ともなると再生ができないのか。さらに吹き飛んだ間に戦艦の姿が見えなくなっていた。また砲撃が飛んでくるかもしれないもう動けない。だが予想に反してあの戦艦はあろうことか立てないはずなのに彼女の錨をもって突撃していた。けがをした片足からは大量の出血があり、激痛がするだろうに歯を食いしばって耐えている。思わず彼女は「馬鹿だ」とつぶやいた。そして間合いに入り戦艦が彼女の錨を彼女に向けて振り下ろす際にもう一度言った。
「馬鹿ね」
戦艦は錨を掲げた体制でとどまり、やがて錨を落として座り込んだ。その目線は足元に転がる彼女ではなく自身に突き刺さった刀に向けられただろう。
彼女はたまたま近くに浮いていた何時しかの戦艦の刀を抜き突き刺した。それが致命傷だったのか戦艦は絶命した。
「使ったこともないもので攻撃しようとするからよ。大人しく主砲でも撃っとけばよかったのに」
なぜ有利な状況を捨てたのか分からないと言った思いとともに彼女は言った。だが死人に文句を言っても何も答えない。彼女もそれを自覚してため息をついた。
彼女はレ級が回収に来てくれるのを待っていた。下半身が吹き飛んでしまって動けない。座り込んだ死体はあっという間に沈んでしまったし、遠くからまだドンパチしている音が聞こえる。今の状況を客観的に見ると彼女はかなり危険な立場に置かれている。移動ができないし、方向転換もままならない。一応艤装が使えるが狙いを定めるのも難しい。まだあっちの戦闘が終わる気配がしないので彼女は一度海中に避難した。
海の中は真っ暗で当然だが月明かりはほんの表層しか照らしてくれない。すぐ下は真っ暗闇で何かが潜んでいそうだ。
彼女はレ級を待っている間さっきの戦闘を振り返ることにした。彼女は決して油断しているつもりはなかった。言い訳をするならこっちはわずか三人、向こうは十二人にもなる連合艦隊だった。でも片方はほぼ空母で夜戦時にはただの的だし、実質一艦隊だけだった。それに相手は戦艦で彼女とは機動力で天と地ほどの差があった。それに夜戦では彼女のような駆逐艦は圧倒的に有利なはずだった。故に勝ちはしたがこのような大損害を被ってしまったことには強い遺憾の念があった。今後あれと同程度かそれ以上の敵と相対する可能性は十分にある。
少し自分の力を過信してしまったのかもしれない。思えばほぼ直進に突っ込んでいただけだった。だがあの状況ではそれが最善策でもあった。
問題は最初の攻撃からあった。確実に仕留めようとした攻撃を避けられ致命傷に抑えられた。咄嗟に切りかかった戦艦に直前まで気づかなった。おかげで反撃の余力とチャンスを与え一時防衛に専念せざるを得なかった。あれはもう少し深く錨を入れ確実に仕留めてからあの切りかかった戦艦をカウンターで殺るべきだった。
そうして反省を続けていると何かが近づいていることに気づいた。海面から顔を出してみてみるとどうやらレ級が二人とも戻ってきたらしかった。彼女は早速レ級の一人に担いでもらい自身の艦隊に戻っていった。
誰かが部屋に入ってきた。どうせまた彼女だろうと暁は思った。しかし今回の客人はちょっと変わった人物だった。レ級が二人入ってきたのだ。彼女以外の人物が訪ねてきたのは初めてだ。一体何の用がるのだろう。よく見れば先頭のレ級は何かを抱えているようだ。暁はすぐにレ級が抱えているものに気づいた。
「うわ、どうしたの」
「思ったより驚かないのね」
「いや十分驚いてるわ。急に上半身だけで抱えられてきたら誰だって驚くでしょ。で、どうしたの」
「下半身が吹き飛んじゃったのよ」
「それは見ればわかるわ。なんで下半身吹き飛んだのよ」
「戦艦に零距離で撃たれたの」
「ふーん。治らないの?」
「治るわ。でもダメージが多すぎて時間がかかるの。だからちょっとベッド貸してくれない」
「なんで私の部屋なの。救護室とかでいいじゃない。そっちの方がお似合いよ」
「あんな感情が見えないただの影と過ごせっていうの?」
「優しさはあるよ。前私にシーツかけてくれた」
「それでもお話してくれるあなたのほうがいいわ。無音で過ごしてたら頭おかしくなりそうだわ」
言ってそんなに無音でもないと思うが、ずっと波の音を聞いていても単調で退屈だろうかと少しは同情する気持ちもあった。
「はあ、仕方がない。いいわ」
「ほんと?ありがと!」
彼女の部屋の出口で立ち止まていたレ級が再び動き出し暁がいたベッドの横に彼女を下す。彼女はレ級に「あがとう」と簡単に感謝を述べると続けて「もう行っていいわ」と言った。レ級はその言葉通りすぐに暁の部屋を去っていった。
「どれくらいで治るの」
「さあ、でもちょっと時間かかるかも」
自分のことなのに分からないのかと暁は思った。しかし顔に出ていたのか彼女はその疑問に答えるように言った。
「あなただって体調とかどうにもならないでしょ。それと同じよ」
「同じかしらね。それにしても人間みたいなこと言うわね」
「なにか問題でも?」
「私よりも人間に遠いのに」
「いいでしょ別に、人型なのに」
「無理やりね」
「もー、響の話してあげるから黙って寝かせなさいよ」
あまり他人をいじる趣味はないので彼女の言う通り黙って彼女を横においた。そして彼女は響の話の続きを始めた。
その報告が入ってきたのはちょうどフィリピンに寄港していた時だった。現地の提督から大本営からと言って大和が提督室に呼び出された。秋月はほかのみんなと一緒に大和が返ってくるのを待った。
やがて戻ってきた大和に何の連絡だったのかと聞くと大和は重々しく言った。
「ブルネイに南方深艦隊と思しきものが出現。タウイタウイ泊地が壊滅的被害をうけたそうです」