紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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私たちはあの人よりもずっと弱い

「ふむ、前回目撃されたのはうわさが正しければ南方ですから、少し北上してますね」

 秋月は大和の報告に動揺もせずすぐに分析を始めた。大和はそのことに少し意表を突かれた。大和の艦隊は予想通り動揺した様子を見せているが懲罰部隊の面々にはそれがない。それどころか秋月を中心に南方深艦隊の動向を予想していた。

 懲罰部隊は他の艦隊との接点は全くない。だから他の拠点が壊滅しようとそれは悲報だの訃報ではなくただの情報でしかない。実際秋月たちは大和の報告から敵の規模を予想しようとしていた。

「大和さん具体的に泊地の被害状況は聞かされてませんか。誰がやられたのかとか」

「い、いえただ壊滅的被害を受けたとだけ」

「では申し訳ないですけどその具体的な内容を聞いて来てもらってもいいですか」

「え、あ、はい分かりました」

 なぜそこまで知ろうとするのか聞かれた瞬間の大和には分からず勢いで了承してしまった。それからすぐに敵の規模を予想するためだと気づいたが動揺する様子もなくすぐに敵について考えるその姿勢に感心してしまった。

 それから数十分して大和が戻り、被害の詳しい状況を秋月たちに話した。

「戦艦六に空母五、巡洋艦三に駆逐艦一、航空機は百機以上、確かに壊滅していますね。これを南方深艦隊が?」

「はい、ただ最後に出撃させた連合艦隊は攻撃隊による攻撃を成功させたという報告以降連絡が付きませんでしたので本当に南方深艦隊による攻撃なのかはわかりませんし、先遣隊も南方深艦隊の姿を見ることすらできず生き残った駆逐艦二人の証言から南方深艦隊の攻撃だと判断しただけのようです」

「つまりこれが南方深艦隊による被害だと断言できるものが無いということですか」

「でも全部タウイタウイ泊地の近くです。哨戒圏内からは外れていたとしても泊地の艦隊を壊滅させるほどの深海棲艦は湧かないはずです」

「……まあそうですね。普通はそうですから、それなら南方深艦隊の仕業でしょうね」

「大和の報告を聞いた率直な感想なんだがこれは私たちだけで何とかなるのか?」

 グラーフが二人の会話に割り込んだ。それは聞いた直後から誰もが思っていたこと。その言葉を聞いた途端全員が押し黙っていた。タウイタウイは最終的に空母五、戦艦五を含む連合艦隊を出したという。それを全滅させるほどの力が敵にあるのだ。同じ数である我々が奴を、奴らを沈められるとは思えない。そしてもう一つ、連合艦隊を全滅させた件で最悪の予想がある。

「もしこれが暁さん一人でやったことならもう私たちに勝ち目はないですよ」

「い、いや流石に一人では」

 大和は自分に便乗してみんなが賛同してくれることを期待した。だがそれに反してグラーフたち懲罰部隊のメンバーは誰一人として大和に同調しなかった。それほどなのか、暁という艦娘はそれほどまでに恐ろしいのか。アニメや小説に出てくるワンマンアーミーみたいなキャラクターなど実在しない、そのはずだった。しかし今自分たちがいてしようとしているのはそれを実現させた存在なのかもしれない。自分たちだけではもはや手に負えない。そうならないうちに仕留めるはずだった。しかしもうその次元を超えてしまっているのだ。

 大和は緊張による汗を流しながら一つ提案した。

「ぞ、増援を呼んだ方がよ、良さそうでしょうか」

 同じ緊張のためか言葉がうまく出てこない。声も小さかったかもしれない。秋月たちに何の反応も見られなかったからだ。大和はもう一度さっきの提案を言おうとした。だが秋月は大和よりも先に返事をした。

「それが可能なんですか」

 大和は自らそう提案したものの可能かと言われると少し懸念する部分があった。

「実は皆さんも察していると思いますが今作戦は大本営および一部の鎮守府以外には極秘の作戦なんです。なのでここの提督も知りません。それどころか南方深艦隊の存在も同じように公表はされていません。なのでこうして私たちだけで討伐に向かっているわけなんです。自分から言っておいて何なのですが正直増援を了承してくれるかは、わかりません」

「そうですか。まあ増援がないなんてことは慣れてます。私たちはいつでも沈む覚悟はできていますから」

 秋月はすでに自分が沈む運命にあることを悟っていた。今まで何度も沈みかけたことはあった。悪運が強かったせいかこうして生き続けたわけだがついに運の尽きか。いや、そもそも今まで生きていた方がおかしい。ある意味当然の終わり方だろう。懲罰部隊の面々も同じような顔をしている。逆に大和たちは絶望したような顔をしている。今までこんな絶望的な状況にあったことはないのだろう。不利と言える状況はあっただろうがこんな死以外の結末が見えないなんてことはなかったはずだ。

「いや、時間はかかるかもしれないが増援は可能かもしれないぞ」

 秋月が覚悟を決めたところでグラーフが口をはさんだ。

「どういうことですか」

 秋月よりも先に大和が尋ねた。

「うん、タウイタウイが壊滅的な被害を受けたわけだ。大本営にそれを報告するぐらいだからきっと周辺の泊地にも注意喚起を行っているはずだろう。そうなれば南方深艦隊の名こそ広まらないが、とんでもない戦力を持った深海棲艦がいることは広まるわけだ。そのうち大本営もそれを無視することはできないだろう。私でもこれぐらい予想できるんだから大本営が予想できないわけがない。恐らく説明を求められるだろう。そうすれば南方深艦隊は世に広まる。つまりだな、極秘じゃ無くなれば増援を頼むのも容易だろう」

「なるほど、その手がありましたか」

「それまで時間もかかるだろうし、その間に南方深艦隊もさらに力をつけるだろうがそれでも私たちだけで死にに行くよりはよっぽどマシだと思うぞ。多くの鎮守府や泊地と協力した方が勝率も上がるだろう。それまで待ってくれるかは分からないがな」

「分かりました。私が交渉してみましょう」

 そう言って大和は再びどこかへ去っていった。

「せっかく死ぬ覚悟をしていたのに」

「私はまだ死にたくはないからな。それに大和たちにも死んでほしくないし、申し訳ないが私の価値観を優先させてもらった」

 グラーフは笑ってそう言ったが秋月は顔をしかめた。きっとあの時に言ったことをまだ根に持っているのだ。

「あの時は、ちょっと勢いで言ってしまっただけでその……」

「ははは悪い悪い。今だから言えるが確かに私は少し価値観を押し付けていたのかもしれないな。なにせあの中だと私が一番理性的だったからな」

「ぐ、グラーフさんも言うようになりましたね」

「ああ、やっと私もお前らになじめるようになったんだろうな」

「うーん立場的に複雑な気分ですね。そういうならグラーフさんにはずっと常識枠でいてほしかった気も」

 

 秋月たちが待機していた場所に時計がなかったのでどれほどの時間待っていたのかはわからないが一時間近くは待っていただろう。待ちくたびれていたところに大和が誇らしげな顔で戻ってきた。あの様子だとうまくいったのだろう。

「皆さんやりました。時間はかかりましたが大本営は南方深艦隊の情報を公開し近日中に多数の鎮守府及び泊地による大規模作戦の会議を始めるそうです」

「よかった。それでは私たちは一度戻るんですかね」

「いえ我々はこのままここで待機、作戦発案時は私たちが先陣に立つそうです」

「え、えぇ」

「安心してください。ここの提督には我々の停泊を許可していただいたので」

「いや別にそういうわけでは」

 先陣を切るんだったら味方がたくさんいても変わりないと思う。が、それを言うのも野暮化と思った秋月は口をつぐんだ。

「で、その作戦が立案されるまでどれくらいかかるんですか」

「さあ、多分年内には立案されると思うのですが……」

「年内ってあと半年以内ですか。幅が広いですね」

「なにせ先日の作戦よりも規模が大きいですから。ほぼすべての鎮守府が参加するとなるとその作戦もかなり複雑になると思います。すみません私もあまり作戦立案をしたことはないのでどれだけ時間がかかるのかは全く分かりません」

「まあそうですね。どうせ考えるのは私たちじゃありませんし束の間の休息でも楽しみましょうか」

 秋月たちはここの大淀からしばらくの間使わせてもらう部屋を案内された。大和たち呉の艦娘には一人一部屋ないしは二人一部屋だったのに懲罰部隊には大部屋が一つ用意されただけだった。まあどうせこんなもんだろう。大和も特に何も言わなかったし結局はそういうことだ。彼女なりに自分たちを気遣っているつもりだろうが根は変わらない。だが少しでも気遣ってくれるのだったら全然マシだ。それにここには一応敷布団がある。数少ないソファを譲り合って過ごした大本営の時よりはマシだ。

「にしてもあっちぃよなここは」

 そう言って摩耶はすぐに窓を開けたが、そこから入ってくるのは生ぬるい風だ。摩耶は顔をしかめて窓から離れた。

「今夏ですからね。多分これからもっと暑くなるっぽいですよ」

「クーラーとかないんですかぁ」

 睦月は自分の顔をパタパタ仰ぐが涼むどころかより汗ばんできている。初雪は暑さでダウンしているのか座ったまま動かない。

「クーラーはないが扇風機ならあったぞ」

 グラーフはクローゼットから埃をかぶっていた扇風機を引っ張り出してきた。スイッチを押し込むタイプの古い奴だ。正直動くかわからないが彼女たちはその扇風機に一抹の希望を寄せた。コンセントを指しグラーフがスイッチを押し込む。一瞬反応がなく彼女たちに絶望の顔が浮かんだがすぐに羽が回り始め風を提供しだした。

「動いたー!」

 睦月たちは扇風機の前に群がり初雪ですら素早い動きを見せ、ちゃっかり先頭に陣取った。一刻も風の恩恵を受けたいのか互いに押しのけながら扇風機の前を陣取ろうとした。

「そんな群がるとかえって暑いだろうに」

 グラーフが扇風機の後ろにある棒を押し込み扇風機が首を振り始めるとかの睦月たちも扇状に並んで風を受けた。秋月はそんな四人を横目に椅子に座った。

「お前も涼まなくていいのか?」

「私は団扇で十分ですよ」

「団扇あったのか」

「ええ、奥の方にですが。もう一つありましたけどいりますか」

「ああ、ありがたい」

 二人は無言で団扇を仰いだ。季節は夏だがセミの声は聞こえず。遠くの波の音だけが聞こえている。しばらく団扇を仰いでいた秋月がふと口を開いた。

「私たちに暁さんが倒せるでしょうか」

「分からないな。実際に戦ったことがないからどれだけ強いのか見当がつかない。ただ相当強いのは分かる」

「手合わせとかしたことないんですか」

「まさか。空母の私が駆逐艦と一対一で勝てるとでも思ったか。そういうお前こそしてそうなものだが」

「私もしてませんよ。そんな気分じゃなかったので。それにやったところでどうせ負けますよ。はあ、今思えば一度くらい手合わせしといたほうが良かったですね。こんな先の見えない不安につつまれることもなかった」

「そうだな。だがそれは結果論だ。それにこの状況は一番あり得ない状況だ。予想して対策何てできなかっただろうよ」

「やっぱり優しいですねグラーフさんは」

「そんなことない。当たり前のことだ」

「暁さんはわざわざ泊地に近づいて攻撃したってことですよね。それに北上もしてるみたいですし。もしかしたらいずれここにも来るかもしれませんね」

「そうしたらきっと私たちが迎撃に向かわさせられるだろうな」

「死にますかね」

「分からんな。案外生きれるかもしれない」

「生きれるかわからないなら私はいやですね。暁さんがここに来ないことを願いますよ」

「ああ全く私も同感だ」

 大和は年内には作戦が立案されるだろうと言っていた。年内と言ってもあと半年ほどある。作戦が立案されるまで半年、素人には時間がかかりすぎているように思える。それまでの時間で敵は一体どれほど力をつけるのだろうか。彼女は深海棲艦にも敵対していると大本営でうわさに聞いた。もし彼女が完全な第三勢力となってしまったらどうしようか。考えれば考えるほど嫌な未来しか見えてこない。いっそのこと散ってしまえば自分にはもう何も関係なくなるのに、そのようにさえ思えてくる。秋月はもうこれ以上考えるべきではないと思い、団扇を置いて扇風機に群がる集団に交じりに行った。

「場所開けてください。暑いです」

「もうこれ以上首回らないっぽいですよ」

「誰かがちょっと動けばいいでしょ」

「おいあたしはじっこだから風当たらなくなるだろうが」

「知りませんよそんなこと。ちょっとだけなんですから我慢してください」

 秋月は集団を押しのけて真ん中に座った。扇風機の風は団扇より断然涼しかった。

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