暁は目を覚ました。目を開けたのか分からないほどの暗闇が彼女を出迎える。手探りで辺りの状況を把握し、自分が壁らしいものに縋っていることに気づいた。
「壁?なんで…」
彼女の記憶にあるのは、ここに入ってから波の音が聞こえていたところまで。誰かと会話していたような気がするがそこまでしか覚えていない。
「あ、起きたかしら?」
声がした。自分と同じ声。
「…記憶が飛んでるらしいのだけど、どうなっているのかしら」
「寝てたのよ」
「寝てた?艤装つけてるのに」
「寝てたわ」
「うーん、どうしてかしら。寝てたっていうなら今何時くらいかしら」
「多分朝よ。鳥の声が聞こえるわ」
声の言う通り耳を澄ますと波の音に混じって鳥の鳴き声が聞こえる。
「なんで艤装つけてるのに寝たのかしら…うーん思い出せないわ」
「お、思い出さなくてもいいと思うわ。多分不調とかのせいじゃない。ほ、ほら一ヶ月ぐらい整備してないでしょ」
「…なのかしら」
ここでは艤装の整備は普段は受けられず月末にやってくる補給の時に一緒に整備をしてもらうことになっている。確かにもう一ヶ月近く碌な整備を行っていないので不調はあるかもしれない。
「寝れるなら楽勝ね。あ、でもそしたら空腹を感じる可能性も…やっぱり良くないわ」
「その時はその時考えればいいんじゃない」
「あなたね、声だけだからって。ああもう、いい加減姿現したらどうなの。一度も見たこと無いのだけど」
「どうせ真っ暗で見えないわよ」
「う、それはそうだけど」
「私がいるだけいいでしょ?会話相手になってあげるわ」
「あなたいつか見てなさいよ」
「それじゃ、今日の哨戒は秋月と初雪な」
「えー…」
「……」
「えーじゃない。初雪も嫌そうな顔をするなせめて文句があるなら口を使え。そもそも昨日やるはずだったのを新人に押し付けたのはお前らだろ。ちゃんと仕事しないと刑期伸ばしてゲームぶち壊すぞ」
「行ってきます」
「……」
二人は意気揚々と部屋を出ていく。数秒前との変わりように彼はため息をついた。
「はあ、全く。あ、そういや新人はどうした」
「夕立は朝起きてからランニングしている。暁に白兵戦を教えてもらうらしい」
グラーフが横から答えた。「睦月は……多分まだ寝てるんじゃ無いか」
「いい度胸だな。懲罰部隊で寝坊とは。あいつは朝食抜きだな」
「もう朝食の時間でも無いけどな」
「…じゃあ、夜間哨戒…は無理だな」
ここは潜水艦も多くうろついている。夜間哨戒などしていると潜水艦の格好の餌食だ。処罰を超えて処刑になってしまう。
「もういいんじゃないか。ここにいる時点で十分懲罰だろう」
「何も無いのは懲罰部隊としてダメだろ」
「死刑の前には好きなことができるだろう?それと一緒さ。ここにいる間ぐらい好きに過ごさせてもいいんじゃないか」
「…まあ、そうか。そうだな」
彼はもう一度ため息をつき二階に戻っていった。入れ替わるかのように摩耶が入りソファに座った。テレビの電源を入れコントローラーを握る。ゲームを始めるらしい。
「なあ、次の補給っていつなんだ」
摩耶はテレビに向いたままグラーフに問うた。
「補給か?あと…一週間だな」
「補給って何すればいいんだ」
「お前はまだしたことなかったか」
「来てから一週間しか経ってねえよ」
「ああそうか。一ヶ月はもう経ったかと思ったがまだそれぐらいか。なに難しいことはせん。駆逐艦が大発に物資を乗せて岸までくるからそれを運ぶだけだ。あと艤装の整備もするな」
「整備ぃ?誰が。あたしはできねえぞ」
「明石が来るんだよ。私たちが運んでる間に他所で整備をするんだ」
「なるほどな」
それだけ言って摩耶はゲームに熱中し出した。グラーフもやることがないので少し離れた椅子から摩耶のゲームプレイを眺めることにした。
数時間後二階から誰かが降りてくる音がした。階段からゆっくりと姿を現したのはまだ眠そうにしている睦月であった。
「遅いな、睦月」
「にゃしぃ〜今何時、で、す…か…」
眠たげにしていた目は時計を見るや否や段々と開いていきあっという間に見開いた。睦月は顔を青くしながらグラーフへ顔を向ける。
「あ、えっと…すみませんでした…」
「心配するな。司令官は特に何も言ってない」
「ほ、そうですか〜」
「まあ、朝飯は抜きだが」
「えぇ〜!?」
「えーって、今何時だと思ってる」
「〇九二四です…」
睦月はシュンとしてグラーフの向かいに座った。しかしすぐに顔をあげキョロキョロと周りを見るとグラーフに言った。「あれ、なんか少ないですね?」
「秋月と初雪は哨戒に出た。夕立は…まだ走っているのか。ちょっと様子を見てくる」
「睦月も一緒に行きます!」
二人は家を出てすぐに周りを見たが夕立の姿は見えない。グラーフは少し考えるそぶりを見せた。
「…ふむ。砂浜の方に行ったのかもしれんな。行ってみよう」
「はいです」
砂浜の方へ向かうとグラーフの予想通り夕立がいた。ちょうど休憩していたのか腰を屈めている。声をかけると走ってこっちにきた。大部走っていたようで息が切れている。
「ずっと走っていたのか」
「はい。早く暁さんに追いつきたいので」
「別にそんなことをしなくても、そもそも生身を鍛えてもそんなに意味はないぞ」
「気持ちが大事なんです」
「そうか。まあ別に何かとやかく言うつもりはない。が、そろそろ朝食ぐらいはとったらどうだ。もう9時は超えているぞ」
「え、もうそんなに」
「お前の分は取ってあるから早く帰ってこいよ」
「えー、なんで睦月にはないんですか!」
「お前は寝坊した罰だ」
「にゃしい…」
「あはは。じゃあ戻ります」
夕立が加わった一行は他愛のない話をしながら家に戻った。リビングでは摩耶がまだゲームに熱中していた。彼女たちが戻ったのを一瞬だけ確認してまた画面に視線を戻した。
「ここは訓練とか無いんですか」
夕立が朝食を食べながら聞いた。
「訓練?無いな。基本的に皆自由に過ごすことになっている」
「へー。なんか懲罰部隊ってこうもっと訓練だらけとか血に塗れるようなところを予想していたんですけど」
「お前はやっぱり夕立だな…」
「自由なんてすっごくいいところにゃしい」
「だがここは南方だからな、敵は強いぞ。訓練をしないと言うことはつまりそう言うことだ」
「…そうですか」
「?」
夕立は意味を理解したようで落ち込んだ顔をした。対照的に睦月は全くわかっていない様子だった。
「つまりここはある意味処刑場。処分しやすいように余計な訓練なんてしないって言うことだ。処刑前の自由時間といえばわかるか」
「えー!睦月処分されちゃうんですかあ!?」
「まあでも、私たちはここにくる前から練度は十分高いから一応生き残っているんだがな。お前たちはどうなんだ」
「夕立はその…前の鎮守府では先任の夕立がいたのであまり出撃してなくて…」
「睦月も遠征ばかりで数えるぐらいしか出撃しなかったにゃしい」
「そうか…。昨日は運が良かったんだな。申し訳ないがここは一ヶ月で使える資源がかなり限られているから訓練なんかは行えない。実戦を以て訓練としてくれ。それか、哨戒に連れて行ってもらうとかだな。昨日みたいにお前たち二人じゃなくて私や摩耶なんかと一緒にだ」
「はい」
「前もここもそう変わんないにゃしい…」
正午になって哨戒に出ていた秋月と初雪が休憩のために戻ってきた。途中交戦するもこれを撃滅、他異常なしと報告すると一階に降りてきた。
「どうだった」
グラーフが真っ先に聞いた。
「特に。いつもと変わりありませんでした。強いて言うなら潜水艦に出会わなかったですね」
「珍しいな」
「ええ、二日も珍しいことが続いてますね。あ、摩耶さんどこまで行きました」
「5面」
「うわっ結構行ってますね」
「お前はどうなんだ」
「まだ3面ですよ。初雪は4面でしたっけ」
「…3週目」
一瞬勝ち誇った摩耶だったが初雪の呟きに思わず手元を狂わせてしまった。ゲームオーバーの文字が浮かび摩耶はコントローラをほっぽり出した
「早くないか」
「ちょっと遅い」
「えぇ…」
「あ、あの…」
夕立が話に割って入ってきた。入られた方が夕立に注目する。
「ご、午後の哨戒私も連れて行ってもらえませんか」
「は」
「連れて行ってほしいんです」
「昨日行ったじゃないですか」
「強くなりたいんです」
「えぇ…」
わざわざ哨戒に出たいと言う夕立に秋月は戸惑った。
「すまない。私からも頼めないか」
「なんであなたまで」
「話したのは私だしな」
「私は別にどっちでもいいんですけど、お願いするなら司令官に言ってください」
「分かりました」
昼食を取った後、秋月は夕立を連れて書斎までやってきた。ノックをして秋月ですといった。
「入れ」
「失礼します」
「し、失礼します」
「どうした。夕立も一緒か?」
「ほら」
秋月は夕立に促す。夕立は少ししどろもどろになりながら言った。
「あの、えっと強くなりたいんです!」
「はぁ」
「あー、あの、なのでしょ、哨戒にちゅいていきゅいたいと…」
「なんだって?」
「哨戒に連れて行ってほしいそうです」
噛みまくる夕立に呆れて秋月が代わりに答えた。
「なるほど、で強くなりたいか。戦力が増えるのはありがたいな。待てよ、資材に余裕があるかチェックしてみよう………」
司令官は机の引き出しを開けて中をゴソゴソと探り出した。やがて一冊のファイルを取り出して捲り出す。目的のものを見つけたのかじっと読み始めた。1分ほど見つめたあと彼は言った。
「三人でか?」
「はい」
「…まあいいだろう。三人で行ってこい」
「ありがとうございます」
「あ、ありがとうございます!」
「ん、せいぜい強くなってくれよ」
「…何もいませんね」
「一応ここら辺は安全地帯ですからね。実際そこまで敵とは出逢いませんよ」
哨戒に出て早数時間、ここまで敵艦隊とは出会していない。
「え、そうなんですか」
「そうですよ。ましてや昨日みたいに空母が出てくるなんて、せいぜい水雷戦隊とかたまに潜水艦なんですけどね。ああ、もちろんもう数十キロ行けばウヨウヨいますけどね」
「南方海域って魔境だと思っていたんですけど案外平和なものなんですね」
「数年前までは本当の魔境でしたよ。ここら辺も敵がたくさんいて、まだ摩耶さんはいなかったですから四人でここら辺一帯を奪還したんです」
秋月の話す内容に夕立は目をキラキラさせている。
「連日全力出撃で、あの時には戻りたくないですね」
「夕立もその時に一緒だったら今頃強くなれたんでしょうか」
「いや、無理ですね。私何度も沈みかけましたし、暁さんもそうでしたから夕立さんはすぐに沈んでましたよ」
「そ、そうですか…」
「そんなに慌てることもないでしょう。今は前よりも生き残れるんですから比較的時間はありますよ」
「はい…」
「…電探に感あり」
突如初雪が発した言葉に秋月は前へ向き直し続報を待った。
「距離およそ5km」
「近いですね。数は」
「一つ。多分大型艦」
「一隻ならどうにかなるでしょう。いきましょうか」
二人はすぐに出発した。先ほどの光景をただ見ていた夕立は慌てて二人について行った。
走ること数十分、初雪が感知した相手が見えてきた。空母が一隻で航行している。
「空母?護衛もつけないでなぜこんなところに」
加えてその空母は哨戒機すら上げていなかった。何もせずにただ航行している。見たところエリートやフラグシップでもないようだ。ここ南方海域でノーマルの空母がいることはあり得ない。ノーマルである以上夕立でも大丈夫だろう。通常哨戒中に出会った敵は対処が難しい場合でない限りその場で対処し事後報告をするが、今の状況は少し異常のため報告をしておいた方がいいかもしれない。秋月は早速司令官に無線をつなげた。
「こちら秋月」
『どうした』
「ノーマルのヲ級が単独で航行しているのを発見しました。哨戒機も上げずただ航行しています」
『…囮じゃないのか。付近に他の敵はいないのか』
「初雪さん」
「電探には何も。ソナーにも反応はない」
「何もいません。とりあえず対処します」
『わかった。気をつけろよ』
「了解しました」
身長に近づくがどれだけ近づいても相手が気付く様子はない。
「夕立さん。やってみますか」
「え、あ、はい」
少し不自然ではあるが、かえって新人教育には好都合かもしれない。一応もしもの時は自分たちがバックアップすればいいと秋月はヲ級の対処を夕立に任せることにした。夕立は二人から離れよりヲ級に近づいていく。主砲の有効射程内に入った瞬間、彼女は撃った。流石に砲撃音がすれば相手も気づく。ヲ級は振り返り夕立を視認した。同時に発射された砲弾も着弾する。しかし、ヲ級は応戦することなく逃げの態勢に入った。護衛がいないので逃げることは間違ってはいない。だが、逃げるしかないとしても少しは抵抗しそうなものだがこのヲ級はそれすらせずただ逃げようとしている。空母と駆逐艦、どちらが早いかは考えるまでもない。ヲ級は必死に逃げるが夕立は悠々と距離を詰めながら砲撃を行う。夕立の砲撃精度は甘く、なかなか至近弾もないが数を撃てばいつかは当たる。時々至近弾が出、そして一発が当たった。たった一発が当たったがヲ級はスピードを落とした。夕立はこれを好機とみてさらに近づき魚雷を放った。もはやヲ級は動かずその場でうずくまってしまい、動かない相手に魚雷は無慈悲に突き刺さった。大爆発が起こりヲ級はあっという間に沈んでしまった。
魔境の南方海域でエリートですらない深海棲艦が一隻、不自然極まりないですが一体どういうことなんでしょうね