彼岸花はさらに増えていった。すでに艦隊を埋め尽くし、外側へと広がっている。船が進むと彼岸花は大人しく道を開けるが追従は妥協しない。おかげでこの花畑が途切れることはなかった。
二人は甲板で彼岸花を見つめていた。
「すっかり咲いちゃったわね」
「いつの間にこんなに。あれだけあれば私も死ねるのに」
「まだ言ってるの。あれは摘めないのよ」
「分かってるわよそんなこと」
あの日から日数が立ち彼女の足も復活した。艦隊は最後の目的地であるウラジオストク沖に向かった。途中艦隊には分かれ道を迫られた。日本海側を通って近道をするか、太平洋側を通って回り道をするか。日本海側は鎮守府に近づく危険性があり太平洋側は比較的安全な道筋だ。彼女は数十分の熟考の後日本海のルートを選んだ。その理由を聞けば彼女曰く「艦娘との戦いで大きな伸びしろを感じた。艦娘と戦う機会が増えればそれを埋めることができる」だそうだ。暁はこの言葉を聞いて、テリトリーに入らない限り戦闘はしないと言っておきながら自らテリトリーに誘い込むとはいったいどういう矛盾かと思ったが自分には関係ないので黙っておいた。
艦隊の中心には深海棲艦の群れが見える。前日の反省を生かし彼女は空母をよりたくさん呼び出した。具体的には戦艦の代わりに空母の数を増やした。射程も威力もこの駆逐艦四隻で十分なため唯一対応できない航空戦を増強した。おかげで空の心配は無くなった。
艦隊はセレベス海を抜けフィリピン諸島の沿岸を沿うように北上している。このまま数日進めばきっとフィリピンにいる艦娘と戦闘になるだろう。彼女はそれにワクワクしていた。あれから彼女は戦術を編み出していた。それをいち早く試したかった。一度深海棲艦相手に試してみたがどうにも動きが固く、どこかプログラミングされたような単調なもので姫級やレ級ぐらいにしか相手にならない。しかしその二種は艦娘よりもアグレッシブで逆に参考にならない。やはり対艦娘の戦術を試すなら艦娘を相手にしなければならない。
まあフィリピンだ。艦娘もたくさんいるだろう。そう思っていた彼女だったが一日経っても二日経っても艦娘の姿が見えない。見えるのは深海棲艦の有象無象だけで戦いにもならない。
「フィリピンってもっと艦娘いたわよね」
彼女は暁に尋ねた。
「確かね。昔立ち寄った時は本土ほどじゃなかっけどそこそこいたわ」
「哨戒してる艦娘が見つからないなんて一体どうしたのかしら」
一応島からは近いところを航行しているので哨戒ルートから離れてるわけではないはずだ。艦娘が哨戒してないせいかやけに深海棲艦と接敵する。そのせいで深海棲艦を深海棲艦が撃滅するという珍妙な絵面ができていた。どうせカチコミをかけるわけだし関係はないのだが、どうにも面白くない。準備運動がてら艦娘の艦隊の一つや二つ相手したかったのだが仕方ない。楽しみは最後に大きく迎えるしかなさそうだ。
彼女は艦娘を探すことを諦め設定を練ることにした。先日一定の縄張りを決めることにした艦隊だがまず彼女の本能には暁を守ることしかない。縄張りについては機械的にどの範囲までというのがないのだ。つまり人為的にルールを決めなければならない。最初は適当に半径十キロぐらいにしようと思っていたが航空機というものを考えると十キロは狭い。空母を使う意義がない。かといって航空機の範囲ぎりぎりでは広すぎる。縄張りに敵がおおすると対処できない。
「ねえ縄張りどれぐらいの広さにすればいいと思う?」
彼女は暁に助言を求めたが暁は面倒くさそうな顔をするばかりだ。
「知らないわよ。第一私には関係ない。むしろ私を殺してくれる存在を無暗に減らされるのはかえって迷惑だと思うのだけど」
「そんなこと言わないで、私たちという存在を確立させるための大切な要素なの」
「だから知らないって」
暁が突き放す姿勢を見せると彼女は真顔になり暁を見つめた。暁は突然無言で真顔になった彼女を不思議に見つめ返した。
「ふーん。そんなこと言っちゃうんだ。私前にあなたのわがままを聞いてあげたわ。あの三人を生きて逃がしたのに。あれは私にとって迷惑なことだったわよ」
「うっ、そ、それは……」
「いいわ。あなたがそんなこと言うんだったら今度あの三人が来たら殺すわ。かけらも残さない。生きてる希望すら何も残さないわ」
「わ、わかった。分かったわ。考える、一緒に考えてあげるから」
暁がそういうと彼女はまた表情を崩してどうすればいい、と無邪気に聞いた。
「可視化できるものがいいんじゃない」
「可視化?」
「ここが縄張りって分かるようにすれば簡単でしょ」
「可視化ねえ。あるかしらそんなもの」
「例えば、そこら中に咲いてる彼岸花とか」
「あれ?でもあれはそこまで遠くに咲いてないわ。一番離れてるのでもあそこの、数百メートルぐらいよ」
「時間をかければもっと遠くまで咲くかもしれないわ」
「でもそれじゃ時間がかかるわ」
「うーん、じゃあ……この主砲の射程とか」
そう言いながら彼女は駆逐艦にそびえる連装砲を見た。
「最大射程なら設定的に楽だと思うわ」
「ああ、確かにそうかも。十キロ先なら飛行機も使えるわ。そうねそうするわ。私たちはこの主砲の射程内に入ったものをすべて駆逐するわ!」
主砲の最大射程は約十五キロ、それぐらいなら艦娘でも電探で探知しやすいし、航空機を活用できる場面もあって丁度いい。深海棲艦は機械的な行動をとるので空母に半径十五キロの境を航空機で巡回するように命令すれば可視化もできる。
「哨戒を中止ですか」
フィリピンの泊地にいる大淀は提督の言葉を繰り返した。
「パラオから例の深海棲艦がフィリピン海を北上しているという情報が入ってきた」
「よくその情報をつかめましたね。話では近づくのすら困難では?」
「ああ、だが奴らは水上にいるものには鋭いが海中には鈍いようだ」
「潜水艦ですか」
「ああ、そこの潜水艦曰く艦隊から十数キロ地点を航空機が絶え間なく飛行しているようだがそこから艦隊のところまで空白地点が生まれている。それに魚雷の射程内まで近づいても奴らは気づかなかったそうだ。話を戻そう。さっきも言った通りあの深海棲艦は水上にいるものにはとことん鋭い。加えてフィリピン海を航行しているため哨戒部隊が出くわす可能性が非常に高い」
「ですが哨戒を中止すれば別の深海棲艦が寄ってくるのでは」
「心配ない。どうやら南方深艦隊は深海棲艦とも敵対しているようだし、私たちの代わりに哨戒をしてくれているみたいなものだ。安全のため南方深艦隊がフィリピン海を通り過ぎるまでは哨戒を中止する。だが代わりに潜水艦を使って情報収集を行う。そのように伝えてくれ。実行は明日からだ」
「了解しました。演習はどうなさいますか?」
「ああ……まあ演習なら大丈夫だろう。あまり沖合には出ないように。そういえば呉の艦隊が来ているんだったな。丁度いい、手合わせしてもらおう」
「では呉の方々に相談してきますね」
「ああよろしく頼む」
「……でなんで私たちに話を持ち掛けて来たんですか」
秋月たちの部屋に誰か訪ねてきたようなので出てみればそこには大和が立っていた。何の用か聞いてみれば演習に参加しないかとのことだ。聞けばここの大淀から演習に参加してほしいと言われたそうだ。呉は全鎮守府の中でもトップクラス、大本営にも引けを取らないほどだ。そこのさらに頂点にいる大和が率いる艦隊。そことの手合わせなど貴重な体験に他ならない。だがどういうわけか彼女は懲罰部隊の秋月たちにも同じように演習に誘ってきたのだ。
「せっかく誘われたので皆さんもどうかなと」
「えぇ、繋がりが見えませんよ。あなたたちで十分じゃないですか。私たちなんて」
「いいえ、あなたたちは間違いなくお強いです。その、言いにくいのですが私たちも一度手合わせしていただきたかったんです」
「いいじゃないか、他でもない呉の大和様のお願いだぞ。トップクラスの鎮守府のトップの艦娘から認められるなんて名誉以外の何でもないじゃないか」
グラーフが秋月の頭を撫でながら言った。
「えぇえ……」
「なんだなんだ、何の話だ」
「演習って聞こえましたよ」
騒ぎを聞きつけてか摩耶たちも集まってきた。大和が同じような説明をすると初雪を除いて以外にも好反応だった。
「めんどくさ……」
初雪がそう言葉をこぼすと秋月はですよね、と賛同する。しかし賛成四、反対二の状況ではあえなく少数派の意見は聞いてもらえない。結局懲罰部隊も演習に参加することになった。
「演習はいつやるんですか」
秋月もあきらめた様子で演習の日時を聞いた。
「えっと、それが今からだそうです」
秋月は一瞬大和が言った言葉を理解しかねた。数秒の間をおいて秋月は言葉を繰り返した。
「今、ですか。え、今?」
「はい。で、その、待たせちゃっているのでついて来てもらっていいですか?」
秋月は呆れたとも諦めたとも言う表情で皆に行きましょうか、と声をかける。またまた初雪以外は笑顔でこれに答えるので元気だなと以外に思った。
演習場に行くと大和が自分たちを誘った理由がなんとなくわかった。待機している艦娘がとても多い。対応しきれないので秋月に助力を求めたのだろう。秋月はその旨を大和に伝えてみた。大和は苦笑いそれを認めた。
「はい。最初は一つか二つで終わりだと思ったのですが、なんだかそれよりも多そうで。ちょっと相手しきれない気がして」
「大和さんなら連戦でも行けるのでは?普段もそうしているのでしょう」
「深海棲艦相手なら構わないんですけどね。同じ艦娘だと一度の戦闘で考えることも多いですから」
「ああなるほど。確かにそうかもしれませんね」
後で交代してください、と言葉を残し大和たちは演習場に出た。
「せっかくだ。私たちも見ておこうか。勉強になるだろう」
「でもうちには戦艦がいませんからね。どっちかというと大和さんたちを相手した時の勉強になりそうですね」
大和たちの艦隊は大和を除き空母が一人に巡洋艦二人と駆逐艦が二人、バランスのいい編成だ。一方でフィリピン側は大和と同じ編成で挑むらしい。
同じ編成だとより個々の練度で露骨に差が出る。制空権はより練度の高い戦闘機が取るし、戦艦の長距離射撃はより練度の高い方が命中率が高い。巡洋艦たちでも数が同じならば必然的にタイマンが始まり、個人の練度が問われる。早い話全てにおいて練度に差があってはフィリピン側は呉側のただの下位互換で勝負にもならない。制空権が早々に奪われるとただでさえタイマンで不利なのに航空機の支援まで入って前線が崩れる。勝負はあっという間についた。フィリピン側は全滅、呉側には損害らしい損害がなかった。
オーディエンスが湧き、完封された方も笑顔で演習場を去る。秋月はその様子に顔を顰めた。
「さすが呉だな。完封か」
「馬鹿ですね。全てにおいて劣っているのに同じ編成で挑むなんて。あれは見せ物ですよ」
「同じ編成だと運用で参考になるところもあるだろう」
「あんなに早くに全滅して学ぶ暇なんてないですよ」
秋月は観客を一瞥した。誰もが興奮している。その中で目立つ格好をした人物を見つけた。眩しいぐらいに真っ白な制服を着ていて隣に大淀を控えている。あれがここの提督か。うちの提督よりも清潔感があって好印象だ。まあ彼を基準したらほぼ全ての提督の株が上がるだろう。
その後も大和たちは勝利を重ねていった。フィリピン側も編成を変えて何度も挑んでいったがその全てを跳ね除けた。空母が多ければまず空母を減らしに行く。当然それを防ぐために奮闘するが呉の駆逐艦は攻撃を避け、時にはむしろ防衛している艦娘に撃沈判定を出す。行けると思えば一撃必殺の魚雷を遠慮なくばら撒く。その間に大和や巡洋艦がジリジリと距離を詰め、ついには空母を撃滅する。駆逐艦が先行して空母に攻撃を行うと思い込ませ陽動する。言葉にすれば簡単だが実行して成功させるのは難しい。
潜水艦がいれば絶え間なく動き続ける。空母でさえも動きながら発艦する。グラーフもこれには唸っていた。水上艦を退かしてから潜水艦をじっくりと確実に仕留めていく。マニュアルのような戦い方だ。
五戦目を終えた大和たちが戻ってきた。秋月は彼女たちを拍手で迎える。
「いやいや、さすがですね。S勝利と言ったところですか。呉の大和にかかればそこらの艦娘など相手にはなりませんね」
「ありがとうございます。でもここの艦娘さんたちもお強いですよ。私もいつ撃沈判定をもらうか分かりませんし」
一度も中破以上をしていないのに何をいう。大和は水を飲みながら笑っていた。
「ふぅ、すみません。交代してもらってもいいですか。流石に少し疲れてしまいました」
「もうですか。まだ五戦目ですよ?」
秋月はイタズラな笑みを浮かべていった。
「ここは日本よりも暑くて早くにばててしまいまして。不甲斐ないです」
「そうですか。確かにここは暑いですもんね。分かりました。次は私たちが行ってあげますよ」
「はい、頑張ってください」
大和は笑顔で秋月を見送った。秋月はそんな大和がどうにも少し気に入らなかった。