紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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懲罰部隊の戦い方

 秋月たちが演習場に現れると、呉の次に戦いを求めていた観客たちは声を沈めた。ヒソヒソと話し合う声が聞こえる。やっぱりこうなるか。それもそうだ、観客は呉の戦い方を楽しみにしている。なのに出てきたのはさっきとは違う艦娘たち。それも悪名高い懲罰部隊だ。萎えるのも仕方がないだろう。

「おいおい、どうした。あんなに盛り上がってたのに静かになっちまったぞ」

「あ、あれ。睦月たち何か悪いことでもしました?」

 若干名分かってないやつがいるが。

 秋月は環境を無視して作戦会議を始める。

「さて、いつも通り行きましょうか」

「武器がないが」

「そんなもんステゴロでいいでしょう」

「な、殴るんです?」

「ええ、ナイフで突き刺すわけにもいかないでしょう? ドラム缶もないですし」

「楽しみですね!」

「落ち着け落ち着け。殴っても実戦と違って勝ちじゃないんだ。ちゃんと撃ってとどめをさせよ」

「ああそうでしたね。全く融通の効かない」

「あと轟沈判定出たらちゃんと退場するんだぞ。気合で判定は変わらないからな」

「分かってます分かってます。私を一体何だと思ってるんですか。暁さんとは違います!」

「ははは、悪い悪い。それじゃ行こうか」

 秋月はうなづき合図に手を伸ばす。審判代わりの人が居るのか分からないが大和たちがそうやっていたのでそれを真似した。秋月はふと提督の顔を見ていたが彼は困惑した観客とは違って少し不機嫌なように見えた。秋月はふん、と鼻を鳴らして見せた。やはり私は優しい顔よりもああいう自分たちを邪魔に思うような顔の方がいいと改めて思った。こんな状況だとなおそう思う。ざまあみろ。

 秋月が合図を送るとすぐにマイクの音割れた声が響いた。

『りょ、両者ともに準備完了しましたので演習を開始します……開始!』

 ゴング代わりのブザーがけたたましく鳴り響いた。

 彼女たちはすぐに行動を始めた。グラーフ以外の面々が前へと進みだす。何の戦略もない、ただの吶喊だ。まず空母の艦載機で以て敵の編成を知るというセオリーは彼女たちにはない。自分の目で確認してからその場で対応を決めるよく言えば臨機応変な、悪く言えば行き当たりばったりな戦い方だ。

 敵の姿が見えた。空母二人に戦艦二人、駆逐艦が一人だ。一人足りないことはすぐにわかった。相手は展開が六に終わってない。だから一人だけ遠くに行ったなんてこともない。

「潜水艦が一人いるっぽいです!」

 すでに分かっていることを夕立が確認代わりに言ってくれた。

「私がやる……」

 初雪が名乗り出たので以降は気にしないことにしよう。

「さて、誰が誰やりますか」

「私戦艦行きたいです」

「二人?」

「はい!」

「大丈夫ですか、艦娘でも戦艦は手ごわいですよ」

「あー、じゃああたしが夕立のサポートはいるわ」

「む、睦月は駆逐艦で……」

 残ったのは空母が二人、まあ相手にとって不足なし、十分な戦果だろう。

 最初に接敵したのは駆逐艦だった。その姿を見た瞬間思わず目を見張った。

「おや、あれは夕立さんですね。どうします。ここは一つ同じ艦娘同士で戦うというのは」

「駆逐艦など夕立には役不足です。戦艦で行かせてもらいます、依然、変わらず!」

 相手の夕立はこちらに向けて主砲を構えいつでも撃てるようにしていた。しかし、すぐに彼女の射線上から秋月たちは大きく外れスピードを緩めることなく脇を過ぎていく。夕立は混乱したように左右を抜ける秋月を見るが、そこは夕立、自身の前にとどまる睦月に気づいた。

「摩耶さん、援護は不要っぽい……です!」

 懲罰部隊の方の夕立は迫る戦艦との戦闘に際して後ろに張り付く摩耶に言い放った。

「まあまあ、ちゃんとお前が戦えるようにサポートするだけだ。獲物はとりゃせんよ。それに相手しなきゃならんのは何も戦艦だけじゃねえんだぜ」

 摩耶はそう言って上を指さした。見れば敵の艦載機が多数上がっていた。納得したのか夕立は摩耶に一度うなづくと再び前を向いた。

「ふむ、なるべく早く空母は処理しますね」

 すでに相手が自分たちの姿を見てから時間が経っている。混乱から回復するには十分だろう。秋月は戦艦の攻撃を容易く避ける。夕立や摩耶もヘイトが自分たちに向くように、秋月が空母の元まで迎えるように砲撃で以て援護する。

「さあ、素敵なパーティを始めましょう」

 

「グラーフさん、空母が二人います」

『分かった。艦載機は落とした方がいいか』

「そうですね。摩耶さんと夕立さんが戦艦を相手してます。お二人のサポートもお願いします」

『了解だ。お前は大丈夫か』

「ええ、近づいた空母何ぞ、二人ぐらい数分で仕留めますよ」

 秋月はより姿勢を低くして接近した。二人は左右に分かれていてぱっと見どちらも彼女との距離は同じぐらいだ。秋月はどちらから行こうか迷ったが左の空母がまだ発艦していたのでそっちから行くことにした。空母はまさか開始早々にここまで近づかれるとは思っていなかったのか、秋月がすぐそばにいるのにまだ逃げようとしない。甘い、仲間としては最悪だが敵としては最高にやりやすい。

 秋月は空母の腹に腕を巻き付けて押し込んだ。空母は抵抗することなくなすがままに押し倒される。秋月は体を空母の背中側に滑り込ませ頭を抱えるようにしてもう一人の空母と対峙した。これで人質と壁が同時にできた。

「え、え!?」

 壁にされた空母は何が起こっているのか分からないのかただ慌てふためいていた。一方でもう一人もどうすればいいのか分からずしきりに秋月と戦艦たちの方をきょろきょろしている。秋月はそんな空母に向けて容赦なく主砲を撃つ。彼女の高射砲から放たれる高頻度の砲弾はあっという間に空母をカラフルにしていく。演習弾なのでカラフルになっているだけだが実戦ならすでに蜂の巣だろう。攻撃してくる敵がいなくなったのなら壁も人質もいらない。素早く離れもう一人に砲弾を浴びせる。ここまで一分もかかっていない。二人の背中からは大破判定の白旗が立ち、それを知らせるアナウンスも鳴った。

『瑞鶴、翔鶴大破!』

 そのアナウンスがなった途端、観客が声を上げるのを聞いた。意外にもそれはブーイングではなかった。驚愕、感嘆と言ったどちらかと言えば肯定的な声だ。ぶつぶつと文句を言っているのは先ほど人質として、盾として利用した瑞鶴という空母だけだ。

 空母二人が脱落したというアナウンスは当然夕立たちの耳にも入った。

「あ、なんだもう落としたんかよ」

 すでに上がっていた数少ない航空機は大方落とした。これ以上増えないのならありがたい以外に何もないのだが、今は違う。夕立は一人で戦艦二人を翻弄していた。サポートも何もいらないほどに、なので唯一貢献できそうな対空射撃をしていたのだがそれすらも必要なさそうだ。下手に手を出したらかえって邪魔になりそうだがこのまま何もしないっていうのも悪い気がする。何かできることはないかと思案し一つの案を思いついた。

 夕立はその俊敏な機動力で戦艦を翻弄していた。基本的に懐に入り続けもう一人が自分を攻撃できないように、自分はひたすら主砲を撃ち続けた。駆逐艦の主砲では戦艦には全くダメージが入らないが魚雷は近すぎて信管が機能しないので仕方がない。本来ならナイフで戦いたいが今回はできない。でもまだこの腕がある。殴り殺すことはできないが相手の腕を払うことならできる。丁度つかみかかろうとしてきた腕をはたいたところだ。カウンターで主砲を撃ったがやはりダメージの通りが悪い

「くっ……!」

「ちっ、効率悪いですね」

 魚雷を撃つには距離を取る必要がある。しかし、距離を取るとずっと横で攻撃のチャンスをうかがっているもう一人に文字通りチャンスを与えることになる。避けるには近く、牽制するには遠い位置だ。いつもの、殴り殺すような戦い方ならよかったのだが、今のような演習ではよくない戦い方だった。正直に言って今の状況は夕立が不利だ。演習弾が尽きれば負け覚悟で魚雷を放たなければならない。

 夕立は負けたくなかった。だからこの状況で確実に勝つ方法を考えていた。しかしいくら考え直しても最後に行きつくのは距離を取り、魚雷を放つこと。だが問題はないはずだ。そう距離を取り隣の戦艦に砲撃されてもそれを避ければいい、ただそれだけのはずなのだ。文面だけ言えば至極簡単なこと、だがそれを実行し成功させる自信が彼女にはなかった。あの人なら、暁なら何の迷いもなくすぐに距離を取るのだろうと思った。自信の有無は関係ない。それが唯一の方法なら直ちに実行するだろう。そして成功させるのだ。ああ、いまになってあの人の異常さを改めて実感する。なんでああも難しいことを簡単にやってのけて見せるのだろう。

 いよいよ砲弾に底が見えてきた。否応なく最終手段を取らざるを得ない。一度彼女は隣の戦艦を確認した。するとあの戦艦は主砲を自分ではなく別の方向に向けている。どこに向けているのか、目で追うとそこには摩耶がいた。摩耶は主砲で以て戦艦のヘイトを向けていた。夕立は素直に摩耶に感謝した。彼女にそれが伝わるかは分からないが小さく会釈をし、戦艦と距離を取った。

 夕立が距離を取ったのでさっきまで何もさせてもらえなかった戦艦はやっと反撃ができるとすかさず主砲を構えた。だが夕立はこっちの戦艦に対しては対処法を考えていた。夕立は砲撃を構えを見せた戦艦に対して主砲を撃った。狙いは戦艦の顔面だ。着弾した演習弾は内蔵された塗料を戦艦の顔面にぶちまけた。いきなり顔面に塗料をぶちまけられた戦艦は前が見えなくなり、必死にぬぐおうとした。しばらくして何とか目が見えるようになるだけぬぐったが目を開けたのと盛大な水しぶきが開かったのはほぼ同時だった。

『榛名、大破!』

 二対一、さっきまで自分が数的有利だったというのに今は逆転された。相手の摩耶は夕立に比べて異常な強さは持ち合わせてないようだった。しかし彼女は単純に艦娘として強い。主砲の命中率、回避率、どちらをとっても自分より上だろう。それに相手は重巡、主砲でもダメージが通ってしまう。このままだとジリ貧だ。早くどうにかしなければ。

「うわっ」

 夕立の主砲を避けようと一瞬止まったらその隙に摩耶からからの砲撃を食らった。だ、だめだ。攻撃してもかわされ、回避してもかわし切れない。これならいっそのこと大破覚悟でどっちかを持っていかなければ。

 丁度夕立がこっちに近づいてくるのが見えた。彼女を捕まえて主砲を撃つ。榛名とは違い私の主砲は目の前にいる相手にも当たる。タイミングを見計らい夕立の右手をつかんだ。夕立はまさかつかんでくるとは思わなかったのか目を見開いたのが分かった。私はにやりと笑い照準を合わせた。しかし夕立が慌てる様子はなかった。少し奇妙に感じたがとやかく言っている暇はない。四つの砲塔をすべて夕立に合わせる。この距離だと自分にまで影響が出るが仕方がないことだ。

 夕立はつかまれていない左手を魚雷発射管に伸ばした。一本の魚雷を射出して掴む。海中ではあんなに俊敏に動く魚雷も空中ではつかまれた魚と一緒だ。むしろ魚よりもおとなしい。夕立は戦艦に抱き着きおもむろに魚雷をたたきつけた。利き手じゃないので力が入りにくいが波でも信管が発動するという酸素魚雷、叩きつけたならばまず間違いなく信管が作動する。爆発を起こし戦艦の主砲が一つ駄目になった。それに驚き夕立の手を離した。夕立はその隙に距離を取り摩耶と目を合わせ魚雷発射管を指さす。夕立の狙いを理解したのか摩耶はうなずいた。

 戦艦はうろたえるがすぐに落ち着きを戻し主砲を構える。だが夕立はもう一本魚雷を取り出し、投げの態勢に入っていた。回避に専念し夕立がどこに魚雷を投げてくるのかを見極める。そして夕立は魚雷を放り投げた。やや右にそれている。戦艦は夕立の狙い通りに右に動いた。さっきの夕立の攻撃のせいで戦艦は彼女を警戒しすぎた

だから一時摩耶を意識の範疇から完全に外してしまった。右に避けた直後、衝撃と水柱が戦艦を襲う。やがて背中から白旗が上がった。

『比叡大破!』

 

 またアナウンス、それは仲間の敗北を知らせるものだ。残りの仲間は私を含めて二人。

『伊168大破!』

 今しがた私だけになった。強すぎる、ここまで流れたアナウンスは仲間の分のみ。相手の大破アナウンスは流れていない。空母の攻撃もうっとおしい。

 フィリピンの夕立は対峙している睦月を無視し、その後ろにいる相手の空母に標的を移した。私の横を通過した艦娘に戦艦はいない。後方にいるはずの空母さえやればどうにかなるはずだ。

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