紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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不吉の前兆

『ご、ごめんなさい。そっちに行っちゃいました』

「大丈夫だこっちで対処する」

 夕立が自分の方へ向かっているのは艦載機からも確認できた。何の因果か、別の鎮守府とは言え夕立と相対するとは。さて、ここの夕立は強いだろうか。

 グラーフは攻撃機による迎撃は一切行わなかった。残りの敵が夕立だけで余裕があるのも理由だがやはり白兵戦をしてみたいという興味があった。残念ながら夕立はグラーフの意図を読んでくれることはなく、射程内に入るや否や乱射してしてきた。グラーフはそれを回避しながら距離を縮め始めた。魚雷も撃っているかもしれない。発射管はこの距離では確認できない。念のため定位置から大きく外れて動いておいた。

 夕立の砲撃はお世辞にも狙いがいいとは言えない。焦っているのもあるだろうがとにかく無茶苦茶に撃っているのでそのほとんどが見当違いなところに飛んでいる。おかげで距離を詰めやすかった。グラーフが近づくたびに夕立の顔に焦りが顕著になっていき、砲撃もますます狙いが粗くなっていく。とうとうまっすぐ進んでも当たらなくなった。

「だめだぞ。焦っているときほど冷静に狙わなくては」

 とうとう夕立の眼前にまでやってきた。魚雷発射管には魚雷の一本も入っていなかった。すでに撃ち尽くしていたようだ。グラーフは発射管を見て説教に一言付け加えた。

「魚雷も、少なくとも一本は残しておくべきだ。敵が近づいてきた時、近づけば近づくほど当たる可能性は高くなる」

 グラーフは夕立のためを思って言ったが当の本人はそれが面白くないのかそもそも聞いていないのかにらみつけるばかりだ。そして夕立から攻撃を再開した。唐突に主砲を構えグラーフの顔面向けて引き金を引いた。グラーフは顔を横に引いて難なく避けて見せた。

「ああ、今のはいい攻撃だ」

 そう言いながらグラーフも反撃をする。夕立の右手、主砲を持っている手首に手刀を食らわせた。夕立の右手は簡単に開かれ持っていた主砲を落としてしまった。夕立は唖然とした様子で沈んだ主砲の波紋を見つめた。

「どうした、主砲を失くしただけだ。そんな顔をする理由はないはずだ。お前にはまだ武器があるだろう」

 そんなもの言われなくても分かっているといった顔だ。実際夕立はすぐにその両腕をもってグラーフに殴りかかってきた。グラーフはその拳を受け流し、最終的にクロスする形で腕をつかんだ。夕立は必死に拘束から抜け出そうとするがまるで動かない。

「さて、これが本当に何もできない瞬間だ。もしお前が魚雷の一本でも持っていたらまだ勝率はあったかもしれないな」

 グラーフはにやりと笑って見せた。今度こそ為す術がなくなった夕立は恐怖したような目をして見せた。しかしグラーフに手加減する気はさらさらなかった。これは勝負、手加減する余地などない。空母の主砲などあってないようなもの、せいぜい対空砲程度だがそれでも駆逐艦の主砲と大差ない。多くの砲弾が夕立に降りかかる。駆逐艦の持っている主砲の何倍の数の高射砲が通常の何倍の速度で夕立はダメージを負う。たった数秒で夕立の背中から白旗が当たった。

『夕立大破!演習終了』

 アナウンスの後アラームがけたたましく鳴り響いた。終了の合図、懲罰部隊の勝利だ。わずか十分ほどで終了した演習にオーディエンスは湧いた。

 彼女たちはグラーフの元に一度集合してから待機所に戻った。大和は興奮した様子で彼女たちを迎えた。

「すごいですね! さすが秋月さんたちです」

「いえいえ、そんな大したことはしていませんよ」

「なにを言ってるんですか。私たちよりもよっぽど早く終わったのに」

 確かに大和たちよりも早く終わっただろうか。呉の艦隊よりも試合を終わらせたということはさっきの試合は異常な事態ということか。道理であんな馬鹿みたいに騒いでいるわけだ。

「ふふん、睦月たちはすごいのです」

「お前は逃げられただろうが」

「私も摩耶さんに助けてもらわなければ負けていたかもしれません」

「気にするな。一人で二人を相手するなんて普通はしないしやろうと思ってもできない」

「……できてるやつが言っても説得力皆無」

 初雪の言葉にグラーフは笑ってそれもそうか、と返した。

「さて、十分も休憩すれば大丈夫でしょう」

「あら、もっと演習に出てもいいんですよ。きっと皆さんならここの人たちを満足させられるはずです」

「私たちは見世物になるために参加したわけじゃないんで」

 そう言って秋月は待機所から離れようとした。

「おいどこ行くんだ」

「戻るんですよ。どうせ休憩のために呼び出したんでしょう? 終わったならもういいじゃないですか」

「なんだ随分と冷たいじゃないか。どうせなら最後まで見ていかないか」

「いいですよ。興味ない」

 グラーフは秋月をとどまらせたいのか言葉を何度もかけるが秋月はそれを一蹴する。すると大和が一つ提案をした。

「あ、あの、私たちと皆さんで演習をしてみませんか」

 その言葉に全員が一瞬言葉を失った。

「見世物というかそういうつもりは全くないんですけどやっぱりその方が盛り上がりますし、あとはその私のわがままになってしまうんですが一度皆さんと戦ってみたいんです」

「いやです。もう疲れたんで行きます」

「いいじゃないか、私は賛成だ」

「私も手合わせしたいです」

 秋月は当然のように断り、グラーフと夕立は当然のように受け入れた。秋月が見返すと意外にも秋月以外は大和の提案に賛成らしい。秋月はこの中ならまず自分に賛同しただろう初雪がとどまっていることに驚いた。

「初雪さんも賛成なんですか。あなたなら真っ先に帰りそうなんですけど」

「グラーフが乗り気だしどうせみんな参加することになる。あと戦ったら新しいゲームをくれるって言うから」

 どうせ前者が建前で後者が本音だろう。

「だれがそんなこと」

 初雪が指さしたのは呉の駆逐艦、同個体の初雪だった。なるほどと納得したが呉の初雪はやけに好戦的らしい。

 全員の目線が秋月に注がれる。この一瞬で秋月は孤立した。秋月はその視線に耐えられなくなったか大きなため息を一つ吐いて言った。

「分かりました。やればいいんですね」

 秋月は呆れて諦めた。大和はこの二つの艦隊の対決を知らせに行った。その間二つの艦隊はそれぞれ作戦会議を始めた。

「さて、相手が呉となれば適当に戦うことは出来んぞ」

「じゃあどう行きますか」

「どうって、どう行くんですか」

「さあ……?」

「さあって」

 思えば今まで緻密な作戦を立てたことがない。強いて言えば『ガンガン行こうぜ』とかそのレベルだ。

「……いつも通り?」

「そうだな。その場で臨機応変にだな」

「まあ今回は敵の編成と力量がある程度わかっててとても大きなアドバンテージがありますし大丈夫でしょう」

「私は心配なのですが」

「む、睦月もちょっと……」

「夕立はまたあたしと組もうか」

「できれば一人でやりたいのですが……仕方がないです」

「えっと睦月は」

 睦月は視線をうろうろさせ最終的にグラーフに落ち着いた。グラーフはそれに気づきほほ笑んだ。

「いいぞ。私がサポートしてやろう」

「あ、ありがとうございます!」

 やがて大和が戻ってきて数十分の、秋月たちにとってはただの休憩時間も終わった。海上に出ると今までに聞いたことのない歓声が彼女たちを迎える。秋月は顔を顰めた。この環境は彼女は好かない。できれば今すぐに逃げ出したい。この時ばかりは素直に喜んでいる睦月を羨ましく思った。

 

 両艦隊ともに位置につき、開始の合図を待っている。そして今おそらくこれ以上ないぐらいのトップクラス同士の戦いが始まった。

 

 

 深海棲艦を蹴散らすのもいい加減飽きた。おかしいぐらいに艦娘と出会わない。もしかして滅んだのか。もうすぐフィリピンの鎮守府がある辺りに着くがもし廃墟になっていたらどうしよう。暁にそう伝えると呆れたようにそんなことないでしょ、と返ってきた。

「ええ、でも分からないわ。ここまで艦娘と誰一人であってないもの。飛行機だって見ないわ」

「ちょっと前に艦娘と戦ったばかりでしょ。昨日の今日で滅びるわけがない。そんなに心配なら先に見てくれば」

「駄目よ。私はこの艦隊で一番偉いのよ。そんな私がここから離れるわけにはいかないわ」

 ちょっと前に離れておいて何を言うのか、と暁は思った。

「じゃあ飛行機に見に行ってもらえば」

「それもいけないわ。もう縄張りは決めたから離れてはいけないわ」

「じゃあ大人しく待っときなさいよ」

「うん」

 彼女は大人しく聞き入れた。わがままを言ったり大人しくなったり情緒不安定だ。接していて暁はとても疲れていた。でも機嫌を損なうと怖いので余計なことは言わないようにする。

 彼女は大人しく待っている、ことはなくそわそわと部屋の中を歩き回っている。暁はその様子を見て病院の手術室でうろうろしている人みたいだと思った。もしくは分娩室の前でうろうろしているお父さんだ。

 

 どれくらい待ったか、突然彼女の動きが止まった。その顔は険しい顔つきだったがやがて笑顔に変わった。

「やったわ! 艦娘いるって。きっと鎮守府にもたくさんいるわ」

「よかったわね」

「ええ、今すぐにでも攻撃しに行くわ」

 彼女はウキウキで部屋を出ていった。きっとすぐにでも騒がしくなるだろうをこの場所を想像しながらベッドに横になった。

 

 

 

 哨戒を行っていた部隊は電探に反応する何かを見つけていた。

「何かな」

「多分航空機」

「向こうの方だと……多分あれですね」

「珍しいわね。航空機何て」

「連絡した方がいいかな」

「いや別にいいでしょ。あとで一緒に報告すればいいわ。いきましょ」

 部隊は上空を飛ぶ敵の飛行中隊に近づいた。とっくに敵にも見つかっている距離のはずだが彼女たちに何のアクションも取らない。

「あれおかしいわ」

「どうしたの」

「飛行機が何もしてこない」

「いいじゃない。大人しく落とさせてくれるなら」

「うーん、でも……」

「いいからさっさと落としましょ」

 違和感を持った一人も結局同じように対空射撃を行った。飛行機は何の抵抗もすることなく全機落ちていった。

「あ、もう交代の時間。早く帰りましょうよ」

「そうだね」

 あの心配していた駆逐艦が遠い海の向こうを見ている。もう一人がそれに気づき尋ねた。

「どうしたの」

「電探に何か」

 その彼女は電探に反応があるという。とてもはやい、飛行機のようだと。しばらくしてさらに一人水平線を指さした。

「ね、ねえあれ……」

 彼女が指さす先には大量の黒い点が空にあった。

「あれってもしかして飛行機?」

「え、あれこっち来てるの」

「もしかして復讐に来た?」

「それはあり得ません。速すぎます」

「じゃああれは別の奴? でもどっちみちあれは多すぎない?」

「う、うん。鎮守府までそんなに遠くないしそっちまで逃げよう!」

 五人は急いで帰投し始めた。同時に鎮守府に連絡を取った。呼びかけると少し間があり大淀が応答した。後ろから騒がしい声がする。

『どうかしましたか』

「鎮守府の近くで大量の航空機を発見しました。私たちでは対処しきれない量です。今鎮守府に急いで退避しているので対処をお願いします」

『数は分かりますか?』

「えっと……十個中隊以上はあります」

『了解しました。すぐに準備しますのであなたたちはそのまま退避してください』

「了解」

「どう?」

「準備すると言っていました。私たちも急いで逃げましょう」

 飛行機との差は狭まり続けている。鎮守府まで数キロ、ギリギリ間に合うはずだ。

 

 港の前に誰かがいた。皆対空戦闘を得意としている艦娘だ。

「大丈夫か?」

 一人が彼女たちに声をかける。

「はい、なんとか」

「あれがその航空機だな。安心しろ、あれは私たちが全部落としてやる」

「お願いします」

 彼女たちはそのまま横を抜けた。やがて対空戦闘の音がし始めた。後ろを振り向くと全員が対空射撃を行っており、すでに飛行機のいくつかが落ちていた。

 ドックに入ると交代の準備をしていた別の哨戒部隊が待機していた。

「どうしたの、なんかすごい騒がしいけど」

 聞いてきた一人は状況を知らされていなかったようだ。

「めっちゃたくさん航空機が飛んできたから逃げてきたの」

「え、航空機? ここら辺に空母なんて湧かなかったと思うんだけど」

「そのはずなんだけどね、とにかくしばらくでない方がいいかもよ」

「え、手伝った方が良くない?」

「私たちは先に上がらせてもらいます」

 彼女たちは海からドックへと上がった。それと入れ替わるようにして待機組が海に立った。どうやら手伝いに行くらしい。先発組は気を付けてと声をかけてドックを離れた。

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