もう相当数を落としたはずだ。少なくとも最初に報告された十個小隊は。だが、落としても落としても上空に上がっている飛行機の数が変わっていないように見える。哨戒部隊の娘たちが手伝いに来てくれたが数が減る様子が見えない。
減らない飛行機たちに辟易している暇もない。爆弾や魚雷が絶え間なく流れてくる。ひと際大きな爆弾が落ちてきた。水柱もほかのそれより何倍も大きい。
「ひゃあ、さっきのは大きかったわ!」
あんなのに当たってしまえばひとたまりもない。だというのにだんだんその巨大な爆弾が降ってくる割合は増えていく。
未だ終わりの見えない対空戦の中、同時に違和感も出てきた。魚雷が流れてこなくなったのに爆弾だけは降ってくる。
「どうなってるの。爆弾の数が減らないんだけど」
その違和感がより顕著になったのはなん十分も続いた後だった。ついに敵の飛行機の数が減り始めた。だが降ってくる爆弾の数が全然減らない。一機に何発も積んでいるんじゃないかと思うぐらいだ。しかし深海棲艦に爆撃機のような巨大な飛行機を持っているなんて聞いたことがない。
違和感は彼女たちを待つことなく強引に解決される。水平線上になにか大きなものが見えた。それは深海棲艦が跋扈した現代において滅多に見ることのできない本物の船だ。どうして船があんなところに、いや、飛行機が飛んでいるのはあの船がいる方向からだ。あれが深海棲艦側の何かだというのはすぐに察せた。
「こちら迎撃部隊。フィリピン海方面から船がやってきています」
『船? 今船と言いましたか?』
珍しく大淀に焦りの色が見えた。
「え、ええ」
『今すぐ第一艦隊と第二艦隊を招集します。その船とは戦わないようにしてください。そこにいる全員はすぐに鎮守府内に退避してください』
「で、でもまだ敵の航空機が」
『いいからすぐに!』
大淀が叫ぶだなんて初めてだ。その声に一瞬呆けてしまったがそれほどの事態なのだと理解した。彼女はその場の全員に鎮守府内に退避するよう命令した。当然疑問の声が上がったが否応なく向かわせた。
呉と懲罰部隊の力は同等だった。すでにどちらも半分が大破判定を受けた。かろうじて懲罰部隊が数的有利を保っている。ついに秋月と大和の一番の見せ場が始まろうとしたその時、水を差すようにアナウンスが流れた。
『呉艦隊、懲罰部隊の皆さん。至急出撃ドックまでお越しください。演習は中止とします』
秋月は大和に向かって突撃していたがアナウンスを聞いて急停止した。全員がアナウンスが聞こえた方を見ている。アナウンスは先ほどのセリフを繰り返していた。
「なんでしょう」
大和が秋月のそばに寄ってきた。彼女もまた何のことなのか分からなかったので、さあ、と答えた。だがわざわざ懲罰部隊と呉を名指しするほどだ。なにかのっぴきならないことが起きたに違いない。アナウンスには漏れ出る焦燥も感じれた。それぞれの旗艦である二人は自分の艦隊を集め待機所まで戻った。
「一体何事だ」
グラーフが大和と同じことを聞いた。秋月もまた同じような返答をした。
「でも並々ならないことが起きたのは事実です。急ぎましょう」
出撃ドック、彼女たちがこの鎮守府に進入した場所はかなり騒がしかった。ここの主力部隊だと思える艦娘が集合し、何やら傷ついた艦娘も見える。加えて大淀も何か指示を出し続けていた。
大和が彼女たちを代表して大淀に声をかけた。
「ああ、来てくださったんですね。手短に伝えます。南方深艦隊が現れました」
その情報は手短にも手短すぎた。彼女たちは一瞬その情報を理解し損ねたが、秋月が聞き返した。だがそれも口が回っていなかった。
「な、南方深艦隊ですか?」
「はい。あなたたちに加え第一艦隊と第二艦隊で南方深艦隊を撃退してください」
それだけ言うと大淀は別の艦娘から呼ばれそっちに行ってしまった。秋月たちはそれぞれ顔を見合わせた。
「ですって」
「だそうだな」
あまりにも大きなことすぎて現実感がない。自分たちの最大の目標が昨日の今日で近づいている。
とりあえず周りは着々と出撃準備を進めている。自分たちもそれに合わせる必要があるだろう。艤装にはまだ演習弾が残っている。それを全部抜いて実弾を入れなおす必要があった。ほかの艦娘よりも時間がかかるだろう。迅速に取り掛からないといけない。
結局、やはりというべきか彼女たちの出撃準備はだいぶ時間がかかってしまった。第一艦隊と第二艦隊はすでに出撃している。すぐに追いつかなければ。
海上に出るとすぐに水平線に懐かしいと感じるようなものがあった。実際の船、彼の戦争で沈んだ船たちだ。戦艦はないが駆逐艦が見える。あれに暁がいるのだろうか。上空にはちらほら飛行機も見える。
「……いつの間に暁さんは空母になったんでしょう」
「ああ、あいつも出世したんだな」
「出世とは違うと思うんですけど」
大和は強大な敵、元仲間を前にして楽観的な秋月たちを羨ましく思った。元仲間だからあそこまでのんきなのだろうか。
飛行機はすべてフィリピンの艦隊が対応していた。彼女たちは悠々と南方深艦隊に近づく。彼女たちの前に立ちはだかるものは何一つとしていない、深海棲艦の一隻も出てこない。ところどころ咲いている彼岸花もそうだが、当然何か企んでいるのではないかと警戒は怠らなかったが結局何一つ出てくることはなかった。
南方深艦隊の先頭に立つ駆逐艦たちの前で彼女たちはとどまった。艦首を見上げるとそこには久しぶりに見る見知った顔があった。彼女たちは目が合い、しばらくしてから艦首に立つ暁より言葉が発せられた。
「ああ、なんだか見覚えがある顔だと思ったらあなたたちなのね。ちょっと待ってて暁を呼んでくるわ」
そう言って彼女は姿を消した。奴は今暁の姿をしていながら暁を呼んでくると言った。秋月が思い出したのはあの時意識を失った暁を連れ去ったもう一人の暁だった。
敵を前にして随分と平和な時間が流れていた。向こうでは戦闘が始まっているというのに自分たちは駆逐艦の前で待機している。強い違和感があった。やがて艦首から再び声がして見上げると暁が二人立っていた。またそこから離してくると思ったが以外にも二人は海面に降りてきた。どう見ても二人に艤装の類は見られない。なのに水面に立ちあろうことか地面のように歩く姿は二人が艦娘ではないことを指し示していた。そして片方の顔は半分が変色し、それこそ艦娘とは思えない顔をしていた。
彼岸花は二人を避けるかのようだった。二人は秋月たちの前で止まる。片方がもう片方に何かを促している。促された方は嫌々というような仕方がないと言った顔で秋月に頭を下げた。
「ちゃんと声に出さないとだめでしょう」
促した方が優しい声色で嗜める。
「えっと、喧嘩してごめんなさい」
秋月は心当たりを探した、そしてすぐに思い当たった。あれは秋月にとっても苦い記憶であまり掘り起こしたいものではなかったが、相手が謝っている以上自分も謝らなければならない。秋月もまた頭を下げている暁に向けて謝り、頭を垂れた。
「い、いえ、こちらこそあの時はすみませんでした」
二人の謝罪を見届けたもう一人の暁は満足そうに言った。
「これで仲直りね。ずっと二人の間に溝があったらどうしようって思ってたの。禍根は出来るだけ無しのほうがいいもの」
頼んでもいないのに彼女は自分の考えをべらべらとしゃべる。一通り話し終わると一息ついてまた話し出した。
「皆さんは一体何の用で?」
「それは私が聞きたいです。なぜわざわざこの鎮守府に。あとあなたは一体誰なんです」
「私は戦いの練習のため。艦娘との戦いに慣れたかったから。私には名前がないわ。でも暁から二人目という名前をもらったわ」
普通のこと、なんら特別なことでもないように彼女は言った。そして次はあなたの番とでもいうように秋月を見つめる。
「私は、私たちはあなたを迎撃するために来ました」
「つまり暁を殺しに来たの?」
「もしあなたが最後まで抵抗するようならそうなりますね」
「そんな。それならあなたたちを殺さなければならないわ」
そういう彼女の顔は本当に困ったような顔をしている。
「あなたが大人しく引き下がってくれたら私たちは暁さんを殺す必要はないですし、あなたも私たちを殺す必要はないですよ」
「でもそれでは私の目的を果たせないわ。この攻撃は私の目的が前提であることを忘れないで」
「じゃあ殺しあいますか?」
「私がそうなる前に殺してしまえばそうはならないわ」
「あなたさっき殺したくないって言ってませんでした?」
「はて、私は殺さなきゃいけないと言っただけで殺したくないとは言ってないわ」
「そうですか」
「安心して、十分練習出来たら殺すまではしないわ」
彼女は暁を駆逐艦に戻した。秋月は彼女の後ろを見た。多くの深海棲艦が動かずに待機している。その中にはレ級もいる。
「あいつらは使わないんで?」
彼女は、あいつら? と聞き返した。秋月が後ろの深海棲艦を顎で指した。
「ああ、あれは使わないわ。私は多対一の練習をしたいの。だからこの駆逐艦も使わない。私とあなたたちの真剣勝負よ」
「真剣勝負、ですか」
数で言えば彼女が圧倒的不利だ。十二対一、一般的に言うような真剣勝負とは程遠い。彼女はこのバランスで以て対等だと言うのか。少し腹が立つが気にするほどでもない。客観的に見ればこれはチャンスだ。ここでやらなければ次にいつ訪れるのか分からない。もしかしたら二度と訪れないかもしれない。
「分かりました。やりましょう」
「じゃ決まりね」
全員は移動し、艦隊から離れた。秋月は彼女にもう一度一人で戦うのか聞いた。
「信じれない? そう、じゃあ……」
彼女は駆逐艦に顔を向けた。すると駆逐艦の主砲が動き出し横を向いた。あれではすぐに攻撃することはできない。
「あれでいい?」
「ええ」
両陣営はある程度の距離を離した。丁度演習と同じ距離だ。開始の合図はこちらの攻撃、つまり先制攻撃をしてよいということだ。タイミングも自由。偵察機を飛ばすのもよし。攻撃機をあらかじめ飛ばすのもよし。とことんなめられていると感じた。距離も分かっている。面でも圧倒的な攻撃力を持っている自分たちに不利な部分はない。
与えられたチャンスは最大限生かすべきだ。観測射撃が可能は者は全員自分の観測機を上げた。彼女の元まで飛んでいけば彼女は大人しく立っていた。観測機が大量に上がっても一瞥するだけで動かない。摩耶たちはじっくり狙いを定める。普段はできない細かな調整までやった。命中率を最大限にまで上げた今、深海棲艦の一人二人あっという間に消し炭にできるだろう。艦隊一つまで消し飛ばす勢いだ。
大和の合図で砲撃する。一番時間のかかる大和の調整が終わるまでの時間全員に緊張が走った。本当に彼女はこれでよかったのだろうか。敵ながら心配してしまう。
ついに大和が調整を終えた。後は彼女の合図を待つのみだ。大和も緊張しているのか合図を示す腕は震えていた。深呼吸をし決意を決めた顔をする。始まる、全員が察した。そして大和が腕を、降り下げた。
十人の砲撃がけたたましい爆音とともに空に上がる。二人の空母は爆弾を落とし、全方位から魚雷を流した。まず爆弾が着弾し、その後砲弾が着弾した。すさまじい数の水柱が発生し、それは上空で一本に収束する。観測機から入ったのはズレがほとんどないことを示唆する。すなわち命中だ。水柱が沈み、海面の揺れが収まる。次に入るのはその攻撃が与えた彼女へのダメージ。
「姿が、見えない……?」
観測機から入った報告は彼女の姿が見えないというものだった。なにか破片が浮いているようなこともなく、最初からそこに何もなかったかのようだ。
「やった、んですか」
誰かがそうつぶやいた。本当に倒したのだろうか。実はまだ生きてるんじゃないだろうか。最大の目標があんなに簡単に倒せるなんてありえない。いや、あの攻撃を受けて生きている方がありえない。ただ簡単に終わってしまったせいで信じられないだけだ。大丈夫、彼女は死んだ。終わった、これで終わり。簡単に終わるならそれ以上にいいことはない。しかし秋月はどうしても心の隅で本当はまだ生きているんじゃないかという心配があった。そしてその一抹の心配は具現化することになる。
「…ぁ、が……ぇふ」
このお祝い気分にはそぐわないえずく声がした。振り返るとそこには呉の空母の胸から突き出る刃があった。空母は目を見開き、自分の胸から突き出る刃を見ていた。それを抜こうとして両手で掴むが、押せども引けども動きはしない。ただつかんだ両手から血が流れるだけだった。
刃が抜かれ、空母が倒れる。その後ろから現れたのは無傷の二人目だった。