紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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すみません一週間ほど遊び惚けてました。


撤退

 彼女は切り付けられた腕を見た。制服が裂け、その下の皮膚も切れている。傷口からは血代わりの真っ黒な靄が流れていた。

「あー。やられた」

 彼女はぶっきらぼうに言った。絶対の自信を傷つけられたように見えるが決して怒り狂うことはなく。いたって真顔で言った。三人は息切れが激しく、このチャンスで動けないでいた。彼女は息切れ一つすることはなく目線をゆっくり腕から三人に移した。

「流石にあなたたち三人が固まると苦戦するわね。武器が大きすぎたかしら」

 彼女は傷ついた腕で鎌をぶんぶんと振った。

「でも私これ以外に武器持ってないわ」

 そう言って彼女は鎌を錨に戻した。これで幾分か取り回しが良くなったと思う。

「じゃあ再開しようかしら」

 またにやりとして、突撃の構えを見せる。三人もナイフを構えた。直後両者の間から人の身長ほどの水柱が湧きあがった。その中から出てきたのは三人の、艦娘のようなもの。というのも制服から出る手足や顔は黒く、髪色と制服が異様に目立っていた。顔には何もないのっぺらぼうだ。艤装も背負っていて、その真っ暗な体さえ見なければ艦娘と同じだったろう。突然の乱入に両者ともに動きが止まった。

 秋月は謎の艦娘のようなものを見ていた。身長のせいか秋月はその三人を駆逐艦だと思った。ふとその奥にいる彼女の顔が見えた。すると彼女は初めて苦虫を噛み潰したような不機嫌な顔を見せていた。なぜ彼女はあんな顔をしている。この三体が原因か。これは何か彼女に問って不都合なものなのか。そう考えているうちに謎の三人は動き出した。

 三人は秋月たちには目もくれず彼女に対して攻撃を行った。二人が白兵戦を挑み、もう一人は遠くから援護射撃を行っている。遠目から見ただけでもその連携は秋月たち三人より上手だった。構図はさっきの秋月たちとほぼ同じなのに彼女の動きに余裕がないのが分かる。二人の近接攻撃もさることながらもう一人の援護射撃が上手く彼女の行動を制限しているようだった。彼女は明らかに、秋月たちの時よりもより防戦一方だった。

 しばらく戦闘の様子を見ていた秋月だったが、不意に無線が入った。フィリピンの艦隊からだ。

『こちら第一艦隊だ。ようやく航空機を始末した。観測機を飛ばしたのですぐにでも砲撃を開始する』

 上を見るとすでに件の観測機が見えた。

「あ、はい。でも」

『ん? あれはなんだ。艦娘と艦娘が戦っている?』

「いや、あれが南方深艦隊の深海棲艦の一人です」

『なるほど、つまり仲間割れか。それじゃあ私たちの砲撃で全員にダメージを与える。お前たちも近くにいるようだし少し離れておけ』

「あいや、その三人ぐらい……切れた」

「どうした」

 グラーフが聞いた。

「フィリピンの艦隊が砲撃支援をよこしてくれるそうです」

 グラーフはそれを聞き、上に飛ぶ観測機を目にした。

「ああ、あれか」

 夕立は二人の会話を聞いても尚、彼女に向かおうとする。グラーフは夕立の肩を掴んで止めた。夕立はグラーフを見た。その眼にはまだ怒りがあった。

「気持ちは分かるが一旦離れよう」

「でも!」

「砲撃に巻き込まれるぞ。睦月はお前を生かすために行ったんだ。味方の砲撃に巻き込まれて死ぬだなんて馬鹿をするな」

 夕立はようやく諦めうなだれた。グラーフは夕立の肩をたたき一緒に離れた。

 秋月は摩耶に通信を入れる。

「摩耶さん。フィリピンの艦隊が砲撃支援を行います。私たちもその場を離れたので砲撃支援が完了次第私たちもまた砲雷撃戦を始めます。大和さんにもそう伝えてください」

『ああ分かった……その、夕立は大丈夫か』

 秋月は夕立の様子をうかがった。グラーフに寄り添われ、下を向ている。鼻をすすっている音もするので多分鳴いているだろう。

「あんまりよくないですね」

「大丈……ぅ、夫、で、です」

「無理するな」

『そうか……分かった』

 それだけ言って通信は切れた。

 

 暁は甲板の上から彼女の戦闘を見ていた。大体彼女の方が有利だったが、秋月たちの猛攻に苦戦しているようだった。睦月が死んだときは流石に暁も声が出た。記憶の中では日数は少ないながら一緒に暮らした仲であるし、少なくともそこらの艦娘よりかは動揺した。

 あの三人が出てきた時、睦月の時よりも動揺は大きかった。あれから長らく姿を見せていなかったのにどうしてこの場に現れたのだろう。三人は彼女を攻撃しだした。彼女は秋月の時よりずっと苦戦している。暁はどっちが勝つのだろうと思った。

 秋月たちが離れて行くのが見えた。目で追うと彼女たちは艦隊に戻っている。その艦隊は砲口を彼女に向けていた。

「どうしよう……!」

 きっと艦娘たちは彼女を砲撃するつもりだ。しかし今彼女の近くには雷と電がいる。砲撃が当たったら二人が怪我をしてしまう。あたふたとしているうちに、着弾音がした。暁が音のした方を見ると彼女がさっきいたあたりに水柱がいくつか立っている。暁は血の気が引いた。恐る恐る艦娘たちを見ると、その砲門からは煙が上がっていない。撃ったのはそこにいる艦娘ではない。じゃあどこから撃ったんだろう。あの水平線の向こうからだろうか。ああ、もう考えている暇はない。今度はそこの艦娘たちが撃つんだ。きっとそうだ。

 暁はいてもたってもいられなかった。でもここから降りて駆け寄ればまた彼女に怒られてしまう。でもここに立っていても何もできない。どうしようどうしようと暁が慌てているとふと、とある日のことを思い出した。あれはそう、彼女に触手のことを聞かれた時だ。でも触手でどうやって守るのか、そもそもあそこまで届くのか。そんな考え事をしている暇はなかった。暁はとにかく腕を突き出した。袖からにとどまらず、服の中から大小無数の触手が飛び出した。その長さは百メートルなど裕に超え、彼女たちの元までたどり着いた。

「どうか、響たちだけは守って!」

 暁がそう懇願すると、触手は彼女たちを中心に大きなドームを形成した。その直後にまた着弾したもののドームには傷一つついていなかった。

 

 ドームの内部に閉じ込められた彼女はより一層苦戦を強いられた。暁から出た触手が形成したこのドームは光を一切通さない。そのせいでドームの中は真っ暗だ。駆逐艦譲りの夜目も光がないのならば意味がない。探照灯をつけて何とか応戦できるが、真っ暗闇の中でも難なく行動できる響たち相手には不利なこと極まりない。

 彼女はドームの端を探した。このドームがドームである、つまり全球状になってなければ端から潜れば出られるはずだ。手探りで探しながら敵の攻撃を避けるなんてのは相手の度量もあって彼女でも困難を極めた。普通に避けきれないし、彼女の攻撃は当たらない。彼女は初めて深刻に自身の負けと死を覚悟した。

 手に何かが当たった。ぶにぶにと弾力があるが、押してもびくともしない。ドームの壁だ。彼女はイチかバチか脱出のため、海中へと潜った。ドームの端は海中まで伸びていた。しかし、それほど深くはない。彼女は無事にドームを抜け出した。

 数分ぶりの日光はやけに眩しかった。それが収まった時に見えたのはドームから伸びる黒いもの。それはうねりながら暁の元まで伸びていた。暁の触手をたどった時、同時に暁に攻撃をする艦娘たちが見えた。彼女もまた暁と同じように顔を真っ青にし、悲痛な叫びで以て命令した。

「守れ!」

 彼女の命令により待機していた深海棲艦及び、駆逐艦が行動を再開する。機動力が一番高いレ級を先頭に即席の防衛線が形成された。

 ただちょっと艦娘と戦う練習ができればいいと思っていたがもうそんなことを言っていられない。響たちがやってくるという予想外の事態が起こってしまったし、援軍が到着する前に終わることができなかった。残念だが、ここは撤退しなければならない。全く、ついでに鎮守府をつぶす予定だったのに戦果はたったの二人のみか。

 暁が乗っている駆逐艦の撤退が最優先だ。海中に潜るのにそう時間はかからない。深海棲艦と対峙している間に達成されよう。ただ艦娘もそれに気づいたのか後方にいた何人か、それも寄りにも寄って大和が無理やりでも暁を討とうとした。調子乗って艦隊の近くでやるんじゃなかった。大和の射程内に入られてしまった。

「守れ!」

 彼女はもう一度同じ言葉を叫んだ。しかしその内容は大和を妨害するものだった。その命令を受け取った深海棲艦たちは駆逐艦が何隻かが防衛線を抜け出して大和たちへと向かった。大和を護衛する艦娘に余裕はない。道はまっすぐに開けている。だが駆逐艦の砲撃では大和の砲撃を止めることはできなかった。離れている彼女からでも聞こえるほどの轟音が鳴り響いた。大和の砲弾は艦隊へと飛んでいく。だが幸いにも駆逐艦の砲撃で照準がぶれたようで艦隊のちょうど真ん中に落ちた。大きな水柱が立ち上り、彼岸花の花弁が散って消えていく。

 山場は越えた。大和の装填中に逃げ切ることは可能だ。駆逐艦はすでに半分が海に沈んでいる。暁も触手を収めた。駆逐艦が沈み切る前に間に合いそうにはない。

 やがて駆逐艦はその姿を海中に消した。彼女もそれに続き海中に没しそれから深海棲艦たちも撤収した。艦隊は足早にフィリピンを去った。このまま数十キロ離れるまで海中で進もう。

 

 南方深艦隊の去った海にはまだ波紋が残っている。海中に逃げた南方深艦隊を追うことはしなかった。まだ私たちは奴らのことを知らない。海中からの強力な攻撃があるかもしれない。

 秋月たちは集まり顔を合わせた。一時間もないほどの戦闘。しかしその間に二人消えた。どっちも死ぬときはあっさりしたものだった。戦争をしている以上死は仕方がのないものだが、それがこんなにも近いところまで来ているとは思わなかった。彼女たちは改めて自分たちがいつ死んでもおかしくない状況に置かれ続けていることを実感した。

「戻りましょう」

 誰かがそう言った。誰が言ったのかそれを確認する気力すらなかった。彼女たちはそれにうなづくわけでもなく陣形すら組まず鎮守府に戻った。

 

 比較的笑みのこぼれるフィリピン艦隊とは対照的に全体的に重苦しい雰囲気を醸し出しており、秋月たちに近づく者は誰もいなかった。一人勇気を出して彼女たちを気遣うような言葉を差し出したが、秋月はそれをひどく冷淡に突っぱねた。

 夕立は彼女たちの内の誰よりも憔悴していた。もはやグラーフに支えてもらえないとまともに歩けないほどだ。彼女たちは一言の会話も無く部屋に戻った。

 部屋に戻った秋月たちは各々一人で過ごした。夕立にはグラーフが付き添おうとしたが本人が一人がいいと言ったのでグラーフは彼女を尊重し一人にしておいた。初雪ですらゲームに手を伸ばすことなくぼーっと外を眺めていた。摩耶も同じだ。ふちに頬杖をつき、少し傾いた日と生暖かい風を受けながら外の風景を眺めている。夕立に拒まれたグラーフは仕方なく秋月に近づいた。幸いにも秋月に拒まれることはなかった。

 二人は隣り合って座ったが口を開くことはない。互いに同口をきけばいいものか分からなかったからだ。どんな切り口で話してもこの場には不都合な気がするからだ。

「強かったですね」

 ようやく秋月が口を開いた。グラーフはやや遅れて返事をした。

「ああ、そうだな」

「まるで歯が立ちませんでしたね」

「全くではないだろう。三人で攻撃した時は多少抵抗できただろう」

「でも普通の砲戦では暁さんに全くダメージを与えれませんでした。あれ一対十二ですよ」

「そうだな。練習、と言っていたか。本番の時にはあれに深海棲艦とあの駆逐艦が加わるのか。絶望しかないな」

「ええ、全く。でもやるしかないんですよね」

「ああ、なにせ私たちは懲罰部隊だ。たとえそれが死にに行くようなものでも従わなきゃいけないのが私たちだ」

「そうですね。私たちは死んでもいい艦娘たち。私もそれは覚悟していたはずなんですけどね。まさか仲間の死を見ることがこんなにも辛いこととは」

「そうだな。私も覚悟していたんだがな」

「”普通の生活”に慣れてしまったせいですね」

「普通か、あれでも普通だったか?」

「少なくとも比較的平和だったでしょう。木津着くことはあれど死にはしなかった」

「そうだな」

 二人が深いため息をついたころ地の底のような空気を読まないノックが響いた。秋月がドアを開けた。そこには大淀が立っていた。

「傷心に浸っているところすみません。提督がお呼びです」

「何の用ですか」

「提督が報告を求めています」

 秋月は体を少し退かし、部屋の中を見せるようにしていった。

「この雰囲気でそれを言いますか」

 大淀は外見動揺せずに言った。

「ええ、ですから一人だけでも構いません。口を利けるものが居ればそれで」

 秋月は細くため息をつき自分が行くと言った。グラーフを一瞥し無言の肯定を受け取ってから彼女は大淀の背をついていった。

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