提督室に入るとすでに到着していたらしい大和の姿があった。大和の顔も少しやつれている。少なくとも元気、ではないだろう。仕方がないだろう、なにせ呉も一人やられたのだから。大淀は秋月を連れると提督の横に立ち直った。
「帰投してそうそうに申し訳ないな」
提督はそういうが、その声色に感情らしいものはない。嘲笑すらしていないのだ。
「報告をしてもらう前に簡単だがまず先に南方深艦隊の撃退、よくやってくれた。おかげでこちらの被害はゼロだ」
秋月はまた彼の感情を読み取ろうとしたが、まるで自分が褒められることを期待しているみたいだったのでやめた。
「そちらの被害のほどは?」
先にどっちが言うべきだろうか、二人は見合わせ大和が先に口を開いた。
「わが方は空母が一人撃沈されました」
次に秋月が口を開く。
「わが方も駆逐艦が一人撃沈されています」
「そうか……南方深艦隊にはどれだけ被害を与えた」
彼はそうか、の一言で済ませた。秋月は少し驚いた、いや悲しかったというべきだろうか。とにかくその両方の感情が混ざった。せめてもう一言だけでも弔いの言葉があってもいいんじゃなかろうか。そう思ってすぐにまた自分が期待していることに気づき感情を押し殺した。
「あまり……そうですね、傷を一つ付けたほどでしょうか。彼女の配下の深海棲艦を何隻か小破および中破させたぐらいでしょうか」
「それだけか?」
提督に嘲笑の意が見えた。初めて感情を出した気がする。大和が秋月に続いた。
「まず大前提として南方深艦隊の旗艦である元駆逐艦暁と思われる存在、彼女は二人います」
「二人だと?」
「はい、今回戦ったのは一人ですが彼女は自分を二人目と名乗りました。彼女は我々とコミュニケーションを取り意思疎通が可能です。話してみたところ彼女はもう一人、暁を戦わせたくはないようでした」
大和は一度そこで区切りをつけた。彼は何も言わず無言で続きを促す。
「彼女は今回の襲撃を練習だ、と言い我々十二人に対して一人で戦うと申し出ました」
「それで奴には傷一つ付けてそちらは二人を失ったわけか」
「はい、正直言って彼女はとても強いです。こちらがいくら撃っても彼女はその全てを躱します。また彼女は武器を使った近接攻撃を主としていました」
「それはお前たちのような」
彼は秋月を見た。彼女は短くうなづいた。
「最初に我々の全力攻撃を行いましたがそれをすべて避けられ、その後我々の空母が後ろから貫かれ撃沈されました」
秋月はその言葉で当時の状況を思い出した。あれはもはや撃沈ではなく殺害されたという表現がいいだろう。
「ですが彼女の主砲は艦娘の駆逐艦レベルでした。魚雷も使いませんでしたし彼女は砲雷撃戦を避ける傾向があります」
「ああそれと」
秋月は大和が言い切ったと同時に思い出したように言い出した。「三人の謎の黒い影が現れました」
彼はその言葉に何も返さなかったがその顔には困惑と興味があった。
「あれは、私の見間違いで無ければ響、雷、電だったと思います」
「それはなんだ、二人目とやらの仲間か」
「いえ、恐らく逆に敵対しているものかと。三人は海上に現れるや否や二人目に敵対行動を始めました。そしてその三人は私たちの誰よりも強いです。その直後フィリピン艦隊が砲撃支援を行いました。すると今度は暁が袖から黒い、触手の様なものをだしてドームを形成しました」
「ドーム?」
彼は彰かな困惑を見せている。秋月はためらうことなく話をつづけた。
「はい。それは二人目と三人を囲うように形成しまるで彼女たちを守るようでした」
「守る?その三人は敵対しているんじゃないのか」
「少なくとも二人目とは敵対しています。南方深艦隊の一番の戦力は彼女でしたし彼女さえどうにかなれば後はノーマルの深海棲艦が多数と四隻の駆逐艦ですし、三人が彼女と敵対しているのは好都合でしょう」
彼は相変わらず黙って聞いていた。そろそろその対応にも慣れてきた。
「少し話を戻しますがドームを形成した後、そのドームはフィリピン艦隊の砲撃支援をいくら受けても傷一つついていないようでしたので私は南方深艦隊に攻撃を開始しました。するとすぐに二人目はドームから脱出し撤退を開始しました。すぐに南方深艦隊全体が海中に没し、海域を脱出しました」
秋月は口を閉じた。しばらくの間静寂が訪れ、彼は報告が終わったと判断した。
「そうか。報告ご苦労。下がっていいぞ」
大淀が前に出て同じように退出を促した。二人はそれに従い提督室から出た。大淀は部屋までの案内を申し出たがもう覚えている、と断った。
秋月と大和が二人、並んで廊下を歩いていた。提督室や自分たちの部屋の中では恐ろしいほどの静寂があったが、フィリピンの艦娘たちのいる部屋は日常が流れていた。二人がさっきまでいた空間に比べると騒がしいと思えるほど賑やかだ。自分たちはこんなにも落ち込んでいるのにこいつらはいたって普通に過ごしている。その事に憤りを感じたが二人はそれを必死に抑えた。確かに自分たちにとっては悲劇でしかないが、フィリピンの艦隊にとってはただ対空戦闘をこなしたのみだ。誰一人沈んでいない。だから日常を過ごせるのだ。
二人が廊下を通ると彼女たちは口を閉ざし無言で二人を見送った。哀悼の意でも持っているのか誰も彼も二人をかわいそうな目で見ている。声をかけようとしているがどう声をかけようか迷っているうちにさっさと二人は行ってしまうので結局何も声をかけられ無かった。
分かれ道にやってきた。ここで大和たちの部屋とは別れてしまう。なんとなくそこで止まってしまった。ここまでずっと黙って来たので止まったところで何を言おうと気まずい空気がする。しかしせっかく止まったのに結局黙ったまま別れるのも不自然だ。何を言おうか迷っていると大和が小さく手を上げ、小さな声で、では、と別れを告げた。秋月もそれに呼応して黙って小さく手を上げて別れた。
秋月は大和と別れてすぐに溜息を吐いた。何かに対するため息ではない、もしくは現状全てに対するため息だ。とにかく息を吐かないとやってられない。自信の体に溜まった形容しがたい蟠りを吐き出したかった。
ため息をついて少し楽になった。秋月は部屋のノブを握った。するとドアの先から何かが微かに聞こえた。それは泣き声の様だった。そしてその泣き声は夕立の声の様だった。一体どうしたのだろうと、面倒ごとが無ければいいな、などと考えながら秋月はドアを開けた。
部屋の中では夕立がグラーフに半ば抱きしめられるようにして宥められながら声を上げて泣いていた。秋月はその様子を数秒見つめてから説明を求めた。グラーフは宥めるのに忙しい様子だったので摩耶が代わりに説明してくれた。
摩耶によると、夕立は自分の隣で同じように外の景色を眺めていたらしいが突然涙を流してすすり泣きだしたかと思えば声を上げて自分の頭を窓枠に叩きつけ出したようだ。あまりにも容赦がないものだから夕立の額は早々に割れ、出血しだしたので摩耶が慌てて止めてすぐにグラーフが抱き着くようにしてなだめ出したらしい。で、それからしばらくして秋月が戻ってきたというわけだそうだ。夕立は顔をグラーフの胸に押し付けているので額の傷は見えなかったが、窓枠を見ると確かに血がついていた。
秋月はまたため息をついた。面倒ごとではないが心配事が増えた。夕立の精神状況がひどい。何時しかの自分よりもよっぽどひどい。一先ず夕立のことはグラーフに専任してもらうことにした。今夕立のことを一番任せていられるのは彼女のほかにいない。
彼女は甲板の上で不貞腐れていた。せっかく対艦娘戦闘の練習ができると思ったのにあの三人が邪魔してきてまともに練習ができなかった。でも少なからず収穫はあった。普通の砲撃戦において彼女は圧倒的に有利だ。あの量の砲撃を避けきることができた。しかし近接戦だと多勢に無勢だった。三人だけで彼女は追い込まれてしまった。武器の相性もあったのかもしれない。
「やっぱりレ級と一緒じゃないとだめかしら」
でも近接戦は彼女が今、最も得意とする部分だ。できれば近接戦においてこそ彼女は圧倒的な立場にありたかった。他の武装は当てにならない、と魚雷の発射管に目が映った。
「魚雷使ってなかったわ」
駆逐艦の頃と威力が変わらなくとも魚雷なら威力は十分か。
自分が集めた情報と彼女たちに与えた情報、どっちが多いだろうか。あの三人と自分が敵対していることを知られてしまっただろうか。地味に痛いところだ。暁にあんなことができるだなんて知らなかった。触手は前に見せてもらったし本人にその気があれば何かできるとは思っていたが、あれは強い。できればあれを武器に使ってほしいが暁のことを考えれば絶対にないだろう。せいぜいあの時と同じように防御にしか使えないだろう。
「あーあ、私にも使えたらよかったのに」
残念ながら奴は艦船を呼び出すだけで触手のような何かを扱うことはできなかった。客観的に見れば彼女の艦船を呼び出す能力も十分強いと思うが、隣の芝生は青いという。
今日は暁も珍しく甲板に出ていた。最近はずっと自室にこもってばかりだったのでどういう訳だろうと聞いてみたところ、そういう気分だから、とだけ言った。暁は艦隊に咲き誇る彼岸花を見つめていた。艦隊を埋め尽くすほどの彼岸花は次にその周囲を埋めるように咲きだした。一体どこまで彼岸花で埋まるだろう。
艦隊はこのまま予定通りウラジオストク沖に向かう。道中で会う敵には無論攻撃する。ただ今は空母の艦載機が全滅してしまったので電探でしか索敵できない。全く、どうにも飛行機がうまく使えない。そもそも彼女は駆逐艦なので空母の心得など分かる訳が無い。だから空母自身に細かい操作は任せているわけだが、その空母もノーマルの深海棲艦なので弱い。育成にはまだまだ時間がかかるだろう。きっと艦娘側にも我が艦隊の空母群は脅威ではないと伝わっているはずだ。
「私って弱いのかなー」
彼女は手すりにつかまってうなだれた。前まで完全無敵だと思っていたのに戦ってみると案外そうでもなかった。それどころか弱点もそこそこあった。ワンマンアーミーなんてやはり存在しないのだ。指揮系統を分けた方がいいかもしれないが、面倒くさい。いや個々の育成も面倒だが指揮のような内政はもっと面倒くさい。個々が強くなれば適当な命令でもよくやってくれるからそっちの方がいい。
「もう数増やせないかな」
指揮を一人でやるなら現状でも数が多い深海棲艦たちをこれ以上増やすのは得策ではないだろう。厳密に言えば、中途半端な数しか呼び出せない今、闇雲に増やすのは良くない。奴みたいに埋め尽くすほどの数を呼び出せるのなら違うが。
彼女はもう一度考えた。数を増やせないなら質を上げるしかない。だから育成をしなきゃいけないという結論には先ほど至った。でもそれは時間がかかる。時間をかけずに質を上げるのにはどうするべきか、呼び出す深海棲艦を基礎能力の高い奴にすればいい。つまりレ級だ。でも全部レ級にするのも良くないと思う。レ級は級のつく深海棲艦の中で唯一と呼べる明確な自我がある。あまりたくさん呼び出すと自身の支配を抜け出してしまうかもしれない。奴もあれだけの量の深海棲艦を呼び出しときながらレ級や姫級は一切呼び出していなかった。
彼女は移動して艦隊の中央に集まる深海棲艦を見た。暁は自身の近くに移動してきた彼女を一瞥したがまた死線を戻した。
「何人変えれるかしら」
今レ級は二人いる。せめてもう二人は欲しいだろうか。彼女の得意とする部分は近接戦闘で、でも一人では大人数に対応できない、もっと言えば懲罰豚の全員が近接戦闘を選べば彼女は圧倒的に不利になってしまう。だからフォローしてくれる存在が欲しい。あと二人増えて合計四人、自分と含めて五人。これで懲罰部隊と同数だ。
「あれ、暁が抜けて睦月が死んだから、ひー、ふー、みー、よー……あれ四人しかいない」
そういえば二人いなくなったんだったか。まあいいや、数的有利が取れるならそれはそれでいい。彼女は今いる深海棲艦を吟味した。この中の数体とレ級を入れ替える。
隣でぶつぶつつぶやきだした彼女に暁は耳を傾けた。戦艦が云々巡洋艦が云々言っているが何のことなのか分からない。暁は彼女から少し離れてまた彼岸花を眺めはじめた。ああ、あれが触れれたらよかったのに、とっくについえた希望をあの花を見るたびに思い出した。