紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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深い絶望とちょっとした希望

 暁は思った。私は触手を操ることができる。じゃあ触手で自殺できる、だから試すことにした。彼女に見つかるとすぐに止められてしまうので離れたところですることにした。甲板の反対側なら見つからないだろう。暁は服の隙間から触手を出した。触るとひんやりしてぷにぷにしている。先も丸いし刺突はできないだろう。だから締め付けることにした。触手は暁の首に巻き付き、きゅっと締め付けた。

「ぁ……ぇへ、ぁ……」

 空気が漏れだす。とても苦しい。目が見開かれ、涙があふれてくる。反射で巻き付く触手を掴むが、自身がゆるめることを許さないので触手は容赦なく締め付ける。倒れこもうがそれが変わらない。嗚咽が何度も吐き出され、次第に意識が遠のいていく。その時急に締め付けが弱くなり空気が肺に飛び込んでくる。

「っは、えへっ、げほっ、っはっはっ」

 暁は荒く呼吸をし、目を見開いて涙を眺めたまま甲板を見つめた。どうして締め付けが弱くなった。もう少しで逝けたというのに。もしかして彼女が止めたのか、そう思って周りを見たが彼女の姿は見当たらない。

「どうして」

 理由は分からない。私は死を望んでいるので外的要因であるのは間違いない。少しの間考えたが理由は分からなかった。だからもう一度試してみることにした。今度は首ではなく体全体に巻き付き、圧死を選んだ。

 太く長い触手がギチギチと体を締め付ける。

「う……ぐ……」

 だんだん呼吸がままならなくなり骨がみしみしと軋み始めている。痛い、ああ痛い。もう少し、もう少しで逝ける。強い痛みで涙がボロボロとこぼれるがその顔には笑みが浮かんでいた。そして一際大きな音が鳴った。背骨がへし折れた音だ。暁は悲鳴も上げず絶命した。背中側にくの字の死体となった暁は甲板に倒れこむ。絶命したと同時に触手も同じように甲板に広がった。それからすぐに彼女が暁のいる甲板側にやってきた。彼女は暁の死体を発見し固まった。事象の理解に時間がかかった。暁は不自然な形をしている。死んでいると直感的にわかるような、そんな形だった。しかし以外にも彼女は錯乱するようなことはなかった。驚きはした。それこそ彼女が実態を持ってから一番の驚愕だ。だが彼女はため息をつくと暁に近づき、屈んだ。死体をしばらく眺めるとそれに抱き着き霧散した。靄と化した彼女は暁の死体を取り囲み一つの塊のように成った。

 

 

 

 暁は鎮守府の港に立っていた。とても綺麗な海が広がっている。水平線から誰か現れた。暁はそれが誰なのか分からなかったが本能的に海に飛び降りた。艤装をつけていなかったが、つけていなくとも海面に立つ彼女がそれに気が付くことはなかった。

 近づくにつれてそれが誰なのかだんだん分かってきた。そんなわけがないと思いつつもそれが彼女達なのだと淡い希望を抱き始めていた。そしてその淡い希望はだんだんと濃く、確実的なものとなってきた。

「響、雷、電!」

 妹たちが水平線からやってきた。暁はそれに気づくとさらに速度を上げて妹たちに駆けていった。響たちは駆けてくる暁に気づき腕を広げて暁を迎えた。暁もその腕に抱かれるように飛び込んだ。響の胸に飛び込んだ暁は頭を押し付けた。

「ごめん、ごめんね! でももう私は罪を償ったわ。これでもう私も響たちと一緒にいれるわよね!」

 暁は涙ながらに謝罪した。あとは響の返事を待つだけ、きっと許してくれるだろう。許してくれるはずだ。だって私は死を以て償ったんだもの。

「だーめ」

 期待していた返事は拒否だった。それに答えた声も響のものではなかった。暁が恐る恐る顔を上げるとそこにいたのは響ではなかった。暁と一緒の姿形、声をした二人目だった。暁は彼女を突き飛ばし後ずさった。驚きのあまりに尻餅をついた。彼女はわざとらしくよろめくと、にやにやしながら言った。

「あら、あらあら、悲しいわ、突っぱねられるなんて」

「なんで、どうして」

「どうして? 私があなたをみすみす逃がすと思った?」

「でも私は」

「そうね、死んでたわね。なかなかひどい有様だったわよ。説明してあげましょうか」

「い、いい」

「自死したでしょ」

 彼女は聞いた。暁は少し遅れて頷いた。

「自死ならどうとでもなるわ。遺体も残ってるし」

「そんな」

 暁は絶望の顔を見せた。彼女はそれに特段反応することもなく話をつづけた。

「そうねぇ、流石に……おっと利用されたら困るわね。特にお説教をするつもりはないわ。ちゃっちゃと引き戻すから。今艦隊無防備なの。速く戻らなくちゃ」

 彼女は暁に手を伸ばした。暁は抵抗の意を示したが彼女はそれを無視し、無理やりに暁の手を取った。一瞬の浮遊感の後、暁の視界は真っ暗になった。

 

「っは!?」

 暁は飛び起きた。辺りを見渡す間もなく強い吐き気が暁を襲う。暁は上体を起こしたままその場に嘔吐していた。食事をしていない暁の意から出るのは黄色い胃液のみだった。ひとしきり胃液を吐き続けてから再び死線を起こすと暁の前には彼女が立っていた。暁が胃液を戻しているところをずっと見ていたらしい。

 暁は荒く息をしながら彼女を見つめた。彼女は何も言わずに暁を見ていた。しばらくの間無言で互いを見つめていたが、暁の呼吸が落ち着いてきたころようやく彼女が口を開いた。

「落ち着いたかしら」

 暁は頷いた。

「体も元に戻ってるわね」

 暁は自身の体を確認したが、そもそも自分の死体を見ていないので彼女の言った悲惨な状態を知らない。彼女は呆れたようなため息をついて言った。

「にしても、自分の触手で締め付けて圧死……いや窒息かしら。でも背骨が折れてたし違うかしら。まあどっちでもいいわ。どちらにしてもよく自死なんて選んだわね、苦しかったはずだろうに。正直あなたの罪に対する意識を侮っていたわ、あと死に対する執着と自死する勇気もね」

 彼女は手を差し出した。暁はその手を取った。彼女は腕を引き上げて暁を立たせた。

「まあ、もう自死なんて選ばないことね。あなたが自分の力で死んでも私はあなたを引き戻せるし、ただ無駄に苦しむだけよ」

 暁は何も返事をしなかった。彼女は暁の返事を待たずに離れて行った。暁は海を見た。水平線しか広がっていない風景、ずっと変わらない光景だ。死んでからあまり時間が経っていなかったのかもしれない。暁は自分が死んでいた場所を見た。黄色い胃液が広がっているだけで血の跡はなかった。

 暁は何をすればいいのか分からなくなった。目標に一番簡単にたどり着ける方法が無駄だということを知った。やっぱり簡単な方法なんてなかった。暁はどうすればいいのか分からなくなった。なんとなくすべてが嫌になった

。もうこの柵を飛び越えて海に飛び込んでしまいたい気分だ。そして海の藻屑になってしまいたい。でもそうしたところでどうせまた彼女に引き戻されるだろう。海に飛び込めば死体は水底に消えるだろうから彼女の知らないところでこっそりと飛び込めば見つからないだろうが、彼女ならなんとなく見つけるような気がする。彼女の言う通り自死を選ぶ限り死ぬことはできないのだろう。

「もうやだ」

 暁は柵にもたれてつぶやいた。ほぼ真下には水面に広がる彼岸花が見える。一先ず、疲れてしまったので休みたかった。暁はまだ本調子でないようなふらふらとした足取りで艦内に戻っていった。

 

 彼女は暁の前では全く動じていないように振舞っていたが内心では少し焦っていた。まさか自死をするだなんて思ってもみなかった。もう少し気にかけた方がいいかもしれない。彼女の見ていないところで敵にのこのこ近づいて撃沈されたら困る。一人監視用の護衛をつけようか。

 彼女は再編の続きを行った。暁が死んでいたのを発見してから数時間経過していた。未だフィリピン海のど真ん中に艦隊配置する。目的地のウラジオストク沖まではまだまだ時間がかかりそうだ。邪魔が入らないうちにさっさと再編を終わらせてしまおう。

 

 再編はその日の夜に終わった。戦艦を全て下げ、代わりにレ級を二人呼び出した。まだ指揮能力に余裕があったので巡洋艦と駆逐艦を少し増やした。新たに呼び出したレ級の内一人を甲板に呼び出した。こいつを暁の護衛にしよう。会話はできないが簡単な意思疎通もできる。暁の話し相手になって少しでも死ぬ気を押さえてくれればいいのだが。

 彼女はレ級とともに艦内に入った。あれから暁の姿を見ていないが多分自分ん部屋に戻ったのだろう。暁の部屋の前でノックをしてみたが返事はない。だが彼女は気にせず扉を開いた。暁は案の定部屋のベッドに座っていた。顔色は少し良くない。まだ生き返った感覚に慣れていないのだろうか。

「勝手に開けないでよ」

「ノックしたわ」

「返事してない」

「沈黙は肯定とみなすわ」

「じゃあ今度から沈黙は拒否だと思って」

「善処するわ」

 無理だろうな、と暁はため息をついた。暁は視線を彼女からその後ろにいるレ級に移した。

「で、なんのよう。レ級まで連れて」

「ああ、これね、あなたの話し相手」

「話し相手?」

「そう、暇だろうから話し相手を作ってあげようと思って」

「嘘、あなた私たちに退屈だなんて感情はないって言ったじゃない」

「そうだっけ」

「そうよ。退屈しのぎにレ級をやるだなんて、監視用でしょ」

「うーん、見破られちゃったわ。別に隠すつもりもなかったけど。でも話し相手っていうのも本当よ。ほらこれからこのレ級はあなた専属の護衛になるわ」

 そう言って彼女はレ級の背中を押した。レ級は暁の前に立ちにやりとした。暁は目の前に立つレ級から少し顔を避け彼女に言った。

「でも私なんかにわざわざレ級を一人つけるだなんて」

 彼女は間髪入れずに言い返した。

「あなただからつけるのよ。全く、あなたは私にとってレ級を一人専属でつけるほどの存在だって理解しなさい」

 彼女はそう言って部屋から出ていった。最後に彼女は呆れたような様子を見せた。最近、よく彼女の呆れたような顔を見る気がする。今日だけよく見たからっ総錯覚してるのだろうか。

 部屋には暁のほかにレ級が一人取り残された。二人はしばらく見つめていたが暁は恐る恐る話しかけてみた。

「こ、こんにちわ?」

 レ級は満面の笑みを見せた。どうやら嬉しかったらしい。だがレ級は言葉を発しない。挨拶をしたっきり再び沈黙がかぶさった。暁は何か話そうとぐるぐると思考をめぐらした。話し始めたのに沈黙を下すのは気まずい。だから何か話題を出したいのだが何も思いつかない。

「あー、えっと……あなたって強いわよね?」

 レ級はぶんぶんと頷いた。顔はやはり笑顔だ。しかし強いわよね、てなんだ。話題として不自然すぎる。無邪気なレ級でよかった。自然な話題を探すんだ、何か話題を……

「えっと、自己紹介するわね。私は暁、あなたが護るらしい存在よ」

「ア、ア?」

 レ級は非常にたどたどしい発音で反芻した。

「あらあなた言葉が出せるのね。てっきり話せないのかと思ったわ」

 暁はもう一度自分の名前をゆっくり言ってみた。レ級はもう一度反芻したがどうやら母音しか発音できないらしい。それはやはり長女故の面倒見の良さから聞くるのかレ級に言葉を教えてみることにした。

「あ、か、つ、き」

「ア、ア、ウ、イ」

「か」

「ア」

「違うわ、カ、よ」

「カ」

「そうそう、できるじゃない。次は、つ、よ」

 暁の部屋では二人だけの教室が開かれた。

 

 彼女は艦橋に立っていた。海図を見つめて今後の進路を決めようとしていた。まだ本土の鎮守府と正面からやりあうのはまだ早いというのはフィリピンで学んだ。だからできるだけ鎮守府がある辺りは避けたい。針路的に一番ネックなのは佐世保だ。

「うーん、でも太平洋側は遠回りになるし」

 佐世保を避けようとすると逆により多くの鎮守府が近くなる。太平洋を大きく回ればどこの鎮守府とも対峙しないが目的地まで遠回りがすぎる。

「まあ、艦娘は人サイズだし対馬まで回れば大丈夫かしら」

 針路を決めた。艦隊の動く道のりを設定する。

「ふぅ、こんなもんでいいでしょ」

 一仕事終えてやったと言わんばかりに背伸びをした彼女は艦長室を出た。甲板に出る前に暁がどうしているか見てみよう、そう思った彼女は暁の部屋の前までやってきた。ノックをするとまた返事がない。

「拒否……かしら?」

 もう一度、今度は少し強めにノックしてみるとすぐに返事が返ってきた。扉を開けるとそこには隣り合ってベッドに座る二人の姿があった。

「あら、もう仲良くなったの?」

 暁は恥ずかしそうに頷いた。心なしか顔色がよさそうだ。レ級も笑顔でうなづく。レ級を連れてきたのはいい選択だった。それだけ確認できればよかったので彼女は早々に部屋を出た。

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