数週間が過ぎ、艦載機の補充も終わったので再び半径約十五キロに警戒網を形成した。電探に反応しても距離が遠いと確認に行かせることも難しかった。あと巡回させる航空機も必要最低限に抑えた。見つけるのは電探で十分だし、航空機がいるのはその探知したものを視覚的に確認するだけだ。彼女は巡回の交代で入れ替わる艦載機を満足げに眺めていた。
暁はこの数週間であのレ級にいくつか言葉を教えたらしい。暁曰く『レナ』と名付けたそうだ。
「最初はレイラと名付けたのだけど、どうやら発音しにくいみたいだしレナに変えたの」
暁は楽しそうに言っていた。
「少しは死ぬ気失せた?」
「ん、ま、まあ少しは」
「それは良かった」
暁はレナと名付けられたレ級に今日も言葉を教えていた。今日は外に出て言葉を教えることにした。甲板に出て物を指して言葉を反芻させる。言葉と一緒に意味も教えることができて効率がいい。
「ほらレナ、あれは深海棲艦よ。あなたと一緒」
「シンカイセイカン……れなトイッショ?」
レ級は深海棲艦の中でも自我があるほうだ。元々命令を理解することはできるので言葉さえ話せれば会話は出来るのだ。
「そう。あなたは深海棲艦のレ級。でもあなたは特別、あなたにはレナという名前があるわ」
「れなハトクベツ、トクベツ!」
レナは嬉しそうに飛び跳ねた。暁もほほ笑む。レナはまだ笑顔で暁に尋ねた。
「あかつきハ?」
「え?」
「あかつきモれなトイッショ?」
「私は……私はレナとほぼ一緒よ」
「ホボ」
「完璧に一緒ではないの。私は半分深海棲艦、もう半分は艦娘なの」
「カンムス」
レナは艦娘という言葉に反応した。表情が少し不機嫌になったように見えた。
「そうよ。私は半分艦娘なの。艦娘はあなたたちの敵なの。だから私は半分レナの敵なの。でも半分はレナと一緒なの」
暁は微笑みながらも恐る恐るレナの頬を撫でた。レナは暁の手を拒みはしなかった。
「私はあなたの敵かしら」
「あかつきハカンムスジャナイ。カンムストカオガチガウ」
レナは暁の顔を見て笑った。そういえば顔が半分変色しているんだった。もうかなりの時間鏡を見ていなかったから忘れていた。
「れなハあかつきヲマモルヨウニメイレイサレタ。ダカラマモル。あかつきハれなニナマエトコトバヲオシエテクレタ。ダカラテキジャナイ」
「うふふ、ありがとう」
暁は安心した。レナに拒絶されなくてよかった。暁は言葉教えを再開した。次は深海棲艦の種類を教えた。駆逐艦にはイ級、ロ級、ハ級がいる。巡洋艦にも多く種類がいるし、戦艦や空母だっている。
「あれ、戦艦がいないわ」
前見た時は戦艦がいたはずだが、今は一人も見えない。暁は近くにいた彼女に戦艦の場所を訪ねた。
「戦艦なら全部還したわ。代わりにレ級を呼んだの」
「全部変えちゃったの?」
「ええ、駆逐艦の主砲があれば戦艦はいらないもの」
「えー、それじゃレナに教えてあげられないわ」
「レ級なら戦艦ぐらい分かるでしょ」
「レナ」
「はいはい、レナねレナ。で、レナなら教えなくても分かるでしょ」
「でもル級とかタ級とか分からないじゃない」
「そりゃ、それは人間が名付けた名前だもの。いいじゃない別に。また見つけた時で」
「中途半端じゃない。戦艦だけ教えなかったら。一人ずつでいいから呼んでよ、お願い」
暁は彼女にお願いした。そこまで無理なお願いでもなかったので彼女はため息をつきながらル級とタ級を呼び出してあげた。二人の戦艦が海面に出てきた。ル級とタ級だ。暁は彼女にお礼を言ってレナに二人のことを教えた。レナはすぐに覚えた。嬉しそうに教えてもらった言葉を反芻している。
彼女は遠目から二人の様子を見ていた。本当に二人とも楽しそうだ。ふと電探に何か映った。航空機からは何の報告も受けていないので、多分電探探知内に湧いた深海棲艦だろう。数は一つだけだし航空機に確認ついでに処理してもらう。
近くにいた編隊が様子を見に行った。夕方の空に深海棲艦の黒は目立つだろう。電探からの位置を伝え編隊が正体を確認できるだろうと思った時、突然反応が消えた。もちろん編隊が見に行ってもそこには何もいない。今電探に出ている反応は編隊のものだから、つまり今海上には航空機しかいないことになる。彼女は当然怪しんだ。まるで航空機に気づいたかのような消え方だ。深海棲艦がは航空機に気づいたからといって海中に逃げるような知能なないはずだ。もしそうならそれは姫級かそこらだがここは比較的本土から近い。姫級が単体で湧くことなんてないと思うが。それらから導き出される結論、それすなわち__
「艦娘かしら」
潜水艦だろう。迷い込んだか。探知した反応は一つだが複数いる可能性もある。しばらく近くを周回させておこう。潜水艦と思われる反応は艦隊の右側面から、巡航速度のままでも潜水艦を振り切ることは可能だ。
「潜水艦……そういえば忘れてたわ」
今の艦隊は駆逐艦を盾代わりに中心に深海棲艦を配置している状態で、潜水艦のことを全く考えていなかった。深海棲艦の数には余裕があるし艦隊の周りに配置しよう。彼岸花の境目に置くのがいいだろう。彼女は深海棲艦の内、駆逐艦と巡洋艦を艦隊の外縁に等間隔に配置した。艦隊が大きいので一周させるのに必要な深海棲艦も多いが彼女の従える量であれば余裕だ。もう一つ円周を作ることはできないが、一応さっき見つけた、恐らく潜水艦を警戒して側面に弧を追加で作っておいた。
「なにかあったの?」
暁が尋ねた。突然多くの深海棲艦が移動を開始したので何かあったのか不思議に思うのは無理もない。
「そんな大事にはならないと思うわ。念のために動かしてるだけ」
その後三十分間様子を見ていたが再び電探が探知することはなく、航空機も潜望鏡すら見つけることはなかった。警戒網ギリギリで見つけたので三十分の間に離脱してしまったか。
潜水艦は一体何の用だったのか。ただ迷い込んだだけなら心配はいらないがもし艦隊に何か仕掛けようとしていたなら今後は潜水艦にも用心しなくてはいけない。
「うーん……面倒」
これ以上面倒ごとを増やさないでほしい。こっちは一人でいろいろしてるのに向こうは組織で動いているからずるい。どうやっても自分たちが後手に回る。もはや艦娘の策略を予防することは不可能だ。だから艦娘の行動にできるだけ対抗できるようにしないといけない。ただ予防できるものはしておきたい。今はとりあえず針路上に潜水艦が潜り込むのを防ぐために艦隊の前方に集中的に配置することにした。深海棲艦たちが前方に移っていくのを確認して彼女は行動を終わらせた。
『すみません。トラブルで海上に一時的に浮上した際に発見されてしまったかもしれません』
「無事か」
『はい、幸いすぐに解決したので航空機に視認される前に潜航出来ました。偵察は終了したので離脱しています』
「分かった。そのまま帰投せよ」
『了解』
彼は南方深艦隊の偵察を行っていた伊八からの通信を切った。南方海域にて確認された新たな姫級、それは先代の元帥を殉職させその日の内に撃沈した。そしてその姫級から生まれた南方深艦隊、前例のない事態だ。奴と初めて対峙した艦隊は駆逐艦が一人海に引きづられたまま行方不明、そののち被撃沈判定。タウイタウイでは基地航空隊の壊滅に戦艦長門を含め四人が撃沈され、その後に出撃した赤城と陸奥を含む連合艦隊も全員行方不明、合わせて十六人の大損害。先日起こったフィリピンでの戦闘、南方深艦隊が今まで対峙たどの深海棲艦よりも強いことは明白だ。しかし我々はその南方深艦隊を討たなければならない。我々に敵対し危害を加える限り撃沈せしめなければならない。だからこそ作戦を立てなければならない、南方深艦隊を確実に仕留められる作戦を。そして南方深艦隊を仕留めるには佐世保、呉、舞鶴、横須賀、大本営が協力して挑まなければならないだろう。彼はそのためにまず大淀を呼んだ。
「お呼びでしょうか」
「佐世保と呉と舞鶴、それに横須賀の提督を呼び出してほしい。早い方がいい、できれば明日か明後日にでも」
「分かりました。今日はもう夕方です。明日のスケジュールは埋まっていますし各鎮守府でも明日の予定は決まっているでしょうから明後日のほうが都合がいいでしょう」
「じゃあそれでお願いしよう」
「了解しました」
大淀は部屋を出ていった。彼は椅子を回転させ窓から見える風景を眺めた。
今の大本営はそれ自体が一つの鎮守府のように機能している。所属している艦娘は他の鎮守府より少ないが皆精鋭だ。南方深艦隊の討伐作戦ではきっと役に立ってくれるだろう。後は一応大本営所属の懲罰部隊だろうか。あれは所属というより管理だが。あまり持ち上げたくないが事実あの部隊が作戦の要になるだろう。なにせ話を聞けば懲罰部隊と呉の連合艦隊の全力砲撃を全て躱した二人目相手に立った三人で白兵戦を仕掛けて傷を負わせた。悔しいが彼女たちが一番奴に打ち勝てるのだ。勿論懲罰部隊にだけ任せるつもりはない。フィリピンの一件で白兵戦が有効なのは分かった。白兵戦が可能な艦娘はほかにもいる。作戦の立案から結構まであまり時間は取れないかもしれないができるだけ集めておきたい。
二日後、予定通り四つの鎮守府の提督が大本営に集まった。南方海域でこの四つの鎮守府の先代の提督も全員殉職した。彼らは全員そのあとに提督を継いだ者たちだ。まだ新しい職場にも慣れ切っていないだろう。そんな中急な呼び出しにも関わらず来てくれて感謝の念に堪えない。
「皆よく集まってくれた。今回呼んだのは南方深艦隊のことについてだ」
彼がその名を出した途端全員顔を顰めた。
「フィリピンの件は詳しく聞いているだろうが、私はその報告を聞いてもはや一つの鎮守府でどうこうできる敵ではないと判断した。そこで当初の狙いだった、各鎮守府での攻撃を中止し今後は南方深艦隊を発見次第すぐに撤退、そして諸君らにはまだ少し抵抗感があるだろうが再びこの五つの鎮守府で合同の作戦を立案する」
彼はそこで一度言葉を区切った。提督たちは黙って彼の話の続きを待っていた。
「奴の戦闘能力は知っているだろうが今一度簡略的に整理する。奴は数か月前に実施した南方海域の掃討作戦時に発見された新型の姫級から生まれたものだ。奴は駆逐艦暁を取り込み生まれたが意識は暁のままであると思われる。また暁の分身が生まれており自身を二人目と名乗っている。南方深艦隊の主力はその二人目だ。そのほかにも艦艇を四隻、深海棲艦を多数使役している。奴は現在南方海域から北上しており現在はフィリピン、ルソン島の北東沖約五百三十キロ地点を通過したと思われる。奴が何処を目指しているのかはわからないがこのまま北上すると間違いなく本土に接近する。目的も不明だがフィリピンやタウイタウイなど一件を基にすると基地の襲撃ではないかと推測される。ここまでで何か質問は」
「よろしいでしょうか」
一人が手を上げた。舞鶴の提督だ。
「南方深艦隊の目的が基地の襲撃なら台湾の高雄基地が危ないのでは。奴の現在地では我々の増援も間に合いません」
「ああ、そうだ。高雄基地には決死の覚悟で徹底抗戦を行ってもらわなければならない。しかし何の支援も送らないわけにはいかない。だから事前に佐世保から航空隊の支援を送ってもらうように言ってある」
舞鶴の提督は真偽を確かめるように佐世保の提督に目を合わせた。彼は確かに頷いた。
「了解しました」
「幸いにも南方深艦隊の使役する深海棲艦はノーマル艦のみだ。空母の艦載機も高雄基地の面々で十分対処可能だろう。心配なのは二人目、奴のみだ。奴一人ですべての戦局を覆してしまう可能性がある」
「しかし報告では懲罰部隊の三人で二人目に十分対抗できたはずでは」
横須賀の提督が口を挟んだ。その疑問については呉の提督が代わりに答えた。
「それは懲罰部隊が白兵戦に長けていたからだ。同じ土俵に上がれば対抗できるが我々にはそもそも同じ土俵に上がれる者がおらんのだ」
「彼の言う通りだ。そしてもちろん高雄基地には白兵戦に長ける艦娘など一人もいない。だから奴が一番危惧すべき存在なのだ」
「では我々も将来的には白兵戦に長けた艦娘を準備しなければならないということでしょうか」
「そうなるな。懲罰部隊の奴らに任せてばかりでは我らの顔が立たん……話を戻そう。さっき言った通り将来的には白兵戦の長けた艦娘を多く準備しなければならない。だが十分な数を用意するほど悠長にするわけにもいかない」
五人の会議は進んでいく。