あの不審な反応はあれ以来姿を見せない。警戒網にかかるのは深海棲艦ばかりだ。だが訓練にはちょうどいい。当初すべて航空機で始末しようと考えていたが、レナのおかげで自由に深海棲艦を動かせるようになった。今もレ級を旗艦に艦隊を一つ探知群に向かわせた。レ級は深海棲艦の中でも特別、旗艦に設定するのにもいい。ただ部下にまともな指示を与えないので消耗率は高いが、彼女の配下である特性のおかげで少しずつ損傷が減っていく。長い目で見れば部隊でも個人でも手強く育ってくれるだろう。死ねば生き残るより学ぶものも多い、彼女だからこそできる育成方法だ。
「まただ」
電探に何かが引っかかった。ここらあたりはフィリピンや台湾の高雄基地が目を光らせているのではないのか。艦娘にもフィリピンから全然出会わない。もしかして避けられているのか。だとしたら艦隊の位置がバレていることになる。
まあそれは後だ。まずはこの探知群に対処するのが先、たまにはレナに出撃してもらおうか。レナは暁の護衛、少なくともどのレ級よりも強くなってもらわなければ。レナは多分暁の部屋だろう。彼女は暁の部屋を訪れた。レナは案の定暁の部屋で二人仲良く過ごしていた。
「ア、ますたー」
「マスター? 何それ」
レナは彼女に気づくなりそう言って立ち上がった。
「私が教えたの。あなたはレナたちを呼び出して使役してるんでしょ? だからマスター」
「マスターって何か違くないかしら」
「そう?」
「もうちょっとミリタリー要素が欲しかったわ。隊長、とか」
「じゃあ隊長って呼んでもらう?」
「タイチョウ?」
「いや、あなたがそう教えたんだったらマスターでいいわ」
「ますたー、ますたー!」
「はいはい、で、私はあなたに呼ばれに来たんじゃなくてあなたを呼びに来たの」
「レナを?」
「そう。南東数キロ先で探知した深海棲艦がいるの。丁度いいからレナに出撃してもらおうと思って」
「えー、他のレ級でいいじゃない」
「レナはあなた専属の護衛なんだから強くなってもらわないといけないの。だから訓練代わりの出撃」
「大丈夫? 怪我しない?」
「うちは艦娘たちみたいな演習じゃなくて実習のみだから最悪沈むかもね」
「え、じゃあだめ。レナ私と一緒に居ましょう」
「デモますたーノメイレイハゼッタイダカラ」
「レナは私専属の護衛でしょ? じゃあ私の部下よ。彼女の言うことじゃなくて私の言うことを聞きなさい」
「大丈夫よ、私は沈んだ深海棲艦を記憶も元通りにして復活させられるわ。もしレナが沈んでもまたおんなじレナを出してあげるから」
「本当? レナ変わらない?」
「変わらない、変わらない。ほらレナ行くわよ」
「アカツキ?」
レナは暁の方を見ている。さっき暁が言った通り暁の命令を待っているらしい。暁は悩んでいる様子だったがしばらくして口を開いた。
「いいわ。行ってらっしゃい。でも沈まないでね」
「ダイジョウブ、れなハシズマナイヨ!」
「いい? じゃあ行くわよ」
彼女はレナを連れて甲板に出た。すでに航空機が艦隊の内訳まで特定している。ただの水雷戦隊だ。
「どうしようかしら。レナは暁の護衛だから一人で対処できるようにしてほしいけど、協調性もいるかしら。でも一人で行動してもらうからやっぱり一人の方が……ああでもでも、もしもの時はレナに旗艦を任せることがあるやも。いや、いやいや、あれもこれもさせると逆に全部レナでいいやってなっちゃうから、専念させ方がいいかしら。うん、そうね。よし、レナ、ここから南東で敵の水雷戦隊がいるわ。今日のあなたの目的はその水雷戦隊を撃滅することよ」
「ゲキメツ、スベテシズメレバイイ?」
「ええそうよ。それじゃ行ってらっしゃい」
「イッテキマス、ますたー」
レナはそう言って甲板から飛び出した。着水し、そのまま真っすぐ敵の元へと向かって行った。
マスターに呼び出されてから初めての戦闘だった。だがその自身につけられて武装の使い方を私は初めから知っていた。戦いのセオリーというものも本能のようにある程度最初から知っていた。だから私はまずその大きな、別の生き物のような尻尾から艦載機を三機出した。水雷戦隊、ああ私は知っている。軽巡と駆逐艦で構成された艦隊だ。
しばらくして艦載機が敵を見つけた。私はその敵を見て少し困った。だってそれは私と同じ深海棲艦だったから。イ級とロ級とヘ級がいる。暁に教えてもらった深海棲艦の種類だ。マスターはあれを敵だというのか。私は迷った末にマスターに聞いてみた。
「ますたー」
『どうしたの、レナ』
マスターはすぐに返事をしてくれた。
「ますたーノイッテタテキハシンカイセイカンナノ?」
「ええそうよ」
「デモシンカイセイカンハワタシモオナジ、アカツキガオシエテクレタ」
私がそういうとマスターは少しの間返事をしてくれなかった。
「いい、レナ? あなたはね普通の深海棲艦とは違うの。あなたは私が、艦娘でもない深海棲艦でもない私が呼びだした深海棲艦なの。だから私は艦娘にも深海棲艦にも敵対している、後暁もね。だからそんな私に呼び出されたあなたも深海棲艦の敵なのよ。分かった?」
少し難しい話だった。でも私は時間をかけてその言葉を理解した。
「ますたーノナカマイガイハミンナテキ?」
「そうそうそういうこと。だからその水雷戦隊もあなたの敵よ。やれる?」
「ウン、アカツキハれなガマモル!」
私は気持ちスピードを上げて敵のもとに向かった。
艦載機に先制攻撃をしてもらった。軽い爆弾しか持っていけないのであまりダメージを与えられないが、そもそも全部外れてしまった。水平線の向こうから敵がやってきた。主砲の射程内に入った瞬間、私は尻尾を前に出し砲身をむき出しにして撃った。轟く音とともに飛んでいく三つの砲弾は敵に向けて飛んでいくがいずれも命中することはなかった。砲弾を再装填する間にも距離が縮んでいく。私が戦艦なばかりに再装填に時間がかかってとても焦れったい。近接するまでにあと一回しか撃てない。早く早く、早く装填終わってくれ。
駆動音と一緒に装填が終わった。私はすぐに撃った。再び飛んでいった砲弾は当たることなく一発が至近弾で終わった。僅かなダメージと隊列を乱すだけだった。旗艦ともう一匹が前に出て私に横っ腹を見せた。不用心だと、チャンスだと思い私はより一層前に出た。でもイ級が突然横を向いて何かを口から吐きだした。ヘ級も腕から同じようなものを出した。長細くて黒いもの。それが魚雷だと勘づいたのはもう少し後だった。
私は奴らが発射したものが魚雷だと気づいて少し横にずれた。射線からずれれば当たらないだろうと思った。でもその考えは数十秒後に打ち砕かれた。敵ばかりを見ていて海面を見ていなかった。突然足元が爆発した。私は訳も分からず痛みに叫んだ。足がちょっとボロボロになった。少し動きにくくなってしまった。争点が終わったので私はまた撃ったが反動を踏ん張ることができずに後ろに引っ張られて転んでしまった。急いで起き上がると近くに敵のもう半分が見えた。さっきと同じように横っ腹を見せている。また魚雷を流すつもりだ。私は起き上がろうと海面に手を付けた。その時に海面を見たから今度は見えた。海中を走る魚雷がたくさん。
誰かに呼びかけられる声が聞こえた。私はその声を追いかけた。追いかけて追いかけて、私は目を覚ました。
目を開けるとそこには仲間がいた。駆逐艦や巡洋艦、他のレ級もいた。
「おーい」
頭上から声がした。見上げるとそこには駆逐艦の柵から体を乗り出したマスターと泣き顔の暁がいた。
「ますたー」
私はその場で甲板に飛び上がった。甲板に飛び乗ると暁が抱きしめてきた。勢いが強すぎて少しよろめいてしまった。
「レナ~レナ~」
暁はずっと私の名前を呼んでいる。
「ア、アカツキ」
「レナ! 私を覚えているのね! よかった、よかったぁ!」
「言ったでしょ。記憶も元通りだって」
「ますたー、ワタシハ」
「敵の魚雷を食らって哀れ爆発四散よ。上から見てたわ」
「ゴメンナサイ……」
「なになに、謝ることはないわ」
「デモアカツキトノヤクソクマモレナカッタ」
「仕方ないわよ。初めての戦いだもの。他のレ級だって最初は惨敗してたわ。何度も戦闘を繰り返してたらそのうち戦い方を覚えるわよ」
「何度も死んじゃ嫌!」
「でも練習しないとレナのためにならないわ」
「わ、私が教える」
「え?」
「私が戦い方を教える」
「でもあなた戦えないじゃない」
「でも覚えてるもん」
「覚えてるって、艦娘のときの記憶?」
「うん」
「それをレナに教えるの?」
「うん。お願い!」
暁はマスターに頼み込んでいた。泣き顔で目を瞑って、ちょっとかわいいと思った。
「でも、あなたが教えてレナが強くなったらあなたはますます死ねなくなるけどいいの?」
「レナが何度も死んじゃうのも嫌」
「うーん……まあレナは言葉を理解できるし、それで覚えれるなら手間も減るし……いいわ。あなたが教えてあげなさい」
「本当!?やった、ありがとう!」
暁は私を連れて艦内に入った。
部屋に戻った暁は早速レナに戦い方を教えてあげようとしたが、ふと重要なことを思い出した。
「そういえば私レナが戦ってたところ見てない」
教えるなら本人のやり方から修正する方法が楽だ。しかし暁はレナがさっきどう戦っていたのか見ていない。彼女が航空機を使って一部始終を見ていたが私は怖くてレナの様子を聞いていなかった。だから暁はレナにどう戦ったのか聞きだした。
「ふんふん、艦載機の使い方は私にはよくわからないけどそれでいいと思うわ。元々数は少ないし牽制にしか使えないかも」
次に聞いたのは敵を見つけてからのこと。レナが敵に接近するまでの過程を聞いて暁は唸った。
「うーん、あのね射程ギリギリで撃っても弾は全然当たらないわ。もっと敵との距離を縮めてから撃つべきよ。それに再装填中に近づくのも駄目よ。無防備なんだから。再装填は距離を開ける事。できれば撃った時の敵との距離を保つのがいいわ。そうすれば次の砲撃が当たりやすくなるの」
レナは真剣に暁のアドバイスを聞いている。暁はレナがよく聞いてくれるので満足そうだった。
ある程度話したところで暁はハッとしてレナに聞いた。
「もしかしてレナって近接戦したかったの?」
「キンセツセン?」
「殴ったり蹴ったりして戦うの」
レナは少しの間考え、そして言った。
「ウン! シタイ!」
「そうよね、レナはレ級だものね。どうしましょう」
普通の砲雷撃戦ならともかく近接戦闘はどっちかというと彼女のほうがいいだろう。左遷後の南方では彼女の人格に影響されていた。意識は自分が主だったが、あんな大胆な戦い方ができたのは彼女のおかげだ。でも教えるといったのは自分だ、どうにかしてレナに教えたい。少し考えた結果あの時の自分を思い出して教えることにした。彼女の人格に影響されたと言っても意思を決定し体を動かしたのは結局自分だ。
「よ、よし組手をしましょう!」
「クミテ」
「そう組手、あいややっぱちょっと違うかも。まあいいや。立って」
レナは暁の言うとおり立ち上がり、暁は枕を持った。
「いい? 私は今から枕でレナを攻撃するわ。レナは避けるの」
「ヨケルダケ?」
「うん、避けるだけ」
「ヨケルバカリジャコウゲキデキナイヨ」
「いい、レナ。まず避けられないと近接戦闘が続かないのよ。始まってすぐにやられちゃったら嫌でしょ」
「イヤ」
「でしょ? さあ行くわよ」
暁は枕でレナに殴りかかった。レナは暁の言うとおりに枕を避けた。やはりレ級、初めてでも反応できるらしい。暁は少し攻撃を激しくしてみた。頻度を高くしてもレ級は避け続ける。
「いいわねレナ! レナならすぐにマスターできるわ」
「ますたー? ますたーニナレルノ? ワブっ」
マスターという言葉に反応したのか一瞬気を緩めたレナは暁の枕を顔面で食らってしまった。
夕方、彼女は暁とレナの様子を伺いに来た。部屋の前まで来たところ、何か騒がしかった。扉を少し開けて中を覗いたところ暁が枕でレナに襲いかかってレナはそれを避け続けていた。彼女はその様子を見て子供の喧嘩みたいだと思った。
彼女は扉を開けきって部屋に入った。突然彼女が入ったので二人は行動を止めて彼女の方を見た。
「何してるの」
「何って……近接戦闘の練習」
「え、それが?」
「そうよ、レナが近接戦闘をしたいっていうから私がまず避ける技術を伝授しているの」
暁は自信満々に言った。
「で、その枕? 言っとくけど私達が避けるの砲撃じゃないかしら」
暁は枕を持ったまま固まってしまった。