紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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近接戦闘

 空母が単独で航行しているのを発見した日から数日、あれから同じような状況が1日おきにおきた。

「そうか、今日もか」

「そうだ。今日はヲ級1ル級が1だ。どちらもノーマルだし編成も不自然だ」

 彼は今日の哨戒担当のグラーフから報告を受けていた。彼女は空母のため一人での哨戒に当たっていた。哨戒機からの報告を家から聞いてそれを司令官に伝えている。

「対処はしたのか」

「ああ、既に対処済みだ。一応警戒はしたが変わったことは特にない。本当にただのノーマルだったよ」

「やっぱり何かおかしいな。流入にしても沸いたにしても、理由は何だ」

「大本営は何も言ってないのか」

「何も。一応報告はしているんだがな…」

 彼はふとカレンダーをみた。その時なにかを思い出したのか一瞬動きが止まる。

「そういえば今日で一週間だったか。ちょっと席を外す。引き続き哨戒を頼む」

「了解した」

 

 彼は家を出て例の倉庫へと向かった。一週間前に暁を収容した倉庫。この一週間一度も様子を見てないが果たして無事だろうか。昔、それこそ秋月の精神がまだ不安定だった頃、二人は何度も衝突し、その度に二人を別々に収容していた。艦娘である以上、いくら精神が不安定でも暗い場所に飲まず食わずで軟禁されても精神崩壊が起こるわけではないようで、数日では全く変化は起きなかった。今回もきっと無事なのだろうがそれでも少し心配になるのは人間である彼だからだろうか。

「一週間経った。シャッター開けるからもたれかかってんなら離れろ」

 そう言って数秒待つが動いた音はしない。意を決してシャッターを開け懐中電灯で中を照らす。真ん中で何かが照らされた。一瞬人ならざるものに見えたそれに彼はビビったが、よく見るとそれはただ跪きうずくまって頭を抱えている暁であった。

「…何をしているんだ」

「んあ…あれ、司令官?」

 暁はゆっくりと顔を上げたが、一週間ぶりの光に目をやられたらしくまた俯いてしまった

「ん〜眩しい〜」

 彼は少し違和を感じた。この暁はなんというか彼が知っている暁よりも幼いような気がした。いや、違う。これが本来の暁のはずだ。彼が知っている暁は少し大人びているだけだ。

「ん〜………」

 何度か顔を上げては下げてを繰り返したのち、やっと慣れたのか顔を上げて立ち上がった。

「あら、もう一週間経ったの」

 そこに先ほどの幼稚さはなく、また不釣り合いに落ち着いた顔の女がそこにいた。

「そうだ。思ったよりも早かったか」

「うーん。そうねえ、よくわからないわ」

「そうか。いつまでもそこに居らずにさっさと出ろ」

「はいはい」

 司令官は先に家に向け出発しそれを後ろから暁がついて行った。帰るまでの間に会話はない。家に着くと彼は暁のことを考えることなく自分だけが家に入った。暁が玄関のドアを開けるとそこには夕立が目を輝かせていた。その瞬間、暁は一週間前のことを思い出した。

「お帰りなさい暁さん!」

 夕立は今にも飛びつきそうな勢いだ。何を言いたいのかは分かる。だがそれは暁にとって至極面倒なことだ。

「話は聞いているからな。お前が撒いた種だ、まあ勝手にやればいいさ。資源の無駄遣いだけはやめろよ」

 司令官はそう言って二階に上がってしまった。彼が容認してしまったのでもう逃げられない。

「よろしくお願いします!」

「あー、はい、うん、よろしくね」

 すっかり暁は夕立に連れられて浜辺にまで引っ張られてしまった。手を離し暁の方へと向き合って、さあ何を教えてもらえるのかとワクワクしている。

「あー、あのね。言っておくけど私は完全に振り回しているだけなのよ。そんな意識して何かやっているわけではないの」

「はい。前にも言ってました」

「だからね…その、なんて言ったらいいか…前提が違うの」

「前提、ですか」

「私は艤装にもともと錨があったから……そうだ。私の錨は体の一部みたいなものなのよ」

「はあ…」

「あなた自分の手足を重いとは思わないでしょう?私の錨も同じで手足みたいなもので重さを感じないから自由に振り回せるの。艤装についてないものを持ったら普通に重いわ。あなたも同じことが起こるから同じものを持つのは無理よ」

「あ、でも私主砲ありますよ」

「それ振り回すの?」

「大丈夫です。あれなら重くありません!」

「いやそういう問題じゃないような」

「これで暁さんと同じように得物をぶん回して戦えます!さあ!」

 さあ、だから何を教えればいいんだと、彼女は狼狽えた。するとまた夕立に引っ張られて、ついたのはガレージだった。何のために砂浜まで行ったんだ。そう思いながら夕立を見ているとどうやら彼女は艤装を背負っているらしい。

「ちょっと資源の無駄遣いは出来ないって」

「哨戒なら無駄遣いじゃありません」

「私釈放されて一時間も経っていないのだけど」

「あ、そうでしたね」

 そう、彼女は一週間ぶりに外に出たのだ。しばらく家の中でゆっくりしたい。暁はやっと休めると胸を撫で下ろした。

「許可がまだでしたよね。ちょっととってきます!」

「え、あ、ちょっと」

 そういうことじゃない、その言葉が出る前に夕立は行ってしまった。違うそういうことではない。だがもう止める気力もない。司令官が許可を出さないことを願うしかない。多分降りないだろう。何となくそう思っていたのだが、夕立が持ってきたのは許可が降りたという言葉だった

 

 なぜ出所直後に哨戒に出なければならないのだろう。暁は海に出てからそう考えていた。彼女には生憎物語の主人公のような“腕が鈍ってたからちょうどいい”みたいな前向き思考は持ち合わせていない。休めるなら休みたい。別に戦いは好きではないし痛い思いはしたくない。死ぬのは怖いので安全な場所にいたい。仕方なく暁は夕立の訓練に付き合うことにした。手頃な相手がいればいいが、まあ最悪自分で調整してやればいい。さっきから夕立はやけにテンションが高い。そんなに哨戒がしたかったのだろうか。

 哨戒を始めてしばらく経ったが敵には全く会わない。いたって平和な海だ。暁はこの平和に安堵していたが夕立はこの暇な時間に段々とテンションが低くなっていった。

「何で何もいないんですか!?」

 とうとう暁に向かって文句を言い始めた。

「いや私に言われても。いいじゃない平和はいいことよ」

「哨戒に出た意味がないじゃないですか」

「哨戒の意味わかってるの」

「見敵必殺ですよね」

「…うん、まあ間違ってはいないんだけど…うん」

 なんとも夕立らしい。そういえば昔いた鎮守府の夕立も血気盛んだったなあと昔を懐かしむ。

 結局その後も敵は見つかることなく、日も沈みかけていたためそろそろ帰投しなければならない。

「そろそろ戻りましょうか」

「え、まだ何も見つけてないですよ」

「潜水艦の餌食になりたいなら別にまだ探しててもいいわよ。私は嫌だから帰るけど」

「う、分かりました」

 渋々夕立も暁について帰路に着いた。その帰る途中暁は遠くの方で黒い点を発見した。家がある島まではまだ遠いはずだ。漂流物だろうかなどと考えていると、それが漂流物ではないことがわかった。鯨のようなシルエット、夕焼けのせいで少し分かりにくいが暗い色をしている。そして緑色の目、間違いない深海棲艦だ。直前まで電探に反応がなかった。ついさっき湧いたに違いない。

「前方に深海棲艦」

「獲物!」

 すかさず夕立が飛びかかろうとする。暁はそれを制した。

「ちょっと。湧いたばかりよ。これからさらに追加で湧くかもしれないわ。少なくとも10分はこのまま待機」

「は、はい…」

 その後10分観察するも追加で湧く気配はない。見えるのはたった一隻の駆逐艦。

「…おかしいわね。駆逐艦が一隻だけなんて。エリートかしら」

「ノーマルじゃないですか?最近は多いですし」

「どういうこと」

「あれ、知らないんですか。最近ノーマルの深海棲艦がよくいるんですって」

「誰かさんがすぐに連れ出すからそんな情報聞く暇がなかったわ」

「う、そ、それは、まあ…と、とにかく行きましょうよ」

 罠かもしれない。だが、見つけた以上深海棲艦は沈めなければならない。ノーマルなら夕立だけでも余裕だ。念のため自分は周りを警戒しておこう。

「そうね。あいつなら試験にもちょうどいいでしょう。やってみなさい」

「わかりました!」

 夕立が突撃を敢行する。

「うりゃー!」

 砲撃も雷撃も行わず真っ先に主砲で駆逐艦の頭部を殴った。鈍い金属音がした。駆逐艦の頭部は凹み動かなくなった。ビクビクと痙攣する駆逐艦。

「やりました!」

「えぇー」

 夕立は笑顔で暁の元へと戻ってきた。まさかうまくいくとは。だが代償もある。夕立の主砲もまた歪んでしまっていた。

「主砲歪んでるじゃないの。それどうやって報告するつもりなのよ」

「…どうしましょう」

「まあ、正直に言った方がいいわね。そういえばずっと気になっていたのだけどあなた語尾はどうしたの。夕立ってもっとぽいぽいいうものじゃないっけ」

「あ、それはその、ふざけているのかと言われて…」

「なるほど。分かったわ、帰りましょう」

 

「お前は馬鹿なのか。何で主砲で殴るんだ」

「えっとその…主砲なら殴れるかなぁって」

 帰投して正直に報告した結果、夕立は司令官に説教を喰らっていた。

「あのなぁ、主砲は殴るものじゃないんだよそれぐらいわかるだろ何で殴れるかなぁなんだよ。あれかお前さては暁の真似事だなそうだろう」

「えっと…まあ、はい…」

「馬鹿なのか」

「それは一度聞いたわよ。ねえ私もう行ってもいい?関係ないんだけど」

「いいやお前もいろ。大体お前が錨で殴るからだろ。言っておくがお前の錨で殴る方法もダメだからな」

「何で今更」

「お前歪んだ錨を修理させるのにどれだけ迷惑かけてると思ってるんだ。錨だから歪みにくいけどその分歪んだら治すの大変なんだぞ」

「何よ。別に司令官が直すわけじゃないでしょ」

「ああそうだよ。直すのは明石だよ。でも前にやんわりと苦情入れられたんだよさっき俺が言ったみたいにな」

「じゃあその時に言ってくれたらもう少し大切に扱ったわよ」

「言ったぞ!?俺言ったんだぞ!?」

「…あーはいはい。それはすみませんでしたわね」

 暁には全く覚えがなかった。そんな様子に心が折れたのか司令官は怒鳴る気力がなくなってしまったらしく重々しい言葉で言った。

「明日ちょうど補給が来るから主砲は直してもらう。ただしもう二度とやるな、わかったな」

「はい…すみませんでした…」

「暁も、錨は大切にしろ。言ったからな俺は確かに言ったぞ」

「はいはい。覚えておくわ。ああそういえば…」

 部屋を出ようとした暁は踏みとどまって司令官の方へ向き直した。

「今日出会った深海棲艦、駆逐艦が一隻だけ沸いてきたのだけど」

「…そういえば説明していなかったな」

「最近多いって聞いたんだけど」

「そうだ。一週間前、ちょうどお前らが空母機動部隊にあった日から艦首問わずノーマルの深海棲艦が多く出没しているんだ。一応上に報告しているんだが何の返答もない」

「ふーん。まあ何もないのであれば夕立たちの訓練には打ってつけね」

「それはそうなんだがな…」

「いいわ。聞きたかったのはこれだけだから」

 今度こそ暁は書斎を出ていった。夕立もその後につく。一階には全員がいた。

「どうだった。処罰か」

 摩耶がニヤニヤしながら聞いてきた。

「何もなかったわよ」

「ちぇ、何だ面白くねえな」

「夕立ちゃんは無茶しすぎにゃしい」

「暁さんの闘い方はある意味最終手段なところありますからね」

「魚雷も弾も爆雷も全部使い切った時はぶん殴ってたわね」

「なんで最終手段が常套手段に置き換わってしまったんでしょうね」

「それは殴ってた方が楽しいから」

「夕立さんより夕立してませんか」

「あら、昔の『暁』だって夕立と変わりなかったのよ」

 暁が面々と会話に入っていく中中、一人落ち込んで座る夕立の元にグラーフが近づいた。

「まあそんな気を落とすな。まだ手段はあるはずだ」

「でもわたしの艤装には暁さんのような錨とかないんですよ」

「なに、錨にこだわらんでもいいだろう。昔は暁だけでなくわたしたちも使えるものはなんでも使ったさ」

「なんでも…ですか」

「ああ。秋月はドラム缶をぶん回していたし初雪もそうだったな。私は…そうだ。あれなら夕立にも扱えるかもしれないな」

 そう言ってグラーフは席を外し二階に行ってしまった。しばらくするとまた降りてきたがその手には何か握られていた。夕立に差し出し、それを受け取る。

「これは…ナイフ、ですか」

「ああ、数年前に私が使っていたコンバットナイフだ。いざという時はこれで相対していた。すっかり使う必要もなくなって収めていたんだが、あげよう」

「いいんですか」

「ああ、それなら軽いから支障はないだろう」

 夕立は嬉しそうな顔をしてお礼を言った。

「ただ、それは拾ったものだから刺す場所を考えないと装甲に弾かれるからな」

「あら、懐かしいものね」

 暁がいつのまにか二人の元に近寄っていた。夕立のもつナイフを見て言ったらしい。

「それグラーフのでしょ。ならグラーフに教えてもらいなさいよ。餅は餅屋よ」

「…まあいいだろう。空母と駆逐艦で多少違うかもしれんが何とかなるか」

「やった!ありがとうございます!お願いします!」




弾が足りないなら殴ればいいじゃない、という思想が暁にはあります
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