「準備はいいかしら?」
『イイヨ、ますたー』
「もう一度言うけど今から一艦隊があなたに攻撃をするわ。今回の編成はレ級一、リ級三へ級二よ。三十分間沈まなかったらあなたの勝ち、沈んだら負け。あなたは一切反撃しない。敵は魚雷も艦載機も使うから真剣になさい」
『ワカッタ』
「それじゃあ、始め!」
彼女が開始の合図をしてから間もなくして暁が心配する声を上げた。
「あー……大丈夫かしら」
暁はレナがいる方向を見てあわあわしている。ここからではレナはシルエットが分かるのみで表情は不明だ。
「まだ不安? 言ったでしょ、沈んでも何の問題もないって。実際に見もしたんだからいい加減心配するのはよしなさい」
「だってぇ」
彼女はため息をついた。まあ、もともとこんな方法を取らせないように暁が座学で教えようとしたのに結局実践方式を取ってしまっては本末転倒だ。暁もレナを何度も沈ませるようなことはしたくないという気持ちと自分でレナに教えたいという気持ちが燻ぶっているのだろう。
「まあ、砲撃戦とかはあなたが教えてあげればいいわ。それから実践を積めば死ぬ回数も少なくはなるでしょう」
「う、うん」
暁も少しは納得したようだ。あくまで片方の気持ちを落ち着かせただけなので心配する気持ちは依然として大きいが。
レナの様子を彼女は航空機を通してみていた。レナはなかなかどうして攻撃を避け続けている。初戦を見た感じやはりレ級としての好戦的な諸突猛進なところがあったが意外にも、それが暁と一緒に過ごした影響なのかは分からないが闘争本能を抑えることができるらしい。が、まだまだ集中力が足りていない。スタミナは十分だが酒注力がないので時間が経つにつれ動きが鈍くなっていた。だんだん被弾が増えていき、二十分後ついに誰かが放った魚雷が直撃して沈んでしまった。
「れ、レナー!」
暁がすかさず海に飛び込もうとするが彼女はそれを押さえていった。
「ああもうだから大丈夫だって今すぐ呼び戻すから」
彼女は簡素な命令方式を使ってレナを呼び戻した。今すぐとはいっても秒単位ではなく五分ほどの時間が必要だ。
やがて海からレナが上がってきてそのまま甲板まで呼び出した。
「残念ニ十分だったわね」
彼女がそう告げるとレナはしょんぼりとした顔を見せた。
「まあ、近接戦闘なんて基本短期決戦。三十分ぶっ続けで避けられるなら十分だし、ニ十分何て最初にしてはよくやったほうだと思うわ」
「だって、良かったねレナ」
「でも実際は避けるだけじゃなくて実際に攻撃もする。近接攻撃だけじゃなくてあなたは砲撃に魚雷に艦載機まで使うから三十分避け続けるぐらいは簡単にこなしてもらうわよ。じゃ、次行くわよ」
「ハイ、ますたー」
「だ、大丈夫レナ? 休憩とか必要ない?」
「ウン、ハヤクアカツキヲマモレルヨウニナリタイ!」
「そう……気をつけてね」
レナは甲板を飛び降りて開始地点まで走っていった。暁は柵に手をかけレナの背中を見つめていた。
「大人しくなったわね。やっと納得したかしら」
「ううん、まだ、ずっと心配はするわ。でもレナが選んだから私が邪魔することはできないかなって」
「ふーん……ま、そうかもね」
レナの演習は何度も行われた。ニ回目は二一分、三回目は二二分と再開するごとに一分づつ伸びていったが二五分から先に進むことができなかった。
十回目の挑戦、二十五分で沈んでしまったレナに彼女は、今日は終わりよ、と告げた。
「ま、ますたー。れなハデキル。マダデキル。ダカラアトモウイッカイ」
「はいはい、やる気があるのはいいことだけど今日はもうこれ以上の進歩は見受けられないわ。だから今日はもうおしまい。大体初日でクリアなんてできないわよ」
彼女はレナを励ましたようだったが、それでもレナの落胆は目に見える。
「だ、大丈夫よレナ。彼女も言ったじゃない初日でできる訳じゃないって。急いでるわけじゃないんだから明日も頑張ろう、ね?」
「ウン」
「ほら部屋で私がまた教えてあげるから」
「ウン」
暁の言葉で幾分か元気を取り戻したレナは暁と一緒に部屋に戻っていった。
日も沈んだ頃、彼女は一人甲板で柵に持たれかけ月を眺めていた。薄っすらと考えていた高雄基地への襲撃は辞めた。レ級たちの訓練に丁度いいと思うが現時点では差がありすぎて何も学べないだろう。いずれ艦娘とも何度か戦わせてあげないといけないが今はいい。それにまたあの三人がやってくるかもしれない。正直言ってあの三人相手はしたくない。個々の力は彼女と互角か少し下で三人集まると彼女の手には余る。あの時暁のお願いを無視して始末しておけばよかったと思う。だが、また必ず三人と戦う機会はあるだろう。その時私が負ければ暁は殺されてしまう。それは防がなければならない。
電探が何か探知した。暗くて航空機ではその正体が把握できない。でも警戒網の内部に突然現れたのだからどうせ深海棲艦だ。
「たまには私が出ようかしら」
今後のことを考えた彼女はその不安を紛らわすため、そしてちょっとした訓練代わりに夜の海に出た。
夜の海は気持ち静寂さが増す。昼間は暁たちがいるから実際そうかもしれない。夜の海は月明かりだけではそれほど明るくなくて、波間がシルエットのように少し輝くだけ。駆逐艦である分多少は夜目が効くのでそれほど苦でもない。
レナをどうやって育ててあげよう、夜の海の上で彼女は考え事を始めた。高雄基地への攻撃は辞めたので時間は増えたが、どこかで留まってじっくり訓練なんてことをするつもりはない。寄り道を辞めただけ、立ち止まりはしない。目的地まであと数ヶ月、そう考えれば思っていたより時間はあるかもしれない。深海棲艦一人を仕上げるのには十分だと思う。
「こういうの、連れて行こうかしら。あ、でも暁が止めるかしらね。でもこれが一番手っ取り早いし、でも暁を説得するのは面倒だし。レナがやりたいと言えば暁も納得してくれるかしらね」
レナには早く強くなってほしい。そうすれば不安も少しは晴れるというものだ。我ながら情けないと彼女は思った。自分は暁を守るために生まれた存在なのに、他者にそれを求めている。直接ではなく間接的に守ろうとしている。それは自分が思ったよりも弱かったから。勿論並大抵の敵には絶対負けない。でも少しでも自分の土俵に上がられると途端に拮抗してしまう。同じ白兵戦を仕掛けられれば数で押し切られる。実力が拮抗している存在もいる。だから彼女は自分と同じ土俵に上がってくれる味方を作りたいのだ。自分一人では思っていたより好き勝手できなかったから。
「ああもう。せっかく気分転換に来たのに余計に不安になってどうするのよ私」
彼女は頭を振り、頬を叩いて不安をかき消した。
水平線から何か見えた。あれが電探が探知したものだろう。彼女の電探もあれが何かであるのを証明している。光った。そしてほんの少し遅れて音もした。撃ったらしい。この距離で撃ったのならそれはつまり戦艦がいるということだ。
彼女は回避行動を取らなかった。彼女の目測ではまだ両者には四キロ程度の距離がある。深海棲艦のいかなる主砲でも四キロ先まで届くことはない。
戦艦はそんなことはお構いなしに撃ち続けている。やがて戦艦の射程圏内に入ったが彼女は一切の回避行動をしない。だが戦艦の砲撃は至近弾が増えてきていた。狙ってか狙わずが射程外から撃ったにも関わらず返ってそれが修正を促したらしい。遠近はズレていても横軸は彼女に合わされていた。
砲撃を続ける戦艦の前を影が通り過ぎた。一つ、二つ、三つ。通り過ぎた影は三つだ。彼女はこの影を駆逐艦と軽巡と判断した。彼女はこの影を見て初めて回避運動を始めた。駆逐艦と軽巡が飛び出したのならそれらがやることは一つ、雷撃の一撃離脱。
彼女の視線は軽巡たちに注視しだした。魚雷を射出する瞬間は絶対に見逃さない。それは自分の命を守るためだけではない。それが攻撃を仕掛けるタイミングでもあるからだ。戦艦の砲撃は彼女が横にズレたことでまた狙いが定まらなくなった。
軽巡たちは彼女に向かって距離を縮めている。その瞬間を決して見逃してはならない。
一キロを切るところまで近づいた両者は同航戦に移る。深海棲艦は彼女に砲撃を繰り返すが、一方で彼女は何のアクションも起こさない。両者の行動の結末は一緒である。しかしそれまでの道のりが違う。一方はそれを起こしたことに気づかせないため、一方はそのタイミングを限界まで見極めるため。はたして両者は同じタイミングで魚雷を放った。
決して見逃すまいと注視していた彼女は当然向こうが魚雷を放ったことに気づいた。少しずつ減速し魚雷群の真ん中に立つのを防ぐ。しかし向こうは三隻だ。一体どれだけ魚雷を放ったかはわからないが十本は確実にある。もしそれが扇状に放たれた際、逃れるのは難しい。そもそもこの暗さでは視認も困難だ。しかし、魚雷のエンジンから出る泡は目立つ。たとえ夜の中でもそれだけは視認できる。
約一分間互いに同航戦のままだったが彼女は海にうっすらと伸びる白い線を見た。とてもとても薄い。木を取られていては気づかないような線だ。だが彼女は気づいた。そしてその線の間は通り抜けるのには十分だった。彼女が魚雷の間に立って魚雷を見送ったと同時に爆音が鳴った。深海棲艦の魚雷とは違い彼女の持つ魚雷は酸素魚雷だった。航跡の見えづらい魚雷、たとえ注視していても気づくのは難しかっただろう。
火が昇り、初めて敵の詳細な姿が浮かび上がった。命中したのは真ん中にいた駆逐艦。奴は命中してすぐに艦隊から脱落した。一瞬の詳細な姿の後は遠のく炎に浮かび上がるだけの姿だった。彼女はすぐに足を奴らに向けた。そして走った。右手に錨を持ち構えた。彼女を近づけまいとする砲弾を避けながら一キロもない距離を彼女は一分もかけずに縮めた。
狙いは最後尾の駆逐艦。水面を引きずった錨で救い上げるように駆逐艦をかち上げた。そのまま続けて右腕を上げて軽巡に二発撃った。命中するも致命傷にすらなり得ない。しかし少しの間行動を止めさせることはできる。彼女は軽巡に錨を振り下ろした。骨と肉が混ざり合う音がし、軽巡は絶命した。着水した駆逐艦にとどめを刺して終わりだ。
戦艦の砲撃は精度が甘く彼女には当たる気配がない。さっきはまあまあ至近弾があったのに。だがそれは数撃った結果、そもそも射程外なのに撃っていたので練度は低いのだろう。
彼女はどういうわけか無意識に鼻歌を歌い始めた。なんの歌でもない。いつか誰かが口ずさんでいたようなしていなかったような歌だ。何も考えずに戦艦まで近づいた。気がつけば戦艦が目の前にいた。謎だった戦艦の種類はル級だった。両手に持ったその大きな主砲塔は盾にもなり得る。彼女の攻撃も防がれそうだ。
「あなたかあ。あぁあ、タ級だったら良かったのに」
彼女はル級にむけて飛び出した。ル級は彼女に砲撃するが彼女の近くに着弾するばかりで命中しない。
「目の前にいるのに当てられないなんてほんと雑魚ね、あなた」
彼女は錨を振りぬいた。しかし思ったとおりル級は両手の主砲塔で彼女の錨を防いでしまった。鉄と鉄がぶつかり合う重厚な音が響き、振動が両者に伝わる。彼女は反動で腕を弾かれ、ル級は体制を崩した。弾かれた反動そのままに回り、今度は右側を叩いた。主砲塔の下側を叩いたせいでル級は右に倒れてしまう。主砲塔が重いのか立ち上がることができない。
彼女の錨に靄が集まり鎌と化す。彼女はル級の髪を持ち上げる。首に鎌を沿わすと少し離してから勢い良く振った。首と胴が泣き別れに海面に伏した。彼女に首を集める趣味はないので残った首はポイッと後ろに放り投げた。だがするはずの水音が鳴らない。不審に思い振り返ると髪と服が海面に浮き同じようにル級の首も浮いていた。
一瞬彼女はそれを幽霊だと思いドキリとした。しかしその幽霊の姿には見覚えがある。彼女と同じ服装に銀髪。よくよく見れば闇夜に紛れたシルエットが見える。
気づくよりも先に体が反応した。主砲による牽制。だがそれはル級の首で防がれてしまう。代わりに響も主砲を撃った。彼女はこれを避け、近接戦に持ち込もうとする。すると彼女の足元から雷と電が飛び出し様に錨を振るってきた。
「囮!」
体はすでに前に出ている。避けることはできない。せめて急所は防御しようと腕で頭を隠す。思った通り二人は頭を狙った。腕に強い衝撃と骨が砕ける音がした。海面に倒れた彼女はそのまま後ろに転がり改めて三人と相対した。