紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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襲撃は突然に

粉砕された両腕はすでに歪に修復された。腕を負傷するのは初めてだった。足を破壊された時から察していたが、やはり腕も到底人間のそれとはかけ離れている。ゴツゴツした真っ黒の装甲に覆われ、手は五本の指ではなく鋭い三つの爪に変わっている。これでは物を持つことができない。攻撃性はむしろ増したかもしれないは、リーチによるアドバンテージは獲得できない。

「どうしてこんな時に」

最初に姿を表してからフィリピンで再び相対するまでかなりの期間があったのに、フィリピンからここまでそれほど期間は空いていない。なぜこんなに短期間で、こんな何もないような所で姿を表したのか。考える暇もなく三人は彼女に襲い掛かってきた。

暗闇のハンデは以外にも大きい。彼女の目は艦娘の時より良くなっているがそれでも真夜中の海を真っ昼間時のようにはっきり明確に見えるわけではない。三人のその真っ黒な体と相まって動きが見えにくい。でも雷と電の錨を受け止めることは可能かもしれない

「ぐッ!」

当然向こうは彼女を殺す気でいる。その錨にこもった殺意を受け止めるのは簡単ではない。二人の錨を受けた彼女は後退しながらも錨を受け止めきった。錨を奪い取るところまでは行かずに直ぐに手から離した。

「っつぅ……やっぱ受け止めるものじゃないわね」

両手がじんじんしている。もしかしたらヒビとか入っているかもしれない。だがそれを確認する暇は与えてくれない。響の援護を間一髪で避けるとそのまま距離を取った。雷と電は彼女を追いかける。響の側面に回ったあたりで探照灯を照射した。強い光が暗闇で見えなかった姿をはっきりと見せてくれる。追ってくる二人にも照射して目潰しを狙ったが生憎顔のパーツが一切ないので目潰しもできないようだ。フィリピンでも真っ暗闇の中で彼女を認識できるぐらいだ。一般的な視覚は持っていないのだろう。姿が確認できればそれでいい。

互いの速度は同じくらい。こうして逃げ回っていれば基本的に二人は彼女に追いつけない。しかし響の援護により少しずつ距離が縮まっていた。二対一は避けたい。だがもしものときはたとえ不利でもやってのける覚悟はある。

「ますたー!」

その声はなんの前触れもなく、突然だった。そして意外なものだった。その声には聞き覚えがあったし、ますたーという言葉が表す者もしっている。

「レナ!? どうして!」

こんなところにいるはずがなかった。彼女は一人で出たし、誰かにそのことを伝えることもしていない。

「ますたーガドコカニイクノヲミツケタカラツイテキタ」

「ついてきたって……くっ!」

さっきの動揺で追いつかれたらしい。雷の攻撃を彼女は腕で受けた。

「話はあと、今はこいつらを……?」

 レナの姿を見た瞬間二人は彼女から離れ響のもとに戻った。警戒しているのか三人とも構えの状態で動かない。レナを警戒しているのか。言っては何だがレナはまだ戦力としてはお粗末だ。いや、向こうはそれを知らない。そういえば以前雷と電は彼女の呼んだレ級相手に死にかけた事があるからそのせいか。何となくだが三人が今彼女を襲撃してきた理由が分かった。つまりは彼女が艦隊から離れ孤立した今、三人にとっては彼女を沈めるチャンスなわけだ。さらに前回真っ暗闇の中で彼女は手も足も出なかった。だからこの状況に加えて真夜中である今こそ襲撃すべきだったのだ。

「しっかり学習してやがるわねちくしょう」

「レナ、暁は」

「クチクカンデマッテルヨ。ますたーヲオウッテイッタライイヨッテイッテクレタ。ますたー、アレハテキ?」

「ええ敵よ。でも今回は逃げるわ」

「エ、ニゲルノ?」

「ええ、悔しいけどあの三人は強いから。私でも苦戦するわ。それにあなたがいる以上沈めるわけにもいかないからね」

 しばらくの間睨み合いが続いたが、彼女は踵を返しレナの手を引っ張って逃げ出した。

 彼女の推測が正しければ三人が襲撃してきた理由は戦力的に有利だったから。艦隊に戻り、不利になったら三人は撤収するはずだ。彼女の推測が当たっているのか三人は彼女が逃げ出すとすぐに追いかけだした。心なしかその姿は必死に見えた。

「レナ、牽制して」

「ワカッタ!」

彼女と一緒にレナも牽制を行う。駆逐艦の主砲に比べて戦艦の主砲は段違いに威力が大きい。だから牽制としてもとても役に立つ。だからここは本物の駆逐艦にも牽制を行って貰おう。警戒網の中なら彼女の命令も届く。加えて深海棲艦もこっちに向かって貰う。

彼女が命令を出してから数分後、突如として二十四本の水柱が乱立した。それはどの主砲よりも大きかった。牽制の効果はあったようで三人との距離が少し離れた。彼女はさらに四隻バラバラに撃つように指示する。牽制は続けて行わないと収まったときに一気に距離を縮められてしまう。艦隊まであと約六、七キロ。艦隊の姿が見えれば三人は撤退してくれるだろうか。それとも刺し違えてでも彼女を仕留めようとするだろうか。いや、三人は暁と違って死を恐れているはずだ。戦況の見極めぐらいできるだろう。

響の砲撃は支援砲撃の中でも高精度なものを見せた。多少は落ちているとはいえ至近弾の数は多いし下手をすれば連続で被弾してしまいそうだ。雷と電も距離が空いていては攻撃できないので主砲による砲撃に変更したようだ。二人は響のような精度はなく、一般的だろう。艦隊の深海棲艦も向かっている。あともう少しで逃げ切れるだろう。

その時突然彼女の足元に強い衝撃と痛みが走った。

「ったあぁぁああ!?」

足元を見るとすでに右足が歪な形に修復されかけている。主砲の砲弾が当たったのか。違う、それよりも強い衝撃だった。つまりこれは魚雷の仕業だ。彼女は後ろを振り向き誰が魚雷を流したのか、残弾がどれだけあるのか確かめようとしたが遠くてよくわからない。

「あいつらも魚雷を!」

すっかり失念していた。三人は駆逐艦だ。雷と電はともかく響は主砲を使う。なら魚雷を使うのだって考えられるはずだ。だが三人は今まで魚雷を使わなかった。使わずともあの三人の攻撃は魚雷に匹敵するものがあるからだ。故にあの三人が魚雷を使って攻撃するという考えは全く無かった。

「レナ、気をつけて。後ろから魚雷が流れてくるわ」

「ますたー、アシダイジョウブ?」

「ええ大丈夫よ。少し走りにくいけど」

今まで使わなかった物を使うのならいよいよ追い詰められているのだろう。彼女の推測に信憑性が増してきた。

響たちとの追いかけっこは水平線からやってくる援軍によって止められた。レ級率いる二つの部隊が水平線から現れて彼女の周りを取り囲んだ。彼女はそこで止まり、後ろを振り向いた。水柱が乱立する中に三人の姿はなかった。三人は牽制エリアよりも後ろで棒立ちしていた。武器も構えず彼女たちを傍観している。推測が当たったのか。それとも何か行動を起こすのか、彼女は警戒していたが結局三人が何かすることはなく、静かに水中に没した。彼女はほっと胸を撫で下ろした。どうやら援軍を見て不利だと悟ってくれたらしい。だがしかしまだ安心しきれない。足元から攻撃してくるかもしれないので一同はすぐに艦隊に戻った。本当に安心するのは甲板の上でだ。

 

その後なんの襲撃もなく一同は艦隊に戻ることができた。彼女とレナも甲板に登りそこでは暁が待っていた。

「レナ……良かった、どこも怪我してないわね」

暁はすぐにレナに駆け寄り無事を喜んだ。

「ありがとうレナ。おかげで助かったわ」

彼女がそう言うとレナはえへへ、と笑っていた。ふと彼女は暁がじっと見つめているのに気づいた。

「な、何よ。私だって素直にお礼は言えるわよ」

「いえ、それもあるけど、随分やられたのねって」

彼女の手足は未だ歪で戻っていない。手か足のどちらかを負傷しているところなら何度か見たことがあるが手足を同時に、なんてことはぱっと見記憶がない。駆逐艦が突然砲撃を始めたり、レ級たちが彼女のもとに向かった様子を見るに随分とピンチに陥った様だ。彼女がそこまで苦戦する相手とは一体誰だろうか。記憶を遡った時、ある存在が思い浮かんだ。

「響たち、いたのね」

彼女は図星とでも言うように一瞬目を見開いた。

「はぁ、あんたも随分と察しがいいわね」

「当たった? えへへ……そっか、響たちか。ありがとうレナを守ってくれて」

彼女は再び目を見開いた。一瞬ではない。一秒、二秒と時間が立ち少し声をつまらせて彼女は応えた。

「え、あどうも? わ、私てっきり」

「そうね。私だって本当は響たちがここにやって来て私を殺してくれたほうがいいわ。そのために響たちが来たんだろうしそのためにあなたが一人の時を狙ったんでしょ。でもあなたはまだ生きてるし、何よりレナが無傷で帰ってきた。なら私は感謝するわ。レナを守ってくれてありがとうって。複雑なものね。私は一体どの立場を取ればいいのかわからなくなりそうだわ」

そう言った暁の顔は苦笑し、少し悲しそうな表情だった。彼女は何も言わず、どう答えればいいのか分からずただその顔をじっと見つめていた。レナだけが暁に声をかけた。レナはまだあまり暁の事情を知らない。だから暁の敷地に踏み込みやすい。そして暁もレナに信用を置いているから基本レナが何を言っても受け止められるのだろう。彼女はこの状況で自分ができることは無いと察し、暁をレナに任せて二人から離れた。

 

艦首に一人立った彼女は暁の言葉を思い出していた。

「守ってくれてありがとう、ね」

暁から素直に感謝されたことなんて全然なかったので彼女は内心とても嬉しかった。思わず顔に出てしまうほどに。彼女は思った、自分は暁を守るために、暁だけを守るために生まれた存在だ。レナは違う。レナはただ彼女が呼び出したただの深海棲艦だ。でも暁はレナに名を与え、妹のように接しだした。いつしかレナの価値は暁にとって非常に高いものとなった。それはきっと彼女が暁に抱くものと同じように。レナを守れば暁も喜んでくれる。だからレナも守ってあげよう。もっと暁に感謝されたい。もっと必要とされたい。まるで子供じみた幼稚な発想だが、もとが艦娘の駆逐艦暁だ。少なからずもとの人格は入っているから暁と似たような発想が出ても不思議ではない。

褒められたいのだ。彼女は。

ただレナを強くするという目的も忘れてはいない。レナを強くしたら暁も喜んでくれるだろう。今から笑顔の暁を想像すると変な笑いが込み上がってきた。

 

翌朝になると彼女の手足は元に戻っていた。彼女は昨日に引き続きレナの訓練を監督していた。ただ昨日とは違い彼女自身も訓練に参加していた。

「一番早く強くなる方法を知っているかしら、レナ」

「シラナイ」

「自分よりも強い人から教えてもらうことよ」

彼女は一応何においてもレナより上だ。艦載機は持っていないがそれ以外のことは教えてあげられる。主砲の撃ち方や、魚雷を流すタイミング。それから近接戦闘。彼女は自分の知っていることを全て教えることにした。

とはいえ一日で終わる量では絶対ないので時間はそれなりにかけるつもりだ。予定では数ヶ月以内、艦隊が日本海に入るまでには教えたい。

「さあまずは昨日の続きからよ」

彼女は昨日と同じようにレ級たちに砲撃を行わせた。彼女はレナの横に立って一緒に攻撃を回避した。

「砲弾を真っ先に感知するのは耳よ。まず耳で砲弾が迫ってくることを知って可能ならどこから飛んでくるのか、そしてだいたいどこに着弾するのかを予想できればなお良いわ。レナは多分最初のはできてる。でも砲弾は視認しようとしてるわよね。それも大事だけど視覚を飛んでくる砲弾だけに集中させるのもだめよ」

彼女は見せたほうが早いとレナを少し下がらせ、レ級に自分にむけて攻撃するように命令した。無数に飛んでくる砲弾を彼女は避け続ける。だがそに動きは昨日のレナより少ない。尚且つ目線はずっと攻撃を行うレ級たちに方へ向かれていた。

十分間の実演の後、彼女はレナを呼び戻した。

「私が言ったことなんとなくでも理解できたかしら」

レナは頷く。

「すべての砲弾が自分に当たるわけじゃない。着弾する場所を予想できるようになれば避けなくてもいい砲弾も分かるようになるわ。さ、試しにやってみましょう。できるだけ視覚に頼らないように」

レナは彼女と交代し彼女の言うとおり出来るだけ聴覚を使って砲弾を避けようとした。だが聞こえてくるあまりにも多い砲弾の数にうまく処理しきれずレナはその場に留まってしまった。なんとか避けようにもその動きは大ぶりで、避けた先で被弾してしまう。結局数分もしないうちにレナは被弾により沈んでしまった。

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