「高雄基地への攻撃がなかった?」
「はい。予測日となっても南方深艦隊の攻撃がなく、その後数日立っても現れなかったため南方深艦隊は基地への攻撃を行わなかったと判断しました」
「じゃあ奴らはどこへ」
「現在索敵の潜水艦が向かっています。数日中には場所がわかるかと」
「いや、なるべく早く場所が知りたい。航空機による索敵を行え」
「ですが南方深艦隊の対空射撃は苛烈を極めます。すぐに落とされてしまうのでは」
「奴らの航空機は比較的低高度を飛んでいる。高高度からなら迎撃も比較的弱いだろう。場所さえ分かればいい。どっちみち高雄基地への援護機を戻さねばならん。その際についでに索敵を行わせろ」
「分かりました。では佐世保にはその様に伝えておきます」
大淀は彼に一礼してから部屋を出ていった。彼は椅子に座り手を組んだ。
果たしてやつはなぜ高雄基地を攻撃しなかったのだろうか。そもそも高雄基地は攻撃する価値がないと感じたのか? 奴は深海棲艦とは思えない知能を持っている。攻撃する基地を選んでいるのか。ではフィリピンを攻撃した理由は? 懲罰部隊がいた、からだろうか。しかし懲罰部隊の移動を察知していたとは思えない。
「過去のことは重要ではない。今は今後のことを考えなければ」
狙いが高雄基地じゃないとすればどこを襲撃するつもりだ。最後に姿を確認したのはフィリピンと台湾の間。高雄基地に向かわずそのまま通り過ぎたのならその先にあるのは本土だ。
「狙いは本土の鎮守府か?」
では本土のどこを襲撃する。佐世保か呉か、横須賀か舞鶴か、それとも大本営か。現時点では予測がしにくい。せめて奴が太平洋側に出るのか日本海側に出るのが分かればいいのだが。ともかく現時点では何も確証が持てない。まずは索敵の結果を待つべきだ。
数時間後、彼の部屋の戸が叩かれた。叩いた主は大淀のようだ。
「入れ」
「失礼します。佐世保より報告がありました。南方深艦隊を発見したとのことです」
「そうか。場所は」
「はい。台湾より東に約四百キロにて南方深艦隊の航空隊を発見しました」
「台湾から四百キロ東か」
彼は海図で大淀の言う場所を確かめてみた。
「沖縄にほど近いな。すでに日本領近くまで来ているのか。やはり奴は本土の鎮守府を襲撃するつもりか」
「本土の鎮守府ですか」
「しかしどの鎮守府を襲撃するのかまだ分からないな。ひとまず一番近い佐世保に防衛指示を出しておこう。一応呉にも増援を要請しておいてくれ」
「了解しました」
奴と戦ったとき果たして佐世保は勝てるだろうか。いやフィリピンのことを思い出せ。たった二隻の犠牲で撃退に成功している。佐世保の提督の手腕であれば犠牲無く撃退も可能だろう。信じるのだ、本土の鎮守府の提督は皆エリート中のエリート。前任には劣るがそれでもすべての基地においてトップクラスの指揮能力を有している。艦娘もまた然りだ。逆にこれほどの戦力があって負けてはもはや南方深艦隊を止めることは不可能であるという絶望を押し付けられてしまう。
「頼んだぞ」
彼は一人部屋で言葉を漏らすように祈った。
「高尾基地はまだでしょうか」
「あと数十キロ先です」
秋月たちは大本営より帰還の命令を受けていた。途中高尾基地と佐世保鎮守府に寄港する予定だ。
「話じゃ南方深艦隊が襲撃するかもしれないって話だったが」
「襲撃はなかったと提督から聞きました」
「それいつ聞いたんですか」
「昨日です」
「無線で?」
「はい」
「昨日知ったんなら早く私達にも教えてほしかったですね」
「すいません。昨日と言ってもほぼ今日みたいなもので、すっかり忘れていました」
「まあこんな基地の近くでなんの反応もないんだ。どっちみち察せたことではあるさ」
グラーフが上を指差していった。上空にはグラーフの飛ばした艦載機が飛んで回っている。もうすぐ高雄につくので艦載機をしまおうとしていたところだ。
「高尾基地についたら燃料を補給してすぐに出発ですか」
「いえ、休憩を含めて夜まで高雄で滞在します」
「了解です」
大和の言葉を聞いた秋月はふと後ろを向いた。秋月が視線を向けたのは最後尾で摩耶に寄り添われながら航行する夕立の姿だ。フィリピンを出るときには誰かが肩を貸さないと歩けないほどにままならなかったが今は自力で航行できるぐらいに回復している。だが依然として誰かが寄り添っていないと心配な状態だ。少しでも休憩が取れるのなら秋月自身だけでなく夕立にとってもありがたい。
入港すると秋月と大和の二人はまず基地の提督に挨拶に行った。高雄の大淀に案内された二人は提督室の前でノックをしそれぞれ名乗った。
「どうぞ」
中から聞こえたのは比較的若く、優しそうな声だ。二人が大淀に続いて入ると想像通りそこには優しそうな顔をした青年が座っていた。
「ようこそ高雄基地へ。君たちが懲罰部隊と呉の部隊の旗艦だね。慌ただしくてすまないね」
「いえ、高尾基地に迫っていた危機は知っています。そんな中入港と滞在を許可していただきありがとうございます」
「なに、幸運にも襲撃は行われなかったし滞在と言っても夜までだろう。短い時間だがゆっくりしていってくれ」
二人は提督に敬礼をし、部屋を出ようとした。その時彼は思い出したように声をかけた。
「あああと……南方深艦隊がね、近くで見つかったらしいんだ。夜まで待ってりゃ多少は離れるだろうけど、君達の目的地の針路上にいるから気をつけるんだよ」
「ご忠告、ありがとうございます」
ドッグに戻った二人はそれぞれの部隊を率いて大淀の案内に従った。案内された部屋は変わらず部隊ごとに分けられた大部屋であったが、フィリピンのと違ってちゃんとした家具がホコリを被らずに鎮座していた。
「すみませんこんな部屋しか用意できず」
「い、いえ。私達には勿体無いぐらいです。こちらこそわざわざ部屋を用意していただきありがとうございます」
「お気になさらず。では私はこれで失礼します」
大淀は一礼して部屋を出た。秋月たちは大淀が離れてからしばらくして緊張から解き放たれたように息を吐いた。摩耶は夕立を座らせ自身もその隣に座った。初雪も床に座って携帯ゲーム機を弄りだす。秋月は二段ベッドの下側に座り、グラーフは窓の外を眺めていた。
「まあ夜まで……鎮守府の中ですし何も無いでしょう」
秋月はベッドに寝転がり直し上のベッドを眺めながら言った。そういえばベッドに寝転がるのなんていつぶりだろう。大本営でもフィリピンでもソファで寝ていたような……いやフィリピンはせんべい布団だったかな。ともかくこんな立派なベッドで寝たのは家以来だろうか。家でも最後の数日感は寝袋だったし、本当に何日ぶりなんだろう。秋月がその日数を数えようとしている間に秋月は睡魔に囚われ眠ってしまった。
「…月……秋月」
誰かの言葉でふと意識を戻した。目を開けると部屋が暗く、自身を起こした者の顔がよく見えない。直感的に今が夜であることと自分が眠ってしまったことを察した。
「すみません。眠ってしまったようです。今何時ですか」
「八時だ。そろそろ行く時間だぞ」
「うっ、結構眠ってしまいましたね。すみませんすぐに準備します」
「仕方ないさ。ベッドは久しぶりだろう。私もあんな寝顔で寝ているお前を起こすのは忍びなくてな」
「グラーフさん」
秋月は困ったような顔をしたがきっと相手にはまり見えなかっただろう。
準備と言っても秋月自身に特別準備は必要ない。身一つで完結している。軽く背伸びをしてから二人は部屋を出た。
「他のみんなは先に?」
「ああ」
「ならもっと早く起こしてくださいよ。一応私旗艦みたいなものなんですから」
「いいじゃないか。旗艦だから休めるときに休んだほうがいい。大和も理解してくれたよ」
「部屋に大和さんが来たんですか」
「ああ、お前を起こす数分前にな」
「じゃあその時に起こしても良かったじゃないですか」
「そうだったかもしれんが、八時丁度に起こしたほうがきりがいいだろ?」
「全く、どういう理論ですか」
ドッグではすでに秋月とグラーフ以外の全員が準備を終えていた。秋月も急いで準備をする。
見送りには大淀と提督が来ていた。
「わざわざお見送りまでありがとうございます」
「いやいや、呉の艦隊さんまでいるんだ。お見送りしないほうが失礼だよ。すまないね部屋を貸すだけになってしまって」
「いえ、燃料の補給に加えて部屋まで貸してくださってこちらとしては感謝の念しかありません。本当にありがとうございました」
「うん。朝にも言ったけどまだこの近くに南方深艦隊がいるはずだから気をつけてね」
「はい、それでは」
最後に秋月と大和が敬礼し、大淀と提督が敬礼を返して両部隊は高雄基地を出発した。一同はこのまま呉を目指す。その後のことはまだわからないが、恐らく懲罰部隊は大本営まで戻されるだろう。なんやかんやで長い付き合いだった大和たちとの別れが見えてきた。
隊列に並ぶ際に夕立の様子を目の端で見た。顔色はまだ良くないが朝よりかはマシだし、一人で立てているから心配は少ないだろう。
今晩はいつもより他の者の顔が見えやすい。月と星が明るいのかもしれない。
「大和さんルートは決めていますか」
事前のルートではこのまま台湾を離れるようにして進み沖縄諸島を南に沿って進むことになっていた。だが南方深艦隊のせいでルートを変更せざるを得なくなったかもしれない。
「はい。変更は無しです」
「無し、ですか。南方深艦隊との遭遇の可能性は」
「私達の提督から連絡がありました。南方深艦隊は事前のルートとは別を進んでいます」
「ま、また知らせずに」
「事前に聞いていたので秋月さんにもお知らせしようとしたのですが、寝ていたみたいでしたので」
秋月はグラーフの言葉を思い出した。秋月はてっきり大和が自分を呼びに来たものだと思っていたがどうやらルートの変更をしないことを伝えようとしていたらしい。秋月はグラーフを睨んだが当の本人は笑っているだけだった。だから秋月はため息をついてすべてを諦めた。
とても静かな夜だからといって警戒していないわけではない。むしろ静かな夜こそ警戒しなくてはならない。波の音しか聞こえない海ではその波の音に混じって近づいてくる潜水艦がいる。そこに夜というアドバンテージを得た潜水艦はほぼ無敵だろう。だが懲罰部隊である彼女たちは新月の夜でも潜水艦を見つける自信があった。通常ならしない夜の行軍を行う理由はここが本土に近いことに加えてそのような理由があった。
今後海軍はどうするのだろう。秋月はふとそんなことを思った。自分が考えてもどうしようもないことだが静かな海の上で彼女の頭は勝手にそんなことを考えてしまう。
南方深艦隊は撃沈するのだろうか。いや絶対にするだろう。あれを放置する危険性は誰でもわかる。練習とか言って基地に殴り込みに来るようなやつだ。いつ本土の鎮守府が襲われてもおかしくない。というか今奴は襲撃に向かっているんじゃないのか。そう思い顔を上げたがすぐに冷静さを取り戻しまた顔を下げた。大体自分が思いつくことは大本営の連中も思いついている。どうせ今頃対策に追われているだろう。
「どうしたんですか」
大和が秋月に話しかけてきた。秋月は生返事をしてさっき自分が考えていたことを大和に話した。大和はそれを聞いて少し考える素振りを見せると耳打ちをする様に秋月に小声で言った。
「本当はあまり言わないほうがいいんでしょうけど、大本営は対南方深艦隊の作戦を立案中だそうですよ」
その言葉に思わず秋月も同じ格好で、同じ小声で会話した。
「それって口外禁止ってことですか?」
「多分」
「なんでそんなこと……提督ですか」
「ふふ、正解です」
「はあ、あなたの提督は本当何でも話しますね」
「今の提督はエリートですけどまだ新人ですから、何かと相談を持ち込まれるんですよ。今回も南方深艦隊に向けてということは言わなかったんですけどそこはかとなく」
「で、何かわかったんですか?」
「あまり話してないので全体まではわかりませんが、白兵戦をしようとしてるってことは分かりました」
「白兵戦、ですか」
確かにフィリピンでは十人の砲撃が当たらなかったのに三人の白兵戦では奴にダメージを与えることができた。
「きっとまた秋月さん達にもお願いされますよ」
「ええ多分、いや真っ先にぶつけられるでしょうね」
「残念ながらそれ以外のことは分かりませんでした」
「いえいえ……話を聞いてから言うのも何ですけど良かったんですか? 私に話して。一応懲罰部隊ですけど」
「そんなことありませんよ。秋月さんたちはもう数ヶ月も一緒にいる仲間じゃないですか」
「仲間、ですか」
秋月はそうつぶやいて水平線を見た。満点の星空は海との境界線がはっきりしていた。