紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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先生になってほしい

「佐世保鎮守府が襲撃された?」

 その報せを聞いたのは呉で足止めされてから数日後のことだった。呉に到着次第大和たちとは別れて大本営に帰還するはずが、呉で言われたのは待機だった。

「はい。数日前に」

「暁さんですか?」

「いえ、それがレ級一人だと」

「レ級? 野良の深海棲艦が襲撃に来るのか」

「厳密に言えば、南方深艦隊のレ級です。撃沈するまでに十五人が犠牲になったとか」

「十五人!?」

「レ級一人相手にそんなにやられたのか」

「暁さんの深海棲艦ってノーマルしかいなかったと思うんですけど。レ級エリート……でも多い気がしますけど、ともかくただのレ級相手に佐世保がそんな被害出すなんて信じられません」

「私も信じたくはありませんが提督から直接聞いた話ですし、提督も元帥から聞いた話と言ってたので」

 大和がそこで口をつぐんだ。その二人の間で話が肥大化したとは思えない。そのレ級が奴の配下だと言うなら奴より弱いはずだが、フィリピンで戦ったときは正直言って秋月、グラーフ、夕立の三人で十分、むしろ有利な戦いだった。あの二人目というやつが日を立つに連れ強くなっているのか、はたまたそもあのときは本気で戦ってなかったというのか。

「あ、そういえば提督が秋月さんたちに先生をやってほしいと言ってましたよ」

「は?」

 突然の話題転換に秋月は一瞬追い付けなかった。

「先生……てどういうことですか」

「えっと、提督曰く現在各鎮守府では対二人目に近接部隊を作っているそうなんです。それで本来なら数か月かけてじっくり育成するはずだったんですが南方深艦隊の動きを見る限りこちらの予定攻撃地点を随分早く通過しそうなので急遽繰り上げることになったそうです。それで育成が間に合わない可能性が出てきたんです。それで都合よく秋月さんたちがここで待機しているので先生をしてほしいと」

「わざわざ私たちの部屋に来たと思えばそれを伝えるのが理由ですか」

「まあそれでもあったって感じですね。一番は佐世保襲撃の報せを届けようと」

「それで? その作戦っていうのはいつ実施される。私たちはまだ詳細を聞いてないのだが」

「恐らく一週間先かと」

「一週間!? すぐじゃないですか。そんな短期間で素人を育てろと? 無茶がありますよ。それに私たちもどうせ参加するのでしょう? 私たち何も聞かされてないんですけど」

「でも前に聞いた限りじゃ私たちが参加するのはまだ確定してない。もしかしたら不参加かもな」

「どうでしょうね。こんなに使いやすい捨て駒を使わない手はないと思うんですけど」

「じゃあ伝えることは伝えたので私は戻りますね。まだ仕事が残ってますので。午後から演習を始めるのでその時にお願いします。あ、他の皆さんにもお伝え下さいね」

「あ、ちょっと教えるって何人ですか」

 大和はちょうど部屋を出たところだったが、ドアの影から顔をだし「六人です」とだけ言って行ってしまった。面倒事だけ投げられて後始末を任されたような感覚だ。が、断る暇もなかったので頼まれたからにはやるしかないだろう。

「えぇ、これやらないといけないんですか」

「頼まれたからな。でも一週間か。一応私達はここで待機しているだけだし明日帰らされる可能性もある。もしかしたら全然教えられないかもな」

「やる気満々ですね」

 そういえばグラーフは夕立にも教えてたし案外先生ヅラが性に合うのかもしれない。

 秋月は「他の人に知らせてきますね」と言って部屋を出ていった。

 他の三人の部屋は隣りにあった。呉だから部屋数は沢山あったので自由に使って良いと言われたがグラーフが秋月と話したいというので相部屋になり、他の三人は夕立が心配だというので一緒になった。わざわざ話したいというのでどんな話かと思えばただの世間話だったときは思わず突っ込んでしまった。

 秋月がノックすると中からすぐに麻耶が出てきた。

「誰だ……って秋月か。声かけて入ってくればよかったのに」

「じゃあ次からそうしますね」

「んで、どうした。夕立の様子でも見に来たか?」

「ん、ああ、確かに夕立さんの様子も気になりますけど今回は別件です」

「そうか。まあここで話すのも何だし中で話せよ。夕立の様子も気になるんだろ」

「そうさせてもらいます」

 元々部屋の入り口で一言二言伝えて帰るつもりだったか出てきたのが麻耶だと言うこともあって中に入ることになった。

 部屋の外観は秋月たちの部屋と何も変わらない。小物も一切無く、備品だけがあった。強いて言えば初雪が持ち出した携帯ゲーム機や秋月たちよりも一人分だけベッドが乱れているところぐらいだろうか。中では初雪と夕立が茶を啜っていた。ちゃぶ台の上には急須の他に麻耶が使っていただろう空の湯呑みとお盆に乗った煎餅が並べてあった。

 夕立の顔はここ数日で幾分か良くなった気がする。発作的に暴れることも減ったようだし会話も十分できるそうだ。

 麻耶が秋月の分も湯呑みを取り出そうとしたが秋月は「すぐに戻りますんで」と言って断った。

「どうしたの」初雪が湯呑みを持ったまま尋ねた。

 秋月は大和から伝えられた件をそのまま話した。佐世保のことはどうせどこかで知るだろうからと省略した。

「それを私たちに知らせる必要性あるの? 二人でやればいいじゃない」

「六人いるんですから初雪さんもやってくれれば二人づつで楽なんです」

「そもそも私は専門じゃない」

「私だって専門じゃないですよ」

「夕立の方が適任じゃない?」

「いや、夕立さんは」

 夕立は特に意に介してない様子だったが何も言わずただ初雪の隣で秋月のことを見ていた。秋月は本人を前にして言うのはどうかと思ったが言わないと伝わらないので思い切っていった。

「夕立さんはそういうことができるような心理状態ではないと思いますが」

「そう? 私から見たらもう十分元気だと思うけど。ね、夕立」

「は、はい。夕立はもう十分元気です。秋月さんが言うんでしたら私が初雪さんの代わりに参加しますが」

「いや、ですが」

「時々夕立の顔色を窺ってた秋月よりずっとそばにいた私の言葉の方が信じられると思うんだけど」

 その言葉に秋月は口をつぐんでしまった。確かに秋月は時折顔色を窺ってただけだ。でも顔色だけで言えば初雪と同じく教導に参加しても構わないと思っている。だが問題は心なのだ。外面はいくらでも取り繕える。少し無理すればすっかり元気になったように見せれるだろう。しかし内面で何を考えているのかわからない。正直な話心は自分自身にまで嘘をつく。本音が本音ではないかもしれないのだ。だが、しかし、そうは言ってもその面でさえも秋月の言葉は初雪に比べて弱い。どちらにしても初雪の方が夕立に寄り添った。心の方でも初雪の方がまだ分かっているだろう。

 秋月はもう一人、同様に夕立に寄り添っていた摩耶に聞いてみることにした。

「摩耶さん。あなたから見て夕立さんは参加できると思いますか」

「え、あ、あたし? えぇ、まあ別に最近は暴れることも無くなったし大丈夫だと思うが……まあずっとここで安静にしているよりか動いてる方がいいんじゃねえか?」

「そう、ですか。わかりました。お二人がそう言うなら夕立さんにも参加をお願いします」

「ん? いま『も』って言った?」

「はい、夕立さんと初雪さんに参加してもらおうと」

「は? 夕立が参加するんだから別にいいでしょ」

「数が多い方が楽ですから」

「えぇ」

「な、なあ、あたしは?」

「摩耶さんは……白兵戦出来ましたっけ」

「あ、うん。すまん。私は普通の戦いかたしか出来んかったな」

 秋月は「では私はこれくらいで」と席を立った。麻耶が一緒に立った。

「すまんな。何か悪い雰囲気になっちまって」

「麻耶さんが謝る必要はないですよ。初雪さんがああ言う人なのは昔から知ってます」

「あ、あの!」

 夕立が声をかけた。ちゃぶ台に手をかけて中腰になっている。

「午後って何時からですか?」

「さあ? 大和さんは午後からとしか言ってなかったので、多分十三時ぐらいじゃないですか?」

「分かりました」

 今度こそ秋月は「では」と言って部屋を出た。

 麻耶がドアを閉めてから少しして秋月は小さくため息を付いた。この寮には秋月たち以外に誰もいないのだという。国内でもトップクラスに艦娘の数が多い呉鎮守府にこんな場所があるだなんて思っても見なかった。外からわずかに聞こえる声のみの空間に秋月は不思議な感覚と妙な寒気を感じ早足で部屋に戻った。

 部屋に戻るとグラーフがちゃぶ台で茶を飲んでいた。秋月は思わずさっきの出来事を思い出してしまった。

「遅かったな」

「ええ、ちょっと夕立さんの様子も見てきたんです」

 秋月は畳に上がるとグラーフを通り過ぎて備え付けの机の、一番下の棚を開けた。そこには袋に入った煎餅があった。手にとって表を見ると、徳用、と書かれていた。呉でも徳用のものを買うのか、そんなことを思いながら表の文字を静かに読むと一緒に置いてあった木製の器に移し替えた。空になった袋はゴミ箱に投げ入れた。

 煎餅をちゃぶ台に乗せるとグラーフのとは別にもう一つ湯呑みが置いてあった。

 グラーフは置かれた煎餅に手を伸ばしながら聞いた。「どうだった?」

「割と元気でしたよ」秋月は茶を一口飲んだ。少し熱かったが飲めない温度ではなかった。「教導にも参加してもらうことにしました。暴れることもあまりないと言うので」

「そうか」

「止めないんですか?」

「元気そうにしてるんだろう? 暴れないんだったら大丈夫だろう?」

「もしかして私って人を見る目がないんですかね」

「どうかしたか?」

「いや、別に何でもありません」

「ならいいんだ。ところで午後って何時なんだろうな」

「十三時ぐらいじゃないですか」

「そうか」

 

 時刻は十二時を過ぎた。呉の食堂が開いた頃だろう。

「そろそろ昼食にでも行きませんか」

「そうだな」

 二人が立ち上がり、部屋を出た。丁度摩耶たちも部屋から出てきた。タイミングが被ったみたいだ。

「お、お前らも昼か?」

「ええ」

「一緒に行こうぜ」

「そうします」

 麻耶の後ろから初雪が続けて出てきてそれに引っ付くように夕立も出てきた。夕立を見たグラーフは声をかけた。「元気か?」

「あ、はい。おかげさまで」

 夕立は微笑んだがそのほほえみは数ヶ月前に見せてくれた笑顔とは違う。なんというか落ち着いた笑みだ。懲罰部隊に移って来たときでさえも無邪気さは見えていたが、よほど睦月の件がショックだったと見える。その傷が塞がっても跡ははっきりと、一生残り続けるだろう。

 道中は静かだった。お互いに何も話題を持ち合わせていなかった。強いて言えば午後から行われる教導のことだが、話題になりそうなものが見つからなかった。皆秋月以上にことを知らない。知らなさ過ぎて分からないことも聞くことができない。

「今日の日替わり定食ってなんだろうな?」

「何がいいんだ?」

「そうだなぁ……そろそろ唐揚げとか食いたいな。最近魚ばっかだからよ」

「たしかにそうだな。そう言われると私も唐揚げが食べたくなるな。お前もそう思わんか」

 誰も答えなかったので秋月は振り向いた。するとグラーフは秋月の方を見ている。

「あ、私でしたか。そうですね。確かにたまには肉とか食べたいものですね」

 

 食堂のある建物に近づくと喧騒がだんだん湧き上がってきた。食堂の入口になるとそこは喧騒そのものだ。様々な艦娘の声が聞こえる。入り口のそばにはメニュー表が置いてある。ファイルに閉じられた表が張り付けられ、そのすぐ下には黒板が立てかけてある。そこには日替わりランチの項目とその内容が書かれていた。唐揚げがメニューにあった。

「お、唐揚げがあるんじゃん。あたしはこれにするぜ」

「私もそれにしよう」

「私もそれで」

「みんなと一緒でいい」

「私も一緒でいいです」

 一同は食堂に入ると間宮に日替わり定食を注文した。

 食堂の中は非常に騒がしかった。皆仲間と会話している。誰もここに懲罰部隊という犯罪者集団がいることなど気づいていないかのようだ。人が多すぎて仲間全員すら把握していないのだろう。気にならなくていい。

 五つの日替わり定食を持って空いている席を探すと、丁度端っこに五つ席が空いていた。

 五人が席に座ったと同時に声をかけられた。大和だった。

「皆さん、奇遇ですね」

「大和さんも昼食ですか」

「ええ、今日は日替わり定食です」

「唐揚げがあるからですか?」

「え、そ、そうですけど……なんでわかったんですか?」

「なんとなく」

「ご一緒してもよろしいですか? 午後からのことについてついでに詳しく知らせておきたいので」

「ええ、もちろん」

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