私は叢雲。呉鎮守府の初期の頃からずっとここにいる。艦娘も増えて私より高性能な娘も出てきだして出番が少なってきた今日このごろ、先日久しぶりに提督に呼ばれた。私の他に夕立、綾波、皐月、天龍、龍田の五人が呼ばれていた。この六人で水雷戦隊でも編成するのか、それとも天龍がいるから遠征だろうか。そんなことを考えながら集合した私達に言われたことはとても現実味のない話だった。
話をまとめると、新型の深海棲艦が現れたということ。その深海棲艦は艦隊を組み旗艦のような存在がいるということ。その帰還は艦娘のような姿をしており途方もない強さを持っているということ。そしてそいつには白兵戦が有効であるということ。そのために私たちが集められたということだった。
私たちは天龍を旗艦として特別攻撃隊、つまり特攻隊を編成し数週間活動した。しかし白兵戦なぞ誰もしたことがなかったので研鑽を摘むのは非常に苦労した。私や天龍が持っているものは刀や槍を模したものだがほぼ飾りだ。皐月は真剣を持っているが使ったことはないという。
戦い方は手探りで固めていくしかなかった。素振りをしたり、部隊内で演習をしたり、実戦をしてみたり、とにかくいろいろした。
今朝提督から教唆役の部隊が見つかったと言われた。午後の演習から参加するという。提督曰く大本営の部隊だそうだ。
大本営と聞いて期待半分緊張半分で演習海域に向かった。そこには艦娘が四人いた。全員知った顔だ。しかしグラーフと初雪はともかく、秋月と夕立の二人は私の知らない彼女達だった。
「あなたたちが特攻隊の皆さんですか?」と秋月が聞いた。
「ああそうだ」と天龍が答えた。「あんたらが提督の言ってた大本営の部隊か」
天龍が聞き返すと秋月は「大本営?」とグラーフと顔を見合わせていた。二人は肩を上げ首をかしげている。何か違うのだろうか。
「まあいいです。ところで、皆さんは作戦とやらが一週間先にあることを知ってますか?」
私たちは頷いた。
「え、知ってるんですか……あー、えっと、私たちは出来るだけあなたたちに教導を行おうと思います。どうぞよろしく。ではさっそく始めましょうか」
私たちは三人一組、向こうは二人一組になった。
私は夕立と綾波と同じ組になった。そして私たちの先生役は初雪と夕立になった。寄りにもよってこの二人か。初雪は所属が違うとはいえ一応私の姉だ。夕立は……なんだか夕立じゃないみたいで気味が悪かった。
「えっと、三人が私たちが教える相手ですね。まさか夕立がいるなんて思ってませんでした。それに叢雲さんは初雪さんの妹さんですよね?」
「まあそうだね。一応」
「すごい! 夕立が夕立じゃないっぽい!」
当然こちらの夕立が反応した。だが正直ハイテンションな夕立のほうが落ち着く。
「まあちょっといろいろありまして」
彼女は苦笑いしながら言うが一体何があればあの夕立が落ち着くんだろう。
「えっと……どうしましょうか。一先ず皆さんがどんな戦い方をするのか知るところから?」
「はいはーい! 夕立は殴って戦うっぽい!」
「私も夕立さんと同じく徒手空拳ですね」
「私は見ての通り槍だわ」
「なるほど……徒手空拳はともかく槍はちょっと扱ったことないので教えられることがないかもですね……やっぱり初雪さんと戦ってあいつの戦い方に慣れてもらう方がいいでしょうか」
「え、私?」
「秋月さんの話では初雪さんが一番あいつの戦い方に似てると言っていたので」
「えー」
初雪と夕立の会話を見ていると、初雪の後ろから鎖が海面に垂れているのを見つけた。あれは何だろうと思っていると説得に成功したのか初雪が背中の鎖を引き上げた。海面から出てきたのは鎖につながった、彼女の身長の半分近くあるドラム缶だった。
初雪という艦娘を知っている私からすれば彼女にドラム缶というのはまるで想像つかない組み合わせだった。他の二人も唖然としていた。
初雪は「久しぶりだな」と言いながらドラム缶をぶんぶん回している。彼女の久しぶりがどれくらいかはわからないが少なくとも私の目には常日頃から使っていたかのように見えた。
一通りドラム缶をぶん回すと初雪は「なるべくケガさせないようには気をつけるから遠慮なく」と言ってその場を動いた。それに合わせて私たちも移動する。
夕立を挟んで十メートルほど開けた。
「これから十分間戦ってもらってその間に三人が初雪さんの体に攻撃を当てれたら三人の勝ち、一度も当てられなかったら初雪さんの勝ちとします……始め!」
合図とともに私たちは動き出した。初雪は動かないようだ。十メートルの距離など一瞬で埋まる。戦闘にいた夕立が早くも間合いに到達しそうだ。
夕立が構えると同時に初雪もドラム缶で防御した。鈍い金属音が鳴る。夕立がドラム缶を殴り続ける間に綾波が初雪の左側に回り込んだ。すると初雪は左手で持っていた主砲で綾波を照準した。照準は綾波の頭の様だ。綾波は咄嗟に屈み寸でのところで砲弾を躱した。
最後尾の私は右側に回り込んだ。右腕は夕立の、左腕は綾波の相手をしたからもうがら空きだろう。私は持っていた槍を突き出した。すると初雪は少しだけ後方に下がった。彼女の体を捉えていたはずの槍先はドラム缶に阻まれた。演習用で槍先がゴム製になっており、ドラム缶に刺さることはなく曲がって上方に滑った。
仕切り直しに私達は集まったが、集まるやいなや初雪は主砲を撃った。
「ずるいっぽい!」
「ずるいって何が」
「夕立たちは主砲使ってないのにそっちは使うだなんてずるいっぽい」
「じゃあそっちも使えばいい」
「で、でも私達は近接戦闘を行う部隊で」
「何、あなた達は兵装を使うなと指示されたの?」
「い、いや、別にそんなことは」
「なら使えばいいのに。あなた達は近接戦闘も出来る部隊でしょ。近接戦闘だけする部隊じゃない」
「あと五分です!」後ろから残り時間を迫る声が聞こえた。
「そんなの想定してるわけ無いでしょ。今日は主砲も魚雷もすっからかんよ」
「あっそ、じゃあ今日は無しで来るといい」
「何あれむかつく!」
投げやりな感じ、私の知る初雪そっくりだ。だからだろうか、バカにされてる感じが強くてムカついた。
私は単身飛び出して彼女に槍を突き出した。初雪はドラム缶で防御する。私はそれに対して様々な方向から突き返すが避けられたり防御されたりで全然当たらない。
何度目かのとき、槍先がドラム缶に当たった際そのまま下に滑った。私は槍を持ったまま前につんのめった。するとすぐに変な感触を感じた。見ると初雪が私の槍をつかんでいる。私はすぐに振りほどこうとした。しかし初雪の手は全く振りほどけない。
「実践ならこの隙に攻撃されて死んでたね。もしくは――」
初雪は槍を持っていた手を引いた。私はそれにつられて初雪の近くまで引っ張られた。左腕で首を拘束され、いつの間にか持ち帰られていた主砲をこめかみに突きつけられた。
「これで人質になった。二人はどうする? さっきから動いてないけど。あ、もし一歩でも動いたら引き金を引くよ」
私は冷や汗を流した。これは演習で実践ではない。持っている主砲に込められているのも演習弾だ。当たればちょっと痛いが死にはしない。だが今の初雪からは殺気のようなものを感じる。主砲にも実弾が込められているんじゃないかと錯覚してしまいそうなほどだ。二人もそれを感じているのか一歩も動けないでいる。とうとう私達は夕立が終了を宣言するまで一歩も動けなかった。
「自分のことばかりで連携がない。動きが単調。あと遅い。力も弱い。武器にこだわりすぎ」
初雪が挙げた私達の欠点は以上のものだった。つまり全て悪いと言っているようなものだ。あと一週間しかないのにこれを全て直せるだろうか。
「一週間じゃ無理だね」
まるで心を覗かれたかのような発言だった。一週間じゃ無理だって、じゃあ一体どうすべきなのだ。
「ちょ、ちょっと初雪さん。そういう事言わないでくださいよ」
「無理なものは無理だというべきだよ。出来もしないことやったって無駄。時間がないんだからできることだけしないと。とりあえず連携は諦めようか」
「えっ」
連携は一番大切だと思った。連携がないと言われたときに納得したから。真っ先に挙げたからそれが一番優先されるべきだと思った。
「連携はいいっていうの?」
「一週間でどうにかなるものじゃないよ。少しはましになるかもしれないけどあなた達だけだよ。もう片方とは無理だ」
「となると伸ばすのは個人の実力ぐらいでしょうか」
「そうだね。二人は任せていい?」
「はい。お任せください」
「んじゃ私はあなただね」そう言って初雪は私の方を見た。
私たちはさらに二つに分かれた。私は初雪と対面するが互いに何も言わなかった。しばらく無言で見つめ合うと、初雪が軽いため息を吐きながら口を開いた。
「はぁ、私も槍は扱ったことないよ」
「あっそ。じゃあ私一人でどうにかするわ」
「一人で? あなた一人で何ができるって言うの」
「はあ? あなたが教えられないって言ったんでしょ」
「あなた一人でどうにかしろとは言ってない。まあ似たようなものだけど。私は教えるのが苦手だからあなた自身で覚えてもらう」
「どうやって」
「とりあえず私に当てることかな」
日が傾いてきた頃、遠くから声が聞こえた。秋月が今日の演習を終えることを知らせる声だった。私たち六人は集合し、秋月たちと向かい合った。
「今日はこれぐらいで終わります。明日も同じぐらいの時間でいいんですかね?」
なぜ私たちに聞くのだろう。
「演習はいつも同じ時間だ」天龍が答えた。
「分かりました。では解散しましょう」
非常に簡素な終わり方だった。いや今はありがたい。ひどく疲れている。あの後ひたすら戦って一撃も当てられないまま終わった。他の五人も疲れているように見える。自分のことにしか集中していなかったのでどんなことをしたのか分からないがきっと過酷だったのだろう。
「どうですか」
鎮守府に戻る特攻隊の背を見つめながら秋月は聞いた。
「どうって?」
「あれで戦力になりますか」
「無理だね。暁相手には無力だ」
「初雪さん、あいつは暁さんじゃないですよ。あいつも言ってたじゃないですか」
「ごめん、二人目だったね。ともかくあの様子じゃまともに戦えないし、一週間でどうこうできる問題じゃないよ」
「酷ですね、大和さんも。自分で経験してるんですから大和さんも分かってるでしょうに」
「まあでも、十二人でできなかったことを三人でできたんだ。多少は希望を持ちたくなるだろう。というかそれしか希望がない」
「いくら何でも下限がありますよ。あれでは流石に無理すぎる。どうでしかそちらはこちらには一週間で何とかなるような人はいませんでしたが」
「こっちも特に」
「そうですね……夕立ならもしかしたらって感じでしょうか」
「それはまた、自分贔屓か?」
「い、いえ。別にそういう訳では……いや、ある意味そうかもしれません。自分がそうでしたから」
「そういえば夕立さんは覚えが早かったですね。あの時も十分対抗できましたし」
「はい。ですから一週間あれば他の人よりかはマシになるかもしれません」
「六人中一人か……状況は芳しくないね」
「今日は良くしゃべるな、初雪。珍しい」
「他に喋ってくれる人が居ないからしょうがない」
「あの、私たちも戻りましょう? 摩耶さん待ってますよ」
「それもそうですね」
ドッグでは摩耶が待ってましたと言わんばかりに仁王立ちしていた。
「お、帰ってきたな」
「すみませんね。暇だったでしょう?」
「いんや。あたしはあたしで別の演習に参加させてもらったんでそこまで暇じゃなかったぜ」
「摩耶さんも演習行ってたんですね」
「おうよ。久々に管制の効いた艦隊戦をしたぜ。やっぱ役割が決められてると動くのが楽だぜ」
「そうですか? 私は自由行動のほうが動きやすいですけどね」
「まあ自由に動いて役割をこなすのは難しい。指示されたほうが簡単ではあるだろうな。その分旗艦の能力に左右されるが」
彼女たちの後からも続々と艦娘が上がってくる。海から上がった五人は摩耶と一緒にドッグを出た。瞬間に夕焼けが照り、眩しさに目を細めた。
「演習ですかね。ドッグにいる艦娘が多いですね」
「出撃が再開したらしいぞ。南方深艦隊が日本海に上がったとかで」
「あぁ、なるほど」
六人は自室に向かった。近づくにつれ、艦娘の数は減っていき声も小さくなっていく。代わりにカラスの鳴き声がよく聞こえるようになった。