紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

6 / 65
補給作業

 消灯時間は22時である。人のいないこの島では電力は発電機群を介している。そのため消灯時間以降は節電のため発電機の電源を消している。夜間の哨戒は前も言った通りできない。数年前に周囲を少しではあるが奪還した故夜間であっても深海棲艦の姿はない。

 暁は一人消灯時間後に浜辺にやってきていた。かつては街灯が灯っていたであろう道路は真っ暗で夜空の星と月だけが微かに地面を照らしていた。彼女が砂を踏み締める音以外に、それすらも消してしまう波音があるだけであった。何となく眠ることができなかった。一週間眠らなかったせいで寝るという感覚を忘れてしまったらしい。

「泳ごうかしら」

 海水浴がしたいと前に言った。今ならできる。水着がないのは少し残念ではあるが。

「水着がないと嫌なんじゃなかったっけ」

 声がした。いつもの自分の声。微かに夜空が照らしているとはいえ風景が見えるのかといえばそれは否。海面に反射する月が見えるだけである。周りが全く見えない中声は語りかけてきた。

「そうだけど、もういいかなって」

「諦めちゃうの」

「いいでしょ別に。泳げれば何でもいいの」

「さては面倒になったのね」

 暁は答えなかった。ただ、声に指摘されたせいでやはり泳ぐ気にはなれなかった。

「…戻るわ」

「泳ぐんじゃなかったの」

「失せたわ。明日は補給作業があるから」

 暁は声を振り切って戻っていった。闇に慣れた目はうっすらと風景を写し、彼女を家に導いた。

 

 翌朝司令官はリビングに全員を集め、今日行う補給について説明していた。

「今回は初めてのやつがいるから丁寧にする。大前提としてお前らは犯罪者だから一般の艦娘との接触は禁止されている。鎮守府からきた艦娘が沖から大発を発進させるからお前らはそれを回収して倉庫に運べ。場所はここから少し遠いが…詳しい場所はまあこの三人について行けばいい。で、お前らが回収作業をしている間に明石に艤装の整備を行なってもらう。一応回収作業が終わる頃には整備も終わっているはずだが、場合によっては外で待機してもらうからそのつもりで。補給は一〇〇〇、三時間後に開始する。集合場所は近くのあの砂浜だ。それまで自由行動、それでは解散」

 彼の号令と共に各々が自由に動き始める。とは言っても朝食のため皆同じ場所にいる。

「補給作業って忙しかったりするんですか?」

 睦月がそう聞いてきた。

「そうだなぁ、そこまで忙しくはないな」

「早く終わったらその分遊べますからね。いつもちゃっちゃと終わらせてますよ」

「へぇ」

「安心したか。そこまできつい仕事じゃないから心配するな」

「じゃ、じゃあ早く終わったら稽古つけてもらってもいいですか」

 夕立がグラーフに尋ねる。

「ああいいぞ」

「張り切ってるわねえ。私そこまで訓練好きじゃないのに」

「私は夕立みたいなやつはすきだぞ」

「グラーフさんもお人好しですね。本当なんでここにきてしまったのか」

「そうよ。別に庇わなくてもよかったじゃないの」

「そういえばグラーフさんてご友人を庇ってここにきたんでしたっけ」

「ああ、あの時はまあ単純にあいつを死地に送りたくないっていうのもあったが、戦力的にも戦艦が必要で空母は数が足りていたからな。当時は練度もそこまで高くなかったから、つまりある意味合理的な判断ってやつさ」

「へえご友人って戦艦なんですね」

「そうだ。今はどうしてるのか全くわからないがな」

「手紙とかは?」

「そんんなもの送れやせんよ。我々は人間とはまた違った扱いだからな」

「そうよ。本当は艦娘は罪を犯した時点で解体だもの。私と秋月の練度が高かったのと南方海域が魔境すぎて誰も攻略したがらなかったお陰であなたたちはまだ生きてるのよ。感謝なさい」

「うーん、感謝されることなのでしょうか?」

「なんであなたが疑問を抱くのよ」

「なあお前ら、食わんのか。お前らの分も食っちまうぞ」

 摩耶が茶碗を持って立っていた。

「すまん、少し話が過ぎたな」

「あなたおかんなの?」

「何言ってるんだお前」

「喧嘩好きのおかんとは一体…」

「摩耶さんは優しいですよ。言動は荒いですけど」

「へえ、予想外。なのに喧嘩してここ来たんだ」

「おい、そこの三人。食わねえんだな。よしこれはあたしがもらう」

「あー食べる、食べるわよ」

「判断が早過ぎですよ」

「た、たべます!」

 三人は慌てて席につき摩耶から茶碗を受け取った。

 

 

「よし、全員集まったな。俺は明石の方へ向かうからあとは任せた」

 0950。予定では10分後大発を乗せた駆逐艦が沖まで来るはずだ。彼はグラーフに一枚の紙を渡して一人家まで戻って行った。

「今月は甘味がたくさん入ってるといいですね」

 嗜好品を含めて物資は全て司令官が管理し、発注している。嗜好品が何が入っているのかは届いて初めてわかる。

「…ゲーム」

「それはないわ。どうせインスタントコーヒーがほとんどよ」

「私はいいと思うぞ。コーヒー」

「コーヒーなんて飲めないわよ。せめて砂糖も一緒に入れて欲しいわ」

「入っているといいですね」

 会話が盛り上がる一方で、まだ補給作業をしたことのない一方は黙って会話を聞いていた。

「…摩耶さんってどうして優しいのに障害沙汰なんて起こしたんですか?」

 睦月が唐突に口を開いた。

「あ?言ったろ売られた喧嘩を買っただけだって。あと別に優しくはない」

「えー、そんなことないですよ。摩耶さんって哨戒の時とかずっと私のこと気にしてたじゃないですか」

 摩耶は哨戒時ずっとちらちらと睦月の方を気にしていたし、よく声をかけていた。彼女はそのことを言っているのだろう。

「ちげえよ。あれはただお前が下手に怪我されるとあたしが危険に晒されるからだよ」

「にゃし?それなら尚更私を前に出して盾にすればいいんですよ?」

「お、おう…それは、なんだ。ちょっと出来ねえな」

「ほらやっぱり優しいにゃしい」

 そもそもわざと盾にするという選択肢を知らなかった摩耶にとって睦月の言葉は衝撃的だった。彼女が元いた鎮守府はどんな運営をしていたのだろうか。

「そうですよ。私も摩耶さんは優しいと思います。でも私は摩耶さんに守られてばかりじゃなくちゃんと守れるようになりますからね」

「おまえもなのか…うん、まあ無理はするなよ」

 どうやら夕立も睦月と同じ意見らしい。そういえば二人は同じ鎮守府出身だったか。ここれまでどんな生活を強いられていたのだろう。流石に駆逐艦を肉壁にするような残忍さは彼女は持ち合わせていない。嘗ては周りから非常識人のように思われていた彼女だが一定の常識を持ち合わせているせいで意図せず二人からは慕われてしまうようだった。

 そんなこんなで時間を潰していると水平線からこちらに向かってくる何かが見えた。

「あ、来たんじゃない」

「ん……ああ、そうだな。来たようだ」

 グラーフは目を凝らし、それが例の艦隊だと認知すると懐から先ほど渡された紙を取り出した。その紙には今回送られてくるはずの資材が表記されている。艦隊は沖に留まり大発を展開し始めた。なんとか個人がわかるぐらいの距離だが、今回はその誰も名前がわからない。会ったことのない艦娘ばかりだった。

「…あれ誰かしら」

「さあ。どの方も見たことありませんね。グラーフさんはどうです」

「いや、私もわからん。少なくとも日本の艦娘ではないみたいだが」

「海外艦でしょうね」

 外界からの情報がほぼ切断されているここで数年も暮らしていると本土の変化はまるで何もわからない。接触は禁止されているので相手の名前を知ることはできないが、そも知る必要もない。

 やがて第一陣の大発が砂浜へ乗り上げた。救命ボートほどの大発には山ほどの各種資材が載せられている。

「よし、じゃあ下ろしていこう。資材はまだまだあるはずだからとりあえず大発から動かしてくれ」

「…え、これをですか」

 大発に乗っているのは見慣れたドラム缶。普段は艤装をつけた状態で運んでいた。そのため軽々と運んでいたのだが、今の彼女たちに艤装はない。三人が戸惑っていると暁たちはなんの疑問も浮かべない様子で手をかけ始めた。グラーフの指示のもと摩耶たち三人も作業に参加するが当然満載のドラム缶は重く、とても持ち上げられない。なんとか三人で持ち上げて一つ運ぶ間に暁たちはどんどん下ろしていた。

「あーあー、違うわよ。それじゃ日が暮れても終わらないわ。転がすのよ、こうやって」

 暁はドラム缶の一つを少し傾けてそのまま転がしていった。なるほどそれなら簡単に運べる。やり方が分かればすぐに終わるもので、あっという間に全て下ろし切った。

「いいわね。やっぱり早いわ」

「ですね。これ結構早く終わるんじゃないでしょうか」

 10分後、第二陣が浜辺に乗り上げた。今回も大発には大量に載っていたがすぐに下ろし終わった。

「資材は次で最後だ。その後に嗜好品やら食料や日用品の入った段ボールがくるから下ろし作業はそれで終わりのはずだ」

 第三陣も下ろし終わり、グラーフはちゃんと注文通りに資材が届いているか確認し始めた。量が量のため秋月もそれを手伝う。暁と初雪は次の大発に備えそのまま待機した。新人三人組は何をすればいいのかわからず立ち尽くしていた。

「あ、あの私たちも手伝った方がいいですか」

 夕立が耐えかねてグラーフに尋ねた。

「ん…あー、そうだな。とりあえずは間に合っているし少し休んでていてくれないか。確認が終わったら倉庫に運びにいくからそれを手伝ってくれ」

 休めと言われても、どう休めばいいのかわからない。すると摩耶がその場にどかっと座った。

「休めって言われたんだ。休もうぜ」

 そう言われて睦月と夕立も困惑しながらもその場に座り、作業を眺める。次にやってきた大発は相変わらず満載なものの大発の数自体はさっきより半分もない。二人は手際よく下ろしていく。流石はこの地に数年前からいたもので自分達よりもよっぽど仕事が早い。下ろした荷物をグラーフのそばまで持っていき確認作業へ移った。荷物を下ろされた大発は当然母艦へと戻っていくが一隻だけ動いていなかった。

「おい、一隻戻ってねえぞ。座礁したんじゃねえのか」

 摩耶がすかさず声をかける。

「いや、あの大発に乗ってる妖精経由で物資がちゃんと全て届いていることを報告してもらうんだ。我々は直接あそこの艦娘と話せないからな」

 グラーフの言う通り残った大発には妖精が一人縁に立っていた。数十分後、全ての物資がちゃんと届いていることを確認したグラーフはその旨を妖精に伝えた。報告を受け取った妖精は艇内に戻りやっと発進した。

「確認が終わった。運ぶぞ」

 いつのまにか物資の山の近くには台車のようなものが置いてある。これに乗せて運ぶらしい。流石に台車に乗せるには一度持ち上げる必要があった。それぞれ台車に乗せると暁を先頭にドラム缶を運んでいく。倉庫というのは家の近所にあるコンテナ群のことだった。それぞれ色分けされているコンテナに資材が入ったドラム缶を運んでいく。先頭にいた暁はコンテナの扉を開けると奥に入っていたドラム缶を外に出した。

「何してるんだ」

「残ったやつを優先的に使うのよ。こうしておけば最後にこいつを入れてこのドラム缶が真っ先に使われるの」

「なるほどね」

「はい。奥からどんどん立てかけていって」

 暁の指示通りにどんどんとドラム缶が積み重ねられていく。最初の積み込みでコンテナの4分の1が埋まった。

「はい次。終わったらまた持ってくる。量は多いのよ」

「こりゃ時間かかりそうだな」

「なーに、先月より人多いんだからすぐ終わるわよ」

 とは言えそれは今までのことを知っているから言えたこと。今回が初めての摩耶たち三人にとっては砂浜に戻るたびに相まみえる資材の山にうんざりするのであった。

 

 数時間後、資材の山はすっかりなくなりすべてコンテナに収めることができた。残るは日用品などの入った段ボールだがこれは家に直接運び込むそうだ。やっと終わったと休憩していると早速夕立はグラーフに近づいて稽古を申し出た。

「やる気あるねぇ。お前もやったらどうよ」

「え、睦月はいいにゃしい…」

 ふと沖に目をやるとあの駆逐隊はもういない。おそらくもう帰ったのだろう。

「早くゲームしたい…」

「なあ、整備っていつ終わるんだ?」

「そうねえ、日が沈むくらいかしら。いつもそれぐらいに搬入が終わってちょうど家に入れるから」

 空を見てみると日は少し傾いているが沈む頃というとまだまだ角度がある。何もない砂浜で時間を唯一潰せそうな夕立とグラーフの殺陣を見ながら一同は暇な時間を過ごした。




以前の司令官に夕立はその口調こそ矯正されましたが好戦的な性格は直せませんでした。でも積極的に前に出て狙いを分散させてくれるので弾除け、肉壁としては優秀と思われていました
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。