紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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目指すべき方向

 あれが私達の目指すべき目標なのか。高い、高すぎる。摩天楼のような高さだ。

「すごい、すごいっぽい!」

 夕立は大本営の夕立に近づくなり目をキラキラさせながら言った。大本営の夕立は照れくさそうにしながら頭をかいている。

「夕立、起こして」

 初雪が手を伸ばしていた。大本営の夕立がその腕を取り引っ張り上げた。

「言ったでしょ、夕立は強いって。まさかあれを避けるとは思わなかったよ」

「あれってあの避けた先に撃ったやつですか? あれはギリギリ体が反応できただけですよ。次は避けられるか分かりません」

「避けられるだけで十分凄いよ……まああれぐらいを求めはしないよ。目標が高すぎる。残りの期間じゃどう頑張っても無理」

 私はほっと胸を撫で下ろした。この程度を求められたらどうしようかと思った。一週間どころか何年経っても到達出来ない高みを見た。

「満足した? なら続きをやるよ。そこの二人、叢雲は夕立に教えてもらって」

「え?」

「わ、私槍は扱ったことないので教えれることないと思うんですけど」

「素で夕立のほうが強いから槍の扱いじゃなくても学ぶことはあるはずだよ。それに叢雲ばかり私と戦ってたら不公平でしょ?」

「はあ、分かりました。ではやりましょうか叢雲さん」

「えぇ」

 私は生返事で夕立についていった。

 少し離れた所で夕立は止まりその場でなにか考え出した。恐らく私のことだろう。

「うーん……ちょっとそれ貸してくれませんか?」

 夕立は手を差し出した。多分私の槍のことだろう。私が槍を差し出すと夕立はそれを受け取りその場で回しだした。かと思えば何度か虚空を突いている。他にも色々使っていた。初めて使うだろうにすでに私よりも扱いが上手く見えた。

「叢雲さんの槍はこれと形が一緒ですか?」

 演習用の槍は木製の柄の先にゴム製の両刃を模したものが設置してある。対して私の偽装の槍はほぼほぼ鉄の棒といった感じで、言ってしまえば針を長くしたものと言っても過言ではない。私はそのように言った。

「ではこれと同じ形状のものを作ってもらいましょう。私の方で言っておきますね」

「え、ええ。でも艤装じゃないと深海棲艦の装甲には刃が立たないわ」

「そうですね。でもあいつは生身ですし、深海棲艦だって柔らかいところはあります。それに私だって使ってるのはただのナイフですよ」

 そう言って私に槍を返した。

「ではその槍で私を攻撃してください」

「え、えっとこう?」

 私は試しに槍でついてみた。

「いえいえ、試しじゃなくて本気で。初雪さんと戦った時みたいに。私のことは気にしないで、深海棲艦とでも思ってください」

「分かった」

 私は眼の前の夕立を深海棲艦だと思い込んだ。そして攻撃に出る。一突き、二突き。しかし相手はスルスルと避けてしまう。何度突こうが全く当たらない。

 しばらく攻撃したところで私は槍の柄を掴まれた。

「そこまで。叢雲さんは突きの速度が遅いですね。両手だと安定性は上がりますが突く時に速度が落ちやすいですよ。力がいるときはそれでも構いませんが……ちょっと貸してください」と夕立が言ったので私は素直に手を離した。「こう突く瞬間に片手を離すと直前まで安定して、かつ速度を上げれますよ」

 夕立が突き上げた槍先は一瞬のうちに顔の右側を通過した。僅かな風を感じた。

「あと、これは槍の性質上仕方ありませんが利き腕の反対側に避けられると攻撃が鈍りますね。体ごと動かさないといけませんしここは反射神経だよりでしょうか。それともう一つ。叢雲さんは突きにこだわってますがこの槍先の形状は僅かながら斬撃もこなせますよ」

 そう言って槍先を私に見せてくれた。確かに刃が両刃になっている。

「ですから薙ぎ払いとかも意識してみましょうね」

 その日は夕方演習が終わるまでずっと夕立に槍の扱い方を教えてもらった。

 

 夕方にまた私たちは集まった。すると四人は何か話し合っているようだった。短い話し合いが終わると秋月が口を開いた。

「皆さん、皆さんは南方深艦隊の旗艦である二人目の撃沈を目標とされてきたのでしょうが、正直言って今のあなたたちでは相手になりません。かと言ってこの一週間でそのレベルに立てるとも思えません」

 その言葉に誰も口答えするものはいなかった。みんな薄々感じていたのかもしれない。もしくは一番突っかかりそうな天龍が何も言わないから黙ってるのかもしれない。

「本当はこんな皆さんの士気を下げるようなことは言いたくありませんでしたがこればっかりは言うしかありません。皆さんの命をイタズラに失わせるわけにはいきませんからですが教導を放棄する気もありません。残りの五日、厳密に言えば四日間ですがなるべく教えようと思っています。何も敵は一人ではありません。艦隊と名のつく通り多くの深海棲艦を引き連れています。ですから代わりの取り巻きを相手して欲しいのです。二人目は私たちが何とかします。ですから皆さんにはサポートしてほしいのです」

 そうして秋月は軽く頭を下げた。私たちは天龍が代表して言葉を返した。

「おうよ。あんたたちの強さはこの俺様がよく知ってる。あんたらの強さならきっと俺たちは足を引っ張るだろうからな。むしろサポートをお願いしてくれるなんて嬉しいことよ。明日からもよろしくな」

 

 それから四日間はもう一人増えて五人で教導に当たることになった。またグループも分けるのをやめて、そして個人よりも対集団を意識した戦い方を教えてもらった。かと言って連携についてとやかく言うことはなかった。夕立と綾波や天龍と皐月は武器が一緒だったせいか多少連携を意識していたようだが、私と龍田は全くフリーだ。強いて言えば時折夕立と綾波のサポートをするぐらいだが、その点でも出来ればの範囲でいいという。

 秋月たちは深海棲艦になりきって砲雷撃戦のみで戦うが、あの近接戦の強さは元の戦闘力あっての強さだと痛感した。五人目の摩耶は他の四人ほどではないものの一般的な艦娘よりもよっぽど強い。重巡の砲撃はそれだけで強いというのに精確なのだから厄介極まりない。

 白兵戦を交えた演習だったがそもそも白兵戦ができる距離まで近づくのが困難だった。向こうは当然こっちを近づけようとしないしこっちが近づけば逃げていく。加えて艦載機の攻撃もあって全然近づけない。

「うわっ!?」

 突然先頭にいた天龍が爆発に飲み込まれて停止した。艤装からでた白旗は撃沈、もしくは限りなく撃沈に近い大破だ。私は天龍が砲弾に被弾したものだったが天龍はすれ違いざまに「魚雷だ!」と忠告した。今まで向こうが一切魚雷を使っていなかったためすっかり意識から離れていた。思えば向こうの編成は空母を除いて全員魚雷を装備していた。私たちはただでさえ海上の攻撃がひどいのに海中にまで注意を向けなくてはならなくなった。

 近づかないと攻撃できないのに全然近づけないので焦りが出始めた。それは他のみんなも一緒だった。だから一度被弾し始めるとどんどん被弾し始める。速度が落ち、艦載機の攻撃も当たりとうとうそれほど時間が経たないうちに全員に白旗が立った。

 

「白兵戦を意識しすぎですね」秋月は集合するなりそう言った。「皆さんは近接武器を持っていますがそれだけではないですよ。主砲も魚雷もあるんですから使える者は全て使うべきです」

「叢雲にはそう言ったはずだけどね」

 初雪が無表情で私を見た。怒っているのかどうかわからないが私は目をそらしておいた。

「白兵戦を仕掛けるまでに砲雷撃戦である程度数を減らしておくのも戦略の一つです。その方が近づきやすくなりますよ。次はそれを意識してみましょうか」

 二度目の試合。言われた通り、砲雷撃戦から始めた。でもどちらにせよ相手の方が強い。艦載機の攻撃で行動が制限されるし、そうなればただでさえ命中率の高い向こうの砲撃はほぼ必中になる。更に忘れた頃にやってくる魚雷にとどめを刺されて、結局前回と同じぐらいの早さで全滅した。

「私達が本気を出してるのが良くないのでしょうか?」

「少し張り切りすぎたかもな。取り巻きはノーマルだしもっと手を抜いていいかもしれないな」

 試合が終わってから秋月とグラーフが話し合っていた。正直彼女たちの言う通り手を抜いてくれないと攻撃が当たる気がしない。かと言って手を抜くと言われて少々不満なのも正直な心だ。

「手を抜く。難しいね」

「まあまあ。これも皆さんのためですから、ね? 夕立も頑張って手加減しますから」

「なあ、それあんまり本人達の前で言わないほうがいいんじゃね?」

「あっ」

 秋月が焦ったような顔でこちらを見た。

「いや問題はねえよ。実際そうでもしないと太刀打ちできないからな」

「いえ、皆さんの前で言うべきではありませんでしたね。すみませんでした。ではもう一度やってみましょう」

 秋月は軽く頭を下げるとすぐに他の四人を連れて離れてしまった。謝り倒されるよりかはああやってきっぱり切り替えてくれる方がよっぽど楽だ。

 

 秋月たちは宣言通り手を抜いてくれた。避けやすいし、こちらが照準する猶予もある。だが余裕すぎるというわけでもなく丁度いい具合だ。まさかさっきの二戦で実力を計ったのだろうか。今までの教導のことを考えてもすぐに調整できるとは恐れ入った。

 私は初雪を狙って砲撃していた。はっきり言って私怨だ。昨日一昨日とあれだけぼこぼこにされたのだ。これぐらいやったって何の問題もないだろう。戦略的に言い訳すれば、私のような駆逐艦は摩耶の装甲は貫けないし、グラーフは後方にいて届かない。他のみんなも秋月や夕立を狙っているし数を減らすことを優先するなら駆逐艦を狙うのは合理的な判断だ。

「当たれ、当たれ!」

「叢雲すっごい張り切ってるっぽい」

「ええ、今恨みを晴らさないでいつ晴らすのよ」

 一発二発……十発ほど撃ったところで初雪に命中した。しかし当たり所が悪かったかあまりダメージを追ってないようだ。

「夕立が中破した! あのまま大破に追い込むぞ! もう一人小破か中破させたら突撃するぞ!」

「りょ、了解!」

 出来れば初雪を大破させたいと思った私はより一層狙いを澄ました。

 結局そこから数十分かけて見事初雪を中破まで追い込んだ私たちは天龍の号令の後に突撃を開始した。向こうは二人中破に一人小破、対してこちらは真ん中にいた私が小破したのみ。手を抜かれているとは言え、圧倒的に有利な状況に持ち込めていることに興奮せざるを得ない。

 私たちは天龍を先頭に単縦陣で突撃した。砲撃能力の落ちた敵艦隊は全速力の私たちに砲撃を当てられていない。

 正面より敵艦載機群が見えた。

「正面に敵艦載機だ! 攻撃に注意!」

 艦載機までの距離と高度からあれが艦爆だと分かった。艦爆なら命中率はそれほど高くないはずだ。なるべく早く通り過ぎてしまおう。

 若干の蛇行を交えながら突き進み、ついに敵艦隊を面前にとらえた。そしてそれぞれが持っていた武器を敵艦隊全員の喉元に突きつけた。

「そこまで」

 武器を突きつけてから少しして秋月がそう言った。

「ここまでやればあとは個人の力次第ですね。さすが呉の艦娘ですね。覚えが早くて助かります」

 その日は一日中この動きを繰り返した。秋月曰く可能ならこの一連の動作をもっと早くできるようにしてほしいそうだ。だがこの日縮んだタイムは僅かに数分間のみだった。

 

 気づけばすっかり日が落ちてその日の演習は終わりを迎えた。

「今日はこれで終わりです。明日からはできるだけタイムを縮めるようにしましょう。あと三日しかないですがきっと皆さんならうまくいきますよ」

 その言葉で今日の演習を終わりとした。

 鎮守府に帰ってくると数日前に比べて幾分か人が減ったように思う。いや、実際に減っているのだ。少しづつであるが戦力が舞鶴に集合している。確か大和も今日か明日には移動するはずだ。私たちは前日ギリギリまでここに残るが他の鎮守府の特攻隊がどう動いているのか分からない。それどころかメンバーも知らない。完全にそれぞれの鎮守府で動いている。そも他の鎮守府と合わせる期間も全然なかったので今まで運用したことない近接部隊を他の鎮守府と連携させるなんてもってのほかなのだろう。

 本来ならこのようなぶっつけ本番に近い作戦はとらないはずだが、今回の作戦がどれだけ切羽詰まったものなのか私でもわかった。

「どうしたっぽい? 外眺めて固まってるっぽい」

 食堂で夕飯を食べていると不意に夕立から声がかかった。私はその声で長い思考から我に帰った。

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