気づけば最終日を迎えた。朝、提督から今日の夕方に舞鶴に移動するよう命じられた。それは秋月たちも一緒だった。さらに聞けば移動するタイミングも一緒だそうだ。
「艤装を先に送ると聞きました。なのでお昼前には終わりましょう。試合も数回しかやりません」
残りの日数で随分とタイムを縮められたと思う。一試合一時間を切ることは当たり前になった。これをどれだけ三十分まで近づけるかだ。
いつも通り数キロ離れたところから試合を始める。まず敵の艦載機が襲ってくるので対空射撃を行いながら近づく。尚且つ艦隊に向けて牽制砲撃を行う。今は誰も射程圏内に入ってないのであまり意味はないがそれでも水柱を発生させ視界の妨害ぐらいはできる。これを分担して行わないといけないのだから最初は苦労したがそこは呉としてのプライドがあった。おかげで数回でテンプレの形はできた。そこからはそのテンプレをより精確に仕上げる工程だった。しかし、ただ繰り返していては型にハマった動きしかできない。だからテンプレにするのは役割であって行動ではない。それは自分たちはともかく秋月たちもわかっていた。だから試合ごとに微妙ではあるが攻撃の形を変えたり順番を変えたりしてくれる。
「艦載機正面、頼んだ」
天龍が静かに命令した。対空戦闘は私たち駆逐艦の役目だ。秋月は全てを落とす必要はないと言った。近づきさえすれば自分たちの優位性は高くなる。だから敵の攻撃には最低限だけ対応する。問題はまだこの最低限を把握しきれていないことだ。だから気持ち多めに落としておく。それでまだ余裕があるようなら落とす数を減らしていく。そうやって調整するのだ。この調整が作戦時までに終わることはないだろうが、この戦法はきっと作戦が終わった後も有用だろう。
蛇行しながら対空射撃を行うがやはり難しい。しかしそれは相手も一緒だ。艦爆が落とす爆弾は悉く外れていく。だから最初から艦爆にはあまり注視しない。代わりに雷撃機に注意を払う。
「両舷から雷撃機が二遍隊ずつ来ている」
天龍の報告と共に私たちは視線を空から海面に移した。私が咄嗟に右を向いた。後ろの夕立は左を向き、綾波は左右のどちらかを向いたはずだ。照準も曖昧ながら対空射撃を始める。修正は撃ちながら行う。二人分の弾が飛んでいる。綾波は右に向いたようだ。雷撃機は二次元的な偏差しか求められない、かつまっすぐ飛んでくるので当てやすい。右の二遍隊は魚雷投下前に全機落とすことができた。
夕立を手伝うために左を向いたが、残り一遍隊、しかし全て撃ち落とす前に二機が上空へ飛び上がった。
「左舷魚雷二本投下されたっぽい……多分命中コースっぽい!」
「了解単横陣に変更。速度上げるぞ」
全員が天龍の右側に立ち速度を上げる。最初から全速力で行かずにある程度余力を残しておく。こういう時に避けやすくなるからだ。なおかつより近づく時間が短くなる。
夕立だけ天龍の左側に立った。そして海面を凝視し始める。夕立が魚雷の行方を追うので私たちは前方を向くだけでいいのだ。
約三十秒後、夕立の視線が後ろを沿うように変わっていった。その直後「魚雷通過したっぽい!」と言った。そして私たちはまた単縦陣に戻る。
敵艦隊との距離は一キロを切った。ここからは私たちの主砲も射程圏内に入る。それは向こうも同じで、つまりは艦隊戦が始まるわけだ。しかし私たちは一向に速度を緩めたりはしない。最優先は近づくことで、あわよくば砲撃で数を減らすことができればいい。最初はなるべく数を減らしてから突撃する形を取っていたが時間がかかるうえ、こちらが被弾リスクもある。秋月は出来るのなら別に数を減らさなくてもいいと言った。試しにその作戦で言ったところうまく言ったのでその後は同じ作戦を取っている。
ただまっすぐ突っ込むわけではなく多少の蛇行をくわえる。ほぼ最高速で動き続ける相手に充てるのは難しいがノーマルの深海棲艦と言えどもずっとまっすぐ進めば偏差は取れる。
全速力で走りながら照準するのは難しい。揺れるので精確な照準ができないからだ。だからこれは当てるというよりも牽制の意味合いが多い。また自分が狙われているというプレッシャーを相手に与えるという効果も持つ。果たして深海棲艦にそのような感情が存在しているのか分からない、考えたこともない。だが秋月曰く深海棲艦も姫級はともかくある程度の感情のようなものはあるという。
数百メートルを切ると敵も精確な砲撃というのは止め、とにかく撃ちまくるようになる。それぐらいの距離になると敵は焦ってとにかく撃ちまくる。深海棲艦も同様、らしい。ここで当たるかどうかは正直運だそうだ。めちゃくちゃに撃っている分命中率は低いが、逆に言えば四方八方に弾が飛んでいるため下手に避けると思いもよらぬ凶弾に当たってしまう。
「ぐっ!」
天龍が急にのけ反り、私たちはあっという間に抜かしていった。運悪く当たってしまったようだ。敵艦隊まで百メートルを切った。武器を持ち、攻撃態勢に入る。
見事攻撃をかいくぐり私たちはそれぞれ敵の喉元に武器を突きつけた。
「だいたい四十五分ですね」
秋月は手に持ったタイマーを見ながら言った。
四十五分は今までの中で一番いいタイムだ。私たちはお互いに喜び合った。残念ながら三十分には遠いが今はただ自分たちが成長しているという事実が嬉しかった。
「あと一、二回は出来そうです。少し休憩してまたやりましょうか」
一、二分の休憩の間、私たちはさっきの試合の反省をしていた。今回艦爆を四編隊分落としたが、それでもまだ余裕があった。加えて雷撃機への対応が少し遅れたので落とす艦爆の数を減らしても大丈夫そうだ。
「でもあの短時間で雷撃機を二機までに抑え込めたのはいいと思うぞ」
「はいはーい。夕立が一人で六機落としたっぽい!」
「お、そうなのか。流石だな」
天龍が夕立の頭を撫でている。夕立はまんざらでもなさそう、むしろ喜んでいる。よく思うがこの人、怖いか? と聞いてくる割にはあまり人を怖がらせようとしない。むしろ駆逐艦には好かれているようだ。かくいう私も天龍相手にはいろいろ話しやすい印象がある。普段遠征部隊として駆逐艦と一緒に行動しているせいだろう。逆に妹の龍田は苦手だ。いつも笑顔で話し方も柔らかなのだが。なんか怖いのだ。噂もいくつか流れている。サイコパスだのSだの、とにかく裏では残虐なことをしているんじゃないかという噂が駆逐艦たちの間で流れているのだ。
「偉いわねぇ。私も撫でてあげる」
「え、あ、や、やったー、ぽい」
龍田も夕立の頭を撫でてあげようと手を伸ばした。夕立は断れずおずおずと頭を差し出した。撫でられている間夕立の顔には笑顔が張り付けられていた。まるで静止画のように眉一つ動かさない笑顔だ。龍田は数秒間頭を撫でていたが夕立にはそれよりずっと長く感じたに違いない。
秋月が呼んだので私たちはまた試合をしに向かった。
あれから二回やったが四十五分を切ることはなかった。でも秋月は及第点だと言った。
「これぐらいなら十分通用するでしょう。では今日はもう終わりますね。短い時間でしたけど皆さんは数日前に比べると結構見違えるようになったと思いますよ。ではまた後で会いましょうね」
秋月たちとはそこで別れた。彼女の言う通り数日前とは全然違うと思う。今思えば数日前の私は自分の武器を使いこなせていなかったと思う。夕立の槍裁きを見てからだと今もまだまだだと思うが、少なくとも今までの私よりもずっと強くなっているだろう
鎮守府に戻るとドッグには明石が待っていた。
「お疲れ様。上がったらここに艤装置いてね」
そう言って指さしたところには籠のついた台車がいくつか置いてあった。私たちは彼女の言う通り海から上がると次々に台車に艤装を置いていった。
「これでいいか?」と天龍が聞いた。
「うん。大丈夫ですよ。じゃあ私はこれ持っていくんで。あ、叢雲ちゃん。あれ出来たから一緒に持っていくね」
一瞬何のことか分からなかったがすぐに槍のことだと気づき返事をした。明石は私の返事を聞くと台車を押し始めたがとても重そうだった。駆逐艦の艤装一つでもなかなかの重さがあるのでそれを複数同時に運ぼうと思ったら生身では苦労するだろう。よく見れば妖精も手伝おうと台車を押しているのが見えるがまあ無理だろうな。そう思っていると途端に台車が動き出した。
「ああ、ありがとう」
明石は押しながら足元の妖精にお礼を言った。まさか妖精のおかげなのか。
「妖精さんって力持ちなのねぇ」
龍田がそうつぶやいた。私も長くここに居るが妖精があそこまで力持ちなのは知らなかった。思えば私の艤装にいる妖精も戦闘中は給弾なんかを行っているわけで、その砲弾も妖精たちにとっては抱えるサイズあるのでそう思うと妖精というのはやはり力持ちなのだろう。
艤装を持っていく明石をしばらく見守ってからドッグを出た。鎮守府内は明らかに幾分か静かになっていた。今日までに鎮守府の三分の一が舞鶴に出立している。三分の一出払っても百名以上いる呉でも流石に普段と比べると静かだ。
私たちはその足で食堂に向かった。人が少ないおかげで待つことなく席に座れるのはいいことだった。日替わり定食を手に久々の昼食を楽しんだ。
「最近朝から夕方までぶっ通しだったから昼間に鎮守府いると変な感じがするな」
天龍がそう言うと皆共感したようで各々同意を示した。
「でも久々にお昼ご飯食べれたのは嬉しいわぁ」
龍田は相変わらず笑顔でそう言った。まあそれは私も同じだ。天龍の言葉より若干反応が薄いが皆も同じだろう。
「人がいないから食堂も静かだね」
「ええ、おかげで声が聞きやすいわ」
普段はこうやって座っても向かいの人の声すら少し気にかけないと聞こえないほどだが、今は集中しなくても聞こえるぐらいには静かだ。
「この後どうする? 夕方まで待機だけど」
「夕方と言っても何時にどこ集合なのでしょうか」
「じゅう――
「十六時に正門前だそうですよ」
思いもよらない所から声がかかった。振り返ると秋服たちが定食の乗った盆を持って立っていた。
「あ、すいません。何かいいかけてました?」
秋月の目線は天龍へと向いていた。
「いや、何でもない。言おうとしたことが被っただけだ」
「おっとそれは余計なお節介でしたね」
「そうだ。秋月たちはこの後どうするっぽい?」
「どうするって、なにかあるんですか?」
「この後夕方まで暇だからどうやって過ごそうかって話なの」
夕立の言葉だけではピンときてないようだったので私が付け足した。秋月は「あー」と声を漏らして続けた。「私達は特に決めていませんが多分時間まで部屋で過してますかね。でしょう?」
秋月は後ろに入る四人に同意を求めた。四人とも首を縦に振った。
「皆さんはどう過ごされるつもりで?」
「特に決めてないよ」
「そうですか。まあ好きに過ごせばいいと思いますよ。休息もよし、訓練もよし。作戦は明日ですから。では、私達はこの辺で」
そう言って秋月たちは離れていった。それから少しして天龍が「んじゃあ俺は部屋でゆっくりさせてもらおうかな」
「天龍ちゃんが休むなら私も休ませてもらおうかしら」
「僕は訓練しようかな。動いてないと落ち着かないし」
「夕立もそうするっぽい!」
「私も夕立さんと一緒です」
「私もそうさせてもらうわ。私も動いて落ち着かなそうだし」
私達駆逐艦が訓練で時間を潰すという形になった。
食べ終わった私達は一緒に食堂を出た。時計は十三時を指し示していた。白兵戦の練習ができるような専用の場所は無いので、ドッグ前の広場ですることにした。三十分前に向かうとして二時間半ほどか。
しばらく歩いていると分かれ道にあった。ドッグに行くにはここで別れる必要がある。
「んじゃまた後でな。余計に怪我するんじゃねえぞ」
そう言ってひらひらと手を振りながら龍田と一緒に行ってしまった。私達は互いに一瞥し無言のままドッグに向かった。途中何人にも会ったが自分たちの話に夢中で誰も私達と目が合わなかった。
ドッグに着いたところで工廠に行かないと武器がないことに気づいた。そのことを言うと皐月も同様に思い出したようで自分と一緒に着いていくと言った。
工廠に行くと明石が何か作業をしていた。工廠の中はいつも何かの機械が動いていて騒がしい。
「明石さん!」
めいいっぱい叫ぶと少し遅れて明石がこちらを向いた。
「あれ、二人ともどうかした?」
「出発まで暇だから練習でもしようと思って。それで武器を取りにきたのだけど」
「模造の奴?」
「ええ、皐月のもお願いできるかしら」
「オッケー、ちょっと待っててね」
そう言って明石は工廠の奥に入って行きすぐに槍と刀を持って出てきた。
「はいこれ。三十分前には返しにきてね」
「ええ、そのつもりよ」
「ありがとう!」
「いやいや、そっちこそ頑張ってね」
私と皐月は武器を受け取ってドッグに戻った。