広場に戻るとすでに綾波と夕立の二人が組手をしていた。本気でやっているようだが怪我をしない心配だったので止めようと思ったが止めた。多分二人なら大丈夫だろうし、あと面倒だった。
皐月が二人に感化されたのか「僕たちもしない?」と言ってきた。本当は素振りをしてようと思ったが、それだけで数時間過ごせる気もしなかったので、私は皐月の提案に賛成した。
「どうやろうか」
「そうね……大体ここら辺かしら」
私は皐月から数歩離れて振り返り槍を突き出した。皐月も同様に刀を前に突き出した。丁度両方の刃先が交わるぐらいの距離だった。
「これぐらいで丁度いいね。勝敗はどうする?」
「先に体に勝てた方に一点。手足はノーカン、でいいんじゃない?」
「おっけー……じゃあ行くよ!」
皐月の掛け声とともに私も動いた。皐月は一歩詰め寄るが私は一歩下がる。槍は中距離に強いが先にしか刃が無い分詰め寄られると弱い。だからなるべく距離を保つ。皐月は近づくことを優先しているみたいだ。私は近づかれないように素早く攻撃を繰り出した。
ある攻撃を皐月は大げさにはじいた。私はやばいと直感した。派手に打ち上げられた槍と腕は戻るのに時間がかかる。私と皐月の距離は僅か数歩だけ。はじいた皐月はノンストップで私に詰め寄ってくる。しかし運が良かったのかはじかれた反動で槍が回転し、柄が前方に回って来た。皐月はそれを避けようと横に飛び退いた。バランスを崩しそうになりながらも耐えた。
「やるねえ」
「そうでしょ?」
完全に偶然だったが、運も実力のうちと言う。さっきの方法は覚えておこう。咄嗟にできるかはともかくとして。
一度仕切り直しになった私と皐月は再び睨み合いから始まる。どちらも仕掛けようとしない。受け狙いだ。ならば今度は私の方から攻めよう。右側に傾けば。皐月から見て左。多少リーチが落ちる。さらに体を横にし、柄の付け根近くを持って片手で突く。相手から見える面積を減らし、かつリーチをさらに伸ばして素早く突く。まさに攻守一体だ。
腰の部分を狙った突きは防御しにくい。皐月は迷いなく防御より回避を選んだ。左に避けたが私はそのまま体を回して追う。
「いてっ」
回避した後の硬直に私の攻撃は上手く刺さった。皐月は軽い悲鳴を上げた。
「あー、負けちゃった」
「運が良かったわ。槍が回ってくれなかったら私が負けてたもの」
「あれたまたまだったの?」
口が滑ってしまった。私は咳払いをして誤魔化し「次を始めましょうか」と言った。
偶然は偶然だった。いつまでも運がいいわけではない。むしろ長く続いた分、反動が恐ろしい。
皐月に勝てたのは最初が最後だった。五、六回程連続で戦ったがいずれも負けた。皐月が小さいからか、それ故の素早さか槍を簡単に避けてしまうし、僅かな隙を突かれて接近を許してしまう。近づかれてしまうとまるで何もできない。成すがままに刃を立てられる。
「いてて」
私の槍は刃がゴム製になっているが皐月の模造刀は普通に金属なので当たると痛い。せめて木刀とかにしてほしかったがここには無いので仕方がない。
「ちょっと休憩しましょう」
私は脇腹、特に当てられた右の方をさすりながら言った。まだ少し痛い。皐月は快く了承し刀を下げた。
「少しは加減しなさいよ」
「ごめんごめん。でも割と加減してるよ?」
「あれで? 結構痛いんだけど」
「だって重いんだもん。力を入れないとまともに振れないよ」
「だとしても生身には痛すぎるわよ。直前でスピード落とすとかできないわけ?」
「僕はそんな器用なことできないよ。叢雲が避ければいいだけじゃん」
私は続ける言葉が見つからなかったのでそのまま黙り込んだ。会話の途切れた私たちは必然と未だ手合わせしている夕立と綾波の方に目が行った。二人とも激しくぶつかり合っている。素人の私たちには一体どう動いているのか良く分からない。どっちが優勢でどっちが劣勢なのか分からないほどだ。ずっと見ていても飽きない。
「ねえ、どっちが勝つと思う?」
皐月が突然聞いて来た。
「そうね……夕立じゃない?」
「僕は綾波だと思うな」
理由は互いに聞かなかった。聞かなくても予想できる。夕立はもともと好戦的な性格で戦闘でも激しいところがあった。綾波も普段はお淑やかに見えるがいざ戦闘が始まると一変して積極的に敵に攻撃を仕掛けていく。肉薄にも臆さない。だから正直言ってどっちが勝っても不思議ではない。私は何となく夕立が勝つかなと思っただけだ。
多分数分ほど眺めていただろうか。突然二人は動きを止めてしまった。肩で息をしている。
「あー、疲れたっぽい!」
夕立が上を向いて叫んだ。そしてそのまま地面に尻餅をついた。綾波も声は発さなかったが、荒い息を整えながら制服をパタパタと扇いでいる。
「二人とも何見てるっぽい?」
私たちの視線に気づいた夕立が足をぶらぶらさせながら聞いた。
「どっちが勝つかなって二人で話し合ってたの」
「別に夕立たちは勝負してないっぽい」
「え、してなかったの? 明らかに戦ってたけど」
「ただの手合わせですよ。勝敗のつくようなことはやっていません」
「なーんだ」
「二人はしてたっぽい?」
「してたよ」
「どっちが買ったっぽい?」
「僕」
皐月はドヤ顔をしながら自分を指さした。私は真顔で顔をそらした。
「叢雲弱いっぽい!」
「うっさい」
目の端で夕立が自分を指さして笑うのが見えたが、私は顔をそらしたまま文句を言った。夕立を選んだのを後悔しそうだ。
「私はそもそも近接戦闘は苦手なんだから」
「いっつも槍持ってたのに?」
「あれは……飾りよ。多分」
「え、そうだったの? ていうか今多分って言ったよね」
「だって知らないもの。気づいたらずっと持ってたし。艤装の一部だし、ただの棒だし、持ってたってせいぜい多少アンテナの指向性が良くなるだけだもの」
「衝撃の事実なんだけど。結構一緒にいたけど知らなかったよ」
「誰にも言ってないんだもの」
「あ、あの、せっかくなので交代で手合わせお願いできますか?」
場の空気の悪さを察したのか綾波が声を上げた。実際私はそれを感じていたが、他の二人はそんなこと察してないだろう。だからか無邪気に綾波の提案に賛成した。
「よーし、じゃあ向こうでやろうよ夕立!」
「やるっぽーい!」
皐月と夕立はさっさと離れてしまった。
「私達もやりましょうか」
綾波が静かに近づいて私に言った。私は一言「ええ」と言って綾波の後ろについて行った。
気づけば十五時も半分を過ぎようとしていた。ふとドッグの中に見えた時計がそんな時間を指しているように見えて確認してみるとそうだった。
「そろそろ行かない?」
私は振り向き、後ろの時計を指さしながら綾波たちに声をかけた。
「もうそんな時間ですか」
「うん。私は皐月と一緒に工廠に行ってから向かうから先に行ってて」
「分かりました」
綾波たちと別れて皐月と工廠に向かった。日はすでに赤くなり始めていた。夏も終わりに向かいだしている。
「天龍たちと合流しないとね」
「入口に行ってるでしょ」
「そっか」
工廠に近づくと同時に作動音も比例して大きくなっていく。開け放たれている工廠の入口から明石の名を叫ぶと、やはり機械の影から顔を出した。私たちは明石に武器を返しすぐに正門に向かった。
正門には一台のマイクロバスが止まっていた。側には大淀の姿もあった。時間はまだ十分程余裕があった。
「こちらに乗ってください。席は自由です」
大淀は私たちにそういった。その言葉にしたがってバスに乗り込むと運転手らしい男と、綾波たちの姿があった。天龍が私たちの姿を見て右手を上げた。席は自由だというので適当に窓側に座った。窓はカーテンで遮られていて見えなかった。
私が座ってすぐに、新たにバスの乗り込む人影があっ秋月たちだ。彼女たちもまた適当に座っていた。
恐らく十六時を回った頃、大淀がバスに半身だけ乗り込み運転手に何かいうと降りた。その直後ドアが閉まり、動き出したのが分かった。
「これから舞鶴に向かいます。到着予定時刻は十二時になります。なお窓のカーテンは開けないでください」
運転手の音声がバスに響いた。夕立が嘆いた声がした。私たちは基本的に秘匿扱いだ。存在は公開されているがそれ以外は公開していない。だから下手に姿を晒さない。とは言っても夕立の気持ちもわかる。これから八時間同じ風景を見続けないといけないのだから。カーテンを開けてはいけないと言われた時は正直私も内心がっかりした。車内は思ってたよりも騒がしかった。前からも後ろからも、すぐ横からも話し声が聞こえる。
「叢雲もこっちおいでよ。一人でぼーっとしてるより話してた方が暇しないって」
皐月が手招きしている。素直に従おうと思った。ただ走行中に立ち上がるわけにはいかないので席を一つ移動した。
「なんの話ししてたの?」
「舞鶴ってどんなところかなって話してたっぽい」
「誰も行ったことなかったの?」
「そうなんですよね。だから舞鶴はどんなところか誰も知らないんですよ。昔もどうやら違ったみたいですし」
「本土の鎮守府なんてだいたいどこも一緒なんじゃないの? 規模は多少違うかもしれないけど」
「えー、でも内装とか違うんじゃないの?」
「そんな変わらないわよ」
「知ってるみたいな口ぶりっぽい」
「前にね、佐世保まで行ったことがあったのよ。構造は違ったけど、大きなところは変わってないし本当細かいところしか違いなかったわよ」
「えー、つまんないっぽい」
「遊びに行くわけじゃないんだから。あ、でも――」
「なになに?」
私が言いかけると夕立が食いつくように、実際浮足立って聞いてきた」
「食堂のメニューは違ったかしら」
「一番うれしいやつじゃん。それだけでも十分楽しみになってきたよ」
「んー、まあ確かにそう考えたら楽しみかもね。私も舞鶴行ったことないし」
私も舞鶴の食堂のことを考えて少しワクワクしてきた。
色々なことを話した。作戦のことだとか、終わったあとだとか。気づけば話すより聞くほうが増えてきた。そして気づけば寝てしまったらしい。バスが止まる音と運転手の「到着しました」という声で目が覚めた。
頬杖をついて寝ていたらしい。顔を上げると手首が痛んだ。横から欠伸をする声が聞こえた。皐月も寝ていたようだ。というか皆寝ていたらしい。後ろからも天龍が背伸びをする声が聞こえた。ただ秋月たちだけはさっさとバスから降りて行った。
まだ少し残る眠気を押さえながら降車すると、車内との温度の差で一気に目が覚めた。もう夜中なら肌寒くなってきた頃だった。
「寒っ」
皐月たちがそれを実感する声も聞こえた。
外は真っ暗だったが正門の周りには街灯がついていたので見えなくはなかった。
「皆さん長い道のりお疲れさまでした」
声のした方向を見ると大淀の姿があった。舞鶴の大淀だ。
「皆さんお疲れかと思いますのでお部屋まで案内いたします。作戦については本日〇五〇〇より全体説明を行います。それまで艤装をつけての待機をお願いします。それではこちらにどうぞ」
大淀が先導して鎮守府に入っていく。艤装をつけて待機と言ったが、その艤装はどこだろうか。正門前には見当たらない。秋月たちがそれについて言ったので私たちも少し遅れて中に入った。舞鶴鎮守府の外装は残念ながら真っ暗で何も見えなかった。ところどころにある街灯でうっすら壁が見えるぐらいだ。きょろきょろと観察してみたもののやはりあまり良く分からなかった。朝にならないとだめだろう。
大淀が案内してくれた建物は唯一廊下の光が漏れているところだった。入り口の前には艤装が並べられていた。なるほどここでつけるのか。私たちはそれぞれの艤装を装着したのちに、大淀によって中に案内された。内装はやはり私が思った通り呉と遜色なかった。
「呉の皆さんはこの二部屋をお使いください。どう使われるかは自由で構いませんよ」
「んじゃあ、軽巡と駆逐艦組で分けりゃいいだろ。お前らもそれでいいか?」
「いいよ!」
「いいっぽい!」
元気な二人に合わせて私と綾波も簡単な返事と一緒に首を縦に振った。
部屋に入る直前、大淀が秋月たちを案内するときに聞いた声が最後に気になった。
「それでは懲罰部隊の皆さんは——」
「懲罰部隊?」
部屋のドアが閉じてしまった後、私は静かにその言葉を復唱した。懲罰部隊とはいったい? だがその疑問は私の中では初めて来た舞鶴に対する好奇心と普段とは違う部屋の匂いによってかき消されてしまった。