日がそろそろ沈もうかという頃。さっきまで明るかっただろう砂浜はいつの間にか暗くなりかけている。ずっと夕立とグラーフを見ていたせいで気づかなかったのかもしれない。二人は未だ元気に戯れあっている。ずっと稽古と言ってナイフの扱い方を教わっているが本当にナイフを使うのは危ないので手刀でやり合っている。何かプラスチックの刃みたいなちょうどいいものがあればいいにだが生憎そんなものはなかった。どうやらひと段落ついたようでこっちへ来る。艤装もつけず数時間ぶっ通しでやっていたのでひどく息が切れていた。
「よく続くわねぇ。もう真っ暗よ」
「そうみたいだな。いや、すっかり夢中になってしまった」
「早く教わったことを実践したいです!」
夕立も息が切れているが目はキラキラと輝いていた。
「数時間でそんなうまくなれるわけないでしょ」
「私はその場で色々と考えたからやっぱり教えるのは難しいよ。その場でやりながら教える方がいい」
「実戦至上主義ですか」
「まあ皆んな誰かに教えてもらったわけじゃないから」
「なあ、まだ家に入れないのか。もう日は暮れてるぞ」
「今月から三人増えたからその分時間がかかっているんだろう」
「それじゃまだまだかかりそうですね」
「せめて隣の家で待機とかできないのか。あっちも一応鎮守府扱いだろ?」
「無理よ。あそこは今埋まってるわ」
「埋まってるって…誰か使ってんのか?」
「誰ってそりゃ補給部隊が」
「補給部隊ぃ?あの大発寄越した奴らか。なんで。あいつら帰ったんじゃないのか」
「明石の護衛も兼ねてるからな。整備が終わるまで帰れないんだよ。だからそれまで待機してるんだ」
「なんでそいつらが室内待機であたしたちが屋外待機なんだよ」
「だって補給部隊は大本営所属なんだもの。それぐらいしないと今後物資回してくれなくなるわ」
「は?あれが大本営?」
「そうよ。あなた達だって一度大本営に送られたでしょう?ここって実質大本営の直轄地なの」
「へぇ、じゃあ睦月達は大本営の艦娘ってことにゃし?」
「うーん…まあそういうことになりますかね」
「うわぁ!大出世にゃしい!」
「ポジティブですねぇ」
「あれぐらい楽観的な方がいいわよ」
「そうですか?」
「そうよ。にしても遅いわね。艤装つけてないからいい加減お腹すいたわ」
朝からぶっ通しで作業を続けていたので当然食事は取っていない。この場の全員が空腹であった。
それからもずっと待ち続け、やっとのことで司令官がやってきたがその頃には完全に真っ暗になっていた。
「おーい。お前ら、もう入っていいぞ」
「やっと終わったの。遅いじゃないの」
「そりゃ一気に三人も増えたからな。整備にも時間がかかるさ。それに誰かさんが主砲を派手に凹ませやがったからな」
彼はさりげなく夕立の方を見た。彼女は申し訳なさそうに項垂れる。
「はあ、とりあえず帰ったらご飯よご飯。お腹すいたったらありゃしないわ」
「荷物は忘れて行くなよ」
一人一つずつダンボールを持っていく。これもかなりの数あるので家に運び入れるだけで時間がかかるし、その上で食料は冷蔵庫に、日用品はそれぞれの場所へ置いていかなければならない。結局全ての作業が終わる頃にはすっかり夜も更けてしまった。
彼女は海の上にいた。一人水面に座って何かを探しているように思えた。
「あった…」
少女は探し物を見つけたようでうれしそうに言った。
「これが…戦艦大和」
「海域の敵情視察…」
今朝大本営から令がきた。内容はそのまま偵察だ。どうやら彼の報告はちゃんと大本営の耳に入っていたらしく彼らは今の状況を何かの予兆と捉えるのではなく奪還の絶好のチャンスと捉えたらしい。現在敵の異常な湧きが確認されているのは鎮守府近海の制海権が取れている範囲だ。これがそれよりも先で確認された場合、懲罰部隊を以て奪還をするというのが筋書きだろう。彼自身としては単なるチャンスとは思えないが大本営の命令に逆らう度胸はない。
彼は早速リビングに全員を呼び出した。
「大本営から勅令がきた。南方海域の敵情視察だ」
「奪還作戦でもするつもりなのか」
「勘が鋭いな。詳しいことは書かれてないが恐らくそうだろう。というわけだ、早速今日からしてもらう」
「南方海域ってざっくりね。ここだってそうじゃない」
「とりあえずここいら近海以外だ。お前らの索敵次第で今後の作戦が決められる」
「うわー、責任重大ですね。なーんでそんなものをここに頼むんですか。自分達でやった方が信頼できるでしょう」
「自分で言ってて悲しいわねそれ」
「大本営にそんなことをしている暇はない。そういう雑務はお前らの仕事だろうが。そもそもお前らに拒否権はない。やれと言われったら素直にやれ」
「はいはいそうですね。で、どこまで」
彼は一枚の海図を広げてみせた。マーシャル諸島のある一点が赤丸で示されている
「ここが俺たちのいるところだ。ここから扇状にソロモン諸島までやってくれ」
「え、あそこまで?遠くないかしら」
「これ私たちもやるんですよね」
「ああそうだ」
「グラーフさんの航空機ならともかく私たちも燃料持つんですか?」
「心配するな。そこら辺はちゃんと考えている。分かったなら哨戒艦以外に偵察隊を決めるぞ。グラーフの護衛をローテーションでしてもらう。期間は今日から約二週間だ」
「今日の哨戒は…」
「睦月と夕立ちゃんにゃしい」
「ああ、貴方達ね。今回は助けられないわよ」
「いいえ!もう大丈夫です!助けられてばかりの私たちじゃないですから!」
「それならいいけど」
「それじゃ解散」
睦月と夕立が哨戒に出た後偵察隊も出撃準備をしていた。
「…これがその燃料を持たせる作戦か」
「まあなんとなく予想はしていたけどね」
彼女達の艤装には多くのドラム缶が搭載されていた。どれにも燃料が満載してある。
「でもこれはこれで多すぎないかしら」
彼女達にはドラム缶が搭載されている上に、さらに何十缶も搭載されたボートも曳航するようにしている。
「ああ、載せたドラム缶の殆どは航空機用だからな」
「あ、そうなのか?」
「船より航空機の方が索敵しやすいだろうが。お前らはただグラーフの護衛をしてればいい」
「なるほど。分かったわ」
「んじゃ行ってこい」
彼の雑なお見送りでグラーフ、暁、摩耶の三名はソロモン海へ向けて出港した。
途中哨戒に出た二人に会いながら何事もなく目的海域まで近づいた。制海権が取れてるギリギリのところまで進んでから発艦作業を始める。グラーフが作業している間二人は近くに敵がいないか前後に分かれて警戒する。幸いというべきか何事もなく作業は進み無事発艦が開始された。普段の数倍の量の航空機が飛び立つ。その全てが索敵機や戦闘機である。
「うちにあんな量の飛行機あったかしら」
「先日補給日に届いたらしいぞ」
「え、そんなのあったかしら」
「明石が直接渡したらしい」
「はー、なるほど」
「にしても壮観だな。なんか見つけてくれるといいが」
「何言ってんの。何も見つからない方がいいのよ」
「あぁそうか、そうだったな」
「よし、それじゃ一時間後に次を飛ばす」
「え、まだ飛ばすの?」
「ああ、たくさんある。空母一隻で索敵するんだ。あんな量じゃ足りない」
「なあこれ燃料足りるのか」
あれだけドラム缶をたくさん持ってきたというのに何十機、いやもしかしたら百機近いかもしれない航空機には足りないんじゃないかと思えてきた。
「あなたそんなに飛行機積めたっけ」
「全部戦闘機や索敵機だからな。折りたたんで詰めたら案外行けたぞ」
「あー、そう」
第一陣が全て発艦してしばらくはなんの報も入らなかったが、約30分後続々と敵艦発見の報せが入ってきた。しかし普段の数倍以上もの報告の量に流石に追いつけなくなってきた。
「ん…んん…あー、すまない少し手伝ってくれないか」
「何?」
「報告が多すぎて捌ききれん。二人の方でも少し受けてくれないか」
「まあいいぜ」
「すまない鉄底海峡の辺りはやっておくから二人はそれ以外のところを頼む」
「分かったわ」
グラーフの索敵隊に無線を解放すると、わっと報せが入ってきた。水雷戦隊に機動部隊、補給部隊に加えて小鬼群までも報せが入ってくる。普段の何倍もの情報が入ってきて、処理する通信妖精達はかなり苦労しているだろう。自分達にも送られてくる情報は聞こえるがその全てがモールスかつ暗号のため解読が間に合わない。かろうじてところどころわかるもののとてもじゃないが他者に報告はできない。
おそらくだが暁の方にはブーゲンビル島付近の情報が送られてきている。
「……量がとても多いのだけど」
「それほどソロモン諸島には敵が多いんだ。どうだ何か変わったことはあるか」
「んー、ブーゲンビルに特に変わりはないかしら。案の定エリートとフラグシップがウヨウヨいるみたい。ただたまーにノーマルもいるわ。詳しいことは妖精から聞かないとダメだけど」
「了解した。摩耶の方はどうだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。情報が多すぎる…」
「ゆっくりでいい。何か特徴が有れば教えてくれ」
「えっと…そうだな……ダメだ分からん」
「だらしないわねえ。それぐらい処理しなさいよ」
「んだと?」
「こらこら喧嘩するな。前みたいになるぞ」
流石にまた顔面を殴られるのは遠慮したいところだ。暁もまた閉じ込められるのは嫌なのかそれ以上は何も言わなかった。
その後も送られる想像以上の報告に予定していた第二次偵察隊の発艦は中止し一度戻らせることにした。偵察機達が戻ってくる間に三人は整理した情報を共有する。
「…ブーゲンビル島付近はやっぱりエリート以上がほとんどよ。ただごくごくたまにノーマルもいるみたい。大体1割ぐらいかしら」
「あたしのとこはサンタ…なんとか?って場所らしいがエリートにフラグシップがたくさんだ。ただたまにノーマルもいるみたいだ。ざっと3割ぐらいだな」
「ふむ…私はアイアン・ボトム・サウンドを中心にソロモン諸島の端っこまでやってみたが二人よりもノーマルの割合が多いな。半分以上がノーマルだ」
「つまり単純に考えればアイアン・ボトム・サウンドを中心にノーマル艦が湧いてるってこと?」
「まあそうなるな」
「へんねぇ。あそこって言ったら逆にフラグシップが大量に湧きそうなものなのだけど」
「あともう一つ不自然なことがあってな。姫級が見つかってないんだ」
「あっ、そういえばそうね」
「?なんかおかしいのか」
「何言ってんの。南方海域が魔境って言われる所以の一つよ。特にアイアン・ボトム・サウンドは他の海域よりも圧倒的に姫級が多く湧くの。常識よ」
「そうなのか。すまん。あたしまだそんな長く艦娘やってないんだ」
「あらそうだったの。じゃ覚えておいてね」
「可能性は低いが見落とした可能性もある。また偵察隊を出すから今度は注意深くやってもらおう」
そしてまた偵察を開始したものの結果は同じような結果となった。
2回目の偵察を以てだいぶ日も暮れてきた。夜になると航空機による索敵は難しい。また船による索敵も潜水艦が航空機では見つけることがかなり困難なためそれも危険だ。つまりは今日はもう帰投する。
何事もなく帰投し、偵察結果を司令官に報告する。
「姫級がいない、か」
「ああ。ノーマル艦がいることも異常だが、その事が一番異常と言っていいだろう」
「そうだな。だが、1日だけでは信憑性も低い。大本営の判断を早まらせるのは得策ではないからまだ報告はしないでおこう。明日からも引き続き頑張ってくれ」
「明日は私たちじゃないわよね」
「ああ、護衛はまた明日変える」
「よかった…もうあんな報告地獄は勘弁だぜ」
「報告は以上か?それでは下がって良し」
「失礼する」
「失礼するわ」
「失礼するぜ」
三人は一階へと降りた。哨戒に出ていた二人は既に帰ってきておりソファでくつろいでいた。
「あ、お疲れ様です」
夕立がいち早く気づき三人に声をかける。
「お前もな。どうだ、変わったことはなかったか」
「はい。いい練習になりました!」
夕立は満面の笑みでナイフをかざした。グラーフと暁はそれに穏やかな笑みを浮かべていたが、一方で摩耶はしっかり引いていた。グラーフの言った通り実戦による練習うまくいったようだ。夕立はそのままグラーフに色々聞き出した。おおよそナイフの使い方らしい。因みに引いているのは摩耶だけでなく、むしろグラーフと暁だけが笑みを浮かべておりそれ以外はゲームに熱中する初雪を除いて皆引いていた。
マーシャル諸島に暁達がいるような島があるかどうか知りませんが、あるということにしといてください。
大和を見つけた少女を出すのはいつになるだろうなあ(遠い目