紫色の曼珠沙華をあなた達に   作:猫又提督

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 翌日のこと。暁は一人部屋の整理をしていた。司令官曰く大本営他、各地の鎮守府から艦隊が集結するそうだ。そのためにここの家を全て貸し出すそうで、全員部屋の掃除と私物を全て持ち出すように言われた。そもそも私物なんて数はないので掃除だけで済む。彼女が借りているこの部屋は恐らく少女の部屋だったのだろう。それもきっと幼かったはずだ。引かれているカーペットはピンク色で、そのほかにも元からあった家具もピンク色が目立つ。今元の所有者達はどうしているだろうか。少女だってもう成人しているのかもしれない。それほどこの戦争は時間が経っている。

 彼女は数少ない私物である漫画を数冊持って部屋を出た。丁度夕立と睦月が同じ部屋から出てきた。そういえば二人は相部屋だったか。二人とも手には何も持っていない。私物はなさそうだ。

「あら、二人とも掃除は終わったの?」

「はい。掃除するにも物特にないので」

「暁さんは何を持ってるんですか?」

「漫画」

「え、なんで漫画持ってるんですか」

「ちょっとね。補給リストを送る前に司令官の部屋に入って書き加えたの」

「そんなリスキーな…」

「これ考えたの初雪ね。彼女これでゲームたくさん持ってるわよ」

「バレないんですか?」

「昨日ちょっとバレかけたわね」

「もうやめといたほうがいいんじゃ」

「えー。だって漫画読みたいし」

 夕立は少し呆れたような顔をした。ちょっと前まで暁に対して尊敬の眼差ししか見せなかったのにここ数日で彼女への評価が下がったのか最近はあまり相手にされない。睦月は何やら考え込んでいるようだ。

「どうしたのそんな考えて」

「あ、いや。その方法があったのかと」

「何か欲しいものでもあるの?」

「お菓子が欲しいなって」

「お菓子ぐらい直接言ったら?それぐらいなら司令官も許してくれるでしょう」

「…なんか『貴様らにやる菓子なんてない』って言われそうで」

「確かにそうかもね」

「廊下で何話してるんだ?」

 三人の会話を聞こえたのかグラーフが部屋から出てきた。手には一つの紙袋が下げられている。

「あら、あなたもも終わり?早いのね」

「ものがないからな。お前は多そうだがな」

「たかが漫画が数冊よ。あなたこそそれナイフでしょ。袋にまとめるほど持ってたの?」

「昔はもっとあったんだ。深海棲艦の装甲に突き立てることもよくから刃がすぐにダメになるから予備を結構持ってたんだ。今はこれぐらいしか持ってないがな」

 グラーフは紙袋を持ち上げた。中からガサッと音がする。

「夕立も装甲には突き立てないようにな。すぐに刃が折れるぞ」

「はい!」

 グラーフに対してはなんともいい返事をする。なんだか寂しくなった彼女は一人先に階段を降りた。

 下に降りると玄関から秋月から声がかかった。

「あ、暁さん。終わったんならちょっと手伝ってくれません?」

「んー。もう終わってたの?早いわね」

「暁さんみたいに私物は一つもありませんからね」

「あなたも何か頼めばいいのに」

「いいですよ。私は何もいりません」

「真面目ね〜」

「私はこれでいいんです。いいからそれ置いてテント運ぶの手伝ってくださいよ」

「これは大切なものなのよ。それ呼ばわりは聞き捨てならないわ」

「いいから。摩耶さんもやってるんですから」

「え、摩耶が」

 意外だ。摩耶はこういうのは嫌がる性分だと思っていた。渋々暁も漫画を置いて秋月を手伝いに外に出る。と、上から誰か降りてきた。睦月のようだった。

「あら、夕立は一緒じゃないの?」

「夕立ちゃんはグラーフさんと盛り上がって睦月は蚊帳の外なんで降りてきました」

「じゃ、あなたも手伝って」

「およよ。なんですかなんですか?」

「テント運ぶらしいから一緒にお願いできるかしら」

「了解です!」

 睦月と一緒に玄関を出るとそれぞれ一つずつテントを受け取った。

「これどこ持ってくの?」

「あそこですよ。ほらあの公園」

「公園…?ああ、あそこね」

 ここからしばらく歩いたところに広場がある。鎮守府の敷地ギリギリにあるのだが彼女達はそこを勝手に公園と呼んでいる。だが何かしらの遊具があるわけでもないしベンチもないただの広場だ。

 

 あまり外に出ない暁には数ヶ月ぶりの場所だが道は覚えていた。そこでは摩耶が一人胡座を書いてテントを横に説明書と格闘していた。

「どう、捗ってる?」

「あ…?これを捗ってると言えるんならな」

「難儀してるわね」

「そうだよ。説明書になんて書いてんのか全くわかんねえ」

「絵でなんとなくわかるもんじゃないの?」

「いや絵だけじゃわかんねえって」

「どれ見せてみなさいよ」

 暁が摩耶から紙を受け取り確認してみる。恐らく英語であろう文字がびっしりと並ぶ合間に絵も差し込まれている。もちろん彼女は英語が読めない。しかしこれなら十分たてれそうだ。彼女は絵に従ってテントを組み立てていく。十分ほどで組み上がった。

「すげえな」

「これぐらいどうってことないわよ」

「ちょっと、いつまで経っても次取りに来ないかと思ったら何してるんですか」

 暁が威張っていると後ろから声がかかった。秋月がテントを持って立っている。その後ろにはグラーフと夕立の姿も見える。それぞれ何かしら持っているようだ。

「テント組み立ててたのよ」

「今はまだいいですよ。早く荷物運び出さないと家に入れなくなりますよ」

 司令官は本土の艦隊が来ている間彼女達には一切近づけないと、だからそっちも近づこうとするなと言ってきた。本土の艦隊が家に泊まる以上彼女達は作戦期間中家に近づくことができない。今のうちに荷物を運び出さなければない。食料や、艤装でさえも。必要なものは案外沢山あるのだ。

 急ぎ荷物を運び出す。やがて公園には乱雑に色々なものが置かれていた。キャンプ用具から数週間分の食料に彼女達の艤装。しかしその半分を占めるのは初雪が所有しているゲームである。

「初雪…お前こんなに持ってたのか…」

「これぐらい必要」

「これ全部遊べているんですか…?」

「当然」

 いつもリビングでしかゲームをしている姿を見なかった。1日のほとんどをリビングで過ごしている彼女がいつ携帯ゲームをやっているのかはわからないが、数十本もあるソフトを全て遊んでいるらしい。

「やるか?貸してやろう」

 そしてなぜか数台持ち歩いている。ゲーム機を差し出された夕立は顔を引き攣らせながら受け取った。

 

「…そういえば、これ私たちどうやって司令官と連絡取ればいいんでしょう」

 各々がテントを組み立てているとふと秋月がそんなことを言った。本土からは各地の艦隊と共にそれぞれの司令官もやってくるそうだが、うちの指揮官も家で指揮を取るそうだ。彼が指揮を取るべき艦娘は外でテント暮らしだというのに司令官一人だけ家にいては意味がないはずだが。

「艤装の無線で取ればいいんじゃない?」

「いちいちこれ背負うんですか。面倒な」

「それぐらいしかないじゃない。司令官がここに来るわけがないし」

「それはそうですけど」

 暁は先ほど立てたテントの前で椅子を広げて座りながら漫画を読んでいた。

「…終わってるなら手伝ってもらっていいですか」

「え、やだ。面倒くさい。私もう終わってるもん」

「じゃあせめて焚き火の準備とかしてもらってもいいですか。暗くなるとあれなんで」

「うーん、まあそれぐらいなら」

「何がそれぐらいですか」

 彼女はだるそうに立ち上がり焚き火の材料になりそうなものを取りに行った。しかし、ただの広場に焚き火の材料になりそうなものは落ちている枝ぐらいしかない。火を囲うのに手頃な石があればよかったのだがせいぜい小石ぐらいしか落ちてなく、握るのには手頃はいい。あれもダメ、これもダメと選んでいるとだんだんこれでいいかと適当になっていく。ある程度集めたところで戻ると、すでにほとんど組み上がっていた。

 丁度真ん中を開けるように円形に組まれたテント群、その中心に集めたものを放す。妥協してからかなりの数の石を集めたがいざ置いてみるとやはり小さすぎるものが多い。結局使えそうな石は10個にも満たない。数少ない材料でなんとかそれっぽいものを組み立てた。一応薪となる枝を組んだが火をつけるにはまだ明るすぎる。家からは遠いはずのこの場所ではすでに到着しているはずの艦隊の声も聞こえない。実に静かな時間が彼女達の間に流れる。各々、好きなように時間を過ごした。暁は漫画を読み、初雪はゲームをしている。夕立とグラーフは訓練のつもりかナイフの素振りを行い、摩耶、睦月、秋月はその様子を眺めている。

 ふと誰かが近づいてきた。白い服で高身長とまではいかないほど。よくみるとそれは司令官だった。彼は少し疲れた様子で来る。少し息も切れているようだ。

「お前ら、こんなところにいたのか」

「どうしましたか。何か問題でも」

「大本営の方がお前らを見てみたいんだと」

 彼から放たれた言葉はまさに寝耳に水。まさかお偉いさんが自分達のような埃を見てみたいとは。全員が耳を疑った。

「はぁ…何故」

「南方海域で制海権を維持し続けられている艦娘達が一体どんな姿なのか気になると仰った。全くお陰で俺はお前らを探しに行かんといけなかったんだぞ。わかったら来い」

 いまいち納得できないが、来いと言われているならそれに従うしかない。全員直ちにその場を移動した。

 見慣れた家が見えると、その周辺には見慣れない姿が多数あった。他所の艦娘達だろう。皆一様にしてこちらを見てくる。

「こんなに注目されるのは初めてね」

「黙っとけ」

 軽口をたたくとすぐに嗜められてしまった。仕方なくムッとして口を紡ぐ。見知ったはずの家の中は多数の艦娘のせいかまるで知らない場所のようになっている。広いところとはまた違う、なんというか既視感がある。これは…あれだ。まるで執務室に呼び出された時の。ああダメだ。嫌な記憶が蘇る。きっとこいつらはまただと思っているんだ。また私がミスをしたのだと。まだ引きずっているのだと。殺人犯だ姉妹殺しだ。私は、私は。

「暁さん、顔顔」

 秋月が隣から小声でそうっと伝えてきた

「…何」

「睨んじゃダメですって」

「そんな顔してないわよ」

「してましたよ」

「そう」

 気分が悪い。今はもう言い返す気力もない。どこか広い場所に、一人でいられる空間にいたい。ああだこうだ考えていると二階の書室、普段は司令官がいる部屋の前に来ていた。いつもとは全然違う雰囲気だった。この扉の先に大本営の人間がいるのだと思うと一瞬ここが大本営なのではないかと錯覚してしまうほどに重苦しかった。

 司令官がノックをする。すぐに中から返事がされた。

「失礼致します」

 彼について入っていく。中には数名の人間が見えた。普段司令官が座っている椅子には一際雰囲気のある初老の男性だ、他にもソファに座っていたりと、司令官を除いて四人ほどいる。

「その娘達が、そうだね」

 椅子に座った男性が口を開く

「は、そうです。おい、挨拶」

 司令官に促され、各々挨拶と自己紹介をする。

「ふむ、君たちの活躍は知っておるよ。この魔境である南方海域に置いて前線を保っていること、感謝する。加えて今回の作戦を実行できるのも君たちの働きがあってこそだ。加えて感謝しよう」

 暁はこの男のことを知らない。当然、この男が大本営のトップである元帥だということは予想つく。ただ大本営に留置されていた間彼女は一度もその姿を見ていなかっただけだ。

 今回なぜわざわざこんな前線にまでやってきたのだろう。ここにいる他の男性は司令官と同じだろう。それに制服に付いている海軍章からかなりの高位であることもわかる。きっと主要鎮守府の提督達であろう。今、ここには海軍の主力が集まっているということだ。弱体化された敵艦隊に向けて、しかも情報も不確かな部分があるというのに。

 今回の作戦では事前の偵察でしきれていない部分がある。それは夜間の索敵だ。今回索敵はグラーフの航空機のみで行った。そのため発着艦できない夜間は索敵を行っていない。夜間に敵がどのような行動をとっているのか把握できていない。もしかしたら夜間は敵戦力が大幅に増加しているのかもしれない。危険を承知してのことか、はたまたそんなことなど考えていなかったのか。まあどうだっていい。自分達は我が身のことを最優先に考えている。この作戦が成功しようがしまいが知ったこっちゃない。暁は早々に思考を放棄し、目の前の事象に集中する。まだ元帥が激励をしている途中だ。

「……君たちには本作戦でも活躍を大いに期待しているよ。どうか作戦を成功に導いてくれ」

 ひとしきり言葉をかけ終わると、司令官は退出を促し彼女達も続いた。用事はこれだけだったようで、外まで連れ出すとまるで動物を追い払うかのように手で払われた。その様子をじっと見ていた艦娘が一人いたことに誰も気づかなかった




元帥は懲罰部隊に対してあまり悪い感情は抱いていません。ですので、現地の司令官にはあまり厳しくしないように言っています。司令官も表向きは元帥に賛同していますが実際は……ちなみに元帥は懲罰部隊を実際に見るのは今回が初です。何も知らないが故の優しさなんでしょうね。
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