モンドのめんどい大人たち   作:チキンうまうま

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風の国のとある1日

 

 西風(セピュロス)騎士団の朝は早い。モンドの自治と防衛を一手に担うこの組織は日の出の前にはすでに動き始めているのだ。

 

「おっちゃーん、いつもの頼むわぁ。」

「あいよぉ!すぐ用意するからちょっと待ってろよ!」

 

 そしてそれはチェンにとっても例外ではない。彼は早朝の、騎士団本部内食堂が開店してまもなくと言った時間にそこを訪れていた。そのまま慣れた様子で注文を済ませると、幾らかのモラをカウンターへと準備する。頼んだ品はトレイに載せられたものと持ち帰り用に紙袋に入れたものに分けられてすぐに用意され、彼の前に出された。いつも同じメニューなので先に用意していたのだろうか。

 

「はいお待ち!いつもの用意してるよ!お代は…ちょうどだね。」

「ん、はい確かに。ほないただきますー。」

「おう!また頼むよ!」

 

 厨房担当の元気な声を背にしながら、彼はてばやく食事を済ませると食堂を出て、自分の仕事場へと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 活気を見せながらも、未だ朝の静けさを感じさせる騎士団本部の廊下。そこにチェンは自分の足音を響かせていたが、ある部屋の前で足を止めた。3度ノックし、あいさつとともに部屋へと入る。その部屋には、早朝であるにも関わらずすでに1人の人物が書類に向かっている。

 

「おはよーございまーす。」

「…ああ、チェンか。おはよう。」

「ん。…やっぱお前この時間にはもうおるんやな。」

 

 まだ朝の7時やぞ。少し眠気を感じさせる声で返事をしたジンに、チェンは呆れたように言った。

 

「ああ。モンドを預かる者として、やるべきことは沢山あるからな。」

「…それでジンが身体壊したら元も子もないで。」

「わかっているさ。その辺りはうまくしてい…」

 

 ジンはジト目を向けるチェンにそう弁明していたが、本人の意思に反してくう、と小さな腹の音をあげた。チェンの目つきがさらにジトっとしたものになる。

 

「…ジン。」

「…はい。」

「お前朝は食うてんのか?」

「食べてないが…いや、普段は食べているんだ。今日は普段より早かったから、未だ食べていないだけで!」

「語るに落ちとるやないか…いったい何時から仕事してん自分…!」

 

 アワアワと弁明をしだしたジンを見ながら、チェンはこめかみを抑えた。出勤したのは自分より少し前くらいかと思っていたが、これは思ったより早くから仕事をしていそうだ。

 

「…まあええわ。まだ飯食うてないんやな?」

「ああ。仕事がひと段落したら食堂に行ってくるから…だからチェン。その目をやめてくれ。」

「いや、なんちゅうか…まあええわ。ジン。」

「うん?」

 

 小さなため息の後、チェンは手元の紙袋を放り投げた。ゆるい放物線を描いたそれは、寸分違わずに目を丸くしたジンの手元へと収まった。

 

「チェン、これは…?」

「オレの昼飯…になるはずやったもんや。」

 

 渡し終えるや否や、チェンはすぐに仕事の準備へと取り掛かった。カバンから万年筆や幾つかの書類の束を取り出して、机にドンドンと置いていく。

 

「どうせそんなこと言いながらお前は飯食わんのやから、それでも食うとき。」

「だが、それではチェンの分の食事が…。」

「オレは後でまた食堂行くからええ。ほら、今のうちにコーヒーでも入れてき。今なら来客もないやろ。」

「…わかった。チェン。」

「おん?」

 

 しっしっとジンを追い払うかの様な仕草をしていたが、ジンに名を呼ばれてチェンは視線だけをそっちに向けた。

 

「ありがとう。…いつも、チェンには助けてもらってばかりだな、私は。」

「…そんなことないやろ。」

 

 ジンは生真面目だ。だからこそ、こう言った小っ恥ずかしいことを平然と口にしてくる。それがなんともむず痒くて、チェンは彼女から目線を外した。

 

「いや、いつもチェンには助けられているんだ。感謝している。」

「やめーやまじで。…仮にそうやとしても、それもオレのお仕事の範疇や。気にせんでええ。」

「それでもだ。…そうだ、チェン。君もコーヒーはいるか?」

「せやなあ。せっかくやしもらおか。」

 

 わかった、なんて声がしてからすぐに、彼女の淹れるコーヒーの香りが部屋いっぱいに漂った。それを楽しみながら、チェンはその日最初の仕事に取り掛かる。

 

 この騎士団本部にあって唯一、ジン手ずから淹れるコーヒーを楽しめる場所。そこに席があることだけは、チェンにとって数少ない、ディルック(恋敵)に対して勝ち誇れることだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ちゅうことがあってやなあ。」

 

 その日の晩。チェンはモンド城内にある隠れ家的なバーにいた。隣では頬を赤く染めたエウルアが座っている。

 

「それがなに?私にその話をしてなにがしたいの?」

「…今日のエウルアめっちゃ棘ありますやん…。どしたん?」

「自分の胸に聞きなさい。」

 

 ツンケンとした態度でそう言って、彼女は一気にジョッキを傾けた。エウルアの形の良い喉が何度か揺れ、瞬く間に中身が空になる。

 

「ええ飲みっぷり。流石やなあ。」

「…ふう。ほら、貴方も呑みなさいよ。」

「いやー、オレそんな強ないし。ほら、オレ璃月の血ぃ引いとるから。」

 

 言っておくが璃月の血と酒の強さに因果関係はない。

 

「それが何よ。大体チェンは昔から、事あるごとにジンジンって…。」

「…しゃーないやろ。あいつほっとくとすーぐなんでも背負いこむんやから。」

「私のことは気にもしてないくせに…。」

「…なに言うてんの?」

 

 エウルアは不貞腐れたかの様に机に突っ伏した。そんな彼女の頭の上からチェンの声がかかる。

 

「オレちゃーんとお前のこと気にしとるよ?」

「………え?」

「いやいやいや。するよする。いくらオレかて友達のことは気にかけるし心配するで?特にお前はほら、城内やと色々あるやろうし。」

「…そう。」

 

 ベタン、と机に顔を突っ伏したままエウルアはなにやら小声でモゴモゴと言っている。そのせいでチェンにはエウルアがなにを言っているかが聞き取れなかった。

 

「…でも友達として、なのよね。」

「ちょーい。なんか言うならはっきり言うてや。気になるやん。」

「恨むわよ。」

「ちゃう。今のは絶対そう言うてなかった。いや聞き取れてないけども。」

 

 まあええけど、なんて言いながらちびりちびりと蒲公英酒に口をつける。モンドの名産であり、飲みやすいこの酒をチェンはかなり気に入っていた。

 

「まあ何でもええわ。とりあえずあれや、エウルア。」

「…なによ。」

 

 モゾモゾと身体を動かして、エウルアはチェンの方を向いた。ようやく2人の目線がぶつかり合う。

 

「何かあったらオレのこと頼ってや。オレもお前のこと頼るから。」

「……そうね。そうさせてもらうわ。」

 

 そう言った後、エウルアは再びテーブルへと突っ伏した。その後すぐに、小さな、けれど規則的な呼吸が聞こえてくる。

 

「ちょお、エウルア?エウルアさん?」

 

 チェンの声が聞こえる。けれど今は無視だ、無視。

 

「寝んの!?今!?ちょ、起きて!」

 

 ああ、頬が熱い。これは酒のせいじゃないはずだ。…そう言えば耳は赤くなってないだろうか。それだけが気がかりだけど…この鈍感男のことだ。仮に赤くなっていても、絶対に気づかないだろう。

 

「ちょい!?今寝られたらオレがエウルアを運ばなあかんのやけど!?」

 

 いいじゃない、そのくらい。少しなら手を出しても怒らないし。

 

「おーきーろー!」

 

 チェンの声を聞きながら、エウルアは静かに意識を手放した。翌朝どうなっているのか、なんてことを気にせずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝、エウルアは見慣れない天井の下で目を覚ました。

 

「…ここは?」

 

 徐々に覚醒していく意識と視界が、今の自分の状況を教えてくれる。その部屋は少しごちゃついていて、でもところどころで女の子らしいものが見受けられる。…どうやらこの部屋の主はチェンではなさそうだ。

 

「あ、エウルア!起きたの?」

「…アンバー?」

 

 そんな彼女の視界に、赤いリボンをつけた少女─アンバーが映る。エウルアにとって数少ない友人であるアンバーだが、どうやらこの部屋の持ち主はアンバーのようだ。そこに気がつくと、途端にその部屋に見覚えがあることに気がついた。

 

「そうだよ。昨日の晩、チェンさんが急に宿舎に来たかと思ったら、『エウルアを泊めてやってくれ』って。いったい昨日どれだけ飲んだの、エウルア?」

「……そう。」

 

 少し痛む頭を抑えて、エウルアは小さく呟いた。

 

「…あのヘタレ。」

 

 いやチェンの性格上絶対にそんなことをしないとは知っているが。それでも少しくらいは何か進展してもいいんじゃないかとか期待していたのが馬鹿らしくなる。

 

「エウルア?何か言った?」

「別になにも?ただ…」

 

 

「この恨みは、絶対に覚えておこうって決めただけよ。」

 

 

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