リコリコ×拓銀令嬢 ~実弾は日本を変える~ 作:フェデラルジオグラフィック
3/30なんて28時間労働だったし。
Side 春川フキ
辞令受領から三日後の朝、わたしとサクラは浅草のセーフハウスの整理をしていた。整理と言っても一番重い荷物といえば銃と弾薬並びにその収納ケースである。
そしてこれがわたし達にとって一番大事な道具である。
「センパイ、ガンケースはどこに置くっすか?」
「そうだな、そこの壁際に置いておこう」
「今回銃はここにおいて任務に出ることが多くなるんですよね?居室にそのまま置いといて空き巣にケース持ってかれたら大ごとじゃないっすか?」
「それもそうだが……寝込みを襲われたときに取りに行けるようにはしておきたい」
「じゃあ棚とか机とかでの目立たないようにしたほうがいいんじゃないっすか?」
「そうだな。いまからリコリコに行くから帰りがけに買いに行くぞ」
「了解っす。帰ってくるまでは上に布でも掛けときましょ」
セーフハウスを手早く整え、リコリス制服を着てリコリコへと向かう。
リコリスは基本的に私物は最低限しかないので、転属で一番時間がかかる作業は書類仕事か転属元と転属先の関係者への挨拶回りのどちらかである。
ただし今回は東京支部からリコリコなので書類も大したことはない。挨拶回りする相手も勝手知ったる仲である。
リコリコの応援に駆り出されるのも何度かあったから、正直なところ転属というよりはいつもよりちょっと長めに応援任務、という感覚である。
「しかしこんなことになるとは思いもよらなかったすねえ」
「まったくだ。あいつのところに配属されるとはな……」
「センパイは満更でもないんじゃないんすか?」
「なっ……アイツと同じ配属なんて」
「せんせい」
サクラの一言に言葉を詰まらせる。
なぜだ。わたしは周りの目があるところでは抑えていたはずだが。
「どうしてもなにも、センパイって結構顔に出るタイプっすよ。隠そうとするから慣れた人じゃないとわからないかもしれませんけど。配属辞令を受けたとき少し顔を崩してましたし、前にリコリコの任務への支援に行くときも少し上機嫌だったし」
つらつらと言われる事実に顔が熱を帯びてくるのを感じる。
「あの店長さんが好みなんだって確信したのは店長さんと話しているときだけ少し声が上ずっていたからっすね。センパイにも女の子らしいてぇ!」
脛を蹴ってサクラを黙らせる。
「ったく。そろそろ着くぞ。おふざけはここまでだからな」
「へぇ~い…」
力のない答えを背中で受け止めながら喫茶店に近づく。つくづく気に入らねえデザインしやがって。
喫茶リコリコの扉の前に立つ。
本日三時以降都合により休業 と書かれた看板が傍らに置いてある。DAからの正式配属を迎えるときに一般客が入っているわけにはいかないからだろう。
深呼吸してから扉を開ける。
「いらっしゃいませぇ!リコリコへようこそぉ~!ってコラァ!無視すんじゃねえ!」
現在喫茶店は休業中のため、ここぞとばかりに営業スマイルを押し売りしてくる店員もどきを無視して支部司令の元へ向かう。
「リコリス、春川フキ、乙女サクラ両名、本日付けにて特殊警備部隊戦術班に配属となります」
そう言うと二人分の辞令を先生に渡す。
「はい確かに」
「あこがれの先生の元だねぇ、フキぃ」
にやついているバカは無視。
「……千束、あまりからかうんじゃない。フキ、手短に済ませようか」
「あ……いえ、その」
「別にいいじゃないっすか。時間はあるんですし、ゆっくりしましょうよ~」
ね~、という二人の声を聞き流す。
「すみません。あのバカ
そうか、という反応と共に先生はわたし達を店の奥に導く。
案内されたのは店の地下にある射撃練習場と武器類の倉庫区画。掃除はされているが火薬のにおいはさほどでもない。
階段を降りたところに設置された机に並べられたパイプ椅子に座り、先生の説明を聞く。先生の傍らには(店の中ではまず見せない)真面目な表情をした千束が立っている。たきなは万一部外者がリコリコに入った時のために上にいる。
「さて、こちらに来る前に楠木から聞かされていると思うが、今回の任務は桂華院瑠奈嬢の護衛だ。特に大人の護衛が立ち入ることが出来ない帝都学習館学園内にて彼女の安全を維持することである」
先生の顔と声が任務のそれに完全に変わっている。わたしにとっては訓練生時代に聞いたきりの懐かしい表情と声色。
「主たる作戦区域の都合上、今着ているリコリス制服とサッチェルバッグの着用はできない。こちらから支給する制服を着て任務にあたってもらう」
先生はそう言うと千束に目配せをする。ほいほい、という声と共に千束は倉庫の奥から箱を持ってくる。
千束が箱を開けて取り出した中身は透明なビニールに包まれた赤い学生服。ただしわたしが今着ている服に比べてやや色味の深いワインレッドになっている。デザインも気品を感じるそれである。
サクラの様子を脇目で見る。あらかじめ納得はしていたからだろうか真面目な表情から眉一つ動かしていない。
「帝都学習館学園中等部の制服に擬態したDAの制服だ。識別のため目立たないように改変が行われ、DA制服として登録されている。ゆえに学内での活動中での紛失、盗難には注意するように」
DA制服として登録されている、とはDAにおいては『着用している間は銃器の使用を含めて実力行使が容認される』という意味である。ゆえにこれを紛失すると大ごとになる。
サクラとわたしは新しい制服をまじまじと見つめる。その様を見て先生は提案する。
「先に着てみるか?二人の体に合わせて仕立てたはずだが、サイズが合わなければ調整しなければならないからな」
「いいんすか?」
「フキはともかくそっちのサクラは制服が気になってしょうがない様子じゃないか。それに制服については着てから話したいこともあるからな」
そう言う先生の隣で千束が机の上に箱を二つ出し開封する。中身はもちろん帝都学習館学園中等部の制服(…によく似たDA制服)。
千束と先生にすすめられるがままに新しい制服に袖を通す。サイズは問題なし。少し体を動かしてみる。よく追随してくれる。
千束がどこからか全身大の鏡を持ってきたので自分の姿を見る。すっぴんではとても着れたものではないが、少しでも化粧を整えれば十分に着こなせるはずだ。
色合いにしろ装飾にしろ華やかさがあるが、わたしが着ても主張しすぎない程度に抑えられている。装飾はあるが様々な身動きに支障が出ないよう工夫が凝らされている。
流石は政官財華御用達、学生服もしっかりとしたデザインである。
デザインもさることながら何よりこの服は動きやすいのがいい。身動きに対して服の生地もよく追随してくれるし、なにより重さを感じない。……ん?重さ?
「センパイ、これって……」
サクラも制服の着心地に気付いた様子。
「気づいたか。このDA制服はリコリスのそれとはまったく異なる。元の制服から布地や縫製を工夫して数時間程度の連続した激しい身動きに耐えるとともに、摩擦に対する耐久性を上げている。だが元のデザインの都合から銃撃や破片からの防御はほとんど期待できない。その代わり重量は抑えてある」
これは制服の作り方の違いによるものだろう。
リコリスの制服は「リコリスの生命を可能な限り守る」という目的が先にあり、その目的を達成しつつ学生服として違和感のないデザインに落とし込む形で作られている。
そのため服として見た場合かなり重くできているし、特に若いリコリスは小柄な場合が多いのもあって着ぶくれしてしまうことが多い。
その代わりある程度の薬品や熱に耐えられるし、爆発時に散った細かい破片や跳弾であれば辛うじて耐えられる程度の防御性能はある。まともに銃撃や爆弾を食らうと制服の上からでも重傷を負ってしてしまうのだが。
一方この制服の場合「帝都学習館学園制服」としてのデザインが先であり、それを大きく崩さない範囲で機能を盛り込む必要がある。
特に薬品や熱に耐える布地で作った上着と破片に耐える素材で作ったインナーを重ねることによって実現していた防御性能は最初から実現不可能である。
だからリコリス制服でいう防御面は捨てて『服としての耐久性』を重視して調整したのだ。それならば先に述べた方法で外見を維持しつつ実現できるのだろう。
防御用の生地の重さを無くして身軽にしているのはスタミナを温存する目的もあるはずだ。
リコリスの理想は奇襲と即戦即決。一時間を超えるような長丁場のドンパチはよほどのことがない限り想定しない。そんなに時間をかけていればパトカーが大挙してやってくる。
しかし今回の任務は護衛。対象の安全を
さっき先生は「激しい動きに数時間耐える」と言っていた。つまり場合によっては丸一日桂華院瑠奈嬢の傍にいることが普通に想定されているということでもある。
そんな任務に着ているだけでそれなりに体力を消費するような重い防護服は不適切なのだ。
だがひとたび襲撃が実行されると装備と戦意をガチガチに固めたテロリストと対峙しなければならない。それも通常のリコリス制服に比べれて防御能力の欠けた装備で、である。
桂華院瑠奈嬢の護衛任務は決して華やかで気楽なものではなく、最も危険な任務のひとつになることは否めないだろう。
その意味においてこの任務に専任となることは決して左遷ではなく、DAという組織そのものから能力を認められた者であることの間接的な証左である。サクラにとっては間接的ながら『昇進』のひとつとみなしていいだろう。
制服の着心地を一通り確認したのち「許可された場合の」装備を確認する。
「桂華院瑠奈嬢または帝都学習館学園への攻撃が高い確度で予想された場合には武装の上での護衛任務を命ずることがある。その際はこのベルトを装着する」
支給されたベルトをシャツの上に装着してみる。装着しても身動きに違和感を抱くことは無い。
左肩に銃、右肩に弾倉二本、腰に小型ナイフのホルスターがついている。最後のは戦うための最低限のサイズしかなく文字通りのラスト・スタンドだ。
弾薬を抜いた武器を一通りつけ、上からブレザーを着けてみる。学内関係者のように制服を見慣れた人間が近くからまじまじと見れば不自然な凹凸に違和感を覚える程度だろうか。
あとベルトと一緒に渡された銃もこれまで使っていたハイパワーとは異なる。
まず外側が樹脂でできており、ハイパワーのハンマーのような突起物がほとんどない。
樹脂製だから冬場に装備していても肩が冷えることは無いだろうし、凹凸の少ない滑らかなデザインはとっさの時の抜き撃ちに有利だ。
「グロック19。最近DAに採用された新型の拳銃だ。弾薬はハイパワーと同じ9mm弾。整備や取扱い方法はあとで教えるからマスターするように」
「了解です」
先生の話に応答しながらサクラはどんな状況だろうかと目線を向けてみると、装備を付けて怪訝な顔をしている。
「弾倉は三本だけっすか?」
「二本だ。暴発防止のため装填したまま装着することは禁止、それ以上の弾倉を携行すると制服のふくらみをごまかしきれなくなる」
「じゃあ9mm弾三十発そこらで襲撃者から対象を守り切れってことっすか?」
納得していない表情のサクラに対して先生がさらに畳みかける。
「この制服は
「武装を認めない?こっちはお嬢様狙ってたテロリストを何度も葬ってきたっす。連中は最低でも自動小銃や手榴弾、場合によってはロケット砲まで持ってたんすよ!銃もなしに、あーしらリコリスにどう戦えっていうんすか!」
サクラが先生に対して苛立ちの感情をぶつける。
サクラの言う通り、お嬢様を付け狙うテロリスト連中は彼女の供回りの装備に対抗する都合からことごとく重装備だったのは確かだ。
もっともわたしが担当した任務では数名の見張り以外にはそれを取り出す時間すら与えなかったが。
「桂華院瑠奈嬢の警護については警察や北樺警備保障をはじめとしたほかの組織の要員が主役だ。君たちの任務は……」
「『護衛の間をすり抜けて前に出ようとする護衛対象を捕獲すること』でしょうか」
「その通りだ。フキは察しがいいな」
「ここに来る前に彼女が襲撃された映像は何度も見返しましたが、桂華院瑠奈嬢の護衛で一番の不確定要素は彼女自身の行動です」
「じゃ、じゃあセンパイがこの任務に選ばれた理由って……」
「でしゃばるお嬢様に追いつける見込みがあるのが一番足の速いわたししかいないからだ。お前の役割はわたしが押さえた彼女を完全に捕まえることだ」
苛立ちで赤くなっていたサクラの顔が紫を経て青くなり、それと並行して文字通り『崩れ落ちた』。
その様を見ていた千束が、いたたまれなくなったのかサクラに近寄って目の前で手を振る。
「大丈夫~?漫画みたいに気が抜ちゃってるけど」
「コイツ、こっちに来るとき司令に『あなたが司令も驚く戦果上げてやる!』なんて啖呵切っていたからな」
「あっちゃー、そんなこと言ってたの?そりゃあこうなっても無理はないかなあ……」
口調こそくだけているが表情はやや真剣だ。千束は多少ふざけることはあっても嘲ることは決してしない。特に落ち込んだ奴を前にしたときは。
それはともかく問題はこの完全に腑抜けたセカンドだ。とにもかくにもこいつを何とかしないと話が進まない。
手っ取り早く立て直すには……
「あー、先生、ひとつよろしいでしょうか?」
「どうした、フキ」
「わたし達の任務は桂華院瑠奈嬢の護衛ですが、二十四時間三百六十五日護衛に当たるわけではありませんよね?」
「ああ。東京、帝都学習館学園にいる間の護衛が任務だ。先に言ったが基本的に他の組織が護衛の主力で、さらに所轄の都合から酒田や北海道では現地のリリベルやリコリスの顔を立てねばならん。それにそもそもリコリスは海外で任務にあたることはできん。行くことは不可能ではないが……」
「でしたら桂華院瑠奈嬢が東京を離れている間はリコリスの任務に就かせていただけませんか?護衛任務だけではわたし達の戦闘技能を維持することは難しいと思料します」
わたしの提案を聞いた先生がわたしに一瞬だけ目配せし、すぐにサクラに顔を向け様子を一瞥すると、目と口を引き締め全員に聞こえるような音を立てて空気を吐き出す。
「……やむを得ないか。こちらから楠木に掛け合ってみるが、確約はできんぞ」
「お願いします。せめてリコリコの活動への参加だけでも認めていただければと思います」
「それならばこちらの一存で何とかできるかもしれん。上手くいかないようならそのようにとり計らおう」
先生から何とかリコリスとしての活動を継続させる言質を取ったうえで、うなだれるサクラの背中を軽く押してやる。
「聞いてたか?桂華院瑠奈嬢が東京に離れている間ならリコリスに戻れるそうだ」
「ホント……すよね?」
「まだ確約はできないがな。これでもそれなりに危ない橋だってことは自覚しろよ」
サクラの顔に少しずつではあるが生気が戻りはじめる。
ただしまだ現時点では空手形であることは自覚させておかねばならない。
「ほら、しっかりしろ。千束、済まないがたきなを呼んでくれ」
千束が内線電話に取りついている間にわたしはサクラの脇を抱えてその場に立たせる。
普段からはやりがちで都度抑えてきていたが、リコリスの制服を脱いだからかとんでもなく軽い。
リコリスってのはとんでもなく
地面について汚れた足を軽く払ってやっているうちにたきなが下りてくる。
「フキさん、お呼びでしょうか?」
「たきな、上でサクラに何か甘いものを出してくれ。金はわたしが出すから」
「よろしいですのですか?任務についての説明が終わっていないんじゃないですか?」
「これ以上の話はわたしが聞いて後でサクラに伝える。今のコイツは話を聞けるような状態じゃない」
「たきな、フキの言うとおりにして」
少し怪訝な表情をしたたきなと無表情のサクラが階段を上がっていくのを見届ける。
上で防音扉が閉まる音を聞いてから千束がこちらに顔を向けてくる。
「フキ、リコリコの任務は……」
「ここに来た時のたきなとは違って銃を抜くタイミングは分かってる。だがわたし等は『命大事に』とはいかねえからな」
「口出し無し、追い討ち無し、恨みっこ無し、昔からのやり方だ」
このフレーズはごく短い間だったがわたしと千束が組んだ時の約束事。
千束はわたしの殺しに口出ししない
千束が無力化した相手にわたしは止めを刺さない
わたしのやり方でやらせてもらう、という言葉に赤い瞳が沈黙で返事を返してくる。
「千束、フキの事情もあるからここは抑えなさい。フキには可能な限り荒事を優先して回すようにはしよう」
「お願いします。サクラが納得して任務に当たれるように配慮願います」
先生の助け舟にありがたく同乗させてもらう。それに対して千束は軽い溜息をついただけで何も言わなかった。
「先生、話の腰を折ってしまってすみません。説明の続きをお願いできますか?」
「分かった。だがその前に上で茶でも淹れよう。一旦落ち着いた方がいい」
先生の提案に沿う形で一度店に戻り全員でお茶を飲む。その後先生、千束、わたしの三人で地下に再度戻って任務の説明の続きを聞く。
今後の予定としては以下の通り。
明日はこちらの体制づくりのためオフ。
明後日に表向きの所属となる北樺警備保障へ転属の挨拶。DAが手を回して『中途採用』という形で所属することになるらしい。
それから三日間かけて北樺警備保障の『民間警備員』としての教育を受ける。
桂華院瑠奈嬢の護衛として任務に就くのは来週の月曜日からだそうだ。
そういった説明を受けたり、甘いもので立ち直ったサクラと一緒に銃の取り扱いについて教練を受けたりしているうちに時間がどんどん進み、喫茶リコリコを出たころには夜中になってしまっていた。
ガンケースを隠す家具はサクラの気分転換も兼ねて明日買いに行くことにする。
Technical Assistance Grants:『技術支援助成金』という名前でBGOがソマリア民兵に払ってた用心棒代のこと。(テクニカルの語源)